When I Dream

~気侭な戯言日記~

誕生

2009-03-09 22:30:30 | ボクシリーズ(物語風/エッセイ風)
ブラインドから差し込む白い光に起こされ、クシャクシャの髪のままで顔も洗わずにダイニングのドアをそっと開けると、そこには、システムキッチンの前を溜息まじりで行ったり来たりする母、椅子に座ってTVニュースを見ながら、時折広げた新聞に目を落とす父がいた。それはいつもと何ら変わらない光景ではあった。いつもなら、ビングに入る前から独り言のように言葉を並べ合っている声が聞こえてくるのに、今日は二人ともやけに無口で静かだった。いつもと違わないのは、TVの音と新聞をめくる紙の擦れる音、焼けたパンの香り、トントンとまな板を包丁が叩く音くらいだ。いつもなら、ドアを開けた途端に、言葉を発しないまでも、ダイニングに入ろうとするボクの顔をホンの一瞬でも見るの両親なのに、なぜだか今朝はそれすらなく、二人とも、どこか遠くを眺めて気にしているようでもあって、明らかにいつもとは違っている。

ボクはゆっくりとダイニングの中に入り、ゆっくりとドアを閉めた。小さくバタンと音がした途端、両親は同時にボクをチラリと見たが、すぐにまた遠くを見つめるような表情に変わった。何かがあったんだろうな・・・ボクはそう思った。
いつもと違うリアクションはなんとも薄気味が悪いものだったが、ボクはあえて、何があったのかは聞かず、目覚めの珈琲を飲んでダイニングを出ると、洗面台で歯を磨き、顔を洗って、自室に戻って外出の支度をして玄関の扉を開けた。

夕方に家に戻ってみると、両親はダイニングテーブルでお茶を飲みながら少し不安げな様子で時計を眺めていた。
“まだかしらねぇ”“まだだろう??”“それにしたって・・・”“そのうちに電話がかかってくるさ”
二人のそんな会話で、ボクは、何が両親を不安げな気持ちにさせているのかが解った。
それは、弟夫婦の・・・義理の妹の出産に間違いない。それならそうと、ボクにメールでもよこしてくれればいいものを。少し憤慨したような気分で、確信を確かめる為に妹にメールしてみようと携帯電話を手にすると、未読のメールが入っていた。
ボクの携帯は、小さいながらも着信音がなるように設定はしてあるし、バイブレーション機能もONにはしてあるから、電話でもメールでも、着信があれば気がつくはずなのだが、今日はなんの音も聞こえてこなかった。
ボクは、携帯電話をネックレスのようにストラップで首から下げていて、歩いている時は必ず左手で握りしめていて、喫茶店などで一休みするような時はテーブルに置いているから、会話に夢中になっていたり、喧騒で音に気がつかない事があったとしても、振動ですぐに解るようにはしているつもりでいたのだが、いつの間にメールが入ったのだろう??

メールを開いてみると、それは弟からのもので、受信は16時頃だった。ちょうど電車で移動している時だ。
走っている電車では、通過している場所によっては電波が弱い所があるから間が悪かったような感じだろうか??でも、受信音が鳴らない事などあるだろうか??鳴らないとしても、肩から下げた鞄の手と一緒に握っていたから、ヴァイブレーションで気がつくはずなのだが・・・。けど、そのヴァイブレーションもなかったのはどういう事だろう??もう5年以上も使っているからか、充電池の消費が激しくなってきて、幾分調子も悪くはなってきているが、そのせいだろうか??ちょっと解せないが、暗証番号を打ってメールを開いてみると、“今分娩室に入ったよ~”という、弟からの短いメールだった。

出産予定日は21日だったから、オフミーティングを一昨日の土曜日にしてもらったのだが、もしかすると急遽とんぼ返りを余儀なくされていたかもしれない所だった。かもしれない。一応念の為に、そろそろ仕事を終えているだろう妹にメールしてみると、すぐに、“朝5時に病院に行ったってよ”と返事が来た。夕方まで知らなかったのはボクだけだ。
知っていたからと言っても、外出を取りやめには出来なかったが、知らなかった事がなんとも空しく思えた。

病院に入っても、分娩室に入っても、初産だったらそうすぐには出てこないのが普通だったと思うが、ついに、このボクが伯父になる時間が刻一刻と近づいて来ている。両親には待ちに待った初孫で、ついにお爺ちゃんとお婆ちゃんだ。その心境たるや、いかなるものか、ボクには知る由もない。ボクが知る事になる日が来るとするならば、少なくても30年後の事になるだろうか??その時には両親はもうこの世にはいないかもしれない。

もしかすると、ボクはもの凄く親不孝な生き方を続けているのだろうか??
その答えを知る事ができるとするならば、ボクが何歳になった時であろうか??
そんな謎かけをくれる事になった弟夫婦の新しい・・・“命”・・・に、ボクは少し苦笑いをしていた。

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