さて、今週ご紹介するエンターテインメントも米国の大統領選絡みのお話でございます。
保守・共和党とリベラルな民主党からそれぞれ、今年11月の米大統領選の候補者を決める「予備選挙」に昨年6月、共和党から出馬し、ぶっちぎりの支持率を集める超人気テレビ番組の元司会者&不動産王&暴言王のドナルド・トランプ氏(69)。
このまま行けば7月の党大会でトランプ氏が共和党の候補になるのは“ほぼ確実”というわけで、既に今、日本でもテレビのワイドショーから東スポまでを賑わすトランプ氏が、さらに面白過ぎる話題を提供し続けること間違いなしなのですが、「やっぱりアメリカには想像を絶するオモロいヤツがおるよな~」などとワイドショーを見て笑っている場合ではないのです。
なぜか。トランプ氏が仮に米大統領になったら、日本だけでなく、世界中が大変なことになるという恐るべき調査結果が、しかるべき調査機関から出たからです。この結果に世界がざわつき始めています。今週の本コラムではこの調査結果などについてご紹介いたします。
“存在そのものリスク”…政治家がリスク項目の中心になることは珍しい
3月16日付米政治ニュースサイト、ポリティコや、翌17日付英BBC放送(電子版)など、欧米主要メディアが大々的に報じていますが、英週刊経済紙「エコノミスト」の調査部門で、世界各国の国際・経済情勢などを調査・分析している「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)」が3月17日に「世界が直面するリスク(危機)ベスト10」を発表したのですが、何とその第6位が「トランプ氏の米大統領当選」だったのです!!。
エコノミスト紙といえば1843年9月創刊の名門で、世界各国のマクドナルドで販売されているビッグマックの価格を比較することで各国の経済力を測る「ビッグマック指数」を発案したことなどで知られます。発行部数も約160万部と大きな影響力を持っています。
トランプ氏は、そんな名門紙の調査部門に「あんた、世界のリスクベスト10に入ってまっせ~」と言われたわけですね。
今回の調査結果はリスクの強さを1~25ポイントで評価しているのですが、トランプ氏は16ポイントで、リスクの順位としては6位でした。そしてEIUは、彼が内包する具体的なリスク要因として「まず、北米自由貿易協定(NAFTA)を含む自由貿易に対して非常に敵対的な姿勢を示し、中国に対して『(人民元を不当に)為替操作している』と繰り返し訴えている」と指摘。
さらに「中東では極右の立場を取り、ジハード(聖戦)に絡むテロリストの家族の殺害を提唱したり、イスラム国(IS)一層をめざしシリアへの侵攻を呼びかけており、(こうした)中東に対する軍国主義的傾向(そしてイスラム教徒の米国への旅行禁止を訴える行為)は、ジハードを旗印とするテロリストのリクルーターにとって、天の恵みとなろう」と分析しています。
そして「われわれは(今回の選挙で)米大統領になる可能性が最も高い民主党候補のヒラリー・クリントン氏(元国務長官、68歳)をトランプ氏が破るとは予想していないが、米へのテロ攻撃や米経済の急激悪化といったリスクをはらんでいる」と結論付けています。
いやはや。まさに“存在していることがリスク”と言わんばかりですが、EIUが選挙を戦っている最中の候補者を世界や米にとっての地政学的リスクだと指摘した例はトランプ氏が初めてだといいます(そらそうやろ)。
そしてEIUは、ヒラリー・クリントン氏や、トランプ氏と同じ共和党から予備選に出馬しているテッド・クルーズ上院議員(45)やジョン・ケーシック上院議員(63)がこうしたリスクにランクインすることはないといいます(そらそうやろ)。
今回の驚きの調査結果について、EIUのグローバル・リスク部門のマネジャー、ロバート・パウエル氏は前述のポリティコに「トランプ氏のレトリックは確かに中東のテロリストのリクルーターにとって追い風になる」と指摘。そして「ひとりの政治家が弊社のリスク項目の中心になることは非常に珍しいことである」と語りました。
もはや単なる“暴言王”のレベルをはるかに超越したマジでデンジャラスなヤツというわけですが、ここで気になるのはトランプ氏以外の9つのリスクですね。
ではその9つのリスクについて順を追って説明いたしましょう。
中国、南シナ海の武力衝突…ユーロ圏の解体…通貨ボラティリティ
まず第10位が4ポイント(最悪は25ポイント)で「石油市場への投資が急速に弱まることによる将来の石油価格ショック」。「2016年~20年に石油価格ショックが起きる危険性は低いですが、中東や東欧の地政学的環境の長期的な影響がリスクを上昇させる」のだそうです。
第9位は8ポイントで「中国の拡張主義が促進する南シナ海での武力衝突」。説明不要ですね。これに関しては日本だけでなく、多くの国がブチキレ寸前です。
第8位は8ポイントで「英国の欧州連合(EU)離脱」。第7位は12ポイントで「ジハードを標榜するテロの脅威の高まりによる世界経済の不安定化」。「テロとそれに対する報復のスパイラルは間違いなくエスカレートし、ここ5年間続いた米と欧州の株式市場の活況をストップ。消費者と企業の信頼が損なわれ始めるだろう」と結論付けています。
第6位は12ポイントで、これまで説明したトランプ氏の抱えるリスク。そして第5位は15ポイントで「グレグジット(Grexit=ギリシャのユーロ圏離脱)に続くユーロ圏の解体」。これが起きれば「各国の銀行が保有するソブリン債(ギリシャの国債)のポートフォリオ(保有する金融資産の集合体)が巨額の損失を計上。それによって世界の金融システムに大混乱が起き、世界経済が不況に突入する」としています。
第4位は15ポイントで「内部および外部からのプレッシャーの襲来で始まるEUの破壊」というもので、昨年1月、パリの風刺週刊誌「シャルリー・エブド」の本社で起きた襲撃事件など、パリでの一連のテロ事件や難民問題、そして、難民の扱いに不満を抱く層の支持を受けた極右政党の台頭などを挙げています。
そして、いよいよベスト3です。まず第3位は16ポイントで「新興市場の企業の債務危機で、通貨ボラティリティ(為替の変動幅)が最高潮の高まりに」。新興国の通貨防衛策やボラリティの変動が世界経済に与えるリスクが予想以上に大きいというお話です。
第2位は16ポイントで「ロシアによるウクライナとシリアへの介入が新たな冷戦の先駆けに」。昨年11月、トルコの戦闘機がシリアとの国境上空でロシア軍機を領空侵犯のため撃墜したり、ロシアが裏で糸を引くウクライナの分離独立戦争などが原因で、東西の関係は冷戦の終了以降、どんどん悪化しています。
そして、堂々の第1位は20ポイントで「中国が経験する(経済の)ハードランディング」です。EIUでは、高確率でこれが起き、その際は非常に高い衝撃を世界に与えるとしており「われわれが描くトップリスクシナリオとして、中国の急激な景気減速予想を挙げる」とのことでした。「中国のバブルが崩壊したら、爆買いも民泊も終わりやで~」などと呑気なことを言っている場合ではないようで、中国が傾けば、世界経済もどうやら一夜にして傾くようです…。
ちなみにその中国、ベスト10のうち、第1位だけでなく、第9位にも顔を出す世界の“キング・オブ・リスク”のくせに、自分のことは棚に上げ、官製メディアである中国共産党の機関紙、人民日報傘下の「環球時報」(3月18日付)に「トランプ氏の当選は大規模テロに匹敵する」との長文記事を掲載させ、トランプ氏の暴言の数々を紹介したうえで氏を「世界経済の毒針だ」などと批判させる始末…。
トランプ氏もきっと「お前はどの口で俺様をリスク扱いしとんねん!」と思っているに違いありません。その証拠にEIUのグローバル・リスク部門のマネジャー、ロバート・パウエル氏は前述のポリティコに「過去に1度だけ、中国共産党のトップをこのリスクベスト10にランクインさせようとしたことがある」と明かしています。
それにしても、お隣の国、中国が、いまやトランプ氏よりずっと恐ろしい世界の“キング・オブ・リスク”だったとは。われわれは、さらなる危機感を持つべきかも知れません…。 (岡田敏一)
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【プロフィル】岡田敏一(おかだ・としかず) 1988年入社。社会部、経済部、京都総局、ロサンゼルス支局長、東京文化部などを経て現在、編集企画室SANKEI EXPRESS(サンケイエクスプレス)担当。ロック音楽とハリウッド映画の専門家。京都市在住。