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◯
高校生の男女が一言も話せず、ただうつむいて自転車を押して歩く土手の向こうに太陽が沈み夜が訪れると、県境にある事務所で男の死体が発見される。
発見時、男は床にうつ伏せに倒れ、すでに息はなく、しかし、ニタニタとうすら笑いを浮かべていた。
傷らしい傷はなく、事故か事件か、警察もすぐには断定ができない。
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しかし、なんでこんなつまらない事務所で……と、従業員たちは恐怖する。
第一発見者の従業員によれば、この男はこの事務所の代表であるとのこと。
担当の刑事が、従業員たちに事情を聞いたことのなかで印象に残ったことと云えば、
「あの人は、仕事は他人任せで自分はなにもせず、そのくせすぐ不満を感じて、よく他人を非難したり、愚痴をこぼしたりしてました。ま、相手には直接云えないんですけどね……。
あとは一日中ヘラヘラして、すぐふざけるので、仕事のことでも真面目な話のできない人でした」
ということくらい。
刑事は、なんとなくだけれど事件性はないような気がしてくる。
--つまり、これは自分にとって“つまらない”死体なんだ……
◯
2日後。
住宅街の公園と県境の事務所で変死体が発見されたことなど、世間はすっかり忘れ去ってしまう。
カジキマグロの空中ブランコが売り物の〔Y字路曲馬団〕の興行が、商業地と住宅街のあいだの空き地ではじまったからである。
えんじ色の巨大なテントに人々は殺到し、鮮やかな曲芸の数々に熱狂する。
世間は〔Y字路曲馬団〕の話題で持ちきりだった。もう誰も、あの二つの変死体について話したり考えたりする者はいない。あの住宅街の住人も、あの事務所の従業員も。警察も。
ただ一人を除いては。
つづく
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