中村文則 『掏摸(スリ)』
河出書房新社 2010年 / 河出文庫 2013年
天才スリ師に課せられた、あまりに不条理な仕事……失敗すれば、お前を殺す。逃げれば、お前が親しくしている女と子供を殺す。綾野剛氏絶賛! 大江賞を受賞し各国で翻訳されたベストセラーが文庫化。
東京を仕事場にする天才スリ師。ある日、彼は「最悪」の男と再会する。男の名は木崎、かつて仕事をともにした闇社会に生きる男。木崎は彼に、こう囁いた。「これから三つの仕事をこなせ。失敗すれば、お前を殺す。逃げれば、あの女と子供を殺す」――運命とはなにか、他人の人生を支配するとはどういうことなのか。そして、社会から外れた人々の切なる祈りとは……。
その男、悪を超えた悪――絶対悪VS天才スリ師の戦いが、いま、始まる!!
=例会レポート=
今や「売れる」スタイリッシュな純文学作家となりつつある中村文則さん。これは大江健三郎賞を獲り、2012年度のLAタイムス文学賞候補作ともなった作品です。
読むのは初めて、って会員がほとんどでしたが、『第2図書係補佐』で又吉さんが絶賛されたことで読むようになった方もいて、本との出会いはあちこちにチャンスがあるのだわと思いました。貪欲にならなくちゃ。
さて、この本は中村さんが聖書を読んで書かれた犯罪小説、ってことなのですが、今回は先に講師評からまとめてしまいます。
・スリを描いた小説ならば結城 昌治の仕立屋銀次を筆頭にいくつもの傑作があるが、中村文則の場合は、なぜ掏摸を題材に選んだのか。作家は、その設定で何を語ろうとするのかを読み取ることが大切である。
・「懐を狙う」発想、すなわち人の懐に自ら入っていくということは人とどういう関係性を持つかにつながる。
・デビュー作の『銃』から一貫して、作者は暴力で虐げられた子供を描き、悪=犯罪を取り上げながら、そこからどう生きていくかに目を向けている。
・この作品は、おも本会員の何人かから指摘が出たように、表のストーリーはエンタメ性を意識した「読ませる」ものになっているが、それは作者の成長か、あるいは迎合なのか判断が難しいところ。
・裏にある木崎、西村、子どもの造詣、絵解きの部分が物足りないものであることは否めず、自分を支配する「塔」が、読者を納得させるだけのものとして描き切れていない。
・だが多様なとらえ方のできる小説であり、読者に考えさせることができる課題本ではある。
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というわけで、やはり読むほうには多様な受け止め方があり、非常に観念的に描かれた小説であるゆえか、「生身の存在感がない」「登場人物がコード化されている感じ」「上手さはあるがどう読めばいいかわからない」「エレガントな犯罪」などのコメントが多々あり、合わないという方も少なくなかったもよう。
また、掏摸として富裕層にしか手を出さない、貧しい者には還元する、という主人公なりの美学に惹かれながらも「実際の犯罪者に美学を持ってる奴はいない」という、Oさんからの経験から出る言葉は会を沸かせました。
が、その一方で、中村さんのストレートな文体と揺らぐことのない姿勢が「日本人にはにない発想でこんな小説が書ける人がいるんだ」と感動を与えてくれたという絶賛の声も聞かれ、続編の『王国』や他の作品を読まれた方も多くいました。
ま、課題本としては、けっこうよかったんじゃない?
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で、推薦者としては、5作品ほど読んですでに一息ついた感があるのですが、それぞれの感想については「よりみち」にもUPしてますので、興味のある方はお読みください。
文庫本のあとがきでも、トークショーでも、ネタバレ的な作家の意図を惜しげもなく全部さらけ出す中村さん。
小説の重苦しさとギャップのある、爽やか好青年な彼は、真っ直ぐ育ったがゆえに、何の迷いもてらいもなく、机上であれこれ観念を構築し、ストレートに純文学として著わせるのではないかとワタクシは思っています。
読んだ中では『銃』がイチオシですが。
老若男女を問わず人気のある作家として、欧米でも活躍してほしいものだと応援しています。
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