我が家の地球防衛艦隊

ヤマトマガジンで連載された宇宙戦艦ヤマト復活篇 第0部「アクエリアス・アルゴリズム」設定考証チームに参加しました。

宇宙戦艦ヤマト2199外伝“第一次火星沖海戦”

2018-08-29 21:53:02 | 宇宙戦艦ヤマト2202


以下の文章は、昨日ニコニコ動画MMD杯ZEROに出品しました『宇宙戦艦ヤマト2199 外伝“第一次火星沖海戦”』の原作にあたります。
本文の前日譚として、先に公開しました『序章』があり、続編である“第二次火星沖海戦”も後日公開予定です。
一連の文章の設定は、アニメ『宇宙戦艦ヤマト2199』及び『宇宙戦艦ヤマト2202』に基づいていますが、公式設定では描かれていない部分や矛盾を感じる部分、特に個人的趣向を優先したい部分については独自設定を採用していますので、予めご了承下さい。
また、表現媒体の違い故に、MMD本編とも多少設定・展開が異なる部分がありますことも、合せてご了承願います。


【第一次火星沖海戦】


 冥王星(プラート)の制圧後、ガミラス軍はこの地に前線基地を設けるべく人員・資材を投入すると共に、太陽系外惑星群の制圧を着々と押し進めていった。そのペースは戦力と兵站の不足により、決して早いとは言えなかったが、地球側の抵抗が微弱だったこともあって、2192年中には木星圏に続き土星圏の制圧を完了している。
 一方の地球側だが、この時期はひたすら隠忍自重に徹していた。
 地球艦艇の機動能力で火星以遠の外惑星を舞台に迎撃戦闘を行うのは、距離と到達時間の点で極めて不利であることが冥王星をめぐる戦いで明らかとなっており、国連統合軍は火星軌道を絶対防衛線に指定、機動運用可能な戦力の大半を火星圏に集結させる決定を下した。本決定に伴い、木星圏や土星圏の基地群や駐留部隊はガ軍侵攻前に放棄と撤退が行われ、艦隊についても、悪しき意味でのフリート・イン・ビーイング(現存艦隊主義)だという誹りを受けつつ、徹底した既存戦力の保全・強化と世界中の工業力をフル稼働させての新戦力迎え入れが行われていたのである。
 こうした地球側の戦略変更を各種の諜報・偵察情報からガミラス軍も察知しており、その絶対防衛線が火星軌道に設定されていることも正しく認識していた。この時期、恐るべきことにガミラス軍は諜報員の地球圏潜入すら行っていたが、そうしたヒューミントを用いずとも地球軍事力の火星圏集結は明らかだった。地球軍は火星への戦力集中を全く隠そうとしないばかりか、寧ろガミラス軍に対して誘いをかけている気配すらあったからだ。
 ガミラス軍には火星を無視して地球を直接攻撃するという選択肢もあった。しかし、地球と火星の距離ならば戦略機動性能に劣る地球艦艇でも24時間で到達が可能であり、一撃離脱ならばともかく、制圧を目的とした大規模侵攻を行う場合、地球と月の戦力撃破に侵攻艦隊が忙殺されている間に、火星から急行してきた地球艦隊との間で挟撃されてしまう可能性が極めて高かった。
 もちろんそれに気づかぬシュルツ大佐と幕僚団ではない。

 2193年2月、火星軌道上に設置された観測衛星が光学及び熱源観測にて冥王星を出撃するガミラス艦艇五〇隻余を捉えた。その中には、冥王星をめぐる戦いで地球の迎撃艦隊を遠距離砲撃で散々に叩いた超弩級戦艦も含まれており、国連宇宙海軍は本艦隊がガミラス軍主力であると判断した。
 遂に来たか――そんな諦観にも似た想いと共に国連統合軍は警戒レヴェルを最高度に上昇させ、『カ号作戦』発動を下命、各部隊は所定の作戦要綱に従い迎撃準備を開始した。



 この時、火星圏に集結していた地球艦隊の総数は実に五百隻。開戦後に急速建造された艦こそ小型艦を中心に未だ少数であったが、第二次内惑星戦争後に予備艦・保管艦とされていた艦艇多数が近代改装を受けて現役復帰を果たしており、開戦時の総戦力すら上回る五百隻という艦艇数を実現していた。また、既存艦艇も主要防御区画の装甲を耐ビーム複合装甲に換装するなど、可能な限りの装備刷新と強化を行っており、これに敵に十倍する物量(これまでの分析結果から、ガミラス艦隊の総数は最大でも五〇隻程度と想定されていた)を合せれば敵軍の撃退も決して不可能ではないと、統合軍上層部も迎撃に対してある程度の自信を持っていた。
 尚、冥王星での戦闘後、国連宇宙海軍は司令部の大幅な刷新を果たしており、嘗ての合衆国軍、中華連邦軍からの出向者が大きく減少した半面、EUや東アジア諸国軍からの出向者の割合が増大していた。
 これまで国連宇宙海軍の実質的主力を占めた米/中軍は、開戦以来の戦闘で大きな損害を受けていた事に加え、多数保管していた予備艦艇の現役復帰によって指揮官クラスの人員に著しい不足をきたしており、国連統合軍内の各軍司令部に出向していた佐官級以上の士官が多数引き抜かれたのである。
 だが、こうした司令部陣容の変更は決して悪いことばかりではなかった。

 数世紀に渡り地球国家中では飛び抜けて巨大な戦力を有してきた米/中の軍事ドクトリンは、圧倒的な物量と軍事技術力の優位を活かした極めて積極的且つ攻撃的なもので、過去に彼らに敵対した地球上の中規模以下の国家や火星独立軍相手に、そのドクトリンは極めて有効に機能した。何故なら、彼らの敵対勢力も自軍の劣勢を十分に理解しており、開戦時の奇襲攻撃といった例外を除けば、その軍事行動は極めて防衛的なものにならざるを得なかったからだ。その点、劣勢を理解し、防御を固めた敵を叩き潰すために、米/中軍のドクトリンが積極性と攻撃性において先鋭化するのは最早必然だったと言える。
 しかし、2191年から開始されたガミラス軍との戦いにおいて、そうした米/中の軍事ドクトリンは完全に裏目に出ることになる。これまでの戦いとは逆に、軍事技術力で圧倒的格差をつけられたガミラス軍に対する積極性は、余程慎重な作戦立案と戦術判断を伴わなければ、単なる無謀と紙一重だったからだ。事実、天王星及び冥王星を巡る戦いにおいて、過度の果断や慎重さの不足から、本来ならば払わなくてもよい損害を被った事例も確認されており、米/中軍ほど戦力に余裕がないが故に、より慎重な作戦展開を求める他国軍から抗議が寄せられていた。
 冥王星からの撤退戦以降に進められた国連宇宙海軍の抜本的な再編成においては、一国でも多くの国連軍参加国と、一部隊・一隻でも多くの国連軍派遣部隊を動員することが目指された為、これまでの戦闘における国連軍参加国の不満をも考慮する必要があった。とはいえ、未だ実質的に国連軍の主力を占める米/中軍を表立って糾弾することもできず、中級以上の指揮官クラスの人員不足という米/中軍側の事情と擦り合わせが図られた結果、司令部人員の構成国バランスが刷新に近い形で調整されたのである。
 結果的にこの再編成は、自軍の劣勢を当然のものとして受け止めつつ、堅実な作戦構想を構築しなければならなかった当時の司令部には良性に作用し、本『カ号作戦』も極めて現実的且つ堅実なものにまとめられていた。本作戦の目的が“敵軍の殲滅”とされず、“撃退”とされたことこそが、その最大の象徴と言えるだろう。

 現時点で望み得る最良の防衛態勢を固めた国連宇宙海軍司令部であったが、彼らにも悔恨はあった。その最大のものは、“画期的な新型艦砲”の試作砲が既に完成し、実艦への搭載改装まで開始されていたことだった。あと数ヶ月も待てば、試験的な実戦投入も不可能ではないと考えられていたのである。
 しかし、戦略的なイニシアティブを攻勢側が有している以上、防御側の彼らに否応はなく、投入可能な戦力のみで戦い抜くしかなかった。

 冥王星を出立したガミラス艦隊は地球艦隊とは別次元の高い航宙能力を見せつけ、僅か一週間で火星圏にまで進出してきた。
 これに対し、国連宇宙海軍も待機していた稼働全艦を出撃させると共に、火星の軌道基地――グラディウス・ステーション――から実戦初参加となる空間用航空機を大挙発進させ、直衛戦力として艦隊に随伴させていた。その点、地球艦隊は軌道基地を一種のリグ空母として活用しようとしたと言えるだろう。
 更に、地球艦隊は火星と軌道基地を背にする形で布陣しており、戦闘正面とガ軍の機動範囲を限定することで戦力・火力密度を向上させていた。当然、そうした布陣では火星が付随被害を受ける事も避けられないが、内惑星戦争後の強制移住によって火星は完全な人口過疎地となっており、実質的被害は無視できると判定されていた。



 最初に仕掛けたのは地球艦隊だった。
 彼らの正面には、本作戦に備えて設置されたデブリ群が大小を問わず無数に浮遊しており、ガミラス艦隊の接近と同時に、デブリ群に紛れ込ませた知能化機雷が次々に起爆された。これらの機雷内にはビーム擾乱剤が充填されており、飛散した擾乱物質とデブリ群を組み合わせることで即席のビームバリアが形成されたのである
 対するガミラス軍は定石通り大型のガイデロール級及びデストリア級による遠距離砲戦を開始したものの、デブリと擾乱剤によるビームバリアが十分に機能し、その効果は極めて限定されてしまう。
 一種の空間障害として敷設されたこれらのデブリ群は、第二次内惑星戦争の置き土産のような存在だった。第二次内惑星戦争末期、徹底抗戦を図る火星独立軍と侵攻してきた国連宇宙海軍との激しい戦闘によって、軌道上に多数設置されていたコロニー群は壊滅的な損害を受けた。その残骸は今も火星軌道広くに分散しており、それを再利用する形で巨大なデブリゾーンが構築されたのである。



 一向に効果を発揮しない遠距離砲撃に痺れを切らしたのか、ここでガ軍の軽艦艇群(ケルカピア級及びクリピテラ級)が独断で接近を開始、一部はデブリゾーンに侵入して地球艦隊への砲撃を開始しようとした――だがその瞬間、至近の大型デブリの陰から多数の突撃駆逐艦と航空隊が出現、不用意に突出したガ軍軽艦艇群へと襲いかかった。
 これらの突撃駆逐艦は中距離以遠での砲撃戦能力には期待できない半面、宇宙魚雷や各種ミサイル等の実体弾兵装が充実しており、大型デブリを仮泊地にガ軍の接近を手ぐすね引いて待ち構えていたのである。もちろんそれまでの間に、ガミラス艦の砲撃によって潜んでいたデブリごと撃破される不運な艦も少なからず存在したが、何の遮蔽物もない宇宙空間を友軍の牽制と機動力だけを頼りに肉薄するよりも生存率は遥かに高く、それを知っている駆逐艦の乗員たちはガ軍艦艇の遠距離砲撃の間も息を殺し、歯を食いしばって突撃の瞬間を待っていた。
 その中の一隻、磯風型突撃宇宙駆逐艦“ヒビキ”に乗り込んでいた従軍記者は、艦内照明を最低限にまで落とした薄暗い艦橋内で駆逐艦長の「これで当たらなければ、おめでとうってところだな」という呟きを耳にしている。記者は、その口調と態度が普段と全く変わらないものであったことにまず驚いたが(記者自身は今にも失禁しそうな程の恐怖に怯えていた)、次の瞬間、艦長が被り直した制帽の隙間から一条の汗が流れ落ちるのを見た。
 だが、常人であれば、発狂してもおかしくない程の耐久と犠牲を強いられた彼らの労苦は完全に報われようとしていた。突如至近から襲撃を受けたガ軍軽艦艇群に、誰の目にも明らかなほどの混乱が発生したからである。
 外宇宙での大規模艦隊戦闘を重視するガミラスの中小艦艇は砲雷装備が充実しており、艦サイズに比して極めて大きな対艦戦闘能力を有するが、その代償として近接防空能力が相対的に低かった。突撃してきた地球の駆逐艦群はガミラスの基準で言えば“艇”や“機”に近く、クリピテラ級の五インチクラスの陽電子砲ですら近接戦闘では明らかに威力過剰だった。
 結果、軽快な地球駆逐艦に向かって放たれた阻止砲火は多数の誤射となって多くの友軍艦を傷つけ、そこに地球艦隊が付け込んだ。
 件の“ヒビキ”もその一隻だった。本海戦にあたり、彼女の艦長は自らの判断に基づく独自の攻撃方法を乗員に徹底していた。
 肉薄攻撃は他艦と同様だったが、駆逐艦にとって最大最強の武器である宇宙魚雷を射程に入ると同時に発射管装填分/三発を全て撃ち放っていたのだ(通常の雷撃戦では、有効射程よりも遥かに近距離で発射するのが常である)。当然、目標とされたガミラス艦(ケルカピア級)は回避機動を取りつつ魚雷の迎撃を開始する。
 ヒビキはその間も主砲である高圧増幅光線砲をガミラス艦の艦橋に集中し、迎撃を妨害するが、ヒビキの魚雷は遠距離から放たれたが故に、迎撃の余裕を与えてしまい、三本の魚雷は悉くガミラス艦の手前で阻止されてしまう。
 だがこの時、自らが発射した宇宙魚雷を追いかける形で突進を継続していたヒビキは既にガミラス艦の至近にまで到達していた。そして、ケルカピア級乗員に驚愕する暇すら与えず、ヒビキの艦首が立て続けに閃光を発した――しかしそれは宇宙魚雷の発射炎でも光線砲のビーム光でもなかった。



 12.7サンチ艦首対艦砲。

 磯風型設計時、未だ新兵器扱いだったビーム砲“高圧増幅光線砲”が本型にも搭載されることが決定したが、小型・小口径故の信頼性と威力不足が懸念されたことから、“保険”として艦首に急遽増設されたのが実体弾式の大威力砲――12.7サンチ対艦砲――であった。
 だが結果的に、磯風型に搭載された光線砲は配備時から必要十分な性能を有していた為、光線砲に対する懸念は杞憂に終わった。その時点で“保険”としての対艦砲は半ば宙に浮いた存在となり、扱いや保守の難しさもあって、2193年当時にはほぼ忘れられた兵器と化していたのである。
 だが、光線砲の代替兵器として設置されただけに、その射程と威力は(実体弾砲としては)極めて優秀であり、当時の最新鋭主力戦車の戦車砲と比較しても全く遜色がなかった。但しその分、発射時の反動は凄まじく、連続発射試験を担当した駆逐艦からは「艦がへし折れるかと思った」という意見も挙げられていたが。
 ヒビキはそんな、誰もが忘れていた高初速砲を、攻撃目標としたガミラス艦に至近距離から立て続けに叩き込んでいた。弾数は四。ガ艦の艦橋はそれまでヒビキの執拗な主砲(光線砲)攻撃を受け続けていたが、光線砲のビームは悉く装甲表面で跳弾し、ガミラス艦は何らダメージを受けていないかのように見えた。しかし実際には、立て続けの命中弾によってミゴ・ヴェザーと呼ばれる装甲の強化被膜の一部が剥離しており、剥離部分で装甲の強度低下が発生していたのである。
 そこに命中した対艦砲の徹甲弾が、剥離した被膜の隙間から装甲板へ命中、運動エネルギーと弾頭硬度にものを言わせて装甲板への浸透を開始した。そして未だ十分な初速を維持した弾頭はガ艦の装甲を完全に突破、正貫が発生する――。
 ヒビキが目標としたガミラス艦の至近を駆け抜ける直前、ガミラス艦の艦橋が内側から破裂するように吹き飛んだ。
 その鮮烈過ぎる光景をヒビキの艦橋要員の殆どが目撃しており、彼らは一斉に拳を突き上げ、魂から噴き上がってくるような雄叫びを発した。それは便乗者である筈の従軍記者すら例外とせず、艦橋内は文字通り興奮と歓喜の坩堝と化す。
 唯一の例外は艦長であり、美貌と評しても異論はないであろう秀麗な貌を未だ厳しく引き締めつつ、全速での退避離脱と全周見張りの徹底を改めて命じた。しかし離脱成功後、僅かに相好を崩し『よし、もう一隻喰っちまおう。転舵反転』と続けたことで、艦内の士気は最高潮に達した。
 ヒビキはその後も奮戦を続け、突出したガミラスの軽艦艇群が後退を決断するまでに、もう一隻のガミラス艦に損傷を負わせている。だが、彼女ほど巧妙且つ効果的に立ち回ることができた艦は僅かであり、雷撃こそ多数の艦が成功させたものの、宇宙魚雷の威力不足から決定的な戦果を挙げることはできなかった。
 しかし、地球艦の攻撃以外にも、多数発生したフレンドリーファイアーによって思いのほか多くの損傷艦が発生したことから、ガミラスの軽艦艇群はほうほうのていで後退を余儀なくされた。
 その後、ガミラス艦隊は中距離からの砲撃によってデブリとそこに潜んだ駆逐艦群(ガミラスの中小艦艇群が後退した際、彼女たちもデブリの中の仮泊地に引き上げていた)の排除を試みるも、展開されたデブリ群が膨大であったこと、未だデブリ内で散布が続いている擾乱剤の効果もあって、除去作業は遅々として進まなかった。

 地球艦隊の意外なまでの奮戦に、旗艦シュバリエルのシュルツ大佐は舌を巻いた。これまでの稚拙な戦いぶりから一転、本海戦における地球艦隊の手管と戦術の徹底は際立っており、彼らが戦況を千日手に持ち込もうとしていることは最早明らかだった。
 火星に大規模な地球艦隊が健在である限り、後背が気になるガミラス軍は地球本土を本格的に攻撃することができず、そしてこの地で完全に守りを固めた地球艦隊を殲滅するには、相当に踏み込んだ攻撃を行わなければ、決定的な効果を期待できなかった。そしてそれは、ガミラス軍にも少なくない損害が発生することを意味し、補充に不安のある彼らにとって、現実的な選択肢ではなかった。
 もちろん、ガミラス軍には地球―火星間の連絡と補給線を断ち、兵糧攻めにするという手段もあった。しかし、地球と火星の距離、そして火星にもある程度自活可能なインフラと産業拠点が存在することが既に判明している以上、決して効果的な戦策とは言えなかった。



 ――なるほど、いい作戦だ。

 シュバリエル艦橋でそう呟いたシュルツ大佐であったが、その内心は言葉ほど自信に溢れていた訳ではなく、寧ろ驚きの方が大きかった。地球側は既に、ガミラス軍が戦力と補充に不安を抱えていることに気がついている――その事実に思い至ったのである。
 極めて高い戦技と戦意を有する地球軍がその点を最大限に活かして粘り強く戦ったならば、ガミラスが負けることはないにせよ、当初想定した以上の苦戦を強いられるのは間違いない。そして仮に、長期化する戦いの中で、地球人たちがガミラス艦艇を正面から撃破可能な兵器の開発に成功したならば――。

 ――なにをバカな。

 シュルツ大佐は大きく頭を振って、自らの不快な想念を振り払った。一分一秒を争う戦場で何を考えているのだ、俺は。
 だがそんな自戒の念すら、彼の思考を止められない。大佐は、これまで野蛮人としか認識していなかった地球人たちに対して、全く別の感情を覚え始めていることに気づいた。

 ――驚愕?いや、称賛か?

 確かにプラート(冥王星)の戦いで殿(しんがり)を務めた敵将の戦いぶりは称賛に価した。ドメル中将であっても、それに同意してくれるだろう。だが、この心の揺らぎはそれだけが原因ではない。

 ――そうだ、羨望だ。俺は羨んでいるのだ。

 これほどの劣勢にも係らず、戦意を捨てず、知力の限りを尽くして戦い抜こうとする地球人たちの姿に、この身が震える程の羨望を感じているのだ。
 それは嘗て、我等が為し得なかったこと。
 あまりの敵の強大さと、一時の平和を旗印に、自ら侵略者たちに降った我々には為し得なかったことだ。
 それを、地球人たちは強靭な意思の力で貫き通そうとしている。
 彼らを衝き動かすのは一体何なのだ?我等への恐怖か?民族としての矜持か?よもや、単なる戦闘狂ということはあるまい。
 唯一確かなことは――彼らは尊敬すべき敵手、それも強敵であるということだ。

 ――敵を侮るな、か。まったくですな、中将。

 敬愛する嘗ての上官の口癖を思い出し、改めて決意を固めたシュルツ大佐は、ガンツ少佐に“最後のカード”を切るよう命じた。

 ――ならば尚の事、最高の敬意と共に、ここで徹底的に叩き潰すまでだ。



 国連宇宙海軍の士気は天を衝かんばかりに上昇していた。
 それも当然だった。開戦以来初めて彼らの作戦は有効に機能し、憎き侵略者たちがこちらを攻めあぐねていることが、戦場の空気を通じて如実に感じ取れたからだ。
 敵軍に与えた損害は決して多くはないものの、自軍の損害も最小限であり、このまま粘り強く戦い抜けば、決定打を欠く敵は撤退を選ぶ他なくなる。そうすれば我々の勝ちだ――多くの艦隊将兵が勝利の可能性を見出す中、異変は突如として発生した。
 最初にそれを検知したのは、火星周辺に配置された無数の観測衛星群と、グラディウス・ステーションであった。
 元は火星のテラフォーミング用マザーベースとして建設され、内惑星戦争時には火星独立軍が軌道要塞化、戦後は国連統合軍が火星圏への“重石”“鍋の蓋”として更に拡大・強化した全長10kmを超える超大型軌道基地は、艦艇とは比較にならない大出力・高精度のセンサー群を多数備えており、空間の異変を一早く観測したのである。



 次元震に伴う重力異常――後の時代であれば“ワープアウト反応”と呼ばれたであろう現象が捉えられた次の瞬間、空間に無数の眩い閃光が走り、その中からダークグリーンの獰猛なシルエットを有する艦艇群が次々に出現してきた。その数は瞬く間にシュルツ艦隊の倍にも達し、百隻を超える。

 銀河方面軍直轄艦隊――第二四重空間機甲旅団。

 祖国から遠く隔たった辺境故、常に戦力不足に悩む銀河方面軍においては唯一の例外であり、虎の子の予備戦力であった。
 旅団とは言え、その実態は著しく強化された増強旅団であり、編成に新鋭のハイゼラード級航宙戦艦とメルトリア級航宙巡洋戦艦をそれぞれ一個戦隊含むなど、シュルツ大佐の通常編成旅団と比べれば、その戦闘実力は数倍に達するとまで評される精鋭艦隊だった(それ故、指揮官も大佐よりも上位の准将が配されている)。
 そんな強力極まりない戦力が突如として至近に出現し、国連宇宙海軍は完全に虚を突かれた。
 これまでのガミラス軍の活動解析によって、彼らが何らかの超光速星系間航行(ワープ航法)を行っていることは認識されていたが、それはあくまで外宇宙に限っての事であり、物理的障害物や重力干渉物の多い星系内ではそれは不可能と考えられていた。事実、開戦から二年が経過した現在に至るまで、ガミラス艦隊は太陽系内でワープ航法(ゲシュタム・ジャンプ)を一度として実施しておらず、その推測は確実と考えられていた。
 だが、最早確定事項とすら考えられていた推測は部分的には正しかったものの、全てを正確に言い当てている訳ではなかった。
 星系内での精密なワープ航法を困難にしていた重力干渉物については、冥王星基地の稼働後、徹底した定点センシングによって太陽系内の重力分布地図(惑星や衛星、小惑星などの重力分布とその影響を示した地図)が完成。更に、冥王星基地から精度の高い航法管制を受けることで、この時期には既にピンポイントの星系内ワープすら可能となっていた。
 だが、シュルツ大佐は麾下の艦隊に対し、本作戦の開始まで星系内でのゲシュタム・ジャンプの実施を厳禁し、地球に対する欺瞞を徹底、その奇襲効果が最大となる局面で初めて星系内ジャンプを大規模に敢行したのである。
 結果は絶大だった。
 当時の地球人類には検知不可能な外宇宙からのワープによって突如出現した敵の大増援に対し、地球艦隊は混乱するばかりで、陣形変更すら満足に行うことができなかった。天王星と冥王星をめぐる戦いで、経験豊富な指揮官多数を喪ったことが、咄嗟の場面での脆さとなって表出した形だった。

『来援ヲ謝ス。我、貴隊トノ協同攻撃ヲ希望ス。“がーれ・どめる”』
『了解。我等共ニ第六空間機甲師団ノ誉レヲ示サン。“がーれ・どめる”』

 勿論その隙を見逃すシュルツ大佐ではなく、増援部隊指揮官(旅団長)に対する来援の礼もそこそこに、敵至近に接近しての協同攻撃を要請、増援部隊指揮官も即座にこれを快諾した。



 第二四重空間機甲旅団は、数年前に方面軍唯一の機動戦略予備として鳴り物入りで天の川銀河に派遣されたものの、方面軍司令長官の無定見と保身感情故の温存方針により、これまで一度として前線に投入さることはなかった。その結果、旅団はガトランティス帝国の蠢動によって機甲戦力が不足した小マゼラン方面軍へ配置転換されることが既に内定しており、数ヶ月後には具体化する筈であった。
 シュルツ大佐にとって何よりも幸運であったのが、件の旅団長がドメル中将の第六空間機甲師団で轡を並べた“戦友”であったことだ。旅団長自身は青い肌を持つ一等ガミラス人であったが、何事も実力主義の“ドメル軍団”で長く過ごした者は、肌の色に対する差別や偏見が大きく緩和されるのが常だった(さすがに皆無とまではいかなかったが)。
 そして、シュルツ大佐の能力はドメル中将が御墨付を与えるほどのものであったから、師団の他の指揮官の中にも大佐に高い評価を与えていた者は多数おり、その一人が第二四重空間機甲旅団長だったのである。
 天の川銀河において久しぶりの再会を果たしたシュルツ大佐と旅団長は一計を案じ、旅団長から方面軍司令官であるゲール少将に以下の上申を行った。

 曰く――我らはまもなく、小マゼランへと転進しますが、銀河方面軍では一度としてまともな槍働きを仰せつかっておりませぬ。これではディッツ提督は勿論、我が隊の方面軍配備にひとかたならぬ尽力を賜った“ゼーリック閣下”への面目も立ちませぬな――と。

 二人の狙い通り、最後の一言の効果は劇的だった。
 直後から少将は旅団が投入可能な戦場を慌ただしく検討し始め、そこに“偶然”太陽系からの増援要請がもたらされたことで、重機甲旅団の太陽系投入は半ば即断で決定された(大規模決戦時に方面軍から増援を得ることそのものは、開戦後間もなく取り決められていた)。
 当初、ゲール少将は重機甲旅団に自ら乗り込んで陣頭指揮を執ろうとしたが、『指揮官たるもの、後方で泰然と戦勝の報のみをお待ち下さい』と旅団長から丁重に謝絶されては引き下がらざるを得なかった。階級こそ下位であったものの、国防軍主流派、トップエリートにして貴族階級出身者でもある精鋭旅団の長にそう言われては、さすがのゲール少将も無理強いはできなかったのである。
 もっとも、後に旅団長はシュルツ大佐にこう語っている――あんな粗雑な男を俺の“ヴァイヘルム”に乗せるなんて御免だね――と。

 海戦前、シュルツ大佐は火星に集結した地球軍主力を自らの七五七旅団単独で撃破できた場合、その直後に第二四重機甲旅団を地球本土攻撃に投入するつもりだった。機動戦力の大半を火星圏に集めた地球軍にこれを阻止する術はなく、堅固に防御された地球本土の基地や施設に対する攻撃も、重機甲旅団の打撃力があれば、十分な効果が期待できると踏んでいたのである。
 その点、大戦略的には重機甲旅団を火星での戦闘に投入するのは避けたいところであったが、地球軍に対する認識を改めたシュルツ大佐は、その温存策を思い切りよく捨て去った。そして、拠点攻撃よりも対艦戦闘こそが自らの本分と自負する重機甲旅団にとっても、戦略の変更は望むところだった。

 シュルツ大佐の決断により、地球艦隊はこれでに数倍する規模と密度の攻撃に曝されることになった。
 豊富な実戦経験と優良装備、高い士気すら有していながらも過去数年間、後方に温存されるばかりだった重機甲旅団の戦意は非常に高く、指揮官はもちろん、各艦の積極性まで際立っていた。彼らにとっては、“出稼ぎ先”で戦功を稼ぐ最後のチャンスであると同時に、過去数年間のフラストレーションの解消という二重の意味が込められた猛撃であり、その矢面に立たされた地球艦隊にとっては災難以外の何物でもなかった。
 ここまで、地球艦隊の戦力倍増要素として効果的に用いられたデブリ群や懸命な擾乱剤散布も、ハイゼラード級とメルトリア級の高い貫徹力を誇る陽電子カノン砲までは食い止められず、地球艦隊に損害が続出。そして、接近して放たれる百五十隻ものガミラス艦艇の集中砲火は、密度の点でも海戦序盤とは比較にならなかった。仮泊地にしていたデブリごと撃破される駆逐艦も相次ぎ、堪らずデブリから飛び出した艦も濃密な十字砲火によって悉く殲滅された。
 重機甲旅団の増援により、戦闘開始当初は十倍近くもあった彼我の艦数比は既に三倍以下にまで接近し、個艦性能の圧倒的格差を加味すれば、最早両軍の優位は完全に逆転していた。
 そして、火力と物量という力技によって崩された戦場の均衡をもう一度覆す力は地球艦隊にはなく、劣勢から敗勢、そして決定的な敗北へと転がり落ちていくことになる。
 陽電子砲による執拗な砲撃によって地球艦隊の抵抗力が低下したところで、勝敗を決するべくガミラス艦隊が動いた。
 残存する宇宙魚雷の全てを、既に見る影もなく密度が低下したデブリ群に撃ち込んで大穴を穿ち、そこから楔(くさび)となる突撃隊を突入させたのである。



 突撃隊は突破戦闘能力に優れるメルトリア級の戦隊を先頭に、デブリとの衝突で落伍する艦すら無視して地球艦隊の隊列に殴りこんでいった。地球艦隊も艦列と砲火を更に密にして懸命に反撃し、航空隊の決死の近接対艦攻撃も加わって多数のガミラス艦を撃破した――しかしそれが国連宇宙海軍の限界でもあった。
 阻止砲火を蹴散らして強引に地球艦隊の艦列に割り込んだガミラス艦隊は、その強力な砲火力で次々に地球艦艇を血祭りに上げていった。突撃の過程で撃破された艦を除く三十隻あまりの突撃隊は僅か一航過で百隻近い地球艦艇を屠り、その艦列をズタズタに引き裂いた。
 これまで地球艦隊を守護してくれていたビームバリアも宇宙魚雷の集中投射によって今や完全に魔力を失い、遮るものが無くなったガミラス艦隊の砲撃は地球艦艇をまるで射的の的(まと)のように次々に吹き飛ばす。突撃隊を除いても未だ百隻以上を有するガミラス艦隊の砲撃密度は苛烈であり、地球艦隊はガミラス艦隊に接近することすら許されず、撃たれるがまま次々に撃破されていった。



 ――勝敗は決した。

 だが、敗北が明らかになった後も、地球艦隊は背後に火星を置いた背水の陣故、撤退すらままならなかった。そしてガミラス軍もまた、半包囲態勢を維持しつつ攻撃を続行、最後まで抵抗を続ける国連宇宙海軍の艨艟たちは一隻、また一隻と、火星沖に無残な屍を晒すことになる。
 ガミラス軍の執拗なまでの攻撃は艦艇のみならずグラディウス・ステーションや軌道上の衛星群、火星表面の軍事・産業拠点にまで及び、徹底した砲爆撃を浴びたそれらも次々に沈黙していった。
 第二次内惑星戦争以降、縮小と放棄が続いていた火星圏の人類拠点はここにとどめを刺され、完全に失われたのである。



――『幕間』へつづく――



・・・・・・別名『シュルツ戦記』www
あまりに有名な『第二次火星沖海戦』と比べ、この『第一次火星沖海戦』は設定らしい設定も殆ど見たことがなく、基本的な設定(国連宇宙海軍は物量をもってガミラス軍を押し返そうとしたものの、逆に大打撃を蒙り、惨敗を喫してしまう)は書籍『ヤマト メカニクス2199』を参考にさせていただきました。
ただそれだけでは、単に大戦力に慢心してガミラスにこてんぱんにされたというイメージしか抱けなかったので、そこは自分なりのエッセンスを加えました。
『序章』での土方さん率いる日本艦隊の奮戦もそうですが、きっとヤマトやショックカノンを搭載後のキリシマ以外にも、知略と戦技を尽くして(犠牲を払いながら)ガミラス艦をやっつけた地球艦もあったと思うんですよね。
本作には、以前から持っていたそうした気持ちも取り入れてみました。
その代表例たる“ヒビキ”ですが、もちろんその登場(客演)には、EF12さんから御許可をいただいております(^o^)
そしてこのヒビキの活躍は、次話『第二次火星沖海戦』における地球艦隊の作戦展開に欠かすことのできない要素にもなっていきます。

実際、FGTさんから第二次火星沖海戦のお題をいただいておきながら、開戦時にまで遡ってガッツリと書き始めてしまったのは、戦略・戦術の両面から第二次火星沖の環境を整える為だったと言っても過言ではありません。
公式設定での第二次火星沖海戦の展開――他の地球艦を囮にガミラス艦隊を誘引、デブリを隠れ蓑にキリシマ等のショックカノン搭載艦が狙い撃った――は、真面目に考えれば考える程、容易には成立しないからです。
また、シュルツ大佐が開戦時から地球攻略の指揮を執っていた場合、第二次火星沖でガミラスがあまりに大きな敗北を喫してしまうと、大佐が解任されてしまう恐れがあるのも無視できない要素です。
そうした点も含め、できるだけ自分なりに納得できる展開を組み上げました。

あと、本作『第一次火星沖海戦』には宇宙戦艦ヤマト2199や2202のキーパーソンである沖田さんも土方さんも登場しません。
沖田さんは開戦時に負った戦傷の療養中、土方さんは士官学校長へ転出した直後ということで、今回は両名共にお休みですw
しかし、お二人とも次の『幕間』と『第二次火星沖海戦』にはばっちり登場されますのでお楽しみに。

昨日、FGTさんがMMD杯に出品された動画を私も早々に拝見しましたが、構図といいエフェクトといい、BGMやSEの充て方といい、私の拙い文章を恐ろしいほどのクオリティーで具現化いただいています(^o^)
本当、FGTさんはヤマト世界でのフネの動かし方と見せ方をよくご存じですよね。
自分の文章を映像にしていただくのはこれで二度目ですが、その感動たるや本当に半端ないですwww

では、また次回『幕間』でお会いしましょう♪
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宇宙戦艦ヤマト2199外伝“第二次火星沖海戦”――序章

2018-08-18 22:30:01 | 宇宙戦艦ヤマト2202
以下の文章は、後日ニコニコ動画MMD杯ZEROにて公開予定の『宇宙戦艦ヤマト2199MMD外伝“第二次火星沖海戦”』の前日譚にあたります。
より具体的には、ガミラス戦争開戦前夜から第一次火星沖海戦に至る過程を描いたものです。
各種設定は、アニメ『宇宙戦艦ヤマト2199』及び『宇宙戦艦ヤマト2202』に基づいていますが、公式設定では描かれていない部分や矛盾を感じる部分、特に個人的趣向を優先したい部分については、独自設定を採用していますので、予めご了承下さい。
また、表現媒体の違い故に、後日公開となりますMMD本編とも多少設定・展開が異なる部分がありますことも合せてご了承願います。



【序】
 2191年に勃発した地球と大ガミラス帝星の戦争(地球側呼称:ガミラス戦争)は、地球人類が初めて経験する外宇宙文明との全面戦争だった。
 だが、その初戦である天王星沖海戦において、両国の軍事・科学技術力に短日では埋めようのない圧倒的格差が存在することが判明する。僅か数隻と思われた異星人の艦船に、絶対的自信をもって送り込んだ二百隻余りの精鋭宇宙艦隊が完膚なきまでに叩きのめされたのである。
 そこで発生したあまりに大きな人的・物的損害に、開戦前、政府・市民がこぞって侵入者撃退を叫んだ“熱狂”は完全に霧散、地球圏全体が強大な外宇宙からの侵略者に怖気をふるった。

 開戦時、警備行動と称して国連統合軍が天王星系に派遣した戦力は、内惑星艦隊を中心とした彼らの保有する宇宙軍事力の実に50%、それも優良部隊ばかりを選りすぐった精鋭だった。
 その点、地球は十二分に“やる気”だった。
 後世からすると、そのあまりにも(ある種、楽観的なまでの)好戦的姿勢に驚かされるが、当時の地球には積極的にならざるを得ない事情が存在した。
 独立を目指した火星との二度に渡る内戦(第一次/第二次内惑星戦争)には勝利したものの、その後に訪れたのは地球経済圏全体を覆い尽くすような大不況であった。
 火星が行った、隕石を質量兵器として用いた前代未聞の開戦奇襲攻撃は、地球・月のインフラに甚大なダメージを与えると共に、一般市民にも多数の犠牲者が発生したことで地球の市民感情が奔騰、為政者たちは開戦早々、自国民に対し勝利後の火星への厳しい懲罰――各種開発の凍結や強制移住を含む人口削減――を約束せざるを得なかった。しかし、戦争が地球の勝利で終結し、実際にそれらの懲罰的措置を実施するにあたり、それが地球圏全体の経済リスクとなり得るという懸念が各国の財務関係者から示された。だが、戦争の終結によって求心力を失いつつあった各国首脳は、未だ戦争の記憶が生々しいこの時期に“金”と“景気”を理由に公約を反故にすることはできず、その結果、火星に対する懲罰的措置は断行されたのである。
 そして、各国の財務担当者が限定的と予想した不況は、後に『地獄の釜の底が抜けた』と称される程の凄まじい経済的損失を伴って具現化した。
 地球の各国政府は国連調整の下、大損害を受けた地球・月インフラの復旧を復興特需として呼び込むべく様々な経済政策を行おうとした。しかし、第二次内惑星戦争前、火星圏は最も開発投資が盛んなホットスポットであり、そこに投じられていた地球圏の余剰資金は、戦争と戦後の開発放棄によって完全に焦げ付いた。加えて、既に各国は火星との戦争で膨大な国家負債を抱え込んでおり、国家間での国債の買い支えも最早不可能な財政状況だった。
 つまり、当時の地球圏からは一時的に余剰資金が失われており、市場に購買能力が存在しない以上、各国がどれほど国債を発行しても意味はなかった。
 その結果、地球圏は未曽有の大不況に突入し、各国で大き過ぎる政治問題、経済問題と化した。当然、市民からの不満も天井知らずであり、中でも大量に強制移住させられた旧火星市民は地球において最底辺の地位に甘んじざるを得ず、地球市民による様々な差別や迫害、酷い場合にはコミュニティー単位での私刑事件すら発生した。勿論、独立志向が旺盛な上に、強制移住に対する怒りも大きい旧火星市民も黙っておらず、団結してこれに対抗した為、各地で軋轢や衝突が頻発、治安の悪化をはじめとする大きな社会問題となった。
 そうした広範な市民からの不満は政治へも向かい、幾つもの国で政権交代が行われ、体制の刷新が図られた。しかし、一国家レベルでは抗いようのない外的要因を前にしては、大きすぎる期待を受けた政権交代でさえ、更なる不安定化の要因にしかならなかった。
 2190年代に入ると、多くの国で移り気な民意に国政が左右される衆愚政治化が進み、過激な発言での人気取りに長けた政治家が舌先三寸で首脳にまで上り詰めるなど、政治家の矮小化と国民の右傾化が世界的傾向としてはっきりと認識されるようになっていた。



 天王星軌道に設置された監視ステーションが、外宇宙から接近してくる複数の存在を捉えたのはそんな折のことだった。大遠距離からの初期観測の結果、それは彗星や隕石の類ではなく、明らかな人工物――それも何らかの推進力を有する“船”だと判明する。
 当初、国連及び地球の主要各国は、その“船”を第二次内惑星戦争時に太陽系外に逃れた火星独立軍の残党ではないかと疑い、自国軍に対して即座に警戒態勢を取るよう命じていた。そうした状況は程なくして地球市民の知るところとなり、第二次外惑星戦争時の甚大な被害を記憶している市民たちが強い不安に駆られた結果、旧火星市民に対する風当たりや市民間の軋轢が深刻さを増した程だった。
 幸い、その後の各国軍による徹底した観測とデータ解析により、天王星圏へとゆっくりと近づきつつある謎の“船”は、地球由来のものとは全く異なる技術体系の産物であることが証明され、旧火星市民に対する市民感情もようやく平静を取り戻した。しかしそれでも、各国政府の発表を陰謀だと頭から決めつける者、火星人が異星人に救援を求めたのだと荒唐無稽な主張する者も多く、それどころか旧火星市民コミュニティーに対するテロ行為に走る者すら少なくなかった。だが、そうした“狂信の輩”による過激な政治行動やテロリズムによって、収まりかけていた市民の不安感情は再び揺さぶられ、これに引きずられるように各国内政は更に不安定さを増していった。
 そんな中、市民の間から『異星人であれ何であれ、それが危険な存在なら吹き飛ばしてしまえ』という極めて過激且つ攻撃的な主張が台頭し始める。深刻な不況と社会不安、それらに対する大きすぎる不満が長期に渡って滞留し続けたことで、人間の理性や健全な社会常識は脆弱化し、極めて直截的で動物的な(攻撃的な)反応を是としてしまったのである。
 そして、当時多くの国のトップを占めていた衆愚政治家たちは、急速に台頭した危険な市民感情を鎮静化するどころか、自らそれに迎合し、更に煽り立てた。彼らにしても、この状況は絶好のチャンスだったからだ。
 外敵を作り出すことで行き詰った内政問題を有耶無耶にする――人類史上、何度も繰り返されてきた、手垢のついた政治的詐術。禁断の果実とも称されるそれは、殆どの場合、狂ったような熱情と退廃の中でもぎ取られるものと相場は決まっていた。
 その日、緊急開催された国連安保理もまた奇妙なまでの熱気と熱狂に支配されていた。各国代表は、異星からと思しき謎の侵入者に対し、地球圏の平和を守れるのは我々だけであるという空疎な主張を繰り返し、万雷の拍手がそれに応えた。接近者の正体が分らない以上、より慎重な対応が必要だと主張する意見も存在したが、その声はあまりに小さく、僅かだった。
 こうして、最早討議にも値しない狂騒の中、圧倒的多数の賛成により国連宇宙海軍内惑星艦隊の動員と天王星系への警備派遣が決定されたのである。



 僅か数隻の侵入者の“船”に対し、天王星系に派遣された地球戦力は各国から抽出された優良部隊ばかり二百隻にも及び、主要各国首脳は外宇宙からの侵入者撃退に強い自信を持っていた。それ故に、領域侵犯を警告する地球側の通信に対し、侵入者が応じる気配がないと見るや、即座に実力での排除命令が下された。
 これに驚いた国連宇宙海軍の艦隊指揮官は、排除命令――実質的な攻撃命令はあまりに性急過ぎるとして反対の意見具申を行ったが、国連安保理の下部組織である国連宇宙防衛委員会は指揮官の更迭を行ってまで命令を実行させた。
 結果は――あまりにも無残であった。
 僅か数隻と判断された異星船は、実際にはその後方に五十隻もの艦隊戦力を潜ませており、それらが地球側の先遣艦――村雨型宇宙巡洋艦“ムラサメ”――の先制攻撃と同時に戦場に急迫、地球艦隊に襲いかかったのである。
 勿論彼らは火星独立軍の残党などではなく、正真正銘の外宇宙文明、それも技術レヴェルで言えば少なくとも数世紀は先を行く先進文明の保有者たちであり、彼我の攻撃力、防御力、機動力の差は懸絶していた。
 僅か数時間の戦闘で、地球各国が選りすぐった最精鋭の宇宙戦力は、損耗率80%を超える甚大な損害を受けて壊滅した。
 『天王星沖海戦』と命名された一連の戦闘の結果、国連宇宙海軍は一線級の機動戦力の多くを失っただけに留まらず、膨大過ぎる人的損失から、組織としても半身不随の状態に陥った(事実、本海戦後一年近くに渡り、国連宇宙海軍の作戦能力・作戦指導能力は酷く低下した)。
 一方的な敗北と大きすぎる損害に驚いた国連宇宙防衛委員会は、開戦第一撃を地球から行ったという事実を厳重に隠匿すると共に、警備活動中だった国連宇宙海軍は明確な侵略意図を持った外敵から、卑怯にも先制奇襲攻撃を受けたという発表を各国市民に行うことを決定。六大州及び各管区の軍務局が中心となって、開戦及び先制攻撃の実情を知る関係者に、半ば脅迫まがいの方法を用いてまで厳しい緘口令を敷いた。天王星沖で死力を尽くして戦い、辛うじて生還した艦隊指揮官の中には、これらの処置に激怒し、激しく抵抗する者もいたが、そうした者は外惑星の基地への転属や、酷い場合には予備役編入といった措置が採られ、完全に封殺されてしまった。
 しかし、それらの強硬手段によって、国連宇宙海軍は戦場のみならず後方でも実戦経験豊富且つ優秀な高級指揮官多数を失う結果となり、それはこの後の戦いにおいても、決して小さくない負の影響を地球軍事力に与え続けることになる。

 こうして内政的な帳尻は強引につけられたものの、“外的要因”はそうはいかなかった。仮にこの時点で、侵入者改め侵略者たちが連続した攻勢を発起したならば、実戦部隊の多くを喪った国連統合軍に抗う術はなく、太陽系は容易に制圧されるであろう事は疑いようがなかったからだ。そして、軍事的定石で言えば攻勢側のこうした行動は寧ろ当然だった。
 しかし何故か侵略者たち――大ガミラス帝星国防軍――は動かなかった。

 一般的にはワンサイドゲームとして知られる天王星沖海戦であるが、その実際は大きく異なる。
 確かに、サレザー恒星系第四惑星を出自とするガミラス軍の科学技術・軍事技術力は地球からすれば隔世の感を覚えるほどに圧倒的であり、本海戦におけるガミラス艦艇の喪失は“ゼロ”であった。しかし、何らかの損傷を受けた艦は海戦参加艦艇の実に半数近くに及んでおり、海戦後の戦場の支配権をガミラス軍が掌握していなければ、放棄する他ないと判定される程の大損害を受けた艦まで存在していたのである。
 ガミラス軍にとっての驚きは、地球側の戦技と戦意の異常なまでの高さにあった。
 確かに地球艦艇は、ガミラス艦艇と比べて攻撃力・防御力・機動力いずれの面においても比較にならない程劣勢であったが――全く無力ではなかった。
 その砲撃は、威力はともかくあらゆる距離からガミラス軍を上回る命中精度を示していたし、中小艦艇は劣速にもかかわらず僚艦との巧みな連携と陽動でほぼゼロ距離まで肉薄、砲雷撃を戦隊単位で集中してきた。更に、駆逐艦の中には艦首装甲翼やロケットアンカーを直接ガミラス艦の艦橋に叩きつける艦まで存在した程だ。
 本海戦に投入された地球艦隊は、第二次内惑星戦争を戦い抜いた豊富な実戦経験と、それに裏付けられた極めて高い技量、戦意を有しており、敵軍との圧倒的な技術力格差にも怯むことなく、技量の限りと死力を尽くして戦い抜いたのである。そしてそれが、予想以上に多数且つ深刻なガミラス艦艇の損傷に繋がっていた。
 とはいえ、ガミラス側に豊富な予備戦力があれば、更なる攻勢も十分に可能な状況であり、事実、現地軍指揮官――第七五七空間機甲旅団長バルケ・シュルツ大佐もそれを強く望んでいた。しかし、彼の部隊は、その後数ヶ月間にも渡って望まぬインターバルを強いられることになる。

 大・小マゼラン銀河に覇を唱える巨大星間国家“大ガミラス”と言えど、天の川銀河オリオン腕辺境のゾル星系――太陽系はあまりに遠すぎた。
 驚くべきことに開戦時、太陽系は直近のガミラス軍基地から五百光年もの距離を隔てており、つまりその戦場は、未だ各地で膨張を続ける大ガミラス帝星が長く長く伸ばした腕――その最先端だったのである。
 かの地で維持可能な兵站能力では、十隻単位の小艦隊を限定的に展開するのが精一杯であり、天王星沖海戦に投入された五十隻余のガミラス艦艇も、一年以上をかけた綿密な計画に基づき整備、集積された戦力であった(開戦にあたり、先制の第一撃を放ったのは地球側であったが、ガミラスがその誘発を企図していたことは、こうしたガミラス側の戦備準備からも読み取れる)。
 当然、そうしたピーキーな戦力投入に対し、開戦後の作戦展開において深刻な戦力不足が生じかねないと強い懸念を表明する司令部幕僚も――作戦参謀ヴォル・ヤレトラー少佐を筆頭に――存在した。しかし、敵軍の最も激しい抵抗が予想される緒戦に最大規模の戦力を投入して自軍の損害を最小に留め、健在な戦力を用いて更なる作戦展開を図るという旅団長――シュルツ大佐の強い意向が最後には全てを決した。
 結果的にこの判断は、緒戦において地球側の最精鋭機動戦力を殲滅するという極めて大きな(戦略的価値すら含んだ)戦果を挙げるに至ったものの、自軍もまた予想外の損害と、海戦前から予測されていた貧弱な兵站体制故の継戦能力不足により、更なる攻勢作戦は不可能となってしまったのである。

 もちろん、シュルツ大佐は再三再四に渡り、上級司令部たる銀河方面軍作戦司令部に対し増援と補給状況の改善を求めていた。しかし、司令長官グレムト・ゲール少将の兵站に対する無理解と、旅団及びその構成兵員に対する“偏見”も相まって、それが十分に果たされることはなかった。それどころか、早急な更なる攻勢発起を言い渡される始末だった。
 第七五七空間機甲旅団は、旅団長シュルツ大佐以下全員がガミラスによって保護国化された惑星ザルツ出身者で編成された部隊であり、被征服民族を“劣等種族”と呼んで憚らない当時のガミラス人が有していた度し難い偏見が如実に示された格好だった。
 しかし、優秀な指揮官が常にそうであるように、シュルツ大佐もまた諦めを知らぬ男であった。情勢を無視した攻勢を叫ぶゲール少将に粘り強く具申と要請を繰り返し、遂には幾つかの成果を得るに至る。具体的には――

(1)テロン(地球)攻略は物資・戦力不足故、中・長期戦を前提とする
(2)初期作戦として、ゾル星系(太陽系)外縁部のテロン軍基地を制圧すると共に、プラート(冥王星)に前線基地を設置する
(3)決戦時(旅団要請時)、方面軍司令部直轄戦力の一部を増援として得る

 二等ガミラス人に対する差別意識の強さでは人後に落ちないゲール少将から、これだけの成果を獲得した点だけでも、シュルツ大佐の非凡さが理解できるだろう。彼は、強大な大ガミラス帝星国防軍航宙艦隊の中でも最強の誉れ高いエルク・ドメル中将麾下の第六空間機甲師団で師団長直轄の機甲大隊を任されていた程の男であり、銀河方面軍への転属にあたっての旅団長昇進も、ドメル中将の強い推薦によるものだった。
 “与えられた条件下で最善と忠を尽くす”というドメル中将の薫陶を受けて鍛え上がれた大佐とその幕僚団は、ゲール少将から得た“戦果”を最大限に活かした新たな作戦構想を練り上げていく――。

【冥王星攻防戦】
 天王星沖海戦から四ヶ月後、遂にガミラス軍は攻勢を再開。その最初の矛先は冥王星に向けられた。襲来したガミラス艦隊は損傷艦艇の修理が追いつかず、天王星沖海戦時の半数程度であったが、国連宇宙軍冥王星守備隊――開戦後の増援もままならなかった僅かな数の外惑星防衛艦隊と空間騎兵隊で構成――は僅か二日間で壊滅(降伏)し、冥王星はガミラスの軍門に下った。
 対する地球側は、火星圏に集結していた迎撃艦隊を急ぎ出動させたものの、冥王星への到着はどれほど急いでも三週間の航宙期間が必要だった。
 本来ならば、ガミラスの侵攻目標を的確に予測し、その地に万全の戦力を布陣できるかが防衛戦の成否を決する要諦であったが、ガ軍の侵攻目標を絞り切れなかったこと、初戦の損害があまりにも大きく、戦力の再編を地球近傍で行わなければならなかったこと、更に、積極的な迎撃を行うか否かの基本的な戦略判断が遅れたことが、国連宇宙海軍に極めて大きな戦略的・戦術的劣勢を強いてしまったのである。
 最も重要な戦略判断の遅れの原因はやはり、天王星沖海戦後の国連宇宙軍内部の混乱にあった。戦場での戦死や帰還後の引責や懲罰を含め、あまりに多数の高級指揮官が一どきに失われたことで、宇宙軍全体の指揮統制・決定能力が弱体化し、迎撃するか撤退するかという基本的な戦略判断にすら多大な時間を要してしまったのである。
 当時の状況を考えれば、各外惑星に可能な限りの増援を送りこみ、固守態勢を構築するか、太陽系内の位置関係上、半ば孤立状態にある冥王星及び海王星は放棄、それらの駐留部隊を土星圏若しくは木星圏にまで撤退させるか、地球側に許された実質的な選択肢はその二つしかなかった。だが、国連統合軍及び国連宇宙軍は、そのどちらもを選択することができず、それは結果的に、ガミラス軍に各個撃破の好機を自ら与えたも同然だった。
 単独でガミラス艦隊を迎え撃った冥王星守備隊は、火星からの友軍到着まで持久可能な戦力も、撤退の許可も与えられないまま、短時間で無為に戦力を磨り潰し、迎撃艦隊も万全の防御態勢を敷いたガミラス軍に正面からぶつかる形となったからだ。
 長駆の末、ようやく冥王星宙域に到着した地球の迎撃艦隊は、見事な単縦陣を敷いたガイデロール級及びデストリア級からの徹底した遠距離砲撃によって撃ち竦められてたところを、ケルカピア級とクリピテラ級から成る宙雷戦隊の統制雷撃によってまたしても一方的に叩きのめされた。



 緒戦の砲雷撃戦で三分の一もの戦力を一挙に失い、ほぼ壊乱状態に陥った迎撃艦隊であったが、その中で唯一気を吐いたのが、本戦闘の直前、日本国から国連宇宙海軍に派遣された第一空間護衛隊群(司令:土方竜宙将)であった。
 彼らの前任、開戦時の国連派遣部隊――沖田十三宙将麾下の第二空間護衛隊群――は天王星沖海戦で奮戦空しく壊滅、沖田提督も旗艦艦上で重傷を負っていた。
 根本的な再編成が必要となった二護群に代わり、一護群が新たに国連軍へ派遣されたが、土方提督は冥王星への出撃に際して強硬な反対意見を再三再四に渡り具申していた。曰く――これから行っても間に合わない、と。
 だが、先に述べた通り、当時の国連統合軍及び宇宙海軍司令部は作戦指導能力が極度に低下しており、初戦の大敗北と侵略への恐怖で恐慌状態に陥っていた政治と市民感情が命じるまま、無謀な迎撃作戦を強行してしまうのである。
 そのツケはあまりにも大きく、迎撃艦隊はガイデロール級の強力な砲撃と宙雷戦隊の執拗な波状攻撃によって瞬く間に分断され、指揮系統も崩壊、遂には辛うじて生き乗った艦隊次席指揮官が撤退を決断するに至る。しかしそれは、個々の艦がそれぞれ死に物狂いで逃走する潰走に他ならず、多くの艦が相互支援もままならない中、次々にガミラス艦の餌食となっていった。
 戦力の致命的損失は戦闘時よりも撤退時に発生する――この冷徹極まりない戦場の原則は、地球のみならずガミラスにおいても存在しており、事実、ガイデロール級“シュバリエル”に座上したシュルツ大佐は麾下の艦隊に徹底した追撃戦と戦果拡張を命じていた。
 散り散りに分断された地球艦隊は、戦隊規模以下に散開したガミラス軍によって蹴散らされ、すり減らされ、孤立の末に撃破されていった。
 そんな煉獄のような戦況の中、第一空間護衛隊群は数少ない指揮命令系統が維持された艦隊として、迎撃艦隊最後尾に位置していた。彼らは迎撃艦隊の中でも指折りの有力戦力であったが、出撃前に土方提督が行った強硬な――しかし極めて真っ当な――意見具申が祟り、半ば厄介払いとして艦隊後方に残置されていたのである。しかし、結果的にはそれが幸いし、一護群は緒戦の混乱に巻き込まれることなく、戦力と指揮統制を維持していた。
 そして、迎撃艦隊が総崩れとなり、各個に撤退を開始する中で、土方提督はガミラス軍の艦隊運動の変化に気がついた。それまで、二~四隻単位での艦隊運動を徹底してきた敵艦隊が更に散開、単艦での活動を開始していたのである。
 残敵の包囲と掃討を企図した敵は可能な限り広く分散し、得られるだけの戦果を獲得しようとしている――それを確信した土方提督は、遅ればせながら迎撃艦隊次席指揮官から指示されていた撤退命令に対し、以下のように返電した。

 “我、コレヨリ一部戦力ヲ抽出、友軍ノ撤退ヲ援護スル。事後、任意ノ方位へ撤退セントス”

 それはつまり、次席指揮官からの命令を無視すると言っているも同然であり、事実、次席指揮官からは凄まじい勢いで命令に従うよう繰り返し通信が送られていたが、土方提督は全く頓着しなかった。
 既に編成を決めていたのだろう。一護群の中から、自身が座上する旗艦“ヒエイ”を含む四隻の戦艦全てと、更に四隻の巡洋艦を選び出し、他艦には次席指揮官の命令に従って撤退するよう指示した。そして“ヒエイ”のレーダー・モニターで両軍配置を自ら確認すると、攻撃目標を単艦で襲撃運動を繰り返している最寄りのクリピテラ級に決定、全速での急行を命じたのである。

「全艦、砲雷撃戦用意。全艦での統制射撃を実施する。
 射撃管制システムの同調接続を開始せよ」

 元が“鬼竜”によって鍛え上げられた航宙自衛隊でも一・二を争う高練度の艦隊であるだけに、提督の命令に遅れをとるような艦は一隻もない。

「全艦、砲雷撃戦準備よし。射撃管制システムの同調接続完了!」



「我が隊は敵艦後方に回り込む。距離三千で全力砲撃開始。
 以後、敵艦の無力化確認まで射撃を継続。
 戦場は錯綜している。友軍艦艇への誤射に厳重注意せよ」

 ヒエイの艦橋内で航海、砲雷それぞれから復唱の声が上がり、艦が回頭を開始する。単縦陣を敷いた八隻の小艦隊は、土方提督がイメージした通りの見事な軌跡を描いて機動していく。その艦内では既に戦闘準備が完了しており、特に砲雷科は砲撃命令を今か今かと待ち侘びていた。
 土方提督から攻撃目標に指定されたクリピテラ級は、撤退を開始した地球の五隻からなる戦隊を執拗に襲撃中だった。地球艦にはクリピテラ級を規模で数倍も上回る戦艦も含まれていたが、それらが放つ高圧増幅光線砲は悉くガミラス艦の装甲表面で弾かれ、逆にガミラス艦の砲撃や雷撃が命中すれば、殆どの地球艦は大きく速度を落として沈黙するか、轟沈するのが常だった。
 それは最早戦闘というよりも虐殺にも近い状況であったが、それ故に件のクリピテラ級は周囲警戒が疎かになっていた。そんなクリピテラ級へ一護群抽出部隊が最接近を果たしたのは、ガ軍駆逐艦が最早何度目になるか分らない襲撃運動を終え、旋回運動に入った直後のことだった。

「――撃ぇぇぇぇ!!」

 威力不足が否めない高圧増幅光線砲であったが、八隻もの戦艦と巡洋艦の砲撃力を至近から集中させたことで、強固極まりないガミラス艦の装甲も遂に突破された。艦橋と後部ミサイル発射機を破壊されたガ軍駆逐艦は、黒煙を噴き上げながらよろばうように離脱していく。
 地球艦艇がまともな砲撃戦でガミラス艦を撃破したのは、開戦以来これがほぼ初めてのことであり、ヒエイの艦橋内は大きくどよめいた。だが、その快挙を達成した土方提督自身は、一切表情を変えることなく、既に次の標的を見出している。

「砲撃終了。
 次攻撃目標ガ艦D-14。第三戦速。周囲警戒を怠るな」

 その後も、土方提督率いる一護群抽出部隊は、独航するガミラス艦を狙った肉薄集中攻撃を行い続け、シュルツ大佐が事態に気がついた時には、四隻ものガ軍艦艇が大きな損傷を受けて脱落を余儀なくされていた。しかもこの時、既に十分な退避時間を稼いだと判断した抽出部隊はガミラス艦隊への攻撃を終了し、他の地球艦艇とは別進路を取って遁走を開始していた。
 その結果、シュルツ大佐は悩ましい選択を突き付けられた。
 つまり――数的には未だ百隻近い数を維持した地球の迎撃艦隊主力を追撃するか、数は十隻にも満たないながら絶妙なタイミングで逆襲を行った小癪な分艦隊を追撃するか、はたまた追撃戦を終了し、損傷艦を護りつつ制圧したばかりの冥王星に引き上げるか―― 既にこの時点で、ガ軍の戦闘航行可能な艦艇は二十隻を大きく割り込んでおり、シュルツ大佐の選択肢は、大佐が逡巡している間にも、刻一刻と狭まりつつあったのである。
 短い熟考の末、シュルツ大佐はより脅威度が高いと判断した分艦隊の追撃を決意、快速のケルカピア級とクリピテラ級を急行させると共に、自艦とデストリア級には損傷艦の救援を命じた。
 その命令は、戦力の保全と戦果の拡張、どちらの点においても中途半端の誹りを受けかねないものであり、大佐自身もそれを自覚していた。しかし、七五七旅団の厳しい補給と補充の状況を考えれば、是非もなかった。
 この最後の追撃戦によって、結果的に一護群抽出部隊は半数以上の艦を失う大損害を受けた。しかし、追撃してきたガミラス艦の数が限られたことに加え、これらの艦の大半が宇宙魚雷を既に射耗していたことが幸いし、全滅だけは免れることができたのである。
 また、迎撃艦隊主力は、一護群抽出部隊の後衛戦闘とガ軍追撃戦力の吸収により、それ以上の損害を受けることなく、火星軌道への撤退を果たしている。

 皮肉なことに、本海戦で第一空間護衛隊群が果たした役割は、自軍よりも寧ろガミラス軍において称賛されることになった。事実、七五七空間機甲旅団が記した本海戦の戦闘詳報には、地球軍の殿(しんがり)を受け持った一護群を取り逃がしたことに対する深い悔恨と共に、同部隊の戦術判断と行動に対して絶賛に近い評価を与えている。
 だが、そうした敵軍内での評とは裏腹に、地球においてはまたしても大敗北を喫した国連宇宙海軍に対する激しい非難が沸き起こっていた。その非難が侵略者に対する恐怖の裏返しであることは明白であったが、それ故に無視することもできなかった。
 結果、迎撃艦隊で生き残った将官の大半は引責辞任と予備役編入を余儀なくされた。それは困難な撤退戦を成功させた土方提督すら例外ではなく、また提督自身も旗艦を含めた多くの艦艇と、その乗員を失った責任を取りたいと辞任を申し出ており、何らかの引責は最早確定事項だった。しかしここで、土方提督に命を救われたと信じる迎撃艦隊の将兵多数――それも国籍、所属軍、階級、性別、年齢にかかわりなく、既に辞任が決定していた迎撃艦隊次席指揮官まで――が提督の慰留を各方面に強く働きかけたことで状況が変わった。
 土方提督の更迭によって全軍の士気が低下することを懸念した国連宇宙海軍と航宙自衛隊上層部は協議の末、提督を第一空間護衛隊群司令職から解任こそしたものの予備役には編入せず、航宙軍士官候補生学校長に就けたのである。



――『第一次火星沖海戦』へつづく――



以前から興味のあった第二次火星沖海戦について、どのような戦いが行われたか考えて欲しいとFGT2199さんからご依頼いただいたのは5月末のことでした。
今思えば、FGTさんはMMD用にざっくりとした簡単な戦いの概要を求めておられたのだと思いますが、そこは激しく空気が読めない私ですので、いきなりガッツリとした文章から書き始めてしまいました(^^;)
流石にそれは冗談(?)としても、第二次火星沖海戦に関する僅かな公式設定を見る限り、おざなりな設定では、とてもまともに戦いを成立させられないだろうなという思いは確かにありました。
結果、地球の状況とガミラスの状況、それぞれをガミラス戦争開戦時にまで遡って考えることにした次第です。
また、丁度本作を書き始める前後に、宇宙戦艦ヤマト二次小説の大家、七猫伍長さんとお話する機会があり、第二次火星沖海戦の戦術展開についてご助言をいただけたことも非常に大きかったですね。
結果、この序章を含めて全体ボリュームはA4で50枚にも達してしまいました(ちなみに本序章はその内の10枚程度です)www

さて、MMD杯ZEROは8月24日~31日に開催されるイベントなので、この期間中にFGT2199さんの手によるMMD動画も公開の予定です。
ただ、あまりにあれこれと盛り込み過ぎたこともあって(^^;)、動画は『第一次火星沖海戦』と『第二次火星沖海戦』の二部に分けての公開となりました。
この内、『第二次火星沖海戦』の公開は、上記MMD杯期間後になると思います。
また、動画公開と同時に、それぞれの原作文章も当ブログで公開していきますので、こちらについても楽しみにしていただけると幸甚です。

最後になりましたが、昨日、宇宙戦艦ヤマト2199、2202で土方竜役を演じられた石塚運昇さんの訃報に接しました。
石塚さんには、土方さん役以外にもカウボーイビバップのジェットや銀英伝のヨブ・トリューニヒト、96時間シリーズのブライアン・ミルズの吹き替えなど、長年に渡り沢山の役で魅了していただきました。
本序章の中にも、土方さんのセリフが幾つもあり、本日の公開にあたって、土方さんの声を思い出しながら、一生懸命何度も書き直しました。
尽きぬ感謝の気持ちと共に、心よりご冥福をお祈り致します。


コメント (7)
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