「八犬伝」は山田風太郎晩年の傑作小説で、滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」誕生秘話を馬琴と葛飾北斎の交流を通じて、物語の虚と現世の実の世界を往来しながら、人生の虚実を絡ませて軽妙な風太郎節が展開される。それが映画化されたと聞けば見ないわけにはいかない。
馬琴に役所広司、北斎に内野聖陽、馬琴の妻に寺島しのぶと実の部分を担うキャストは実力者揃い。一方、虚の八犬伝の役者は若手揃いだが、伏姫の土屋太鳳、浜路には、いま引っ張りだこの河合優美、悪役玉梓が栗山千明と女優人もなかなかのもの(なんでも河合優美を使えばいいってもんじゃなかろうよ)。とはいえ八犬士の若手俳優は誰がどれだか分からぬ始末。監督は曽利文彦。小説と同じく実の馬琴、北斎のやりとりと虚の八犬伝の物語が交互に展開する構成だが、2時間半という上映時間はいかにも長すぎる。むしろ馬琴と北斎の交流の実の部分に絞って構成したほうがおもしろいものができたんじゃないだろうか。
八犬伝のパートはVFX多用のアクションシーンが中心で演技も含めいかにも作り物めいている。剣術ものなのだからダイナミックな殺陣が見られるのかと思いきや、細かいカットのつなぎでスピード感を演出する最近の手法は、アクションなきアクションで、殺陣の醍醐味を台無しにする。
一方、馬琴と北斎の実生活のパートは密室の語りが中心で、もっぱら退屈な切り返しショットの連続でおよそ工夫は感じられない。おそらく演技巧者二人の演技を見せたいのだろうが、お粗末なセットでカメラワークは限定されるためメリハリのないものになった。北斎が馬琴の背中を借りて絵を描くシーンは、唯一アクションが生かされたが、何より、折角馬琴の仕事場が二階なのに、予算をケチって二階建てのセットを組まないから階段が出てこない。例えば階段から誰かが転げ落ちるとか、トントントンと駆け上がるとか、最も映画的な上下運動のアクションががあれば、実の部分のシーンはもっと魅力的になっただろう。
レビューでは結構評価は高く、面白いという人には反感を買うだろうが、豪華俳優陣の出演料とVFXに金を使っただけの残念な映画と言ってよく、これが現在の邦画大作の標準形だとすると暗澹たる気持ちになってくるのだった。風太郎先生が泣いている。