こんにちは。ぱどまの会のhottaです。
ぱどまの会では毎月1回、ヨーガ教室を行っています。足腰に負担が少ない、坐った形が中心の、穏やかなヨーガですが、2時間終わると不思議なくらい身も心も軽くなります。男女・年齢問わずどなたでもご参加頂けますので、初めての方もお気楽にお申込みください。
さて、このヨーガ教室や坐禅会で時々お世話になっている宮地楽器ホールの地下の和室に、ある掛け軸がかかっています。そこには以下のように書かれています。
喫茶去
「きっさこ」と読みます。「お茶でも一杯のみませんか?」という意味です。
この部屋が茶室も兼ねているので、この掛け軸がかかっているのだと思いますが
この「喫茶去」という言葉、実は禅や修行と深く関与している事をご存知の方は意外と少ないかもしれません。
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お話は中国・唐の時代。
趙州禅師という高僧がおりました。
趙州禅師の道場に1人の僧侶がきます。
「あなたは以前、こちらに来たことがありますか?」
趙州禅師はその僧侶に尋ねると、僧は
「あります」と答えました。
趙州禅師は「喫茶去(お茶でも一杯のみませんか?)」といいました。
またある時、別の僧が道場にやってきます。
「あなたは以前、こちらに来たことがありますか?」
趙州禅師はその僧侶に尋ねると、僧は
「ありません」と答えました。
趙州禅師は「喫茶去(お茶でも一杯のみませんか?)」といいました。
その様子を見ていたお寺の院主さんが趙州禅師に
「どうして2人の僧に喫茶去というのですか?」と尋ねると
趙州禅師は院主さんに「喫茶去(お茶でも一杯のみませんか?)」といいました。
趙州禅師は立場の違う3名の僧に同じように「喫茶去(お茶でも一杯のみませんか?)」といいます。
これには、修行においては新参であろうが古参であろうが何も変わらない、年上・年下・上司・部下・男女など立場など全く関係ない、仏の元では皆、平等なんですよ
という意味が込められています。
それとともに、お茶を飲む事ひとつが仏道への入口になる、という意味もあります。
一杯のお茶を一心にたてる。そして、頂いた一杯のお茶を一心に飲む。
ただひたすらお茶をたてる。そして、ただひたすらお茶をのむ。
これは、ただひたすらに日常で修行する
これこそが悟りの入口・霊性向上の入口である、ことを意味するといいます。
趙州禅師は皆に平等にお茶をふるまい、「喫茶去」をもって行を説きました。
その言葉を目にしながら、ぱどまの会はこの和室で定期的にヨーガ教室を行っています。
(人気の部屋なので、なかなか押さえられないのが残念ですが・・・
)
7月にご参加される皆さんは、是非、掛け軸にも注目してくださいね。
そしてご一緒に「ただひたすら」ヨーガをしていきましょう!
どうぞ宜しくお願いします。
そういえば、平等とちょっと関係したお話を、
ぱどま堂のブログ「ラマダーン月に共感力を考える」に書いています。こちらもよかったら覗いてくださいね!
رمضان كريم
Ramaazan Kareem
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ぱどまの会ヨーガ教室
まずはヨーガからはじめよう
《6月クラス》
6月17日(日) 14:00~16:00
会場:小金井市貫井北センター・学習室AB
定員:8名
《7月クラス》
7月1日(日) 14:00~16:00
会場:宮地楽器ホール地下和室
定員:6名
※満席につきキャンセル待ち受付中です※
《8月クラス》
8月5日(日) 13:30~15:30
会場:小金井市貫井北センター・北町ホール
定員:8名
参加費:¥2500
6月はヨーガマットをご用意ください(お持ちでない方はこちらでご用意します)
9月も以降も開催します(日程は未定です)
お申込み・お問い合わせは
ぱどまの会 padomanokai@yahoo.co.jp