行ってみませんか... こんな 素敵な世界へ

好奇心旺盛な長年の体験で、行って、見て、食べて、泊まった素敵な世界を、皆んなにちょっぴりお裾分け...

【謹告】更新日変更のお知らせ

2021-03-01 00:36:57 | 素晴らしき世界
巻頭写真 : コルヌアイユ地方の自然

読者の皆様
日頃のご愛読に感謝申し上げます

本年1月より週末を除いて毎日更新してまいりましたが
心身ともに負担が大きく
わずか二ヶ月で変更せざるをえない状態に
追い込まれてしまいました

今後は
グログ開始当初からの様に
週三日『月水金』の更新に戻させていただきたく
ご案内申し上げます

お恥ずかしい次第ですが
どうか諸事情をご考慮の上ご承知いただきまして
今後も変わらぬご愛読を
切にお願い致します

なお
「フォロー」して読者登録して頂けますと有難く
また
どんな些細なことでも構いませんので
「コメント」
もおよせくださいます様
重ねてお願いする次第です


※  ※  ※

『Bretagne』
は英語表記だと『Britany』
つまり「ブリテンの土地」ということなのです

イングランドとスコットランドのある島を英語では『Great Britain』と言いますが
フランス語では
『Grande Bretagne グランド・ブルターニュ』と言います
それと混同しない様に
ブルターニュ自体のことは
『Petite Bretagne プティット・ブルターニュ』とも言います

『Quimper カンペール』を中心とした
ブルターニュ半島の西の一部を『コルヌアイユ地方』といい
これはブリテン島の『コーンウォール』と同じです

自然風土も似ている様で
伝統や文化も共通なものが多く
17世紀辺りまで
パリは遠い世界でウエールズやイングランドが近い世界だったのです
姻戚関係を結ぶことも多く
海を挟んで親戚がいる家系は多い


短い川が多く
河口に近づくと広くなるので
幅の狭い湾の様な入江の様な川になり
干潮時には一気に干あがる

ある意味で
以前巡った「プロヴァンス」の「カランク」の様で
ただ両岸は険しく切り立ってはいない








コンカルノーの外港


ポン・タヴェンの「アヴェン川」河口

ケルトの民族衣装は特に美しい


女性たちの髪に冠るレースの飾りは
地区ごとにそれぞれ異なる











『Pardon à Ste-Anne-la-Plus』Charles Cottet

そして海

『Pointe de Décollé』






独特のキリスト教信仰





『Château de Kergrist ケルグリスト城』

古代巨石文明

『Dolmen de Tri-Men トリ・メンのドルメン』

『ブルターニュ紀行』はもう少し続きます

=  =  =  =  =  =  =  =  =  =  =  =  =
旅行の実態に興味がおありに方は以下のサイトにもどうぞ
https://veritas21.com  『こんな旅がしてみたい 誰も真似のできない旅のプランナー』

コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

謹賀新年

2021-01-01 00:05:04 | 素晴らしき世界
エッフェル塔の日の出







謹賀新年
悪霊退散
幸福眼福
千客万来
歓迎光臨
(書いてて自分でも訳が分からなくなってしまった笑)


去年だったら


昨夜のシャンゼリゼは
こうだった




別の年も


こうだった


今年は
中止

それでもめげずに

読者の皆様方に
あえてこの時期に

謹んで
新年のお慶びを申し上げます


パリ モンマルトルの『サクレクール教会』の日の出


あえて
今の時期だからこそ
初春をお祝いしたいと思います


アルジェリア最南端 『タハット山脈』の日の出

㊟ 今回の写真はいずれも今年の日の出ではありません
以下同じ


あえて
この情勢だからこそ
心を前向きに

皆様方に幸福眼福
毎日お届け出来るよう
頑張って書き続けようとおもいます

レストランのご紹介もするので
本当は
口福眼福
と書きたいところなんですが
何しろ写真だけなので結局
眼福で幸福に
なってくださいまし
としか書けないのが残念至極

エッフェル塔の日の出


オマーン南西端 『サラーラ』のアラビア海の日の出


アルジェリア中南部 『ガルダイア』の日の出


オマーン中央部 『アド・ダクム』のアラビア海の日の出


プロヴァンス ラヴェンダー畑の日の出


サウジアラビア最南端と西部オマーン最北端にまたがる
大砂漠地帯の日の出


スペイン西部 『ヴァレンシア』の地中海の日の出


モン・サン・ミッシェルの日の出


モンマルトルの丘から見たパリの日の出


朝日を浴びるモンマルトルの『サクレクール教会』


パリ ノートル・ダム大聖堂の日の出


イタリア・アルプス ヴィゾテーラの日の出


アルプス 朝日を浴びる『モン・ブラン』頂上


アルプス 朝日を浴びる『グランド・ジョラス』頂上


スイス ベルン近くの 朝日を浴びるアルプス山頂上


ブルターニュ 古代巨石文明遺跡『カルナック』の日の出


コード・ダ・ジュール ニースの東隣
『ヴィルフランシュ・シュー・メール』の日の出


リスボン 『ヴァスコ・ダ・ガマ橋』の日の出


マドリード 『Palacio Real 王宮』の日の出


ローマ 『Castelo Sant'Angelo 聖天使城』の日の出


ロワール 朝霧の中の『Château de Chambord  シャンボール城』


ヴェルサイユ宮殿の一番奥 内門の中から宮殿前広場方向に向かって見る日の出


『モン・サン・ミッシェル』の日の出


スイス アルプス山中『シュヴァイツ・ゾンネンウンターガング村』の日の出


リスボン 『Tour de Belem  ベレンの塔』の日の出


ヴェネツイア グラン・カナルから見た日の出


プロヴァンス 朝霧に沈むヴェルドン渓谷

そして

『L'Impression  le Soleil levant 印象・日の出』 クロード・モネ


※  ※


【お知らせ】

新年1月から
これまでの「月水金」週3回更新ではなく
「月火水木金」
と週5回の更新にして
「土日」をお休みにさせて頂こうと思います

果たして
いつまで続けられるか不安ではありますが
とりあえず
続くだけ続けてみる積もりですので
皆様方のご支持とご支援を
よろしくお願い申し上げます

= = = = = = = = = = = = = = = = = =
【お願い】
今年も皆様方からの「ご感想」「ご意見」「その他何でも」をお待ちしております
したの「コメント」ボタンからどうぞ
具体的な旅行にご興味がおありでしたら次のサイトも御覧ください
https://veritas21.com  『こんな旅がしてみたい 誰も真似のできない旅のプランナー』

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

メリー・クリスマス <特別増刊号>

2020-12-24 00:19:23 | 素晴らしき世界



今日は更新日ではありませんが
クリスマス・イヴ
ということで
臨時特別増刊号をお届けしましょう



パリ/サン・シュルピス教会のクレッシュ


この時期
ヨーロッパでは
市役所のエントランス・ホールや教会の中に
人形で再現した
イエスの降誕の情景を飾る伝統がある
『Crèche クレッシュ』
と言います

プロヴァンスの伝統的な
焼成して色をつけた『サントン』という陶器人形で作るのが
昔から有名だった

カゴの中に
イエスがいなければ24日夜以前の撮影だから
イエスがいれば24日24時以降


ランス大聖堂のクレッシュ


モン・サン・ミッシェル大修道院聖堂のクレッシュ


パリ大聖堂のクレッシュ


パリ大聖堂


パリ/サン・シュルピス教会


ミラノ大聖堂


ミラノ大聖堂


そして
欠かせない装飾品の数々

-○○○— 三兄弟


我が家のクレッシュ


ツリー

ツリーは当然
街角のあちこちやら


街角の空間

ショッピングモールのロビーやら


普通のモールのもの

有名デパートは
意匠を凝らし贅を尽くして

パリ/ギャルリー・ラファイエットの中央ホール






刻々と
色が変わって行きました

そして今年

ギャルリー・ラファイエット 2020


伝統的にツリーの大きなものは
大聖堂の前と市役所の前

ミラノ大聖堂の前
高さはゆうに15mを超える

それより何より
クリスマスといえば
ケーキ
ですよね

ビュッシュ・ド・ノエル

フランスでは
薪(Bûche)の形で作るのが伝統
従って
『Bûche de Nöel ビュッシュ・ド・ノエル(クリスマスの薪)』
と言います


普通は
こんな感じです

外側のコーティングがチョコレートだったら
チョコレート色
クリームだったら
フルーツのペーストだったら
そのフルーツの色

街角の『Boulanger ブーランジェ』という
パン屋さん兼ケーキ屋さんで
12月には普通に作られて売られています

でも


著名なパティシエの店では
それではつまらないので
横長の工夫を凝らした意匠で毎年目と舌を楽しませてくれる


こんなのも


こんなのも


『Le Nôtre ル・ノートル』の今年のショーケース

左端の二つは「ビュッシュ型」(多分4人前)ですが
右側の大きいのは
なんと教会の形をしています


それから
忘れてはならないのが電飾
町は
それぞれの町内の商店街が
それぞれの意匠で
通りを横切るような形で10mおきほどに
両側の建物から電飾を飾ります

例えば


こんな風だったり


こんなだったり



こんな風に
縦方向だったり

そして
シャンゼリゼのような象徴的なところは


毎年大イヴェントになります



途中の広場も
趣向を凝らして




特に
市庁舎前はどこの町も精一杯のおめかし

『Hôtel de Ville de Paris パリ市庁舎』2019年


パリ市庁舎 2020


主だった広場も

『Place de la Bastille バスティーユ広場』


別に盛り場でなくとも
ちょっとした辻々にも単独の電飾が

普通の街角

有名どころの広場は

モナコ公国モンテカルロ
「オテル・ド・パリ」と「カジノ」の前の広場

同上

駅構内も

『Gare de Paris-Montparnasse パリ・モンパルナス駅』

  さらにはトラムまで
花電車ならぬ「電飾電車」に変身したりもする

ミラノの市営トラム

いやもう大変な騒ぎです

ただ
騒ぎと言っても
渋谷のハローウインのような「騒ぎ」にはなりません

あくまでも
天上の神様の代わりに人々を地上で救うために
御子が誕生された
特別な日と
その相前後の日々を皆でお祭りしようという
意気込みなのです


最後にとっておき
あまりピントは合っていませんが
『モン・サン・ミッシェル』
クリスマスの光景です


みなさま
Joyeux Noël (ジョワイユー・ノエル)
Merry Christmas !
= = = = = = = = = = = = = = = = = = =
ご感想やご意見・ご要望をお待ちしてまーす!
したの「コメント」からどうぞ
旅行に関しては以下のサイトもどうぞ
https://veritas21.com  『こんな旅がしてみたい 誰も真似のできない旅のプランナー』

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

プロヴァンスを巡ろう 21 プロヴァンスのみならず 地中海世界全体の4千年来の家造り技術 <ボリーの秘密に迫る>

2020-12-04 00:50:47 | 素晴らしき世界
ボリーの村



ゴルド村からセナンク大修道院へ向かう途中の
小さな村々を横切って奥に入ると
『ボリー村』がある

そこのご案内をする前に
「ボリー」についてご説明しておこうと思います


地中海世界には
石器時代から同じ技術で作られ続け
19世紀ほどまで現役だった石造り家屋の技術がある


南仏で
山林まじりの田園や丘陵地帯を走っていると
木陰にチラリと見える石の塊みたいな小屋に
気づくだろう

気がついたら気になって眼で探していたりする

その姿は


セレスト村のボリー

ニット帽をかぶってるみたいだったり


ラルバンク村のボリー

三角帽子をかぶっていたり


ゴルド村のボリー

幾つかが寄り添っていたり


ジュック村のボリー

平たくて
屋根に草が生えていたり


ロドルティエ村のボリー

規模が大きかったりする


このような
石造の小屋をプロヴァンス語で
『Borie ボリー』
と呼びます



新石器時代から変わらず継承されてきた建て方で
19世紀まで現役でした


最初は極めて原始的な一家族単位の住居として始まり
その後
それらを繋いで複数家族の集合住居になり

やがて
それらに食料倉庫なども備えて円形に繋がって閉じこもり
城壁で囲んだ砦のような城塞集落にまで
発展していった

例えばこれは

ポルト・ヴェッキオ『Casteddu d'Araghju』

コルシカ島南部ポルト・ヴェッキオという港町の背後の山頂にある
紀元前2000年の集落砦の遺跡です

このコルシカの例は
海賊の襲撃を避けて数百mの山頂に作られた
10数家族の集落砦の跡







海が一望できる
標高300mほどの低木しかない山の頂に
すでに4000年間
ずっとここにある遺跡です


ボリーの特徴は
ブロックではなく平たく切った石を
セメントやモルタルなどの接着剤を用いず
ただ積み上げずらして行くだけで
壁から天井(屋根)まで一体構造であること


接着をしない
つまり

つなぎという湿った成分を使わないので
『乾積み(からづみ)』
と言います

天井は
接着しない以上丸いアーチは難しいので
とんがり帽子型が多くなる




柱がなく
一つの空間で天井の重みを支える必要があるため
壁はかなり厚くなる
というのが共通点

それらのボリーは
中世以後はさすがに住居は少なくなってゆくが
一年の半分は放牧地に出て羊の群れとともに寝起きする羊飼いが
要所要所に私物を置いておくために使ったり

農民が
農作業の道具を置いたり
帰宅できない日に臨時に泊まったりするために
さらには
猟師が
何日も獲物を追って山を歩く時の寝ぐらなどに
使われていたもの

19世紀まで
同じ作り方で建てたり使い続けてきたが
その後
打ち捨てられてしまった


未だに現役で残る
もっとも名高い場所が
南イタリアの『アルベロベッロ』だろう




ここ『アルベロベッロ』の場合は
壁の外側も内側も
漆喰で塗り固めてあるが
構造自体は「乾積み」なのです
住居の集合体として大規模な町を形成し
19世紀以降打ち捨てられて
20世紀に修復して「観光的な売り」として復活した

フランスでも
プロヴァンス地方だけではなく
上の方ですでに挙げている通り
南フランスでは
まだ結構残っていて
所在地の自治体の文化財に指定されていたりもする

ブルイユ村のボリー

ブルイユ村


サン・ミッシェル・ロプセルヴァトワール村のボリー


ミュール村のボリー



ギャビユウ村のボリー


シャンピリット村のボリー


さて

ゴルド村の近くに
プロヴァンス全土から放置されていたボリーを修復して移築をした
場所があります
『ボリー村』と呼ばれているのです

上述した通り
丹念に探せば南フランス各地に数多く残っているはずのボリーですが
たった一つを見るために
延々とあちこち旅行するわけにもいかない
いうことで
ゴルドの「ボリー村」は有意義です

綺麗に建て直してありますが
全部本物


しかも
大人数の家族で暮らしたであろう大型のボリーが
結構数多集めてあるのが良い





数軒が繋がったタイプも





一部二階建ても



これも二階建て
その場合必ず外階段



入り口のアーチを間近で見ると
改めて
教会建築などのように
一個一個を必要な位置ごとに形状を計算して
木型に合わせて切った「テーラード・カット」ではない
『乾積み』
ならではのずらし方も理解できます



この奥はかまど



物置用の棚も残っている








細々とし日用品の数々


生活感がよくわかります





敷地の囲いにも
薄く対話に割った石を「縦に」並べてある



ボリー村の敷地全体を囲む塀も
同じ作り


いかがですか


すでに書いた通り

近代ではほとんどが
猟師や羊飼いや農民の仮設住居として利用されていただけだった
とはいえ

おそらく石器人も18世紀末に近代の人間も
地中海沿岸諸国の山地の民は
同じような生活をしていた部分があったことは
非常に興味深いです

ではまた次の目的地にご案内書ましょう
= = = = = = = = = = = = = = = =
【お願い】
皆様の「ご感想」「ご意見」「その他なんも」おしらせください
実名でなくとも全く構いません
SNSのハンドルネーム/アカウント・ネーム/世をしのぶ仮の名/ニックネーム/源氏名
なんでもOKです
右下の「コメント」ボタンからどうぞ
旅行の手配などの実際にご関心のある方は以下のサイトにもお寄りください
https://veritas21.com  『こんな旅がしてみたい 誰も真似のできない旅のプランナー』

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【謹告】ブログタイトルの変更のお知らせ

2020-08-21 16:02:05 | 素晴らしき世界
フランス ロワール河の古城『ショーモン城』



みなさま、稚拙なブログですがご愛読に感謝申し上げます。
タイトルが長すぎる、というのが悩みの種でした。

何度もいじって細かな変更は試みたのですが、この度思い切って完全に変更してシンプルで覚えて頂き易いタイトルに変更することにいたしました。

『行ってみませんか...  こんな 素敵な世界へ』です。


今後とも、ご愛読のほど、よろしくお願い申し上げます。





今回は、一葉ごとに何かを感じていただけるような写真を並べてご覧いただくことにいたします。



『プティ・トリアノン』




ヴェルサイユ宮の広大な庭園のはるか奥に、ルイ14世が建てた離宮
「トリアノン宮」
その敷地の隣接地にルイ15世が愛妾ポンパドウール夫人のために建てた
「小トリアノン離宮」
その小トリアノンのお庭の奥にマリー・アントワネットが作らせた
「王妃の小邑」の一角



『妖精の岩』


ブルターニュ地方に多い巨大岩遺跡「ドルメン」の中で、最も大きく美しい。



『モロッコの街道のウチワサボテン』


延々と何キロメートルにもわたってウチワサボテンが赤い身をつけています。



『シャロレー牛』


肉牛として名高いブルゴーニュ地方原産の『シャロレー種』
場所はオータン



『オンフルール』


ノルマンディー地方の古い港町オンフルールは印象派の画家たちの絵で有名ですが、
16世紀前半フランソワ1世の艦隊が大西洋横断に乗り出した拠点港の一つで、ミシシッピ河に到達しました。



『カルカッソンヌ』


フランス南西部カルカッソンヌは、フランスで最も美しい城壁で囲まれた中世そのままの村です。
フランスでは昔から「カルカッソンヌを見るまで死ぬな」と言われてきました。
今では『国連世界遺産』に登録されています。



『サン・フルール』


フランス中南部カンタル地方の村『サン・フルール』は丘の上の旧市街が
『フランスで最も美しい村々』の一つに選ばれています。
その丘の上の旧市街から見下ろす、新しい下の村の俯瞰



『ひまわり』


フランス南西部、地中海にもスペインにも近いあたりのひまわり畑



『サン・ベネゼ橋の夕景』


14世紀に法王庁が置かれたアヴィニヨンのサン・ベネゼ橋は
「橋の上で 踊ろよ 踊ろう♪」という古謡で知られた、ローヌ河の中程までしかない橋です。



『現代のアンフォラ』


フランス最南西部ピレネーの麓の街道沿いの壺工場の看板
古代ギリシア以来中世まで、地中海では細長い素焼きの壺「アンフォラ」が
小麦やワインを入れて運ぶ容器でした。
その伝統で、今でも素焼きの大きな壺のアトリエがありました。



『ペイルペティューズ城』


13世紀初頭、異端として「カタリ派」への討伐『アルビジョワ十字軍』が行われ、
追い詰められたカタリ教徒たちがピレネー山脈の山城に夫々立てこもって全滅しました。
その中で最も難攻不落を誇ったのがペイルペティューズ城だったのです。



『サン・マルタン・ドュ・カニグー大修道院』



フランスとスペインとの国境ピレネー山脈の山岳地帯に点在する1000年の歴史を有する
名修道院の一つ。



『ボニファチオ』


コルシカ島最南端の港町。丘の上の旧市街の入り口の城壁



『コルシカの少年』


コルシカ島中央部山岳地帯の中に点在する小村にいた少年。



『ロカマドウール』


聖母マリアと行動を共にしたマグダラのマリアの付き人「サラ」の夫が隠生した地という伝説もある、
南部ペリゴール・ケルシー地方の中世以来の一大巡礼地。



『クロマニョン洞窟』


ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルタレンシス)が暮らしたペリゴール地方の『クロマニョン村』のはずれ、
初めて「ホモ・サピエンス」の骨格化石の一部が発見された岩室



『羊の群れ』


ピレネー山脈の真っ只中『アンドーラ公国』からスペイン側に下った小さな村の中で遭遇した、
移動中の放牧羊



『ゲルニカの樫の木』


ピカソの名作も生んだゲルニカの町で、空襲で全滅した町の唯一生き残った樫の木。
平和の象徴とされています。



『ポワント・ド・ラ(ラ岬)』


ポルトガルの「ロカ岬」と並んでヨーロッパ最西端ブルターニュ半島の最西端「ラ岬」は、
中世に「世界の果て」と信じられてきました。
足下100mに荒波が砕け散る岩の岬を、岸壁にへばりついて先端まで行くこともできます。




『モンテ・チェルヴィーノ(モンブラン)』


Monblanc モンブラン(仏語名)は、イタリア語では Monte Cervino と呼ばれます。
イタリア側の山麓、標高2000mの「ブルイユ・チェルヴィーニア村」からの眺め。



『シェリ河の渡し』


アフリカ第二の湖「チャド湖」に注ぐシェリ河の河口付近。
チャド側からカメーン側に渡る渡し舟の人々



『エルバルンガ村』



コルシカ島北端「コルシカ岬」東側の付け根の小さな村



『ローヌ河の渡し』


左側にかすかに見えるロープに沿って引っ張られる「ロープウェイ・フェリーボート」



『ニームの分水施設』



古代ローマが築いたニームの街に、45㎞彼方の山の水源から引く水道の終点
ここから各町内に水が給水されました。



『コルテの城塞』


フェニキア人、ローマ帝国、アレクサンドリアの海賊、ピサ共和国、ジェノヴァ共和国と1500年以上他民族の支配が続いた
コルシカに、18世紀末現地反乱軍によって初めて
『自由コルシカ共和国』が宣言された時の首都。



『ポルトガルとスペイン国境の鉄橋』



ポルトガル北端ニーニョ川のほとり「ヴァレンサ・ド・ニーニョ」という町。
この鉄橋を渡ると向こう岸はスペインの「トウイ」という町。



『モンサント村』


ポルトガル北西部高原地帯の巨岩の中に埋め込まれたように....



『ヴァスコ・ダ・ガマ生家の遺構』


ポルトガル中西部「エルヴァス」の町は、少年遣欧使節団も滞在した。
その町に、大航海時代の立役者ヴァスコ・ダ・ガマの館の遺構があります。
フレスコなどが残っています。



『ポルト』


スペインを東西に横断する「ドウェロ (Duelo)河」 は、ポルトガル国境までくると流れを南向きに変え、両国の国境線となる。
かなり南に下ってポルトガル国内に入ると、同じ名前のまま蛇行しながら西へ流れる。
そのドウェロの中流の急斜面で育ったぶどうで作った赤ワインの樽が
木造船で運ばれ下って、ポルトの町で長期間熟成させ『ポルト酒』が誕生します。



『アルベルカ村の井戸端会議』


中世マンマのアルベルカ村で談笑中の三人



『サント・ヴィクトワール山』


ポール・セザンヌは、晩年故郷のエックス・アン・プロヴァンスの町に引き上げ
元気が良いと町を出て近郊のサント・ヴィクトワール山を見上げる数多くの地点まで行って
22点ほど『サント・ヴィクトワール山』という題の油彩を仕上げました。



『或るホテルの朝食のテーブル』


アルザスのイルォーゼルヌ村のホテルの朝食は、
夏場は横を流れるイル川に沿って前庭の芝生にテーブルが少しずつ離れて配置されます。
その中で、幸運な一組は川面で!



『サロン・ド・テのテーブル』


サンクト・ペテルブルグの名店『プーシキン』でお茶をするとき
マカロンの上のガラスの上で



『セゴヴィア』


セゴヴィアに北側(マドリードと逆側)からアプローチすると、6月ごろのヒナゲシの時期には
この光景が見つかるかもしれません。



『初日の出』





次回からは、またテーマを決めて「素敵な世界」へご案内します。
お楽しみに!


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『カトールズ・ジュイエ(14 Juillet )』7月14日革命記念日の夜は 全国で花火が上がる

2020-07-15 07:25:23 | 素晴らしき世界


パリの花火大会は
通常エッフェル塔からです

今回は
文章なしでお楽しみください


  









   















































日本の花火の打ち上げと違って
一発ずつ
開く形をじっくり鑑賞するのではなく

立て続けに
轟音とともに上げ続けるので
硝煙がうずまき
あまりスッキリとは見えにくい

従って
写真も撮りにくい

その上
腕が腕なので
ピンボケ手ぶれてんこ盛り

そこは
笑ってご容赦ください









  


  


  


  


  


  


  


  


  


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

近 日 大 公 開 !

2020-05-30 04:29:31 | 素晴らしき世界
『シャンティイ城』


地中海諸国を中心に
世界の様々な素敵な場所を
歴史
美術
食事
宿泊
を主題として
多くの写真を使ってご紹介していこうと
思っております

お楽しみに。。。

写真は、パリ北東40㎞『シャンティイ城』です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする