経と権⑫・・・水雲問答
雲 国を治めるにあたっては、原則論、抽象論だけではいけない、時には権略もなく
てはなりません。権とは「はかり」で「さお」が衝であります。おもりの権を動か
し、さおが水平になるところへ持ってきて目方をきめるのでありますから、物事を
正しく決する手段を権というのが本当の意味であります。それが堕落するとごまか
しの意味にもなります。余り純粋にすぎますと本当の権から離れて、観念的な融通
のきかない正になって、人心がが服さぬこともあるように思われます。そう申しま
しても権略ばかりではまた正を失ってしまって、ご都合主義・便宜主義・手段本位
になってしまう。そこで権略をもって勢多に帰するという工夫が大切であると思い
ます。
水 秤の分銅をあちこちとうごかしてぴたりととまる。正しいところに落ち着く、と
いう字義から権という字をとったものであるから、権は大事なものであります。た
だ貴方のおっしゃる権略は、謀略家・策士の権変であって道の権ではありません。
やはり人間はいかにあるべきか、また人間はいかに成すべきか、という人の道とい
うものを心得ておきませぬと、権略はうまくいきません。しかしともかく、権とい
うものはきわめて大事なものですから、よくよくお考えいただきたい。
権は早く握って早く脱す⑬
雲 権力というとなんでもかんでも悪いという者があります。権力論というものは
いつの時代でも、社会学・政治学の上の重要な問題の一つであります。さて、権
の一字を考えると、大臣というもの、否、大臣ばかりではなく、およそ人を支配す
る、人を左右する者はみな権力がなければなりません。だから上に立つ者はみな権
力が与えられており、人間にはそれぞれ権力というものが認められております。と
ころが権というものは曲者であって、とかく災いの生じ易いものであります。
「老子」には「何事によらず客となって主とならず」すべてを客観視するという処
世の妙を吐露しておりますが、左様ばかり申せませぬので、権というものは早く握
って、早く抜けた方がよいと思います。どうも権を握ると、その権を私するから禍
が生じますので、公平にして権を握りのますと禍はおこるものではありません。
水 これはあなたが沖につかれた大変高い議論であります。「客となって主とならず」
という老子の説よりも、あなたのおっしゃることの方がもっと役にたちましょう。
権と私⑭
雲 大臣の任にあるものは権がないといけません。大臣は天下の人物を選択するとい
う大事な仕事を司る故、威権がないと支配できません。しかしそれは俺の権力だと
か、俺の権限だとかいって、私心・私欲をとげることではありません。天下の事を
時宜に随って、うまく処理してゆくのが権力でありますから・・・・。
水 仰せのとおり大臣の権は大切であり、必要なものであります。もし大臣に権力が
なければ、国家を鎮圧することはできません。しかし私心を以て権力を使いますと、
人はその権力を怖れません、馬鹿にします。