そう…
あのころのぼくは、〝失うこと〟を異常に怖がっていた。
なにかを失うことなんて、たいしたことじゃないと云うのに。だって、人は生まれてくるとき、なにも持っていやしなかったのだから。
失うんじゃない、元に戻るだけなんだ。
それに、そのときぼくがいちばん大切にしていたものは、ぼくが勝手に存在すると思い込んでいただけの、たんなる幻だった。
元からなにも持ってなんかいやしなかったんだ。
なんにもわかっていなかった。
それなのに、あのころのぼくは決心してしまう。
「一切合切のケリをつける!」
◯
ある夜、ある雑居ビルの、どこにでもあるようなつまらない事務所で、男が倒れているのが発見される。
つづく
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