森にようこそ・・・シャングリラの森

森に入って、森林浴間をしながら、下草刈りをしていると、自然と一体感が沸いてきます。うぐいすなど小鳥たちと会話が楽しいです

来良き心と未知なるものの為に⑯・・・ダグ・ハマ-ショルドの日記より

2025-04-07 13:49:11 | 森の施設

 

   来良き心と未知なるものの為に⑯・・・ダグ・ハマ-ショルドの日記より

 

 おそらく、あみがさゆりが咲くには少し早すぎる。しかし、五月の空は平原の上方に、

あくまでも高くひろがっていた。雲雀の囀りと光とがまざりあって、さわやかな恍惚と

化していた。そして、川には茶色がかった泥水が流れていた。雪どけのために激しさも

まし、冷えたくももあったのである。

 流れのなかほどで、なにやら黒いかたまりがゆっくりと反転する。ちらりとみえた顏

一声洩れた悲鳴。みずからすすんで、またもや顏をぐいと水のなかに突っこむ動作。

 一片の雲も太陽のまえをよぎらなかった。雲雀の囀りはやまなかった。しかし、水は

突然、汚くなり、冷たくなる------かしこで自己の死に出合うおうとして苦闘している。

あのずっしりした物体にとらわれて、深みに引き込まれていきそうだという思いのため

に、猛然と嘔吐感(おうとかん)がこみあげてくる。そしてこの嘔吐感は、危険だという

感じ以上に神経を麻痺させる。臆病なのか? たしかに、その言葉を口にせずにはいら

れない。

 

 彼女は遊歩道の端まで歩いてゆき、それから泥のなかをずんずん進んでいって、川の

なかの足が立たなくなるところまで行った。そしてそこから、流れが彼女を運び去った

のである。しかし彼女は沈まなかった。水が彼女を押し戻すのであった。そこで彼女は

口を開けて、なん度も繰り返して首を水のなかに突っ込んだ。その動作は、たび重なる

につれて、しだいに力ないものとなっていった。こんどはもう、失敗するわけにはいか

なかった。いまや、岸辺から叫び声が聞こえていた。もし、あの人たちが・・・・

 

 彼らは、息を吹き返させようと試みたさいに、彼女の胸をはだけさせたのである。彼

女は堤防のうえに------人間の裸形を越えて、死の近づきがたい孤独のなかへ入り込んで

しまって------身をながながと横たえている。そして、彼女の蒼白い、堅い乳房は、白い

陽光にむかって盛り上がっているあたかも、大理石を思わせるブロンド色の石に刻んだ

半神のトルソが、やわらかい草に寝してあるかのように。

 

 

  

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清き心と未知なるものの為に⑮・・・ダグ・ハマ-ショルドの日記より

2025-04-04 10:20:30 | 森の施設

 

   清き心と.未知なるものの為に⑮・・・ダグ・ハマ-ショルド日記より

 

 かような陰湿な秋の日には、しばらく街路から街路へとそぞろ歩きする以外に、なにが

できようか。-------流れに身を任せて漂うのである。

 

 生命なきものに固有の重たさで、群衆はゆるやかに流れてゆく。流れが詰まって静止す

こともあり、また、いくつかの流れの出会うところでは、ものうげにのろのろと渦を巻く

こともある。ゆるやかで、灰色をしている。11月の1日が暮れそめ、、光は低く層をなす

冷え冷えした雲のなかに消えたのに、黄昏はまた宥和や平安をもたらしてくれない、そん

な時刻なのである。

 ゆるやかで、灰色をしている。都会の街路という持たぬこの人たちは、すべてが彼自身

に似ている。-------いずれも原子なのである。ただし、そこから放射能は消え失せ、その

力は虚無のまわりをめぐったすえに、果てしなく続いた環状軌道をすでに完結してしまっ

ている。

 「光のうちに消えて、歌に転身すること」世間の手前という舞台で自分の名を名乗って

いる登場人物と本来のわれわれと繋いでいる紐帯(ひもおび)を手放すこと。------その登場

人物とは、社会的な名誉欲により、また意志の力によって自覚的に築かれてきたものなの

である。-------紐帯を手放したら落ちてゆくこと。いっさいを任せつくして落ちてゆくこ

と。ほかのものにむかって、なにかほかのものに向かって。

 

   敢行すること。

 彼は行人のひとりひとりの顔立ちを探る。しかし、乏しい光りしかないこととて、彼に

見えるのは、彼自身の思いきりの悪さをテ-マとした限りのない変奏曲ばかりである。一

度も敢行したことのない人たちにたいする刑罰を、ダンテならば、おそらくはそのような

仕方で創造したかもしれぬ。-------自己減却という道を通って完成に赴くためには、ひと

りひとりが完全にひとりきりで進まねばならぬ。その境界のこちら側に留まっている者は

すでにそれを乗り越えた人のもとに行きつく道をついにみいださないであろう。

 

 

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来良き心と未知なるものの為に⑭・・・ダグ・ハマ-ショルドの日記より

2025-04-02 14:57:31 | 森の施設

 

    来良き心と未知なるものの為に⑭・・・ダグ・ハマ-ショルドの日記より

 

 黒い色の、じっとり湿ったウ-ルの着物。用心深い、おずおずしたまなざし。疲れて

緩んだ口元。日はもうとっぷりと暮れた。

 仕事は、非常に、さっさと片付けられてゆく。カウンタ-の、つややかに磨いた、

不吉な感じの黒大理石のまえには、まだ大勢の人たちが待っている。

 白い欄干ごしにこぼれてくる、無表情な光が、ガラスやエナメルに映っている。外は

暗黒である。戸ががたがた音を立てる-------そして、ひんやりした、湿気を帯びた風が

科学薬品のにおいのしみこんだ空気のなかを突き抜ける。

  「おお、人生よ、愛想がよく、豊かで、暖かな、祝福されたことばよ・・・・」

 

 そのとき、高い机のひとつに置かれた秤のうしろから、彼が見上げる。そのまなざしは、

人なつこく、英知のしるしを宿し、精神集中のあまりぼぅっとしている。灰色がかった顏

に刻まれた深い皺には、四壁に囲まれたなかでの長い人生体験から生まれた温和な皮肉が

あらわれでている。

        いま、ここで。------これこそ、唯一の現実である。

        老人の善良さにあふれた顔が

        放心の一瞬に、過去なく未来なき

        裸形のおのれを示している。

 

 もうどうにもなるまい、いつまでもこのままだろうということを、彼女は知っていた。

彼は自分の仕事に興味をなくして、もうなにもせずにいた。自分のしたいことをさせてく

れないからだ、と彼は言うのであった。そこで、彼女はやってきて、彼が自由を返しても

らえるようにと歎願した。彼女がそう歎願したのは、ぜひともこう信じたいと思ったから

である。------彼が不当にもいじめられているのだ、自由を回復しさえすれば彼はまたほん

とうの男になれるのだ、と。彼女は、彼への信頼をもちつづけるために、そう信じたいと

思ったのである。彼女は答えをまえもって知っていたが、どうしても聞かせてもらう必要

があった。返事はこうであった。近代社会の経済的迷路のなかで人が自由でありうるかぎ

りにおいて、彼もまた自由である。下界からの変化が生じたところで、それは彼には新し

い幻滅をもたらすにすぎない。つまり、何事も本質的に変わりはしなかったのだと見てと

ったとたんに、いっさいがはじめから繰り返されることであろう、と。

 

 ええ、そうでございましょう------そのうえ、彼女はそれ以上のことを知っていた。逃げ

道はないし、またありえないということを。なぜならば、死に打ち勝ちたいという幼稚な

欲求が、成果が自分の死後も末長く自分のものとならないようないっさいの仕事には興味

を持てぬという気持が、彼のする自由談義の背後に秘められているのがわかっていたから

だ。-------それでいて、彼女はやってきて歎願したのである。

 

 なにごとが起ったのか、われわれにはよくわからずにいるうちに、彼はすでに遠く離れ

ていた。われわれには、もう施すすべもなかった。われわれの目に見えるのは、流れが彼

を岸辺からどんどん遠く押し流してゆく、ということだけであった。彼が足を川底につけ

ようとして、むなしくもがきつつ、ますます力を失ってゆくのが見えた。

 ただ本能のみが、彼を駆りたてて助かろうと努めさせていたのである。意識の底では、

彼はすでに現実から切り離されていた。それでいて、危険な状況にいるのだという自覚が

ときとして否定なしに胸に迫ってくる瞬間には、彼はこんなふうに思うのであった。

岸辺にいる人たちのほうが事情はもっと悪いのだ、それなのにあの人たちは平気の平左

でいるんだ! と・・・・。渦巻きがごぼごほ音を立てながらとうとう彼を飲み込んでし

まうまで、とそのように確信にしがみついているのであろう。

 

 彼はそれまでいつもそうだったのである。彼は子供のように称賛のこもった愛情に包ま

れたくて仕方なかったので、冷淡な人や彼に実際敬意いだいている人たちすら、自分に無

批判的な友情を寄せてくれるものと想像したのであった。彼はつねづねそのような想定を

出発点としてふるまってきたのであった。それでも、他人の感心事に自分から近づいてい

ったりして、本能的に自分の生き方を曲げることもたびたびあった。それは、自分の幻想

が織りなす布地を退き裂く恐れのある現実と衝突したくなかったからであり、また同時に、

おそらく実在せぬ友情を作りあげようとする無意識の試みから出たことであった。だれか

が彼が以前に語ったことを逆手に取って責めると、彼はおおまじめで自分のことばを否定

するのであった。そして、他人が彼の前言否認をそれ相応の名で呼ぶと、彼はそのことを

ば、避難する者のほうが精神の均衡を失っている証拠だとみなすのであった。そのあげく

のはてに、「精神病」という単語がしだいに頻繁に彼の口の端にのぼるようになっていった。

 彼はすでにあまりに遠くまで行ってしまってもう二度と戻ってくることができないのだ、

ということをはじめて悟ったとき、われわれはどんなことを感じたこであめうか。

 

 

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清き心と未知なるものの為に⑬・・・ダグ・ハマ-ショルドの日記より

2025-03-31 13:29:08 | 森の施設

 

    清き心と未知なるものの為に⑬・・・ダグ・ハマ-ショルドの日記より

 

     新たなる岸辺に向かって?

 一瞬ごとに、おまえはいまのおまえを選ぶ。しかし、おまえはおまえ自身を選んでいるか。

魂と肉体とは無数の可能性を宿しており、それをもってすれば、おまえは同じく自我を築く

ことができる。しかし、そのうち唯一の可能性のみが、選ぶ者と選ばれる存在とのまったき

一致に達する。唯一の可能性あるのみ。--------おまえは、好奇心をそそられたり、貪欲ゆえに

心を惹かれたりして、なにかほかのものはないかと、あれこれの存在や行為の萌芽をいじく

りまわしたりするが、そんな時、おまえはあまりに皮相で遊び半分だから、人生の至高の神

秘にかんする自分の体験に掟をおろすことも、また、おまえに託された、おまえの「自我」

という一タラント(神から人に委ねられたものとしての素質。才能をたとえたもの)を自覚し

ていることもできない。このような、なにかほかのものの萌芽をすべて押しのけることに

よってのみ、おまえはあの唯一の可能性を見出すのである。

 

 

 

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清き心と未知なるものの為に⑫・・・ダグ・ハマ-ショルド日記より

2025-03-28 13:18:57 | 森の施設

 

     清き心の未知なるもの為に⑫・・・ダグ・ハマ-ショルド日記より

 

 神は便利な呪文であり、いつも手許にあるが、めったに開けてみたことのない書物

でいる。なにものかが生まれ出ようとする一瞬の浄められた静寂のうちにあって、神

は歓喜である、また清涼な風である。--------記憶もこれをとどめておくことができぬ。

しかし、われわれが自己をまっこうから見すえざるをえなくなるとき、神はその恐ろ

しいまったき実在のうちに、いっさいの議論といっさいの(感情)とのかなたに、保護の

役を果たす忘却をも打ち破って、われわれの頭上にそそり立つのである。

 

(知)の道は信仰なかを通ってはいない。われわれ自身のもっとも奥深いところに微かに

燦(あきら)かに捉えがたい光りのあとを追うことによって(知)を得たのち、さらにその

(知)を突き抜けたときにのみ、われわれは信仰とはいかなるものであるかを把握するに

いたるのである。(ほんとうだとみなす)という意味だなどという。信ずるとは(ほんとう

だとみなす)という意味だなどという、空疎な言辞を唱える人たちの話に聴き入ったがた

めに、いかに多くの人びとが暗黒のなかに突きおとされてしまったことか。

 

われわれの秘奥に存する創造的意志は、そのものに対応する意志が他人のうちにも潜ん

でいるのを察知し、このことをつうじてそれ自身の普遍性を感得する。--------この意志

はそのようにして、われわれの内面でも僅かながら花火を散らしている。あの大いなる

力を知るにいたる道を、われわれのために拓いてくれるのである。

 

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