リリオーの日記

気が付いたことを書きます。

お店をやめることで15

2006-12-21 13:41:39 | Weblog
長く店をしてくると、お客さまも変わってきて2代目の時代になってきた。
「ママ、やめるなんてウソだろう、やめないでよ、僕が20代の頃、初めて新地で飲んだのがママの店なんだから、今はなかなか来ないけれど、ここに僕の店があると言うだけで安心していたのに残念だ」嬉しい言葉を頂いた。今では、お父さんの代を継いで立派な社長になって頑張っているOSさん。お父さんも安心。
前にも書いたことがあるけれど、お父さんが亡くなってから、親父の行く店ってどんなだろうと来て下さったYさん。今では、お父さん以上に来て下さっている。「ママ、残念だけれどこれからも頑張ってね」と励まして下さった。
「ママ、行くよ、最後には行くよ」と昨日、Oさんは、愛知県知多市からわざわざ来て下さった。大阪に勤務する息子さんを連れて。
「ママとは大阪時代からの付き合いだから随分になるね、毎日よく飲んだ」
「その頃、僕は小学生だった、親父の帰るのが毎日遅かったなあ」
「ごめん、毎日お父さんと飲んでいた、お父さんの飲み方は綺麗、何処の店に行っても好かれていたわ」
「でも、真面目だったよな」
「そう、そう凄く凄く真面目だった、彼女も作らなくて、絶対作ってないわ」念を押して言う私。何でも知っているけれど何も言わないのが新地の女。(何も言わないと言うことは言っているのと同じか)
世代交代の時期だな。2代目、頑張れ!

店をやめることで14

2006-12-20 15:28:47 | Weblog

7時から翌朝1時までの営業で一番しんどい時間帯は11時過ぎ、11時過ぎるとイライラして胃がキリキリしてくる。何故?女の子達が帰る時間帯だ。その時間にお客さまが何組か入って頂いていると、あの席はどうしょう等々でキリキリするのだ。勿論、女の子の責任ではない。11時半、12時、1時と契約して入っているのだから帰って当然なんだけれど---。
時間のことでイライラしている毎日に輪を掛けて言われた女の子の言葉に去年、爆発したことがあった。
「ママ、私、時間に帰らせて下さい。マンション前で怖い目にあったんです」事件が多いこの時代、大変なこと、でも一呼吸入れるとエエッ何よと腹が立ってきた。「私があなたの時間を決めたわけではない、25時まで働きたいと言ったのはあなたでしょう。残業だって他の子なら、残ってと言ってもあなたは子供がいるので極力残さなかった。どうしてもと言うときは必ず、どうかと聞いた。お客さまとのアフターや、プライベイトで食べに行くときもあなただけには、どう?だめならいいのよとお伺い(丁寧に言う)を立てた。あなたにはどれだけ気を遣ってきたか。それなのに昨日のアフターは何よ、自分のお客さまだからとあなたから誘って行ったじゃないの?自分では勝手に行って遅くまで遊ぶくせに私の時は子供がいるからとか何とか文句言って、何かあるごとに私が悪者?よう言うわね」
働けば働くほど時間給が増えるのに文句ばかり言い何時も私の責任にする子だった---情けない。悔しい。
それから11時過ぎるとイライラするだけでなくドシッと胸が重く苦しくなり身体が硬直して動かなくなること多くなった。○○症候群という言葉が多いが自分で付けた症状--「11時過ぎ症候群」
その「11時過ぎ症候群」は、もうすぐ解き放たれる。
30年もやってきてそれくらいのことでくじけるなんてアホ、何が偉そうに「11時過ぎ症候群」バカと言われそう。私って繊細なB型人間なんです。エェB型って繊細か?


店をやめることで13

2006-12-19 16:14:01 | Weblog

「ママは長いこと新地にいるけれど、新地も変わったんやろうね」とお客さまが言われた。
そう、随分変わったと思う。新地本通りを歩いてごらん、黒服の男達が所狭しと立っていて歩くのも、「ごめんなさい」と言わないとよけてもらえない。なんでごめんなさいと言わなあかんねんと言う感じだし、1000円で入れますと道の真ん中まで出て来ての呼び込みや、マッサージいかがと酔客に声を掛ける女達。OL達は店紹介の雑誌片手にリーズナブルで雰囲気の良い店探しで金曜日の夜が始まる。
そういうのは昔はなかった。新地本通りを歩くのも誰に見られても恥ずかしくないように構えて歩いたもんだ。寿司屋さんにしたって高級な寿司屋さんばかりだった。でも、30年少し前に1カン○○○円と値段が張ってある店「寿司写楽」が出来たときびっくりした。値段が書いてあるなんていやだわねと思ったのも束の間、私達のお小遣いで食べることが出来ると友達と良く行くようになった。「音羽寿司」も出来、馴染み客になるのに時間がかからなかったし、お客さま方も同伴などに使われる店となった。料金も昔のような値段ではない、新地値段になっているしね。やはり、世の中変わって行くんだ。対応していかなければ生きていけない。私のように結構、対応して来たと思う者でも生きていけない。難しいね。

 


店をやめることで12

2006-12-18 14:24:00 | Weblog
閉店の挨拶状をお出しして2週間経った。カウントダウン10日。
お客様への連絡、関係先(酒屋、有線、カラオケ、タクシー会社等々)の連絡、そう、集金もしなくては--。することがたくさんあり、私は、毎日走り回っている。
スタッフ達の行く末にも気持ちが走っている。何軒か知り合いの店に面接に行かせている。「こずえ」は私の友達の店に決まり、来年早々勤める。「みどり」も90
%決まりかけている。「かな」も決まりそうだ。「れい」はクラブに挑戦してみたい、又は、大きなラウンジに勤め、力を試してみたいようだ。「まき」は、一番後で良いですと、のんきに言っているが、今週くらいから面接に行ってもらおう。「だりあ」は、何時か店を開きたいと言っている。夢を持つことは良いことだ。
カウンターの店が良い、小さなラウンジが、いえ、私はクラブが--とそれぞれ考えがあるのは嬉しいこと。皆様も次ぎに勤める女の子達の店に是非、行ってやって欲しい。「チーフはどうするんだ」お客さまは、しきりとチーフのことを心配して下さる。「私達のことも心配してよ」と女の子がふくれるくらいだ。人気者のチーフは、しばらく遊ぶとのこと、店をする気はなし、何処でも働くから心配しないでと言われている。

店をやめることで11

2006-12-17 16:36:21 | Weblog

昨日の土曜日、辻久子クリスマスコンサートにお客様方、店のスタッフ達と行った。辻久子さんのファンの人たち、ヴァイオリンの好きな人たちで大きなフェステバルホールが満員。初めて聴くヴァイオリン、音楽音痴の私、どうなるかと思ったけれど、理屈は要らない、大きな舞台に辻久子1人、目を閉じると浮かんでくる母の顔「敬い」「尊重」「愛情」今年、選ばれた漢字「命」だ。辻久子「命」を奏でる。素晴らしかった。
弦楽塾生達の「ホワイトクリスマス」の演奏も楽しく聴く。この中には海外で勉強中の人たちもいる。次ぎに時代へ、頑張って欲しい。
辻久子さんは、リーガーロイヤルホテルを定宿にしておられて、食通--料理の味や知識が豊富な方だ。新聞にもロイヤルホテルのレストランなどを紹介されている。ご主人とご一緒に、割烹「文月」(昔、私がやっていた店)にも来て頂いたことがある。「おいしいです」と出された料理を全て食べて下さった。(本当にお好みだったか解らないけれど)気配りの素晴らしい方だ。お体には十分気を付けて頂き、これからも私達に安らぎと勇気を与えて頂きたい。

 


お店をやめることで10

2006-12-16 13:39:32 | Weblog
軽い脳梗塞になられ、しばらく会社を休むので電話、葉書無用と聞いていたので、やめること知らせなかったが、人づてに聞いて下さり、早い時間に訪ねて下さったYさん。「うわっ、お元気、すっかり戻られたですね」「随分、ましになったけれど、未だ、半身、動きが悪い、歩くのも時間かかる、でもそんなこと言っていられない、ママがやめると聞いたから、ちょっと覗いてみた」Yさんには店をオープンしたときからお世話になっている。気遣って頂き嬉しかった。
神戸のTさんから電話有り。「今は、東京、名古屋ばかりなので行かれなかった。年内には行くから」と。Tさんはもう20年以上前になるか、このビルに来る前の店の時、ドアーをそっと開け、「初めてだけど入って良いですか」顎髭がボウボウ、大きな鞄を肩に掛け風貌よろしくない。「一見のお客さま、お断りしています」「いや、少しだけで良いんだ、店の名前に興味があってね」押し問答の末、私の方が負けてしまい、カウンターに座られ、レミーマルタンのブランデーをストレートでおいしそうに飲まれる。「そうそう、僕はこういう者です」出された名刺が神戸の大学教授。「ホントかしら?」と未だ疑う私。新地本通り1Fのママよと偉そうにしていたけれど人を見る目なし。今でもたくさんの方々をお連れ頂くが、「僕は、この店、始めてきた時、断られたんだよ、でも強引に入ってきた店なんだ」と笑って言われる。
その度に私は頭を下げる。
昨日の夜は長いお付き合いのSIさん、チーフもみんな、ママの送別会だ、アフターに寿司でも食べに行こうと誘って下さり、れい、みどり達と連れて頂いた。
良いお客さまに恵まれて、幸せ。皆様有り難う!

店をやめることで9

2006-12-15 16:35:24 | Weblog
卒寿で現役。長唄の師匠のこと。
昨日、やめることを心配して長唄、三味線の先輩2人(FさんとYさん)と2人のお友達で今年、鉄板焼き「はじめ」を閉められたご夫婦が来て下さった。
「ママから、やめると葉書をもらったので行く、行かなあかんと言うてはったけれど、高齢やし、やめたほうがと言うたわ」師匠が私のことを心配してYさんに言われたようだ。
師匠は来年3月31日で卒寿(90才)すこぶるお元気。
おしゃれで常に美容院に行かれ、何時も綺麗にされている。元気の源は何だろう。やはり、生涯現役で仕事をされているからだろう。
「あなたは、60才なんて未だ若い、何言うてますのん、やめてどないしますのん、もっと頑張らなあきまへん」と三味線のバチが飛んできそうだ。
ご苦労もあっただろうが、微塵にも出さずいつもビシッと構え弾かれる三味線の音は滝の流れのように激しく、又あるときは小川のせせらぎのように穏やかに私達の心にときめきと勇気をを与えて下さる。素晴らしい、感動の音色だ。
随分休んでお聞きしていない。落ち着いたら行こう。優柔不断な弟子を許してもらおう。姉弟子Yさんのご紹介のお陰でお客さまがたくさん増えた。趣味で知り合えた楽しい方々、有り難う。

店をやめることで8

2006-12-14 13:22:57 | Weblog

店が跳ねて新地本通りを御堂筋に向かって歩いていたら、「もっと飲みに行こう」「そうやな、あそこの店に行こう」とクラブに勤めている女の子2人、酔っぱらって手をつなぎフラフラ歩いているのに出くわす。いつもは気にせず通り過ぎるのだけれど、昨日は立ち止まり2人の姿をじっと見ていた。(良いよな、私もあんな時があった、羨ましい)と思いながら---。
お客さまに振り返るのは良くない、前に進むのみと聞いたけれど、この頃、クラブで働いていたとき(30年も前)の事を思い出す。当時は毎日酔っぱらっていたし、友達と朝までスナックで飲んだものだ。カウンターが長く素敵なママが1人で営業している店があった。売上が上がり嬉しいときも恋に破れて泣くときも、腹立つときも何時も行っていた。ママは黙って何時になっても怒らず飲ませてくれた。何の責任も無くて楽しかった。昨日逢った女の子達もノルマはあっても経営の責任はないから心底酔っぱらえるんだ。私なんかお客さまに言われる。「ママはどれだけ飲んでも倒れることない、身構えて飲んでいる、面白くない」と。ホント!

「やめる前に行っておかなければ」と京都から訪ねて下さったお客さま。
9月18日のブログに書いたTさん。一緒にラグビー観戦した後京都宮川町でご馳走になった。やめたらゆっくり、「京都に来たらええよ」と言って下さった。今日はお客さま何人来て下さるか?等々心配せずに、今度は心底酔おう。「是非、連れて行って、〆張り鶴飲みたい」とお願いした。


店をやめることで7

2006-12-13 16:28:31 | Weblog

東京のママから聞いた話だけれど「10才代、20才代はかわいさ、30才代は色気、40才代は円熟、、50才、60才代は継続して店は出来る。60才後半から70歳代になるとだんだん難しくなり、小芋など、炊いて出すような店に切り替える。客はママと同じだけを取る訳だから、定年になったり仕事を息子に任せリタイアしている、そういう客に来てもらう店にする。80才くらいの、そのママは長く店をやっているが、その時代に合わせて転換してきて、今はカウンターで気軽な店にしてやっている。気持ちの良い店で出張したとき寄るんだ」
私が店をやめることで、こういうママもいるよとお客さまは話して下さった。(少し、聞き間違いがあかも知れないが)
「最後は1人で、出来るような店にしたいと思っていたんですがね」私の返事だ。
HPで小説もどきを書いたとき、西区新町で芸姑をして新地に行き、1人でカウンターバーをしている女を書いた。あれは私の理想の店として書いたんだ。
しかし、東京のママのように切り替えが出来なく、理想の店は夢で終わる。


お店をやめることで6

2006-12-12 13:14:28 | Weblog
昨日来られたSさん、「ママとこの女の子と--」そうね。Mちゃんと仲良くなってくれたわね。「あれからは誰ともそんな関係はしない」お互い好きになったら愛し合えば良い。
ただ、私達が好きになる男は妻子がいる。昔、店をやめさせて面倒を見ると言ったBさんがいた。確かにマンションに住まわせてもらい、稽古事をさせてもらい幸せだったと思う。10年は経っただろうか。偶然、Bさんに逢った。「ママ、別れた、今は奥さんと仲良くしている」事情は解らないので何とも言えないけれど--。腹が立った。
男と女、私を含め女の子達も沢山の恋があったわね。
今でも気になるMちゃん、結婚はしたかな?どうしても結婚したい、結婚願望の強い子だった。あの可愛い笑顔がもう一度見たいよ。逢いたいね。
近鉄八戸ノ里で割烹「喜多朗」に勤めている筒井さん。私が割烹をしていた時に、2番手で働いてくれた板前さん。月曜日が休みなので「今日しかない」と言って、来てくれた。ピンクの薔薇を沢山持って。「女将さんにはお世話になった、良くしてもらった」とお世辞を言ってくれる。「7月にお店を買い取ったんですよ」オーナーから店を買い取ったらしい。「偉いなあ、良く働き良い仕事をして来たから譲ってくれたんやな、本当に仕事が早く上手やった」真面目で一生懸命仕事をしていたから報われた。良いお客さまも付いているようだ。良かった。安心した。方向違いなのでなかなか行けないが、行くと気を遣って、おいしい料理を出してくれる。23日(祭)花園にラグビーを見に行くから帰りに行くよと約束した。近鉄八戸ノ里駅近く「喜多朗」電話06-6730-1315皆さん行ってね。魚、料理旨く、安い。