はじめに・・・このブログについて
はじまりは2005年4月6日から。
現在別居中(ダンナが勝手に出て行きました)→調停離婚が成立しました。
覚え書き↓
2009年11月 ダンナがまたおかしくなりはじめた。
2009年12月 ダンナがまた出て行った。(二度目の別居)
2010年 2月 姑とのバトル。これ以降一切連絡を取っていない。→姑の電話で暴言。
今日はダンナが来るということで朝から憂鬱でした。
朝用事を済ませて録画してあった番組を見ていたら眠くなったけど
うとうとしかけるとすぐに眠くなくなった。
いつダンナが来るのか・・・と思うとどきどきした。
結局午前中は来なかった。
次男が昼に帰ってきたので一緒にマックに行った。
その後買い物に行き家に戻ったけどダンナはまだ来ていなかった。
次男は遊びに行くと言って出かけてしまった。
家にいてくれればいいのに・・・。
結局3時ごろ、ダンナが来た。
私は少し離れて座る、ダンナはテレビを見たり、録画してある番組を見たり
何も言わない。
私はダンナが話しかけてくるのを、少し離れてダイニングに座ってじっと待つ。
ダンナはしばらくして寝てしまった。
なんだ、話があるってのなら早く話してくれよ、とちょっとむっとしたり、
ちょっとホッとしたり。1時間ぐらいそうして待っていただろうか。
しばらくダンナ起きたけどまだテレビ見たり、タバコ吸いにベランダ出たりしていた。
なかなか話が始まらない、このまま終わったりして・・・
と思ったらだんなはテレビを切って「ちょっと話してもいいか?」と言った。
まあダンナにしてみればこんな些細な事も凄い勇気がいっただろうなあ。
自分からアクションを起すことがどれだけダンナにとって大変なことか・・・
私はわかっていながらわざと知らん顔をしていた。
何事も自分からやる、ことが無いダンナだったから。
私がソファーの方に行こうとするとダンナがダイニングの方に来てくれた。
まずはケーブルテレビの契約の話になった、
私はそれはこっちで引き落とししていこう、って言った。
今後はどこにも連れて行ってやれず、テレビくらいしか楽しみが無いから
契約切りたくないと言った。
その次にダンナが携帯の調子が悪いので修理か買い換えたい、という
まあ契約者はダンナ本人になっているから勝手に買い替えしようと思えば
すればいいのにわざわざ私に相談してから・・・という気持ちだったようだ。
携帯の料金は今後自分が払っていく・・・と言う。
やはり母親とは考え方があわないから実家を出たいと言う。
その件に関して具体的な話は出てこなかった。
アパートを探しているようではあったけど。
私は用意してあった「毎月これだけかかる・・」って表を出して話をした。
ダンナは「食費○円ってのは多くないか?」とか、
「知り合いはみんな生活費は20万あればやっていけるはずだと言っている」
などと色々と言ってくる。
でもまあそんなに強気ではなく、冷静に話し合えたと思う。
私は現実の数字を見ながらこれは・・・って一つずつ説明していく。
理解してくれる部分もかなりあった。
結局今までも赤字だった、と言う話とこれからもっとお金が必要になっていく
という話しをした。
実際の金額を見てかなり驚いたような感じだった。こんなにかかるのかと。
私はちょっと脅してみる。
「一ヶ月ここに住んでやってみてくれてもいいよ、私その間実家に戻るから、
一ヶ月やりくりとか何もかもぜーんぶやってみたら?そうしたらわかるよ。
それでかなり節約が出来たら私にも教えて欲しいし~。」と。
苦笑いしていたけど、結局自分には無理と思ったのだろう、
きちんと受け止めてくれた様子だった。
それでも今より2万円は減らしてほしいと言ってきたので。
「今までもずっと赤字だったよ、無理だね、」と言い切った。
ダンナは黙っていたけどね。
結局はスターキャットは私の方で払っていくってことにした。
携帯はダンナが自分で払うって言ったけど・・・まだわかんない。
ダンナはかなり真剣にう~んと悩んでいた。
「月々のお金を減らすか・・・ボーナス分で減らすか・・・どちらかになるよね」
お!よかった。ボーナスもくれる予定でいるんだね。(笑)
実はボーナス渡さないとか言い出さないかな・・・って
それがちょっと不安だったけど。
だから実はボーナスくれなくても仕方がないとあきらめていた。
それだけでもちょっとホッとしたな。
一応きちんとした明細をこちらから出したこともあり、
現実としてこれだけお金が掛かるんだ、
という部分はダンナに理解してもらえたようだった。
クリニックで今どんな治療をしているのかと聞いてみた。
ダンナには「考え方が自分も人も同じだ」と思っている部分がかなり強いらしい。
・・・って私はわかりきっている部分だけど、ダンナがそう自覚していることが
ちょっとびっくりでした。
そして自分の母親もそういうところがある、という。
・・・ってまあそれは全てクリニックの先生にそう言われてそうなのかな、
程度に思った部分らしいけど。
まあ人の意見を素直に認める気持ちが多少でもあるだけでもまだましなのかもしれない。
そして今はそういう部分を「人は自分とは違うのだ」という方向に持っていけるよう
そんな内容のカウンセリングをしていると言う。
毎回、50分~1時間ぐらい臨床心理士と話をして、
その後医者と話して終わりとのこと。
夕食後に飲む安定剤のようなものが出ているそうだ。
薬が体に合っているのか、調子はいいらしい。
毎回「宿題」が出るらしい、今週はこういうことを気をつけて過ごしてみて下さい、
と指示があり、次の時に「やれましたか?」という感じで聞いてくるらしい。
あとは臨床心理士と、この一週間どんなことがあったかとか、
様子を色々と話するそうだ。
ダンナは、自分自身はかなりそれで変わってきたと思う、と言う。
私にはまだよくわかんないけど。
でも確かに今日の話し合いを見ていても自分勝手な言い分ではなく、
私側の事情も一緒に考えてくれたところもあった。
ダンナは変われるのだろうか?
とにかく冷静に話しが出来るってだけでも安心した。
それでもまだ、
「今後は携帯料金のこととか・・・色々な料金を切り替えていかないと
いけないと思っている・・・」
と言っているのを見るとまだまだ家族と生活するのは無理なんだなと
思い知らされるのだけどね。
その部分はお互い様だから仕方が無いけどね。
ダンナにまだ「家にお金を入れなきゃいけない」って義務感があるうちは
私の中ではまだ大丈夫かなと思える。
お金を入れてくれるうちはなるべく冷静でいようと思う。
ダンナは6時過ぎに飲み会だからと出かけた。
飲み会行かずに節約すればいいだろ!と言いたい気持ちを押さえて
静かに見送った。
私は、姑に勘当されたことで、
「今まで母の日や姑の誕生日に贈り物をしていたけど今後はしない」
と話した。
でも、私の気持ち上、お歳暮お中元だけは贈り続けたいと思う、と言う。
甥や姪に対するお祝いに関してはうちがもらって来た分は
お返しの意味でお祝いをしていくつもりだけど、
それ以外今後は受け取らないでくれ、と話しをした。
もう姑にお金のことに関してあれこれ言われるのは嫌だから。
気持ちの上でも関係を切って行きたいと言った。
その件に関してはダンナも姑のことをこれからは気にしないでくれていいよ、と
言ってくれた。それだけでも私の気が晴れた。
ダンナが実家や、私たちとは生活できないのはどうしようもないようだ。
だからと言ってこちらに無理な圧力をかけたりする気は今の所はなさそうさ。
ただ、人格障害だからいつころっ・・・と態度は変わるかもしれない。
まだまだ何を考えているのかはわからないけど、
今の所はカウンセリングをきちんと受け止めている様子なので
もしかしたら今後は変わっていくのかもしれないし、
相変わらず一緒には住めないのかもしれない。
それでも冷静にダンナと話し合いを出来るうちは私も冷静に受け止めようと思う。
第三者的に見れば・・・なんて無責任な人間なんだろう、と思うかもしれない。
私も本当にそう思う。こんな現実受け止められるもんじゃない。
だけどそう言ってみても仕方が無いのかもしれない。
どうしても出来ないのだろう。ダンナには。
もう少し様子を見ていこう。
とにかく今日の話し合いが終わってとりあえず私は少しすっきりした。