ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【ランセット】難波先生より

2013-10-25 12:57:41 | 難波紘二先生
【ランセット】「クラブ」を倶楽部と書くことがあるように、「lancet」を乱切刀と書くことがあり名訳だなと思っていた。メスはドイツ語、ランセットは英語と覚えていたが、アメリカに行ってみるとどちらも通じない。単にナイフまたはSurgical knifeという。日本語の辞書にはいまでも「外科用小刀」とあるだろう。


 で、そのランセットはThe Lancetとなると国際的に一流の週刊医学雑誌である。
 10/21「毎日」の記事が例のノバルティスファーマ社の「降圧剤疑惑」を報じているが、問題の論文を掲載した「ランセット」誌がオランダに本社を置くエルゼビア(Elsevier)社の所有になっているとあり驚いた。
 http://mainichi.jp/opinion/news/20131021ddm003040136000c.html
 英語WIKIで調べてみると、1991年に同社に買収されたとある。大学院生だった1960年代の終わり頃はエルゼビアは小さな出版社で、めぼしい医学書といえば、英語ならサウンダース、トーマス、アカデミック・プレス、ドーバー、モスビーなどだったし、ドイツ語ならフィッシャー、シュプリンガーと相場が決まっていた。


 ところが小さなエルゼビアがこの40年の間に急成長した。21世紀になって購入したKumar:「Patholgic Basis of Disease」、Jaffe:「Hematopatholgy」は前者が医学生教科書、後者が専門書だがいずれもエルゼビアの出版。
 急成長の背景には1993年に英国のリードReed社と合併し「リード・エルゼビア」となったこと、各国の学会誌の英語版をほとんど一手に引き受け、全世界で2,000種以上の学術誌を刊行していて、利益率がきわめて高いことが上げられる。
 編集長とは関係ない「広告部」が製薬会社に論文の別刷なんかで絡んでいるのだろう。背景にオーナーないしCEOの利益至上主義が見え隠れする。



 もともとランセットは1823年にロンドンで医師トマス・ウェイクリーThomas Wakley(1795-1862)が創刊したもので、ロンドンの大病院医師人事にはびこる「身びいき主義(ネポチズム)」を糾弾し、医学情報を大病院の独占から開放するのが目的だった。
 この雑誌はスキャンダル・ジャーナリズムを売りにし、急速に部数を伸ばした。ウェイクリーも途中で開業医をやめて、雑誌に専念することになった。この反権力、反主流派の伝統があるから、今でもランセットはローマ法皇にでもWHOにでも異論を唱えることがある。政治的見解を表に出さないニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスンとの大きな違いだ。


 この雑誌の特徴は、「編集者への手紙」欄では投稿者の責任においてかなり多様な意見や発言を許していることにある。アメリカにいた時、「日本語を知らずして日本語論文を読む方法」という投稿を見て、ビックリしたことがある。
 要点は日本語の論文ではもとの英語単語がカタカナかローマ字で書かれているので、カタカナさえ覚えていれば、その音から原語が復元できる。また、日本語では末尾に否定詞が来るので、「ある」と「ない」のどっちがあるかを見れば、肯定文か否定文かわかる。
 全体の要約は末尾に書いてあるので、そこを読み落とさないこととあった。
 なるほどな…と感心したことがある。今のようにカタカナ語が大流行だと、医学論文でなくても英語ができる人なら、この方法で新聞でも雑誌でも読めるだろう。


 ところでLancetという言葉だが、「小型で両刃のナイフ」で、瀉血用に用いられたものをいうと「英英辞典」にある。同時に「細長くて上が尖った窓」をいうとある。WIKIには「両刃のメス」と「医学界に明かりを差し込む」という両方の意味でウェイクリーが採用したとある。
 これから派生したLanceletという言葉は「ナメクジウオ」の意味で使われている。似ているのが背骨はあるが顎がないヤツメウナギLamprey。それと「アーサー王物語」に出てくる「湖の騎士」ランスロットLancelot。


 両刃のナイフは普通手術には用いないから、アメリカ人に通じなかったのも無理はない。
 40年近くたって、やっと当時の行き違いの理由がわかった。やはり英語は「英英辞典」で勉強しないとダメだなと思う。日本語の国語辞典にときどき変な記載があるが、それよりも、実生活の経験のない英語学者がつくった「英和辞典」の方に不備が多いだろう。
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