W・フォークナー 『八月の光』
新潮文庫 1967年 ほか
人種偏見に異様な情熱をもやす米国南部社会に対して反逆し、殺人と凌辱の果てに逮捕され、惨殺された黒人混血児クリスマスの悲劇。
=例会レポート=
記録的な猛暑だった今年の夏ですが、それでも朝晩はだいぶ過ごしやすくなってきた8月の終わり、W・フォークナー『八月の光』を課題本として例会に集ったのは、講師の菊池先生に加えて、男性4名女性10名の計15名でした。さて、皆さんの感想は…。
<参加者の感想>
・フォークナーは難解という印象を持っていたが、『八月の光』に関しては、意外と読み進めやすかったという多かったです。展開がどうなるかと興味を引っ張られた、2~3回読むとさらに面白くなりそうと感じた方も。
一方で、ストーリーは追いやすいが、情景や例えがピンと来なかった、冗長に感じたという方、さらに描かれている世界が荒くて苦手だったという方もいました。
・また、事件の核心を実ははっきりと書いていない点を指摘する方も複数いました。特にクリスマスについては、彼が本当に黒人の血を引いていたのか、本当にミス・バーデンを撃ったのか、確かに作品中では真相は語られてはいません。
・本作の重要なテーマの一つに人種差別がありますが、これは現代の日本で暮らしていると実感が湧きづらいという意見もありました。
またここで描かれている1930年頃のアメリカ南部の社会背景の理解についても難しいという意見が。さらに、一口に南部、とりわけ深南部といっても州によって微妙に社会背景が違い、特にアラバマ、ミシシッピ、ルイジアナなどの違いを調べてきてくれた方も。本作の舞台であるミシシッピは中でも人種差別が強かった州のようです。
そんな中、白人にも黒人にも属せず、アイデンティティを見出せなかったクリスマスはきつかっただろうという意見もありました。
・背景としては、キリスト教も重要な要素。もっと深く知っていればより理解できただろうと感じる方もいれば、母校がミッションスクールで教会に行ったときに聞いた牧師の荒々しい説教を思い出したという方もいました。
フォークナー自身は否定しているものの「クリスマス=キリスト説」を唱える論者がいることを紹介された方もいて、バーデン家のエピソードは旧約聖書の挿話を想起させるし、リーナは聖母マリアのよう、さらにハイタワーの偽証はユダの偽証の裏返し、などの見解も出てきました。
・そして、そのクリスマスが、やはり登場人物では一番印象に残った方が多かったよう。好き嫌いは別として。
また、クリスマスの悲惨さと対称的なリーナに救いを見出す方も多く、娘から母になる過程での存在感やたくましさ、当時の社会に毒されない点が印象的という意見も多かったです。
・登場人物の観点からは、おしなべて女性はたくましく生命力もあるが、男性は周囲から肯定的に扱われずに居場所を見つけられずに破滅してしまうキャラクターが多いという指摘もありました。
続いて、講師の菊池先生からのコメントの要旨です。
<講師コメント>
・参加者の感想を聞いていて、本は時代と密接に関係していると改めて感じた。本作は昔はサルトルが激賞したし、武田百合子も「富士日記」のなかで「すごい小説を読んだ」と言っている。
われわれの世代にとってサルトルは神様のような人で、その彼が激賞したという熱気の中でフォークナーも身近にあったし、難しい小説ほど分からない中でも頑張って読み解こうとするべきだという雰囲気があった。そこから多様な解釈も生まれてきた。
・フォークナーが繰り返し小説の舞台とした架空の町・ジェファーソンはマルケスのマコンドや藤沢周平の海坂藩にも繋がる。架空の時間・空間を作り上げるというのは一つの小説の手法。
・フォークナー曰く「主人公はリーナ」りりしくたくましい女性を描きたかった。
・フォークナーはヘミングウェイ・フィッツジェラルド・ドス・パソスを始めとする、第一次大戦後に大きく世界観が変わった時期に迷子になった世代である「ロストジェネレーション」の一人。
また、19世紀型の人間の心理・人格を描く"ロマン"と決別して、人間の意識、意識の流れを描こうとする中に位置づけられる作家。その文脈でフォークナーは、作品中の時間を操作して、一つの線的な時間ではなく、複数の時間軸の進行を並置したり、前後させたりする手法を用いている。
・リーナが馬車に乗るシーンをはじめ文章表現が素晴らしく、形容能力にも感服させられる。
・『八月の光』の題の由来をフォークナー自身が語ったところからも、本作はキリスト教文明よりもむしろ、それ以前のギリシャなどの古い文明を想起させる。中でも、全てを受け入れるリーナは古代的な存在。
小説の構造はギリシャ悲劇的。キリスト教以前の太古がモチーフ。
・ジャズやソウル、R&Bなどアメリカの音楽は非常に地域性が強いが、小説もしかり。とりわけフォークナーは極めて地方色の強い作家なので、そこが受け入れられるかどうかが、作品に入り込めるかどうかの分かれ目になる。一方、ヘミングウェイなどは地域色が薄い分、入り込みやすいのでは。
<最後に>
今回の課題本を推薦した私も、実は『八月の光』は初読でした。(8月というだけで読んでもいないのに推薦してしまった…)
ただ私自身は、アメリカ深南部の土着的雰囲気とともに、差別や偏見などの古い社会の因習に縛られた人々の悲劇を複数の視点から描き出しつつ、そこにリーナの物語を加えることである種の希望や救いも見出せる、重層的で大変読み応えのある作品だったな、と思いました。
参加者の皆さんも様々な視点から感想を述べていて面白かったですし、講師の菊池先生からは作品の背景や文学史上の位置付けについてもご解説いただき、今回の例会もとても有意義でした。
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