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鹿児島2泊3日 前編

2011-03-27 19:43:12 | 旅行
 九州新幹線の開通を記念して、2009年のゴールデンウィークに行ってきた鹿児島の写真を載せてみます。高校時代の後輩が鹿児島におりまして、その後輩夫婦に鹿児島案内を頼んだのでした。当時の鹿児島は大河ドラマ「篤姫」のブームもあって盛り上がっていたようです。

 鹿児島空港に到着すると後輩夫婦が待っていたので車に乗せてもらい、初日はおまかせコースです。しかしその後輩がBC級観光地が好きな奴で、最初に連れて行かれたのが熊襲の穴という何ともコメントし難いスポットでした。そして昼食は地鶏をいただきました。


気を取り直して向かったのが霧島神宮です。
それまでずっといい天気だったのに、霧島神宮に着いたら急にどしゃぶりの雨。
おかげでゆっくり参拝もできなかったのですが、何とか車に乗って走り出したらすぐ晴れました。
なんか神懸かった出来事でした。


その後は鹿児島湾の東側をドライブし、桜島へ。
これは昔桜島の噴火の溶岩で埋まった鳥居です。


桜島は常に噴煙を上げていて、観光客がアクセスできる範囲も常に変わるようです。
今回は途中の展望台まで行けました。
桜島はなんとも雄大な山でした。
右側には月も見えます。


反対側には鹿児島湾の向こうに鹿児島市街が見えます。


フェリーで車ごと鹿児島湾を渡り、市街地へ向かいました。


市街地を見渡せる城山公園です。
桜島も美しいですが、フェリーの航跡も風情があります。
この公園のすぐ裏には西郷隆盛が最後の日々を過ごした西郷洞窟がありました。

 夕食後に後輩夫婦と別れ、繁華街の天文館にあるホテルに泊まりました。

つづく

スペインツアー その9

2011-03-20 21:17:35 | 旅行
スペインツアー その8の続き

 マドリッドからバスに乗ってツアー最後の観光地であるトレドに向かいました。トレドは奈良と姉妹都市になっています。


トレドは三方をタホ川に守られており、攻め込むのが難しくなっています。
対岸の展望台から街を眺めたところです。
丘の傾斜に美しい街並が並んでいます。


カテドラルを拡大したものです。
13世紀始めに着工され、15世紀末に完成しました。


こちらはアルカサル(アラビア語のThe Castle)を拡大しています。
11世紀に築かれた要塞を元に改築され、16世紀に完成しています。


カテドラルのファサードです。
美しい造形が青空によく映えています。
この周辺は非常に複雑な道になっており、一度ツアー一行とはぐれてしまいました。


ここはカテドラルから少し降りたところにあるサント・トメ教会。
エル・グレコの「オルガス伯爵の埋葬」という絵が展示されていました。
エル・グレコはトレドで後半生を送ったそうです。


入り口にはオシャレな看板でエル・グレコの絵画を案内しています。


13世紀に作られたサン・マルティン橋。
トレドに入るにはこういった堅牢な守りを通らなければならなかったのです。


マドリッドに戻ってきました。
マドリッドの夜はとても明るく、深夜になっても人がたくさん行き来していました。

 マドリッドにもう一泊し、翌朝に空港に向かいました。スペインツアーは色々なところを駆け足で回ったので結構疲れたのですが、たくさん訪問することが出来て良かったです。またスペインに行く機会があれば、もっと歴史を勉強して、それぞれの場所でゆっくりと想いに浸りたいです。

スペインツアー その8

2011-03-17 20:46:46 | 旅行
スペインツアー その7の続き

 マドリッドに宿泊したこの日が観光の最終日です。午前中はスペインの首都マドリッドの市内観光でした。


最初はプラド美術館での絵画鑑賞です。
ここではエル・グレコやベラスケスの絵画が豊富にありました。
私はここでベラスケスの「ラス・メニーナス」のジグソーパズルを購入しました。


次に向かったのはソフィア王妃芸術センターです(私ばかり写って邪魔くさくてすいません)。
ここにはピカソのあの「ゲルニカ」がありました。
巨大さと悲惨さで息が詰まりそうな作品でした。


スペイン広場に移動しました。
これはドンキホーテとサンチョ・パンサの像です。


ここは王宮で、1764年に完成しました。
王宮入り口前には衛兵が行き来していました。


この日の昼食は有名な日本料理店「どん底」でいただきました。
久しぶりの日本食はおいしかったです。


バスの中から見えたマドリッド駅。
ここでは2004年3月11日にスペイン列車爆破事件という爆弾テロがありました。
イスラム過激派の仕業で、191人が死亡、2000人以上が負傷しています。
イスラム勢と十字軍の対立はいつまで続くのでしょうか。

 奇しくも3月11日は東日本大震災が起きた日でもあります。テロおよび震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

 この日の午後は、最後の観光地であるトレドに移動です。

つづく

スペインツアー その7

2011-03-07 19:09:43 | 旅行
スペインツアー その6の続き

 セビーリャからコルドバに移動してきました。イベリア半島にイスラム勢力が進出し、コルドバは10世紀には最盛期を誇り、100万人以上の人口がいました。その後13世紀にキリスト教徒によって取り戻されました。


これはグアダルキビル川にかかるローマ橋近くのサン・ラファエルの勝利記念碑。


世界遺産のメスキータにやってきました。
8世紀後半に建設されたイスラムのモスクですが、その後10世紀後半まで3回も増築されました。
キリスト教勢力のレコンキスタ(国土回復運動)によって奪取され、カテドラルに改造されました。
ここはオレンジの中庭で、ミナレットと呼ばれる塔が見えます。


建物内部に入ると、円柱の森と呼ばれる柱の広間です。
アーチは大理石と赤レンガで作られていて、イスラム的な雰囲気です。
増築の時期によってクオリティに差があるのがご愛嬌です。


これはミフラーブといって、メッカの方角を示しています。
この壁に向かってイスラム教徒は祈りを捧げたとのことです。


広間の一角はキリスト教会として改造されています。
こちらはカトリックの儀式に使われる聖体顕示台。


マヨール礼拝堂。
建物のイスラム的な部分との対比が面白いです。


メスキータ観光の次は、隣接するユダヤ人街の花の小道を散策。
ここもセビーリャのものと同様に壁が白く、狭い道が迷路のように複雑です。
キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の複雑な歴史がコルドバには刻まれています。


この日はコルドバからスペインの新幹線AVEに乗って、マドリッドに向かいました。
車窓からは見渡す限りのオリーブ畑と虹が見えました。

つづく

スペインツアー その6

2011-03-03 19:00:52 | 旅行
スペインツアー その5の続き

 セビーリャと言えば、スポーツファンならサッカー、オペラファンなら「理髪師」、歴史愛好家なら大航海時代始まりの地、でしょうか。大航海時代には世界で最も繁栄した都市の一つで、現在はスペイン第4の都市です。


早朝のスペイン広場。
もともと博覧会の会場として造られたそうです。


スペイン広場にはスペイン国内各県を表したタイル絵が並んでいます。
これは前日までいたグラナダ県のもの。
タイル絵の手前はベンチになっています。


セビーリャの街並みです。
重厚な歴史的建造物とスマートな路面電車が混在しています。


ここは旧ユダヤ人街だったサンタ・クルス街の風景。
道は狭く迷路のように入り組んでいます。
この写真では違うのですが、この辺り一帯は白い壁になっています。


セビーリャ来たなら、このカテドラル(教会)でしょう。
16世紀に完成しており、現在は世界遺産に登録されています。
ヒラルダの塔の高さは97mです。


カテドラルに入ってすぐ上を見ると、謎の模型があります。
ワニのようですが、トカゲだそうです。


カテドラル内部。
なんとも暖かな光でした。


主祭壇となる黄金の木製祭壇のアップです。
一面の黄金色で、かなりの量の金箔が使われているそうです。


ちょっと暗い写真ですが、これは銀の祭壇です。
この近くにはコロンブスの墓もありました。


ヒラルダの塔は内部がらせん巻のスロープになっていて登ることが出来ます。
こちらはさきほど彷徨ったサンタ・クルス街方面の風景です。

 この日の午後はセビーリャを出発し、お隣のコルドバに移動です。

つづく

スペインツアー その5

2011-02-24 19:52:28 | 旅行
スペインツアー 番外編の続き

 グラナダ観光の後、次の目的地は地中海沿いにある町ミハスです。真っ白な建物が丘の斜面に立ち並んでいます。歩いても1時間程度で回れそうな小さな町ですが、階段があちこちにある立体的な構造をしています。


町の玄関口からちょっと上がった所にあるコンスティトゥシオン広場。
町の建物はこの写真のように白い壁になっています。


登り坂の両側に店と家が並んでいます。
地元の陽気なおじさんが日本語で「コンニチハ!」と声をかけてくれました。
私の後ろの看板は日本語でした。


町の一番上にはスペインで一番小さな闘牛場があります。
これも真っ白です。


お金を払って見学です。
グラウンドに降りることもできました。
とてもかわいらしい闘牛場ですが、裏手では闘牛が飼育されているようでした。


町の高台からは地中海を望むことが出来ました。
ここから100kmも西へ進めばジブラルタル海峡です。
対岸はアフリカ大陸のはずですが、さすがにここからは見えませんでした。


この日の夜はセビーリャに移動して宿泊。
夕食はフラメンコ・ディナーショーでした。

つづく

伊勢神宮から帰ってきました

2011-02-21 21:33:22 | 旅行
昨日の伊勢神宮に来ていますの続き


夕べは伊勢市駅近くのホテルに一泊。
今日の午前中は徒歩圏内の伊勢神宮の外宮(げくう)に参拝しました。
ここは外宮の本宮ですが、さすがに昨日の内宮の人だかりはありませんでした。
他にもいくつかの別宮があり、一通りお参りしました。


午後はJRで二見浦に移動し、伊勢湾に面する二見興玉神社にお参りです。
駅から歩いて15分程度ですが、昨日から歩き続けておりかなり疲れてしまいました。


二見興玉神社といえばもちろん夫婦岩です。
私はこの岩は沖の方にあって簡単にアクセスできないと考えていました。
ところが実際に見ると岸の目の前でした。


上の写真を撮った1時間程度後の夫婦岩の様子。
潮が引いて右側の女岩の根元が現れ、本土と陸続きになってしまいました。
ちなみに、夫婦岩および周辺の岩石は緑色をしていて、平たく割れる構造でした(緑色片岩?)。

この後は駅前に戻り、遅めの昼食をいただきました。
私は松阪牛ハンバーグ定食、嫁は牡蠣のペペロンチーノを注文。
松阪牛も牡蠣も大変おいしかったです。

さらにその後は赤福ぜんざいをいただきました。
昨日も内宮の近くで食べましたが、今日の方がのんびりと味わえました。


二見浦駅前から山を見ると「ちょんまげワールド伊勢 伊勢・安土桃山文化村」のニセ安土城の天守閣が見えます。
行ってみたかったのですが、体力不足で今回はパスでした。

伊勢市駅へ戻り、近鉄に乗って奈良に帰宅です。

昨日今日とあまりいい写真が取れずに申し訳ありません。
とりあえずのんびりとぶらぶらしたかったので、その意味では楽しめた一泊二日でした。

伊勢神宮に来ています

2011-02-20 20:12:46 | 旅行

奈良から近鉄特急に乗って1時間半で、あっという間に伊勢神宮でした。
ここは参道となるおはらい町です。想像以上の賑わいです。


おはらい町では伊勢うどんをいただきました。
「岡田屋」という有名な店で、さまざまな人達のサインが飾っていました。
太い麺とタマリ醤油が特徴です。
もちもちした食感かと思ったら、ふわっとしていました。


伊勢神宮(内宮、ないくう)は初詣のような人だかりです。
正月でもないのにここまで混んでいるのは珍しいそうです。


一旦ホテルにチェックインし、夕食は蔵の町、河崎の「あじっこ」という居酒屋で伊勢海老雑炊をいただきました。
この写真はちょっと食べたあとですが、伊勢海老がまるごと入って880円です。


河崎の古本屋に猫がいました。
店に入ったら、私のズボンに爪を立てて登って来ました。

つづく

スペインツアー 番外編

2011-02-15 19:40:01 | 旅行
スペインツアー その4の続き

 今回は番外編で、アルハンブラ宮殿にいた猫の写真です。パルタル庭園など何カ所かで猫が出没しました。


足下にやって来た子猫。
頭をくりくりしてやりました。


もう一匹子猫がやって来ました。
仲が良さそうです。


最下段中央にのしのし歩いています。
猫にとっては人間の歴史的遺産も遊び場や餌場なのですね。


ツアーの参加者が時間待ちのために集まっていると、
庭園の奥から一匹がむっくり現れました。


観光客の間を歩き回ります。


目立つ位置に陣取ってアピールです。


樹上にはリスまでいました。

つづく

スペインツアー その4

2011-02-07 20:14:11 | 旅行
スペインツアー その3の続き

 グラナダと言えば、もちろんアルハンブラ宮殿です。我らが夫婦のスペインツアー最大の目的は、このアルハンブラ宮殿でした。今回は写真多めです。

 アルハンブラ宮殿は14世紀にイスラム王朝が完成させた宮殿で、その後15世紀末にレコンキスタ(国土回復運動)によってキリスト教勢力の手に渡りました。その後の歴史で荒廃した時期もありましたが、現在は修復中とのことです。


表札?
……お邪魔します。


入り口近くにあったサンタ・マリア教会。
イスラムのモスクを教会に改造したとのことです。


カルロス5世宮殿。
アルハンブラ宮殿を接収したスペインの国王カルロス5世が作らせました。
アラビア風のアルハンブラ宮殿の中では雰囲気の異なるルネッサンス様式の建物です。
写真奥は円形の中庭になっています。


ナスル朝宮殿入り口に当たるメスアール宮。
ここからがいよいよアルハンブラ宮殿の神髄です。


建物の壁には見事なアラベスク模様の細工が施されています。


有名なアラヤネスの中庭です。
奥の建物は大使の間があるコマレス宮。


ライオン宮の中庭ですが、本来は中央にライオンの噴水があるはずでした。
この時は修復中で、全員いなくなっていました。残念…。


ライオンの中庭に隣接する3つの部屋のうちの一つ、諸王の間。


アベンセラヘス一族が皆殺しにされたというアベンセラへスの間の天井。


二姉妹の間。
鍾乳石装飾が施された八角形の天井が美しいです。


バルコニーからの眺めです。
白壁の家が建ち並ぶアルバイシン地区。
中央右上の高い建物はサン・サルバドール教会。


アルバイシンの東に位置するサクロモンテの丘。
ここでは洞窟住居に人々が住んでいるそうです。


ナスル朝宮殿を出たらパルタル庭園です。
奥の建物は貴婦人の塔。


10分ほど歩くと宮殿の敷地外にある離宮ヘネラリフェに到着。
噴水が有名なアセキアの中庭です。


ヘネラリフェ方面から見たナスル朝王宮。

 早朝からの数時間の訪問でしたが、アラビア風の装飾に囲まれながら複雑な経緯を聞き、人間の歴史の壮大さを感じることが出来ました。もう一度、今度はのんびり巡ってみたいところです。

つづく(次回は番外編)


おまけ



ギタリスト村治香織さん演奏の「アルハンブラの想い出」もどうぞ。
生で聴いた事もありますが、音の一つ一つの粒が立っていて素晴らしかったです。