流行語大賞に「爆買い」が選ばれるなど、中国人観光客の存在が大きくクローズアップされている。その一方で、台湾人観光客は日本滞在中、ほとんど会話をしない“無言の行”を貫くケースが相次いでいることが明らかになった。必要に迫られた場合もささやき声程度の会話で、「中国人と間違われるのが嫌」との本音が聞こえる。中台首脳は66年ぶりの会談をシンガポールで実現させたが、台湾の庶民レベルでの「一緒にされたくない」との思いは根強いようだ。(吉村剛史)
大声で騒ぐ中国人観光客を横目に…
「普通に会話をしていると、一般の日本人は中国人と台湾人の区別ができない。中国人に勘違いされるのは悔しいので…」
関西を訪問していた60代の台湾人夫婦は、周囲を気にするように小声でこう語った。
夫婦は約30人が参加した観光ツアーで来日。福島県など東日本大震災の被災地を訪れた後に、京都などの関西観光をして関西国際空港から帰台する約10日間の日程となっていた。
到着当初こそは滞在先で普通に会話をしていたが、次第に観光地やショッピングエリア、ホテルのロビーなど公共の場所での会話は減り、会話をするにしても周囲に聞こえないように小声で最小限ですませるように。
「中国人に間違われ、土産物店の従業員らに軽くあしらわれたと感じたこともあった。気がつけば、一行全体でこのスタイルが定着していた」という。
夫婦が滞在している関西のホテルでは、バイキング形式のレストラン会場で、このツアーの同行客が身ぶり手ぶりを交えながら高齢の日本人女性にポットの使い方を教えていた。そのうえ、わざわざ空席まで女性を案内。女性が「ご親切に、どうもありがとうございました」と礼を述べたが、同行客はただ手を振っただけで言葉を発することは一度もなかった。
そのそばでは中国人客らが会場全体に響くような大声で会話をしていた。
「お静かに」の張り紙が目立つ博物館
大声で会話する中国人観光客を横目に、日本では静かに振る舞う台湾人たちの実態はこのツアーだけにとどまらない。
名古屋市内の大学に留学中の孫娘に会うために来日し、帰台途中で関西に寄ったという70代ぐらいの台湾人夫婦も、大阪・心斎橋のコーヒーショップでテーブル席に横並びに座り、互いの耳元に近づきながら小声で会話を交わしていた。
「毎年、旅行で日本に来ているが、今年は孫娘から『急に中国人観光客が増えたから、人前で大声で中国語を使わないように』とクギを刺された」と夫婦は説明した。
中国人観光客のマナーに関しては、台湾社会でも問題となっている。
中国歴代王朝の美術品などを所蔵する台北の故宮博物院ではここ数年、中国人観光客が押し寄せるようになったことから館内のいたる所に「観覧はお静かに」との掲示がなされている。
また、台湾の観光地にある有名店では、人民元を握りしめた中国人観光客が行列に割り込み、「あの棚の商品を全部くれ」と大声でまくし立てる姿も。中国人観光客の横柄な振るまいに、従業員側も「お金を落としてくれるのはありがたいが…」と辟易(へきえき)しているという。
それだけに、台湾人観光客は「日本人の従業員が、中国人に対してときに冷淡な対応をみせる心情は理解できる。でも一緒にされるのは…」と複雑な表情を浮かべる。
ついに訪日観光客は中台逆転
日本政府観光局のまとめでは、昨年の年間訪日外国人は過去最多の約1341万人となった。国・地域別の内訳は台湾からが約283万人でトップ。2位が韓国で約276万人、3位が中国で約241万人の順だった。
一方、今年1~10月の推計では約1631万人を数え、すでに年間ベースでの過去最多記録を更新している。内訳を見ると、中国人が2倍近くの約428万人に達している。次いで2位が韓国約323万人、3位が台湾約311万人となっており、日本旅行の中台逆転が鮮明になっている。
そんななか、中国の習近平主席と台湾の馬英九総統が11月7日、シンガポールで首脳会談を行った。1949年以来66年ぶりとなる電撃的な握手が全世界を驚かせたが、台湾社会の反応はいたって冷静だ。
日本へ観光旅行に来ていたある台湾人は「来年1月の台湾の総統選では、政権交代が確実視されている。少なくとも台湾側においては国民党政権による党利党略上のポーズという要素が強い」と説明する。
台湾・政治大学が実施した意識調査では、住民の8割以上が「現状維持」を望んでいるとされる。
別の台湾人観光客は、「台湾は選挙で指導者を選ぶ民主社会。台湾人が中国人と同一視されることを望まないうちは、貿易・経済面以上の関係進展は難しいだろう」と話している。
日本旅行中の台湾人らの“無言の行”の向こう側には複雑な中台関係や、台湾の根強い庶民感情が垣間見られるようだ。
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