【正論】
産経には「正論」というコラムがある。「新明解国語辞典7版」(三省堂)によると「正論」とは「筋道の通った正しい議論。多くは、実際に採用されたり行われたりすることがない」とある。多くは「それは正論だが…」という文脈で使用されることは周知の事実だ。
「産経」がそれは周知の上で「正論」というコラムを常置している理由はいまいち判然としない。というのも噴飯もののコラムが載ることもあるからだ。
7/10同欄で平川祐弘(東大名誉教授)が、安倍首相の米議会での演説を誉めた、「心打った日本人の英語スピーチ」という文章を読んで文字どおり吹き出した。先輩の英文学者で評論家の中野好夫の英会話がいかに下手だったかを言いたいための文章と見えたからだ。
http://www.sankei.com/column/news/150710/clm1507100004-n1.html
大学の英語教師の英会話が下手なのは中野好夫だけではない。私は1980年代に同僚の英国人英語教師から、「英語講座には英語が通じる日本人教師が一人もいない」と聞いて、「なるほど」と思ったことがある。これまで「英語教師」の資格は「読む英語・書く英語」に重点があったからだ。
当時、外国人教師は「単年度契約」で、身分が不安定だった。このために一戸建て住宅やマンションを購入しようとしても、銀行がローンを認めてくれない。よって、不本意にも賃貸住宅に頼らざるをえないが、それでも「外国人」への賃貸を断る家主がいる。この苦境を講座で訴えても、理解してもらえない。それが彼の苦情だった。
「ベルツの日記」で知られる、明治のお抱え外国人だったエドウィン・ベルツは確か終身雇用だったし、年金がついてからドイツに帰国している。
しかし、1980年代の文部省の政策は違っていて、外国人教師は「常勤的非常勤」の扱いだった。これは一大学で変えるわけにいかないが、80年代の終わりに「常勤」が認められて、ローン問題は解決した。
一国の首相が米国の議会で演説するのに英語を使ったというのは、当たり前だろう。聴衆に訴えるインパクトが違う。私は訪問先の言葉で「サンキュー」に相当する言葉をまず覚えていく。アフリカに行く時は、スワヒリ語で「アサンテ・サーナ」という言葉を真っ先に覚えた。イスラエルの挨拶ではヘブライ語の「シャローム」が常用される。「平和を」とか「平安を」を意味する言葉である。日本語では「つつがなく」に相当するだろう。
英語のスピーチや講演にこうした語句を挿むだけで、聴衆に与える影響力が違う。
かつてラテン語が「普遍語(リンガ・フランカ)」であった時代があるが、それに代わるものは今日では英語しかないだろう。私は安倍首相の政治的スタンスは支持しないが、米議会で英語演説をしたことはよかったと思う。
6/29に娘と孫2人が帰省して以来、我が家は英語と日本語が入り乱れた複雑な言語環境になっている。「この家では日本語をしゃべれ」と申し渡してあるのだが、実効性がない。孫の英語は早口で、ほとんど娘にしか聞き取れない。
一方でテレビアニメの録画を喜んで観ているところをみると、日本語は完全に理解できるようだ。後は日本語の読み書きがどこまでできるかだが、これは幼稚園と小学校に期待するしかない。
(その後、幼稚園と小学校に行き、7月の3週目に入ると家人とは日本語を常用し、2人で遊ぶ時は英語を使って話すという、「使い分け」ができるようになった。2人ともiPADを手にして遊んでいるが、傍で聞いていると早口でさっぱり聞き取れないし、用語も違うようだ。)
言葉が次第に早口になり、ジャーゴンが増えるのは、日本でも同様だから、世界的な傾向なのかも知れない。
感心するのは日本語モードと英語モードのスイッチがいとも簡単に、瞬間的に切り替わることだ。
産経には「正論」というコラムがある。「新明解国語辞典7版」(三省堂)によると「正論」とは「筋道の通った正しい議論。多くは、実際に採用されたり行われたりすることがない」とある。多くは「それは正論だが…」という文脈で使用されることは周知の事実だ。
「産経」がそれは周知の上で「正論」というコラムを常置している理由はいまいち判然としない。というのも噴飯もののコラムが載ることもあるからだ。
7/10同欄で平川祐弘(東大名誉教授)が、安倍首相の米議会での演説を誉めた、「心打った日本人の英語スピーチ」という文章を読んで文字どおり吹き出した。先輩の英文学者で評論家の中野好夫の英会話がいかに下手だったかを言いたいための文章と見えたからだ。
http://www.sankei.com/column/news/150710/clm1507100004-n1.html
大学の英語教師の英会話が下手なのは中野好夫だけではない。私は1980年代に同僚の英国人英語教師から、「英語講座には英語が通じる日本人教師が一人もいない」と聞いて、「なるほど」と思ったことがある。これまで「英語教師」の資格は「読む英語・書く英語」に重点があったからだ。
当時、外国人教師は「単年度契約」で、身分が不安定だった。このために一戸建て住宅やマンションを購入しようとしても、銀行がローンを認めてくれない。よって、不本意にも賃貸住宅に頼らざるをえないが、それでも「外国人」への賃貸を断る家主がいる。この苦境を講座で訴えても、理解してもらえない。それが彼の苦情だった。
「ベルツの日記」で知られる、明治のお抱え外国人だったエドウィン・ベルツは確か終身雇用だったし、年金がついてからドイツに帰国している。
しかし、1980年代の文部省の政策は違っていて、外国人教師は「常勤的非常勤」の扱いだった。これは一大学で変えるわけにいかないが、80年代の終わりに「常勤」が認められて、ローン問題は解決した。
一国の首相が米国の議会で演説するのに英語を使ったというのは、当たり前だろう。聴衆に訴えるインパクトが違う。私は訪問先の言葉で「サンキュー」に相当する言葉をまず覚えていく。アフリカに行く時は、スワヒリ語で「アサンテ・サーナ」という言葉を真っ先に覚えた。イスラエルの挨拶ではヘブライ語の「シャローム」が常用される。「平和を」とか「平安を」を意味する言葉である。日本語では「つつがなく」に相当するだろう。
英語のスピーチや講演にこうした語句を挿むだけで、聴衆に与える影響力が違う。
かつてラテン語が「普遍語(リンガ・フランカ)」であった時代があるが、それに代わるものは今日では英語しかないだろう。私は安倍首相の政治的スタンスは支持しないが、米議会で英語演説をしたことはよかったと思う。
6/29に娘と孫2人が帰省して以来、我が家は英語と日本語が入り乱れた複雑な言語環境になっている。「この家では日本語をしゃべれ」と申し渡してあるのだが、実効性がない。孫の英語は早口で、ほとんど娘にしか聞き取れない。
一方でテレビアニメの録画を喜んで観ているところをみると、日本語は完全に理解できるようだ。後は日本語の読み書きがどこまでできるかだが、これは幼稚園と小学校に期待するしかない。
(その後、幼稚園と小学校に行き、7月の3週目に入ると家人とは日本語を常用し、2人で遊ぶ時は英語を使って話すという、「使い分け」ができるようになった。2人ともiPADを手にして遊んでいるが、傍で聞いていると早口でさっぱり聞き取れないし、用語も違うようだ。)
言葉が次第に早口になり、ジャーゴンが増えるのは、日本でも同様だから、世界的な傾向なのかも知れない。
感心するのは日本語モードと英語モードのスイッチがいとも簡単に、瞬間的に切り替わることだ。
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