長期在院精神科患者の地域移行・地域定着支援は、この4月から個別給付化されました。
その単価設定等については、以前このブログでも紹介させて頂きました。
4月以降、どうなったかというと、危惧されていたことが明らかになってきています。
個別給付化ではカバーできない事柄について、ハッキリ支障が生じていると言えます。
個別給付の前提は、利用者の「退院したい」という意思に基づく契約です。
「退院したい」と誰もが言える環境なら良いのですが、現実には難しいのが実情です。
長期在院されてきた方の多くは、退院に大きな不安を抱えてらっしゃいます。
10年、20年、30年と入院していれば、外の世界に戻ることは浦島太郎の心境でしょう。
患者さんご本人が「退院したい」という一言を口にするには、大きな勇気がいります。
本人が「退院したくない」と言うんだから仕方ない、というのが病院職員の言い分でした。
退院支援の第一歩は、ご本人が「退院したい」と思って頂けるかが大きな鍵になります。
各事業所は、そのために精神科病院に通い、多くの患者さんとかかわりを持ってきました。
しかし、その第一歩を踏み出すためのかかわりが、個別給付では報酬の対象になりません。
入院患者さんに熱心にかかわればかかわるほど、事業所の持ち出しになってしまいます。
しかも、多くの精神科病院は街中にはなく、都市の周辺部にあります。
遠隔地に出かけての支援は、多くの時間と労力を要し、ボランティアには限界があります。
また、個別給付化により、地域移行支援は国や自治体が取り組む事業ではなくなりました。
個別の一事業所の一業務に過ぎなくなり、収支を合わせるのが難しくなりました。
退院をこころよく思わない精神科病院からすれば、協力する義務は何も無いわけですから。
これまでの事業協力体制ができている一部の病院だけが、対象ということになって来ます。
従来は、事業所による直接的な支援と別に、広域コーディネーターも配置されていました。
病院とコンタクトをとるそのコーディネーターも、事業仕分けの対象となりました。
長期在院患者の地域移行に熱心に取り組んで来た各事業所は、苦境に立たされています。
退院できる人はたくさんいるはずなのに、やればやるほど赤字になりかねません。
そんな事業所の背景や想いもあってでしょうか?
今度のリカバリーフォーラムでも、地域移行の分科会は一番の事前申込数になっています。
既に会場キャパいっぱいの150名の事前登録があり、とてもありがたく感謝しています。
ただ、150名でどのようにグループワークを行うのか、主催者としては頭の痛いところです。
そんな状況の中、日本精神保健福祉士協会は、ひとつの要望書を国に提出しました。
地域移行・地域定着支援事業の継続を求めるもので、8月17日厚労省に手渡されました。
地域体制整備コーディネーターを改めて存続させ、地域移行支援の仕組みを作ること。
指定一般相談支援事業所が活動しやすいように、病院と地域を結ぶシステムを作ること。
地域体制整備コーディネーターの位置づけや働きも、自治体により様々です。
コーディネーターを配置しただけでは、大きく事態が好転しないのも事実でしょう。
しかし、地域移行支援活動の失速は、精神科病院で亡くなる方を増やすだけです。
今や65歳以上の高齢者が入院患者の半数を占める精神科病院は、待ったなしの状況です。
本来入院している必要のない患者さんに、地域に出て自由に生活をしてもらうこと。
そのために必要な支援とは何か、個別給付化の中でどのような取り組みが必要なのか。
リカバリーフォーラムの中で、ピアサポーターの方々と真剣に考えたいと思います。
参加される皆さまには、積極的かつ具体的な問題提起を、ぜひお願い致します。
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◆日本精神保健福祉士協会の「地域移行・地域定着支援事業継続に関する要望書」◆
表題 精神障害者地域移行・地域定着支援事業の継続に係る要望等について(お願い)
日付 2012年8月17日
発翰番号 JAPSW発第12-146号
発信者 社団法人日本精神保健福祉士協会 会長 柏木 一惠
提出先 厚生労働省 社会・援護局 障害保健福祉部長 岡田 太造 様
時下、ますますご清祥のこととお慶び申しあげます。
平素より、わが国の精神保健医療福祉に関する諸制度施策の発展充実にご尽力をいただいておりますことに敬意を表します。
また、本協会事業に格別のご理解、ご協力を賜り、深く感謝申しあげます。
さて、貴省におかれましては、「精神保健福祉施策の改革ビジョン」で掲げた「入院医療中心から地域生活中心へ」の理念に基づき、2006年度より精神障害者退院促進支援事業を実施してこられました。
今年度には地域移行・地域定着支援が相談支援事業の一類型である地域相談支援として個別給付化されましたが、地域相談支援を補完する形で補助事業である精神障害者地域移行・地域定着支援事業(以下「本事業」という。)は継続されております。
これまでの本事業の取り組みにより、地域の資源や支援体制が徐々に整備され、精神科医療機関のみで社会的入院に至っている長期在院者の退院支援を行うことの限界を超え、自立支援協議会等を活用して地域全体で地域移行支援への取り組みがようやく推進され始めてきたところです。
個別給付化された地域移行・地域定着支援の本格的な推進には、制度移行に関する十分な周知と支援実施体制が求められるところ、本格的な取り組みを前に、本事業が2012年6月14日の貴省における行政事業レビューの対象となり、「抜本的改善が必要」とされました。
このため、地域移行・地域定着支援に携わる多くの関係者は、本事業の行方について大変な困惑と危惧を抱いております。
つきましては、下記の通り、要望と意見を申しあげますので、ご高配のほどお願い申しあげます。
記
【要 望】
補助事業である「精神障害者地域移行・地域定着支援事業」を継続してください。
地域相談支援が十分に機能するために、以下の3点の体制が整う必要があります。
1)すべての入院患者に地域相談支援の情報が確実に届けられること。
2)病院に地域の支援者が定期的に入ること。
3)市町村や指定一般相談支援事業者が病院と連携して、精神障害者への地域移行支援を行えるようになること。
このため時限的措置として、都道府県や政令指定都市が本事業(地域体制整備コーディネーターを配置し、自立支援協議会における地域移行支援・定着支援に関する部会等を設置し、ピアサポーターの活用を推進すること)を継続する必要があります。
【理 由】
1.すべての入院患者が、希望すれば地域相談支援を利用する権利があることを、精神科病院と入院患者に周知するために、その役割を担う地域体制整備コーディネーターが必要です。
○精神障害者の地域移行支援・定着支援が促進されるためには、入院中の精神障害者が自分の望む暮らし方について相談できる一般相談支援や計画相談支援を活用し、サービス利用計画のもと、地域相談支援を利用できる必要があります。
そのためには、相談支援に関する制度や利用の仕組みに関する情報が、すべての入院患者に届けられる必要がありますが、現状ではその仕組みと実施責任の所在が明確ではありません。
2.地域移行支援・定着支援を促進するためには、地域内のあらゆる機関や制度間の物的・人的連携および調整が欠かせず、その役割を担う者として地域体制整備コーディネーターが必要です。
○わが国において社会的入院が長く解決せずに現状に至っている歴史から、医療機関内の取り組みだけでは困難かつ限界や制約を抱えることは明らかです。
地域の側から、街の暮らしや支援に関する情報を入院患者はじめ医療機関従事者に届け、患者の退院及び地域生活への意欲を喚起することや、交流や体験の機会を提供していくことが必要です。
現状を乗り越えるためには、地域内の総合的な支援環境整備が喫緊の課題ですが、各種制度や機関が縦割りであることの現状と弊害等に対しては、地域移行推進員など個別支援の人員配置のみでは解決に至りません。
○貴部精神・障害保健課調べ2010年度実績によれば、地域体制整備コーディネーターの活動内容において、連携や調整は、精神科病院・関連施設との間で21%、地域生活野関連機関間で15%、行政機関との間で15%とあり、全活動の52%が連携や調整に充てられています。
○一方、行政事業レビューでは、地域体制整備コーディネーター配置と退院者数との相関関係から事業効果が不明確とのことでした。
しかし、地域体制整備コーディネーターの役割は、病院への働きかけ、市町村への支援、事業所への支援、圏域をまたがるケースへの調整、ピアサポート活動の推進、圏域課題の解決への助言や人材育成に関する研修企画等となっております。
ついては、働きかけ対象の取り組み姿勢や意識、仕組みなどの変化、取り組み活動実態などを指標とした効果測定をすべきです。
退院者数を中心に検証することは妥当性に疑問があります。
量的効果以上に、当面は、活動内容の質的効果の蓄積の推移を見守り、当該効果の生じている地域事例等を普及する期間や方法を持つべきと考えます。
未だ、全国的に事業普及がなされていない現状の分析と、検証の適切な方法や期間の設定がむしろ必要です。
3.どの地域においても質の高い地域相談支援のサービスが受けられるようになるまで、国の責任に基づき都道府県等が配置する地域体制整備コーディネーターによる指定一般相談支援事業所への助言指導が不可欠です。
○医療機関の自助努力によっても退院に至らない実態には、様々な困難な要因が存在します。
一方、指定一般相談支援事業所の量的質的整備は不足しているのが現状です。
入院患者の意欲喚起をはじめ、円滑な地域相談支援が医療機関と諸機関の連携のもとで実施されるためには、当面、地域体制整備コーディネーターの助言が必要です。
貴部精神・障害保健課調べ2010年度実績によれば、地域移行推進への助言指導が24%、研修・シンポジウムなどの企画調整等、人材育成や普及啓発活動が30%強となっています。
4.立ち遅れた精神障害者支援施策の充実強化の観点から、精神障害者地域移行・地域定着支援事業は、廃止や縮小の方向での見直しではなく、むしろ拡充すべきものです。
○本年6月に障害者総合支援法案を審議した衆・参両議院厚生労働委員会において、「精神障害者の地域生活を支えるため、住まいの場の整備、医療、福祉を包括したサービスの在り方、精神障害者やその家族が行う相談の在り方等の支援施策について、早急に検討を行うこと」との付帯決議が採択されました。
さらに、成立した障害者総合支援法の附則第3条には、検討規定として「全ての国民が障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向けて、障害者等の支援に係る施策を段階的に講ずるため、この法律の施行後三年を目途として、第一条の規定の改正後の障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律第一条の二に規定する基本理念を勘案し、(中略)精神障害者および高齢の障害者に対する支援の在り方等について検討を加え、その結果に基づいて所用の措置を講ずるものとする。」とされました。
つまり、精神障害者に対する支援は未だ不十分極まりない状況にあります。
【意 見】
各都道府県・政令指定都市において、精神保健医療福祉施策を推進していくための、施策横断的な官民協働チームを設置し機能させることが必要と考えます。
【理 由】
立ち遅れた精神障害者の地域生活支援の推進を図るためには、住宅・医療・介護・福祉・雇用・教育など、精神障害者が利用する多領域の支援に関する法制度諸施策間の連携調整、整備拡充が不可欠です。
ニーズ把握と具体的な支援策を、障害福祉計画、医療計画、介護保険事業計画、生活保護制度施策などと連動し総合的に反映整備する必要があります。
しかし、多くの都道府県において、縦割り制度、縦割りの所管の弊害から、精神障害者の地域生活支援は断片的に行われており、支援体制や財政面において効率的ではなく、必ずしも地域生活支援の力を育む結果に結びつかない現状は深刻な課題です。
都道府県自立支援協議会に地域移行に関する部会を設置することはもちろん、さらには、その地域移行部会で検討された課題が、各種計画策定に反映できるような仕組みが早急に必要です。
すでに、各都道府県には、障害者基本法に基づく「地方障害者施策推進協議会」と精神保健福祉法に基づき条例にて置くことができる「地方精神保健福祉審議会」があります。
このような既存の仕組みを有効に活用することと合わせ、サービスを利用する当事者および支援提供者が現場で把握するリアルなニーズを材料に議論検討できる作業チームを設け、審議体との位置付けを縦横に整理し組み立て有機的に機能させることが求められます。
個別の制度や施策を民間機関や事業者等に任せるだけでは、精神保健医療福祉施策の立ち遅れを打破し総合的な推進を図ることは厳しいと考えます。
※画像は、和歌山県での「地域移行・地域定着支援セミナー」の時のもの。
2012年3月17日、和歌山県立情報交流センター・ビッグU(田辺市)にて。