さて、今週ご紹介するエンターテインメントは、本コラムでは珍しい自動車に関するお話です。
ご存じの皆さんも多いと思いますが、いまや自動車といえば米グーグルが2017~20年の実用化をめざして行動実験を展開中の「自動運転車」が近い将来、世界規模で普及しそうな気配なのですが、こうした「自動運転車」ではない既存の普通の自動車に関しても、来年から操作方法などが激変しそうなのです。
というわけで、今回の本コラムでは、来年から激変する世界の自動車業界の驚きの現状などについてご紹介いたします。
レンタカー危機!? スマホひとつ…共有は当然、トランクを「宅配便BOX」に活用
少し昔の話ではありますが、2月19日付英紙デーリー・メールや22日付米CNNテレビ(いずれも電子版)など、欧米主要メディアが驚きをもって報じ、世界の自動車業界をざわつかせたのですが、日本でも有名なスウェーデンの高級自動車メーカー、ボルボが来年から、車のキーを全廃し、代わりに米アップルの「iPhone(アイフォーン)」のようなスマートフォン(高機能携帯電話)を使ってドアの施錠・解錠をしたり、エンジンをかけたりといったすべての操作ができるようになると発表したのです。
報道によると、この驚きの発表は2月22日から3日間の日程で、スペインのバルセロナで始まった世界最大級の携帯電話関連展示会「モバイルワールドコングレス」で発表されました。
この展示会で、ボルボの乗用車部門「ボルボ・カーズ」の製品戦略・自動車生産部門の責任者を務めるヘンリック・グリーン副社長は、今回の革新的な取り組みについて「われわれは技術(革新)のための技術というものには興味がありません。新たな技術とは、われわれの顧客の生活を快適にし、時間を節約できるようなものでなければなりません」と説明し、キーを使うより、スマホを使うことでドライバーの利便性が格段に向上するとの考えを強調しました。
スマホやスマートウオッチ(腕時計型端末)を使い、自動車のドアを施錠・解錠したり、エンジンをかけたり、エアコンを作動させたり、車を好きな場所に自動で駐車したりといった機能は既にドイツのBMW(ドイツ)が一部の車種で導入しているほか、米のGM(ゼネラルモターズ)では2014年以降、主要車種で標準装備しています。
また、韓国の現代(ヒュンダイ)自動車は昨年、こうした機能に音声認識のシステムも追加。さらに大型ショッピングセンターのバカでかい駐車場などで自分の車を駐車したものの、買い物の後、どの辺りに駐車させたかすっかり忘れてしまう人たちのため、自分の車の場所がスマホやスマートウオッチの画面上の地図で出てくるといった機能も盛り込み、話題となりました。
しかし、ボルボが今回ぶちあげた自動車からキーを全廃するという試みは世界初とあって、大変な注目を集めているのです。
どういう仕組みか具体的に説明しますと、自分のスマホに専用のアプリ(ソフト)をダウンロードすれば、これが「デジタル(電子)キー」となり、これまでキーがなければできなかった前述の操作がすべてできるようになります。
とりわけ優れているのは、自動車側に強力なセンサーが付いていて、ドライバーはポケットや財布の中にスマホを入れたまま車を作動させることができる点でしょうか。現在使われている普通のキーの場合、いちいち取り出して鍵穴に差し込まねばならないですが、電子キーだとその手間がいらないというわけですね。
ちなみにボルボは来年からのキー全廃に先駆け、昨年11月から電子キーを使った非常にユニークなサービスを展開しています。
どんなサービスかと言いますと、宅配・小売業者と提携し、顧客がネット通販で購入した商品を、職場や外出先などの駐車場に停めた顧客のマイカー(ボルボ車)に届けるというものです。
具体的には、顧客の依頼を受けた宅配業者のタブレット端末に、顧客の車の電子キーが送信されます。宅配業者はこれを使い、駐車中の顧客の車のトランクを開け、中に商品を置いて帰るという仕組みです。電子キーは1回切りの使い捨てなので第3者に悪用されることもありません。
このサービス、自宅を空けることが多い人の場合、職場や出先で商品を何の苦労もなく受け取れるとあって、大好評だそうです。今回のキー全廃という試みはこれに続くもので、軌道に乗れば米国市場にも拡大する考えだといいます。
いやはや。面白いビジネスですよね。しかし感心するのはまだ早いのです。今回のボルボの取り組みは、単に顧客であるドライバーの利便性向上を狙っただけのものではありません。真の狙いは別のところにあるのです。
実はこの電子キーの最大の特徴は、家族や友人、職場の同僚らとシェア(共有)できることなのです。つまり、この電子キーの技術を用いることで「カーシェアリング」の分野で同業他社を大きくリードしようと考えているわけですね。
前述の宅配ビジネスのように、この電子キーは自分の車を使いたいという人に自由に送信できるほか、使用回数や時間帯も自由に設定できるので第3者に悪用される恐れもありません。「車の持ち主は、駐車場でマイカーを1日無駄に遊ばせておく代わりに、希望する人により頻繁かつ効果的に自分の車を利用してもらうことができる」(グリーン副社長)というわけですね。
そしてボルボでは、来年のキー全廃と平行し、スウェーデン南東部にあるヨーテボリ国際空港一帯で、カーシェアリングサービス会社、サンフリートと共同で、この電子キー技術を使ったカーシェアリングの実験をスタートさせる予定です。
今回の一件を報じるデーリー・メールの読者感想欄には「スマホがないと運転できない車なんて買わない」「安全性の高さで知られるボルボなのだから、スマホで操作することより、スマホのながら運転を禁止しろ」といった批判的な声も目立ちます。
とはいえ、2010年にフォードから中国の浙江吉利控股集団に売却されたボルボ・カーズの生き残り策がこうした電子キーの本格展開なのは間違いありません。
そして、そんなボルボの挑戦的な戦略はまだまだ続きます。4月7日付英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)によると、ボルボは来年から、中国で自動運転車(100台)の走行実験を始めるといいます。
中国では昨年、交通事故で20万人が亡くなったといい、乱暴な運転をしない自動運転車の普及が欧米よりも待たれているといった事情があります。さらに、自動運転車の走行実験に関する当局のさまざまな規制が欧米より緩いため、実験がしやすいそうです。これによって、グーグルをはじめとする同業他社に先駆け、巨大市場である中国を押さえることもできます。
さらに4月21日付英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)などが伝えていますが、この日、ボルボは、地球環境に配慮する自動車メーカーであることをアピールするため、2025年までに100万台の電気自動車を生産すると発表しました。
将来的に、こうした電気自動車や自動運転車も恐らくキーではなく、スマホやスマートウオッチですいすい扱えるようになることは間違いありません。どうやら、いま最もドラスティック(劇的)な変化を遂げているのは自動車業界のようです。自動運転車に代表されるようなSF映画の世界がもうすぐ現実になりそうですね。(岡田敏一)
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【プロフィル】岡田敏一(おかだ・としかず) 1988年入社。社会部、経済部、京都総局、ロサンゼルス支局長、東京文化部、編集企画室SANKEI EXPRESS(サンケイエクスプレス)担当を経て現在、大阪文化部編集委員。ロック音楽とハリウッド映画の専門家。京都市在住。