ボロディノ型宇宙戦艦が主戦兵器として搭載したのは『三式四一糎陽電子衝撃砲』であった。一六インチ(四〇・六サンチ)砲と誤解されることも多いが、正しくは四一サンチ砲である。
陽電子衝撃砲は口径あたりのエネルギー密度が他国の各種陽電子砲よりも三~五割程度高く、それ故に大威力・長射程を誇った。ボロディノ型の四一サンチという大口径は、ガミラス軍のハイゼラード級航宙戦艦が搭載する三三〇ミリ陽電子カノン砲の射程外から短時間で撃破可能な砲として選定された。アウトレンジで撃破するだけなら三六サンチクラスでも十分だが、本型は数的劣勢下での戦闘を強く意識しており、より短時間で撃破可能な大口径砲が搭載された経緯がある。
但し、搭載された巨砲に比して機関性能(エネルギー供給能力)は全般的に不足気味で、全力機動中に長時間連続砲撃を行うと機関圧が著しく低下してしまうという欠点があった。ボロディノ型の四一サンチ砲一発あたりの威力はヤマト型の四八サンチ砲に比べて六割程度に過ぎなかったものの、それでも短時間の連続砲撃は機関に対する負荷が過大であった為、主砲の発射速度(間隔)をヤマト型の五〇パーセント増しにすることで対応した。
また、ヤマト型の主砲はショック・カノンと実体弾との切り替えが可能なハイブリッドタイプであったが、ボロディノ型での採用は断念されている。建造費低減の為と解説されることも多いが、実際は艦サイズに対して大型の砲塔(大口径砲)を採用したことで、砲塔下部に弾薬庫や給弾室等のスペースを確保できなかった為だ。
こうした欠点を補う目的もあり、同じ実体弾である空間魚雷がヤマト型と同等かそれ以上に重視されている。
前甲板に設置された大型VLS(Mk258)からはヤマトにも搭載された九九式空間魚雷が一〇発同時発射可能だった。更に両舷のVLSは、ヤマトと同様の短魚雷専用であったが、より新式の大型VLS(Mk259)を採用することで、即応弾数は三倍にも達する。
本型の設計思想はヤマト型のような単艦・単独任務を想定した汎用艦ではなく、あくまで艦隊構成艦――艦隊を構成する一ユニット――であり、ヤマト型のような万能性や傑出性は装備面において殆ど考慮されなかった。
副砲こそ、エネルギー供給を主砲に集中することを目的に削除されたという側面が強かったが、ヤマトではハリネズミのように装備されていた大量の高射火器や航空隊規模の艦載能力が大きく削減・削除されたことは、270メートルに満たない規模の艦が許容するリソースを徹底的に取捨選択した結果だった。それらオミットされた機能を極論、同じ艦隊を構成する他艦に譲り渡してしまうことで、本型は主砲・魚雷を用いた空間打撃戦能力にリソースを集中したのである。
もちろん、こうした思想の徹底は攻撃面に留まらず、防御においても同様だった。
元々、“決戦距離において自艦の主砲攻撃に耐久し得る”という防御思想を伝統的に有していた地球戦艦の防御力は、そうした思想を有しないが故にガミラス艦を凌ぐ部分があり、それは攻撃力と機動力で圧倒するガミラス艦隊との戦闘においてですら何度も証明されていた。いや、寧ろ次元波動エンジンの有無に起因する攻撃力と機動力の格差を埋められないからこそ、生存性確保の観点から防御面での努力が徹底されたとも言えるかもしれない。
特にガミラス戦役中期以降に新造・改装された戦艦は耐ビーム複合装甲の全面採用やエネルギー減衰剤を充填した大型バルジの装着といったハード面の強化のみならず、ダメージ・コントロール要員の増強をはじめとするソフト面の努力もあって、ガミラス艦艇を凌駕する打たれ強さを獲得していた。その象徴が冥王星会戦におけるキリシマの生還であり、カレル163宙域包囲戦(カレル・ポケット)における波動防壁消失後のヤマトの奮戦だった。
ボロディノ型においてもこうした設計思想は継承されており、防御機構としての波動防壁実装こそ断念されたが、それ以外の各種防御システムは、ヤマト型から更に進化したシステムをハード・ソフト両面で採用している。
特にハード面での大きな進歩は、太陽系では土星の衛星エンケラドゥスでのみ産出される高エネルギー耐久素材である『コスモナイト90』を六パーセント含有させることでエネルギー兵器に対する耐久性を三〇パーセント以上向上させた新型チタン合金系装甲(通称:コスモ・チタニウム装甲)の採用だった。本装甲の表層には、ガミラスのミゴウェザー・コーティングを参考とした高密度帯磁処置まで施されており、低出力のビーム砲であれば限定的な避弾経始効果――直撃ビームの拡散や跳弾――すら期待できた。
また、乗員定数も充分なダメージ・コントロール要員の確保を目的として増員を果たしたことで(但し、居住性はかなり悪化した)、ボロディノ型の実質的な防御力は“波動防壁抜きの”ヤマトに匹敵するとされた。惜しむらくは、ガトランティス戦役時の国連宇宙海軍(地球防衛艦隊)はガミラス戦役以来の宿痾とも言うべき人員不足を解消できておらず、本型乗員の充足率が軒並み七〇パーセントを切っていたことだろう。戦役中、多数の本型が喪われたが、それらの艦の乗員定数が十分に満たされていれば、喪失数は多少なりとも低減されていたとも言われている。
既に述べた通り、ボロディノ型宇宙戦艦の基本コンセプトは強力な砲火力と強靭な防御力で敵同種艦艇(戦艦)と正面から殴り合い、打倒するという『戦艦』としては極めて正統的なもので、殆どの性能がこれを第一義に成立していると言っても過言ではない。
しかし、例外もあった。
数に勝る敵艦隊を一挙に殲滅することを目的とした決戦兵器『拡散衝撃砲』の搭載である。
本砲は、地・イ和親条約という政治的用件と国産波動コアの能力不足という純技術的制約から実装が不可能となった波動砲――次元波動爆縮放射器――に代り新たに開発された。その名が示す通り陽電子衝撃砲(ショック・カノン)から発展した兵器であり、元々の開発コンセプトは、衝撃砲の大口径化・大威力化を極限まで突き詰めることで、対“艦”兵器の枠を超えた対“艦隊”兵器を目指すというものであった。
こうした(半ば誇大妄想の産物のような)兵器が開発された背景には、国連統合軍と彼らが仮想敵とする軍事勢力との絶望的なまでの軍事力格差があった。
地球人類を滅亡寸前にまで追い詰めたガミラス共和国(旧:ガミラス帝国)との講和が成立したとはいえ、何らかの偶発要因で再び交戦状態に陥る可能性も皆無ではなく(事実、旧ガミラス帝国領内では未だ共和制移行後の混乱が続いていた)、また、宇宙戦艦ヤマトがイスカンダルからの帰路に遭遇した新たな外宇宙勢力――ガトランティス帝国――の存在も潜在敵国として無視できなかった。
国連統合軍がいずれの勢力を仮想敵と見据えるにしても、敵は銀河規模の領域を持つ巨大星間国家であり、未だ単一星系国家に過ぎない地球と比べて、国力・軍事力は隔絶していた。
幸い、“質”の面は国産次元波動エンジンの実用化と量産化により、対抗可能な目処が立ちつつあったが、“量”の点は国力差という絶望的なまでの格差要因が存在する以上、常道での対抗は著しく困難、いや完全に不可能だった。嘗てガミラス帝国軍がバラン星宙域に集結させた艦隊は、彼らが動員可能な余剰機動戦力のほぼ全力であり、その総数が一万隻に及んだことからも、物量面での対抗は不可能とした国連統合軍の判断は極めて妥当だった。
生半可な軍事力では、あまりに巨大な戦力を有する星間国家群の侵略を防ぐことは不可能である――それが、国連統合軍が下した自らの存在意義すら否定しかねない結論であったが、護民と国防を担う彼らは、自らに課した誓約を放棄することはなかった。だが、常道では自らの使命を達成できない以上、彼らはたとえそれが誇大妄想に類するものであったとしても奇策――圧倒的戦力差を覆す“決戦兵器”の開発――にも力を注がざるを得なかったのである。
開発が開始された大口径衝撃砲(仮称:極大衝撃砲)は最大規模の砲が搭載可能な軸線砲形式とされ、艦首部に設置された専用チャンバー(薬室)で充填・圧縮された高密度の陽電子エネルギーを一気に撃ち放つというものであった。しかし、薬室の耐圧強度上の限界から、国連統合軍が望むような大威力・広域破壊効果を得ることは不可能であると早々に判明し、開発は壁に突き当たってしまう。
当時の地球人類が入手可能な素材や製造可能な薬室構造では、衝撃砲の大口径化(大威力化)は80サンチ口径砲程度が限界とされた。また、その場合でも薬室容量・強度的に連続照射時間が極めて限られてしまうことからスイープ式照射(射撃)も難しく、必然的に僅かな有効被害範囲しか得ることができなかった。とてもではないが、国連統合軍が望んだような敵艦隊を丸々一つ吹き飛ばすような射撃は不可能だった。
ヤマトに搭載された波動砲ですら、連続照射時間はともかくビーム直径は百メートル程度であり、対艦隊攻撃兵器(広域破壊兵器)としての現実的な効果を疑問視する向きがあったことを思えば、ビーム直径・連続照射時間共に波動砲の十分の一以下に過ぎない大口径衝撃砲の抱えた問題は一層深刻だった。
しかし、こうした問題点に対する地道な解決の努力が、全くの偶然ながら一つのブレイク・スルーを生むことになる。
この時、検討された解決案の一つに薬室内に波動防壁を展開し、薬室の耐圧強度を大幅に向上させるというものがあった。よく知られている通り、波動防壁は膨大なエネルギーを生み出す次元波動エンジン内部に、エンジンそのものの保護を目的として展開されており(この点は“イ式”であれ“ロ式”であれ、違いはない)、その防護効果は陽電子エネルギーに対しても極めて有効だった。
波動防壁を薬室内に展開すれば、充填可能な陽電子エネルギー量を飛躍的に向上させるだけでなく、更なる大口径化すら可能であることが各種試験により証明されたことで、停滞していた大口径衝撃砲の開発はようやく進展を見ることになる。
とはいえ、波動防壁は次元波動エンジンに非常に大きな負担を強いるシステムだった。防御機構として艦全体を包み込むような波動防壁が展開可能なのは余剰出力に秀でるイ式次元波動エンジンのみであり、それですら連続展開時間は二〇分に過ぎなかったことからも、波動防壁が要求するエネルギーの膨大さが分るだろう。
イ式に比べて遥かに余剰出力で劣るロ式やガ式では、波動エンジン内以外の場所に、小規模とは言え更に一つ防壁を展開するのは出力負荷が大きく、実行には少なくとも次元波動エンジンの全力運転が必要だった。この際、波動エンジンは陽電子ビームエネルギーの生成と薬室への強制充填をも行っている為、出力余裕は皆無であり、艦の機動は全面的に補助エンジンに委ねなければならなかった(当然、艦の機動性能は著しく低下した)。
しかし、それほどの努力を払っても尚、大口径衝撃砲の実用化は容易ではなかった。未だ次元波動エンジンそのものが地球人類にとって黎明期の技術であったことに加え、中でも波動防壁の制御は要求される技術レヴェルが高かったからだ。
特に薬室内に展開する波動防壁を安定的に維持するのは、機関出力の不足もあって困難で、安全を確保しつつ陽電子ビームエネルギーの限界充填量を少しでも上積みすべく、実艦を用いたテストが繰り返された。テストには当時としては最大規模のロ式波動エンジン搭載艦艇で、未だ就役数も少なかったアルジェ型宇宙巡洋艦が用いられており、そうした点からも大口径衝撃砲に対する国連統合軍の期待が見て取れる。
しかし、その四七回目の試験において予期せぬトラブルが発生してしまう。
エネルギー供給・充填系のメカトラブルにより、既に開始されていた薬室への陽電子エネルギー充填を任意停止することが不可能になってしまったのである。当然、このままでは遠からず薬室及び展開中の波動防壁が耐圧限界に達してしまう為、試験艦艦長は充填済みのエネルギーの強制ブロー(投棄)を命じた。
この時、他の対応措置として波動エンジンの緊急停止(スクラム)も検討されたが、危険が大きいとして断念されている。機関停止と同時に薬室内に展開中の波動防壁もエネルギー供給を絶たれてしまい、即座に消失する訳ではないにせよ、短時間での防壁消失は避けられないと考えられたからだ。
最終的には、艦長の判断で強制ブローが決断されたが、未だエネルギー充填が続く状態でのブロー(実質的には射撃)は過去にも経験がなく、実施にあたり試験艦内の緊張は相当なものであった。だが、結果的にこの行為が思わぬ“成果”を生むことになる。
通常の射撃ではエネルギー充填完了後、薬室後方にある充填口を閉鎖すると共に、波動防壁に穿たれていた充填用の“孔”も閉じられる(その結果、薬室内に充填された陽電子エネルギーは一時的にではあるが完全に波動防壁内に封じられた状態になる)。そして、今度は薬室前方の発射口を開放し、更には発射口に隣接する波動防壁の一部を任意消失させることで、薬室防壁内で極限まで圧縮されていたエネルギーを一気に放出するのである。
しかしこの時は、マニュアル外の緊急処置ということもあり、二つの点が通常発射時とは異なっていた。まず一つは、未だエネルギー充填が続いていた為、薬室充填口も波動防壁に穿たれた充填用の“孔”も開放されたままであったこと。そしてもう一つは、砲口こそ解放されていたものの、波動防壁に発射用“孔”が形成されていなかったことだった(波動防壁制御プログラムには、暴発を防ぐ為にエネルギー充填中は防壁に発射用孔を形成できないようにインターロックが施されていた)。
その結果、砲口から迸った高密度の陽電子エネルギーは “波動防壁に包まれた巨大なエネルギー弾”の状態だった。しかもエネルギー弾は艦外に放出されてからも陽電子ビームを背後から受け続けていた為、宇宙空間をそのまま延伸。しかし、エネルギー弾を包む波動防壁は薬室から離脱したことで徐々に耐圧強度を減衰させ、やがて消失した。
その瞬間、防壁内部で極限まで圧縮されていた膨大なエネルギーが一気に拡散、それは無数の陽電子ビームの槍衾となって、テストデータ収集の為に周辺宙域に広く展開していた各種測定機材のことごとくを薙ぎ払った――。
緊急ブローから五秒後、波動エンジンの緊急停止によって艦首砲口からのビーム照射も停止し、試験宙域はようやく静寂を取り戻した。
即座に被害状況の確認を命じた試験艦艦長(ちなみに女性)は、表面上は泰然自若としていたが、内心は頭を抱え込みたい心境であったと後に友人たちに証言している。吹き飛ばした観測用機材はいずれも無人であった為、幸い人的被害こそ皆無であったが、いずれの機材も精密機器の塊だけに非常に高価且つ貴重だったからだ。それらを大量に失った以上、何らかの懲罰は免れ得ないと彼女が考えたのも無理はなかった。
しかし一ヶ月後、国連宇宙海軍司令部に出頭を命じられ、当時の司令長官であり、若手士官達に“鬼竜”と恐れられていた土方竜から感状と共に『臨機応変ノ判断、見事ナリ』というお褒めの言葉まで頂戴したことで、ようやく彼女は自らの懸念が杞憂に終わったことを知るのである。――しかし更にその数か月後、自らが為した行為の意味と成果を改めて知った女性艦長は『実用新案特許を出しておくべきだった』と大宇宙の深淵より深く後悔することになる。
この、臨時試験艦“シラネ”が緊急措置として行った射撃(ブロー)こそ、後に国連宇宙海軍の決戦兵器となる『拡散衝撃砲』射撃第一号であった。
波動防壁内に圧縮充填した高密度の陽電子エネルギー弾を、一定距離延伸させた後に解放することで、無数の陽電子ビームを周囲に撒き散らすという広域破壊型の兵器である。薬室内で展開される波動防壁は、防壁全体の強度は勿論、部分的に強度変化させることも可能である為、拡散距離や拡散角度の調整すら可能だった。
当然、対艦隊用兵器としての効果と運用における柔軟性は、当初国連宇宙海軍が目論んだ極大衝撃砲よりも遥かに高く、最適な拡散点・拡散角度が設定できれば、数十隻程度の艦隊を丸ごと殲滅することも不可能ではなかった。また、あまりの大威力故に、付随的被害の恐れから自星系内での使用には相当な制約を受ける波動砲に比べ、拡散衝撃砲の威力は充分にソフィスティケートされたものと好意的に理解された。
試験艦でのトラブル直後、国連宇宙軍艦政本部がこれらの点にいち早く気づいたことで、拡散衝撃砲の熟成と正式化は急ピッチで進んだ。そして2202年、本砲は『二式一二〇糎拡散衝撃砲』として正式採用に至り、アルジェ型宇宙巡洋艦の中期型(2203年度以降就役艦)から標準装備として採用されている。また、将来装備用に艦首部を空きブロックにして就役していた同型の前期型も順次改装によって本砲を搭載した。
ボロディノ型宇宙戦艦は本砲を一番艦就役時から搭載しており、アルジェ型では1200ミリ口径砲一門であったものが、ボロディノ型では同口径砲二門搭載に強化されている。実戦部隊・艦政本部共に、より大口径化した砲一門の搭載を望んだが、当時の地球の技術レヴェルでは薬室の大型化が限界に達していた為、これ以上の大口径化は一旦断念され、複数砲搭載に落ち着いた経緯がある。
但し、イスカンダル王国を強く信仰する一部の宗教団体や平和団体などは、本砲は地・イ和親条約にて保有と使用が禁止されている波動砲であるとして強く破棄を要求していた。もちろん国連統合軍は、本砲はあくまでイスカンダルからの技術供与前に地球独自で実用化した陽電子衝撃砲の一種であるとして黙殺している。
ボロディノ型は2205年度末にネームシップである“ボロディノ”が就役したのを皮切りに、再建された国連宇宙海軍の新たな“顔”として急速に配備数を増やしていった。ボロディノ型の全長は300メートルに満たなかった為、所謂“超弩級戦艦”でこそなかったが、ヤマト型を含めた従来艦艇とは一線を画した先進的な艦容は一般市民からも高い人気を誇った。
本型は国連宇宙海軍第二次補充計画 (2204年~2206年)において当初予定された通りの一六隻が、建造設備の拡充が進んだ第三次補充計画(2207年~2209年)では二〇隻が建造された。第四次充実計画(2210~2212)では空母をはじめとする他艦種の建造が優先されたことで八隻にまで抑えられが、2211年の地球連邦及び地球防衛軍の発足、更に同年勃発したガトランティス戦役を受けて、本計画は後に大幅な変更改定が加えられることになる。
五年間の準備・移行期間を経て2211年に正式発足した地球連邦政府は、ガミラス戦役時の国連主導体制の延長線上に位置する存在であり、比較的潤沢な準備期間が確保されたこともあって、人類初の統一政体ながら比較的スムーズなスタートを切った。
国防組織としての地球防衛軍にしても、国連統合軍からほぼそのままスライドした組織であり、発足にあたっての政治的問題は殆ど発生しなかった。それどころか、統一政体成立時の混乱が最も少なかった組織の一つが地球防衛軍であった。本来、国連統合軍は戦時においてのみ存在を許された非常設機関であったが、そんなことは半ば忘れ去られたかのように、ガミラス戦役後も組織の拡充と強化が続いていたからである。
2211年1月、地球連邦成立式典は人類新時代の幕開けとして盛大に執り行われ、その上空を待望の新型宇宙戦艦“アンドロメダ”が祝賀航行して華を添えた。だが、その僅か半年後、ガトランティス戦役が勃発する。
同戦役には、地球環境再生プログラム用特務艦から宇宙戦艦への現役復帰を果たしたヤマト、“大艦巨砲主義者”たちの長年の宿願であった超大型戦艦“アンドロメダ”が投入されたが、いずれも単艦としての存在であり、実質的な地球防衛艦隊の主力戦艦は三五隻のボロディノ型に他ならなかった(一隻は機関系の重故障により長期入渠を余儀なくされ、参戦できず)。
当時の地球防衛艦隊のドクトリンは、太陽系外縁部に警戒/警報部隊として巡洋艦以下の快速艦艇を主力とした小艦隊を複数配置、敵来襲時にはそれら部隊が遅滞戦闘を行い、その間に本国及び土星軌道から急行した決戦部隊(機動打撃部隊)が侵攻部隊を一挙に殲滅するというものであった。
ボロディノ型の配備も本方針に沿ったものであり、決戦部隊に指定された第一~第三艦隊に各二個戦隊(七~八隻)が集中配備され、残余は他の小艦隊の旗艦として一隻乃至二隻ずつ分散配備されている。
結果的にガトランティス戦役では、彼我のあまりに隔絶した戦力差から戦前に策定された戦策はほぼ全て破棄され、稼働全戦力を土星圏に結集した上で侵攻してきたガトランティス艦隊を迎え撃つという決定が下された。この方針変更の結末は諸氏もよく知る通りである。
その過程において、ボロディノ型はガトランティス軍の決戦兵器――空間跳躍型大口径熱プラズマ砲(通称:火焔直撃砲)――による超遠距離精密砲撃に苦戦するも、当時の総指揮官――土方竜提督の機転によって近接砲雷戦に持ち込んで以降は、持ち前の砲撃力と防御力を活かして数多くのガトランティス艦艇を葬っている。
特に、本型が戦隊単位で殴り込んだ際の攻勢衝力は、単艦ベースのカタログスペックでは測り切れないものがあり、三十隻程のガトランティス中規模艦隊が一瞬で壊乱・潰走に至った例すら存在した。勿論、本型にも敵砲火が集中し、多数の被弾を被ったが、他国艦艇に比べて遥かに重視された防御力が本型の戦闘航行能力をしぶとく維持させている。
また、戦隊単位での本型投入は、決戦兵器である拡散衝撃砲射撃においても有効だった。拡散衝撃砲を射撃するには長時間のエネルギー充填が必須であり、その間は主砲射撃は勿論、艦の機動も大きな制約を甘受しなければならなかった(但し、補助機関は使用可能である為、最低限の機動性は確保されていた)。
ガトランティス戦役では、単独で拡散衝撃砲射撃体勢をとった艦がエネルギー充填中の脆弱性を突かれて撃沈されるという事態が頻発した。それは相対的な防御力に劣るアルジェ型宇宙巡洋艦のみならず、ボロディノ型であっても例外ではなかった。
これに対し、戦隊単位で投入されたボロディノ型の拡散衝撃砲射撃は、戦隊中一隻が発射態勢を取り、他艦が“壁”として前方展開することで、多くの射撃において生存率と発射成功率(命中率)を両立していた。その結果、ガトランティス戦役以降、拡散衝撃砲射撃は僚艦によるバックアップ下で実施するものと厳密に規定され、単艦での実施には多くの条件が課せられることになる。
ガトランティス戦役は、次元波動エンジンの実用化と普及を果たした地球軍事力にとって初めての大規模戦闘であり、改めて“戦艦”の価値が認識された戦いでもあった。
本戦役に投入されたヤマト型、アンドロメダ型、ボロディノ型のいずれもが高い攻撃力のみならず、他国の同クラス艦艇を上回る防御力を有しており、この防御力こそが地球艦隊の総体としての戦闘能力を大きく向上させたと評価されているからだ。
これを言い換えると、頑強極まりない戦艦群が敵の攻撃を自らに誘引、一手に引き受けることで、数的主力を占める巡洋艦や駆逐艦といった中小艦艇の生存性と戦術的自由度が確保されたということになる。その証拠に、戦前のシミュレーションでは最も高い損耗率が予想されていた肉薄空間雷撃においても、実際の損耗率は大きく低減されており、戦後の戦訓調査にて、その原因が戦艦群による敵阻止火力の誘引にあったと結論付けられている(勿論、宙雷戦部隊は自らの戦技と勇猛にこそ原因があると固く信じていたが)。
確かに地球戦艦は攻防共に強力な存在であったが、土星圏に結集した五百余隻の地球艦隊全体に占める割合は僅か七パーセントに過ぎず、戦艦という艦種が単独でどれほど奮戦しようとも、その“鉾(ほこ)”としての働きにはおのずと限界があった。しかし、ガトランティス戦役では、戦艦が艦隊というシステムにおいて堅固な“盾”としての機能を十分に果たし得たことで、戦艦以外の戦力の“鉾”としての価値・威力を大幅に引き上げたのである。
単独で見れば、全身傷だらけになりながらも、猛り狂ったようにショック・カノンを振りかざす戦艦の姿は勇壮であり、実際にその戦果は他艦種を寄せ付けないものがあった。しかし、『艦隊』というシステム全体に視点を移した場合、その真価は全く別のところに存在した。
よりコストパフォーマンスと戦場投入量に優れる中小艦艇群に確固たる戦術的優位を与えるべく、敵火力を誘引する為の高価な“餌”にして頑丈極まりない“盾”――それこそが本戦役における地球戦艦の真価であった。
僅か十数年前のガミラス戦役において、ショック・カノンによる伏撃を成功させる為に、戦艦が中小艦艇を囮とせざるを得なかった状況を思えば、戦術価値の変化には隔世の観すら覚える。そうした戦術価値の激変は、次元波動エンジンの搭載によって達成されたことは論をまたないが、また別の側面からの意見として、あまりに圧倒的な決戦兵器――波動砲――を実装できなかったが故というものもあった。
確かに、波動砲という星をも砕く究極兵器と比べれば、懸命の努力で実用化された拡散衝撃砲ですら、そのインパクトは一歩も二歩も劣らざるを得ないのは事実だった。仮に、波動砲が地球戦艦に一般的に搭載可能な兵器であった場合、その圧倒的破壊力に幻惑され、波動砲搭載戦艦のみが唯一無二の至高的存在とされていた可能性は極めて高いと考えられる。そうした『波動砲絶対主義』とも呼ぶべき思想が蔓延した状況下では、バランスの取れた艦隊編成など望むべくもなく、極端に波動砲搭載戦艦を重視した艦隊整備計画や戦術ドクトリンが構築されていたであろうことは想像に難くない。
結果的に、地球防衛艦隊の実質的な主力戦艦であるボロディノ型に波動砲を搭載できなかったことが極端な戦艦偏重を抑制し、寧ろ艦隊というシステム全体の戦闘能力を最大化させる為の中核として認識されたことは寧ろ幸いだった。それは、数量において五倍以上、個々の艦の規模においても圧倒するガトランティス前衛艦隊を、地球艦隊がほぼ通常の砲雷撃戦だけで殲滅したことでも証明されている。
ガトランティス前衛艦隊との戦闘後に繰り広げられた白色彗星との直接対決は、艦艇が抗し得る限界を超えた対象との戦闘ということもあり、投入されたボロディノ型の実に2/3が喪われた。
戦役終結時、残存した本型は僅か九隻に過ぎず、その全艦が中破以上の損害を被っていた。いずれの艦も、少なくとも数ヶ月間の補修が必要であり、即時稼働艦は皆無という惨状だった。
ガトランティス戦役終結後、再び激減した人員・戦力を前に、地球防衛軍は当時進行中だった第四次充実計画は勿論、策定中だった次期以降の計画まで大幅な見直しを迫られた。中でも特に大きな変更が加えられたのは無人艦艇(自動艦隊)であり、戦前から導入が予定されていた大型駆逐艦クラスに加えて、ボロディノ型を上回る大型戦艦の大量建造まで図られている。そうした措置は、戦役中に多数が失われた艦艇乗員の窮乏を一朝一夕には解決できない以上、必須のものとして理解された。
しかし、大規模会戦時の火力はともかく、平時任務における運用柔軟性では、無人艦は到底有人艦に及ばないのが当時の実情だった。その結果、戦前からの生き残りや、戦後になって新たに就役したボロディノ型合計一八隻はこれまで以上に貴重な戦力としてその後も運用が続けられることになる
そしてそれは、2215年に本型の後継艦であるローマ型宇宙戦艦の登場後も基本的に変化は無く、2230年現在、度重なる戦役での喪失や、老朽化により予備役に編入された艦も多いが、未だ改修と延命化を重ねた八隻が現役艦名簿に名を留めている。
そして、それら八隻全てが今も太陽系内に留め置かれ、本型の建造当初に彼女たちが使命として托された太陽系防衛の任を変わらず果たし続けている。
――終わり。
さて、前後編にて公開しました『2199世界の“さらば/2”主力戦艦』設定妄想もこれにて終了です。
一時はちゃんと完成できるか心配もありましたが、何とか完成にこぎつけられて良かったです。
前編は地球における次元波動エンジンの純国産化が主なネタでしたが、この後編では拡散波動砲ならぬ“拡散衝撃砲”がネタの多くを占めています。
もちろん完全なでっち上げネタですが、これで以後の地球艦艇も艦首に遠慮なく大口を開けることができます(笑)
それ以外は、かなりオーソドックスで地味なネタを淡々延々と続けてしまいましたので、ちょっと退屈な文章になってしまったのが反省点です(^_^;)
ただ、波動砲が地球において普及兵器とならなかったが故に、地球防衛艦隊のトータルバランスが寧ろ向上したというくだりは、この主力戦艦ネタを書き始める時から考えていたことなので、こうして文章にできたことには満足しています(^o^)
あと、ガトランティス戦役は個人的好み(ヲイ)で2211年に勃発することにさせていただきました。
少なくとも10年くらいの戦間期がないと、“燃える”戦術状況を演出するに足る地球防衛艦隊を準備できないと思ったからです。
正直言えば10年でもまだ短すぎると思いますが、これ以上年数が経過してしまうと、いかに特例処置を持ち出したとしても、土方さんが現役を退かないといけなくなりそうなので、10年をぎりぎりの妥協点としましたw
アンドロメダも名前だけは登場させましたが、主力戦艦の延長線上に位置する単に巨大なだけの戦艦か、ビーメラで回収した波動コアを搭載した“超ヤマト型戦艦”かは、あえてはっきりさせませんでした。
個人的には、土方さんが乗る全軍旗艦としての“超ヤマト型戦艦”がいいですが、もし土方さんが乗らない“さらば”展開だったら単なる大型戦艦がいいですね。
あ、、、ちなみに作中の女性艦長は、、、ええ、はい、いつものアノお方ですw
EF12さん、毎度すみませんm(__)m
さて、年明け以降、航空機ネタやこの2199主力戦艦ネタに寄り道ばっかりしてきましたので、今度こそ宇宙空母の続きを書かないと(^_^;)
と言ってもまずは、以前書いた航空機ネタに合せて前編の修正から始めないといけませんがw
後編も含めてなんとか年内には完成したいです♪
注記:本文章は『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』の制作が発表される以前(2014年7月)に書いたもので、2202とは一切関係ありません。