7月4日に「生活保護『不正受給疑惑』問題への見解」という記事をアップしましたが、
生活保護へのバッシングは、「基準引き下げ」という具体的な形で現れてきています。
一芸人のプライベートなことから発した、生活保護への締め付けは、
国会議員や厚労大臣らの発言を追い風に、最悪のシナリオで展開してきています。
9月28日の社会保障審議会「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」では、
「『生活支援戦略』に関する主な論点(案)」が厚労省側から示されました。
その後半「生活保護制度の見直しに関する論点」では露骨な給付抑制策が示され、
生活保護の適用の厳格化、不正受給対策強化の方針が示されています。
稼働能力ありと考えられる者の審査厳格化、勤労控除見直し、調査・指導権限の強化、
扶養義務の強化、生活全般の家計管理、医療扶助適正化、等々の文言が並んでいます。
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日弁連や生活保護問題対策全国会議が、既に反対声明を公表していますが、
昨日、日本精神保健福祉士協会も理事会の議決を経て「断固反対」を表明しました。
協会の構成員の方には、まもなく郵便で声明文書が届けられるはずです。
協会のホームページにもアップされ、関係団体・報道各社にも送られています。
一時期のマスコミ報道が、世論を煽ってこの問題を大きくしたのは確かですが、
むしろ厚労省と財務省を中心とした、既定のシナリオがあったと考えていいでしょう。
消費増税論議以前から、社会保障費の財源問題は今に始まったことではないですし、
生活保護の「適正化」は、「不公平」に敏感な国民世論を操作しやすいテーマです。
「不正受給」の存在と発覚は、税金を納めるネガティブな国民感情を強く刺激します。
「生活支援戦略」は即座に、性悪説にもとづく管理強化、受給抑制に至ります。
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今、多くのPSWたちが、福祉事務所の申請相談窓口に非常勤配置されてきています。
生活困窮を訴える目の前の人と、受給抑制を図る役所の間で板挟みに合っています。
最後のセーフティーネットのゲートキーパーである現業員(ケースワーカー)の皆さん。
PSWは、当事者に真摯に向き合う皆さんの、現場での静かな闘いを応援しています。
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生活保護基準の引き下げに断固反対する
―国民の健康で文化的な最低限度の生活保障の堅持を!―
2012年10月31日
社団法人日本精神保健福祉士協会 会長 柏木 一惠
本協会は、社会福祉学に学問的基盤を置く専門職団体として、生存権保障の根幹を揺るがすような生活保護基準の引き下げに断固反対の立場をとるものである。
2012年9月20日の日本弁護士連合会会長による反対声明の主旨(生活保護基準が国民の生存権保障に与える影響の大きさへの認識、当事者の声をも聴取し純学術的観点からの慎重な検討の必要性への認識、漏給層が大量に存在する現状の認識)に賛同したうえで、精神障害者の社会的復権・権利擁護と精神保健福祉の向上のための活動を行う専門職団体の立場から、生活保護基準の引下げに反対する理由を以下に述べる。
1.生活保護と精神障害者支援の関連から
我が国の精神障害者は、国策としての隔離収容主義の弊害である差別と偏見を受け続けた長い歴史を有し、今なお社会的入院の状態に置かれている人々も少なくない。
また、長く医療の対象であって福祉の対象とされてこなかった歴史的背景もあり、他障害に比べて雇用の保障も立ち遅れている。
年金や医療などの社会保険や福祉サービスも十分とはいえない状況下で、精神障害者の生活支援施策として、生活保護が唯一の社会保障制度となることも稀ではない。
よって我々は、この基準の引き下げが、最後のセーフティネットから漏れる精神障害者を増やすことに直結するという危惧を抱かざるを得ない。
その見直しには、「財政目的の削減ありき」ではない検討や、生存権保障の理念に則った現状の認識に基づく慎重な検討を求める。
2.精神科医療の利用者への支援の観点から
地域生活を送る精神障害者には、精神科医療の活用により病状の緩和軽減を保つことで生活の安定を図っている人が少なくない。
こうした人々にとって、継続的に外来やデイケアに通院通所すること、訪問看護等のアウトリーチ支援を受けることは、常に経済的負担を伴うものである。
保護基準が引き下げられることにより、生活保護を受給することができず、しかも経済困窮のために切り詰めた生活を余儀なくされ、医療の利用を控え諦める人が増すことも想定される。
また、失業率と並行するといわれる自殺の問題に関しては、年間約3万人の自殺者が存在する状況が継続し、2010年の統計ではその原因・動機が特定できる者において、経済・生活問題は31.6%、精神的な健康問題は42.6%にも上る(警察庁調べ)。
保護基準の引き下げによって生活困窮者を増やし、適切な精神科医療の利用を阻むことは、我が国が直面する自殺予防の問題をより深刻化させる危険性が高い。
このように、生活保護基準の引き下げは、利用者の精神的健康の保持増進を脅かす問題であり、我々は日常的にその受診受療を支援する立場から大きな危機感を抱くものである。
保護基準引き下げによって、医療が受けられなくなる人が出ないよう生存権保障の理念に立ち返った慎重な見直しを求めたい。
3.精神障害者の退院促進の観点から
厚生労働省が精神科病院に長期在院している退院可能な患者の地域移行支援に着手して既に10年が経過した。
しかし、長期入院者が退院に至る過程においては多様な支援策を必要とし、順調に退院促進が実現しているとは言い難い現状もある。
一方、これらの退院可能な患者の約2割が生活保護受給者であり、その人々に対する退院促進の取り組みは生活保護制度下でも推進されている。
退院促進にはいくつかの方策が講じられているとはいえ、今後、生活保護基準の引き下げにより、この支援を活用する機会を逸する人が増すとすれば、退院促進という国の方向性に逆行するともいえる。
このような事態は避けなければならないことから、保護基準の見直しにあたっては、派生する弊害までを見据えた慎重な検討を求めたい。
4.最後のセーフティネットの堅持を求める立場から
生活保護受給者の中には、その必要がありながら未だ精神科治療や保健福祉サービスの利用に至らず、他の社会資源とのつながりを持たない人々が存在する。
生活保護ケースワーカーは最後のセーフティネットとして、これらの人々を医療・福祉の各関係機関につなぐ地道な働きをしているが、保護基準の引き下げに伴って生活保護ケースワーカーの援助さえ受けられなくなる未治療・未受診者が増すことも予測される。
これは、換言すれば生存権保障のための援助の手が届かない人々を増やすことであり、国民の生命と生活を脅かす事態といえる。
本協会は、特に精神障害者への支援を生業とする専門職団体として、厚生労働大臣に対してもこのような危機感を共有したうえでの基準見直しを行うよう要望し、現段階における生活保護基準の引き下げには断固反対する。
なお、我々は、精神保健福祉領域におけるソーシャルワーカーとして、生活保護ケースワーカーとも連携協働しつつ、精神障害を持ちながら生活する人々の自己実現に向けた支援(広義の自立助長)を日々実践しており、引き続き生活保護の動向も見据えつつ各現場にあって誠実に職務遂行することを併せて表明する。
以上
公益社団法人日本精神保健福祉士協会ホームページhttp://www.japsw.or.jp/ugoki/yobo/2012.html#10
※画像は辺野古の海辺に咲く花。