ままちゃんのアメリカ

結婚42年目のAZ生まれと東京生まれの空の巣夫婦の思い出/アメリカ事情と家族や社会について。

父親代わり

2020-01-15 | アメリカ事情

Chastity Pattersonチャスティティ・パターソンのフェイスブックから。

 

 

チャスティティ・パターソンが最愛の父親代わりだった人を失ってから4年が経っていた。そしてとうとうその悲しみを手放そうと準備をしているとき、彼女は驚くべきテキスト・メッセージを突如受け取ったのだった。

 

ジェイソン・リグノンは2015年に亡くなった。彼は「生物学的な」父親ではなかったが、チャスティティの学校のダンスやスポーツイベントを見逃したことはなく、彼女と彼女の友達が親のような愛と助言を模索する時は、いつでも模範として助けた。

 

「血が彼をこれ以上に私に近しくすることはできませんでした。」とパターソンは書いている。 「独り立ちしてもなお、彼と泣き、彼にすべてを語り、父性愛や、幸福がどのようなものかを見せてくれたのです。」

 

大学の四年間を通じて、23歳の彼女は毎日亡きジェイソンの古い電話番号にテキストメッセージで、人生や課題や問題についてを送り続けた。

 

ついに、彼女がこの習慣を手放す準備ができると感じた10月(2019年)がやって来た。彼の4周忌の前夜、彼女は最後にもう一度、ジェイソンが見逃していたすべてのもの―彼女が如何にして癌を克服し大学を卒業したかを振り返った。

 

パターソンは様々な感情をまとめると、ジェイソンへの変わらぬ愛とどれだけ彼の不在を寂しく思うかを書き、そのテキスト・メッセージを締めくくったのだった。だからそのテキスト・メッセージへの返信を突然受け取った彼女の驚きは容易に想像できる

 

その返信はこうだった:「こんにちは、愛しい方。私はあなたの父親ではありませんが、過去4年間、すべてのメッセージを受け取ってきました。朝のメッセージも毎晩の更新も楽しみにしています。」

 

「私の名前はブラッドで、2014年8月に自動車事故で娘を亡くしました。あなたのメッセージが私を生かしてくれました。あなたが私にテキストを送るとき、私はそれが神からのメッセージであると知っています。」

 

「あなたの親しい方を亡くしたことに心を痛めています。私は長年にわたってあなたの話を知り、誰よりもあなたが成長するのを見てきました。」と彼は続けた。 「長年にわたって返信のテキスト・メッセージを送りたいと思っていましたが、あなたの心を傷つけたくありませんでした。」

 

「あなたは並外れた女性です。娘があなたのような女性になってくれたらよかったのに、と思います。」

 

「あなたがテキスト送信をお止めになるのは残念ですが、物事はよくなっていくでしょう。私はあなたを非常に誇りに思います!」

 

言うまでもなく、チャスティティはこの返信に驚き感心し、彼女以外の、悲嘆に暮れる人々が、すべてがうまく運ぶだろうことを確信させる助けになるかもしれないと、Facebookでメッセージを共有することにした。

 

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3 コメント

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Unknown (マダム・グラハン・洋子)
2020-01-15 11:42:44
こんにちは

こんなことあるんですね
私も母に、父に送りたかったです

こころの中で送ってはいても、何かの形にしたかった

そして彼女に届いた思いもしなかった返事
嬉しい・泣きだしたくなるほど心が震える文章

人はこうやって
見ず知らずの人にさえ
支えて頂いているんですね

感動しました
ありがとう♡
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コメントありがとうございました (barkyellows)
2020-01-15 17:33:16
いつも、コメントをいただき、ありがとうございました。早速、ミュ^ジカル映画はコメディー映画に訂正させていただきました。「goodbye girl]は1978年、The Brothers Fourが来日、ラジオ番組に出演したときに紹介され、記憶に残っていた曲です。日本ではヒットせず、知らない方が多いです。「We'll Never Have to Say Goodbye Again」聞きました。ちょっと切ない曲ですが、きれいな曲ですね。イツカ、ブログで紹介しようとおもいます。それから、ボブ・マグラスもよく知っています。若い頃、TVでミッチ・ミラーショー見ていましたから。
また、お気付のことがございましたら、
コメントをお寄せください。
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マダム・グラハン・洋子 (ままちゃん)
2020-01-22 02:38:16
お返事遅ればせながらですが、コメントをありがとうございました。

洋子さんが飛翔するのは、本当に素敵です。亡き母は、70歳代で、外国でパラセールをしまして、その既成事実が発覚したのは、ずっと後のことでした。母は気が向くとひとりでどんどん外国へ旅していましたね。そんな母の血を引く私も、飛んでみたいです。
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