デイリー新潮オンライン様のホームページより下記の記事をお借りして紹介します。(コピー)です。
文章が長いのでプリントしてご覧ください。
薬をもらうなら病院へ――そんな常識が今、変わりつつある。処方要らずで入手できる「市販薬」の範囲が拡大。「ドラッグストア」の存在感も増す一方だ。サイエンスライター・佐藤健太郎氏が、現役薬剤師・久里建人(くりけんと)氏にインタビュー。新時代の薬の賢い使い方を伺った。
***
【本当に役に立った市販薬3つ】避難所でみるみる在庫が減っていった「無難に使える薬」
〈今、市販薬の世界が変化の時を迎えている。
以前ならちょっとした体の不調でも病院に行っていたが、コロナ禍以来足が遠のいてしまい、代わりにドラッグストアや薬局で薬を買う機会が増えたという読者は多いことだろう。
また一方で、国も近年、病院などの医療機関に頼らず、自分で自身の健康を管理、ケアする「セルフメディケーション」を推進し、税制面で優遇を認めるなどして、市販薬の購入を促している。
医療費削減政策の一環として、今まで病院で診察を受けなければもらえなかった処方薬のいくつかが、一般の薬局で次々購入できるようになっている。つまり、国を挙げた処方薬から市販薬へのシフトチェンジが始まっているのだ。
こうした状況で自らの健康を守るためには、市販薬についての確かな知識が不可欠だ。著書『その病気、市販薬で治せます』(新潮新書)が話題となっている薬剤師・久里建人氏に話を伺った。〉
病院と市販で同じ成分の薬は多い
病院の薬は「高級」「高度」、市販薬は「低級」「低度」。そんな印象を持っている方も少なくないことでしょう。両者の違いは簡単で、前者は医師の処方箋が必要、後者は不要でドラッグストアや薬局で購入することができます。だから「市販薬は病院の薬の劣化版」という認識を持つ方もいますが、実際はそうではありません。
病院と市販で同じ成分の薬も多いのです。例えば、風邪をひくと病院で処方される解熱鎮痛剤に「ロキソニン錠」がありますが、市販薬でも「ロキソニンS」があり、同じ製薬会社が製造していて、成分も量もまったく同じです。
薬には、医療用医薬品、要指導医薬品、第1~3類医薬品がありますが、そのうち、医療用医薬品以外は市販薬として処方箋なしでも買うことができます。つまり、病院の薬と市販薬との成分の違いは、「効く」「効かない」のピラミッド型ではなく、グラデーションの違いのようなものなのです。
〈だから、軽度な症状であれば、病院を受診せずに、市販薬で対処できる。しかし、薬局には多くの薬が並んでおり、素人には良し悪しの判断がつかないことが多いのも事実だ。そのための水先案内人となるのが、久里氏のような薬剤師である。
例えば、現在、新型コロナウイルス感染症に対するワクチン接種が急ピッチで進められているが、ワクチンの副反応による発熱や頭痛には、どの解熱鎮痛剤が適しているのだろうか。棚を見て回るだけでも、「バファリン」「イブ」「ロキソニン」「タイレノール」など、山のようにあるが……。〉
市販されている解熱鎮痛剤には多くの種類がありますが、その成分は主にアスピリン、イブプロフェン、ロキソプロフェン、アセトアミノフェンの4種類です。まずこれを押さえておきましょう。
穏健派と「内弁慶」
このうちアセトアミノフェンは、「穏健派」の薬です。代表的な市販薬は「タイレノールA」。処方薬では「カロナール」ですね。胃への負担がなく、安全性が高く、子供さんや妊婦さんにも安心して使えるのが特長です。ただ、欠点は炎症を抑える作用が弱いこと。関節痛や歯痛などの炎症を伴う痛みには、別の薬を選ぶ方が好ましいといわれています。
また、アスピリンは、100年以上前に開発された痛み止めの代名詞的存在で、代表的な市販薬は「バファリンA」。解熱鎮痛だけでなく、病院では血栓防止効果を期待して使われる一方で、インフルエンザ患者(特に小児)にはまれに脳症などの重い副作用を引き起こす可能性が指摘されているため、他の鎮痛薬とは使用条件が大きく異なります。
注意が必要な点として、ブランド名が同じでも中身が違うことがあります。バファリンの場合、スタンダードな「バファリンA」はアスピリンが主な成分ですが、「バファリンEX」はロキソプロフェン、「バファリンプレミアム」はイブプロフェンとアセトアミノフェンを合わせたもの、「小児用バファリン」はアセトアミノフェンが主成分と、非常にややこしい。このあたりは、店の薬剤師さんに聞いていただくのが無難でしょう。
イブプロフェンとロキソプロフェンは、アスピリンに比べ「新興勢力」で、比較的効用が似ています。市販薬では、前者が「イブ」、後者は「ロキソニンS」が代表例です。
前者が世界中で使われるのに対し、後者はほぼ日本国内で使われて、海外ではほとんど知られていない「内弁慶」の薬。もし、ロキソプロフェンを使い慣れている方が海外に行く際には、日本で多めに手に入れていくとよいでしょう。
はじめの質問に戻りますと、以上の4種の解熱鎮痛剤は、ワクチンの副反応にいずれも有効です。ワクチン接種が日本で始まった直後は、アセトアミノフェンが効果的との情報が断片的に広がったため、一般消費者に「アセトアミノフェン以外の解熱剤は使えない」と誤解された時期もあったと思います。しかし、どれがよいか聞かれたとしたら、「普段から飲み慣れたもの」という答えになると思います。初めて服用する薬が、体に合わなかったというケースもなくはありません。ただでさえつらい副反応が出ている時、薬の副作用まで重なると大変ですので、何度も服用して自分に合っているものを選ぶのが一番でしょう。
また、副反応対策で初めてロキソプロフェンを飲む際に、「ロキソニンSプレミアム」という、一見グレードの高そうなものを選ぶ方が多くおられます。もちろんこれが悪いわけではないのですが、鎮静催眠成分が入っているため眠くなったり、他の副作用が出るケースもあります。ワクチンの副反応に対しては、通常グレードの「ロキソニンS」が適していると思います。
抗生物質は風邪に効く?
〈解熱鎮痛剤については、これまで病院で処方してもらっていたという方も多いだろう。コロナ禍の現在ではともかく、風邪を引いたら病院へ。これが多くの人の行動パターンだった。「早く治すために早めに病院に行って、抗生物質をもらおう」と考える方も少なくなかったはず。
しかし、久里氏は、この点は“誤解”であり、風邪であっても受診せず、市販薬を活用する選択肢がある、と述べる。〉
そもそも風邪を引いた時には、病院へ行くべきなのでしょうか?
「病院で処方してもらう風邪薬と市販の風邪薬は別物。だから受診が必要」
「風邪には抗生物質(抗菌薬)が必要。だから受診が必要」
こうした思い込みがありますが、これは誤解です。
先ほども「ロキソニン錠」と「ロキソニンS」の例を用いて説明しましたが、風邪で病院に行き、処方してもらう薬の多くは、ほとんど同じ成分のものが市販されているのです。
例えば、痰を切るために処方される「ムコダイン錠」は、同じ成分を含む「ストナ去たんカプセル」が市販されていますし、咳止めで処方される「メジコン錠」は、今年8月に医療用と同量の有効成分を配合した製品が市販されました。喉の痛みを抑える「トランサミン錠」の成分も、「ぺラックT錠」などの市販薬に含まれています。
また、急性咽頭炎なども含む広義の、いわゆる「風邪」の原因は、おおよそ9割程度が細菌ではなく、ウイルスだと考えられています。抗生物質は細菌を壊したり、増殖を抑えたりする薬ですので、ウイルスには効かないのです。ではなぜ医師はそうとわかりつつ、抗生物質を処方するのか。「症状の悪化を防ぐ」などさまざまな理由がありますが、そのうちの一つは「患者さんが欲しがるから」です。患者のニーズに応えるために、医師も“とりあえず”と処方してしまうケースが少なくないことが国内外の調査でわかっています。
解熱剤や咳止めなどであれば、薬局で購入することも可能です。薬が欲しいというだけであれば、わざわざ時間を使って病院に行く意味は薄いといえます。
値段やパッケージではなく有効成分の確認を
〈ではその上で、市販の風邪薬は種類が多いが、どう選ぶのがよいのだろうか。アドバイスをいただこう。〉
日本の総合感冒薬の特徴は、含まれる成分が非常に多いことです。海外の風邪薬は成分が1~3種類程度であることが多いのに対し、日本では7~8種類も配合されているものがあります。成分が多いのが悪いわけではないのですが、それぞれに副作用などもあるので、選び方は難しくなります。
重要なのは、パッケージデザインやCM、値段に惑わされないこと。派手な箱や売り文句より、有効成分を見ましょう。名前や値段が違うのに、中身の成分はほとんど変わらないという薬もあります。
たいていの市販の風邪薬は、「解熱鎮痛」「喉の痛みの改善」「鼻水・鼻づまりの改善」「咳止め」の作用を持つ四つの成分でできています。
この中で特に抑えたい症状があれば、その症状に特化した薬を選ぶ方がよいでしょう。「パブロンメディカルシリーズ」「ルルアタックシリーズ」「エスタックイブシリーズ」などは、「のど」「せき」「はな」など、症状別に有効成分の量を変えた薬を出しています。
解熱鎮痛剤については、以前の総合感冒薬の多くは1回あたりイブプロフェン150ミリグラム配合というものが多かったのですが、近年200ミリグラムを配合したものが増えてきました。少しでも解熱鎮痛効果が高いものを、ということでしたら、この200ミリグラム配合のタイプを選んでいただければと思います。
実は、薬剤師に「風邪を引いた時に何を飲みますか」と聞くと、葛根湯(かっこんとう)と答える人が少なくありません。漢方薬は、総合感冒薬と効果はほとんど同じ、でも副作用が少なそう……というのが、人気の理由かもしれません。
市販の漢方薬ですと、適した体質や症状がパッケージ等に記載されています。これらをブランド横並びで見比べていただくと、自分に合ったものが選びやすいです。例えばツムラの「桂枝湯(けいしとう)」は、風邪の引きはじめで、虚弱な人で、汗をかいている人に向いています。一方「葛根湯」は、風邪の引きはじめで汗をかいていない人向けと記載されています。このあたりは漢方薬独特ですね。使う勘所が必要ですので、薬剤師、できれば漢方専門店に聞いてみるのがお勧めです。
胃薬を継続的に服用する際の注意点
〈現代はストレス過多の時代である。風邪薬と並んで、胃薬も日常接する機会の多い薬だが、正しく選択するのは難しそうだ。どのような基準で選べばいいのだろうか。〉
これも無闇に選ぶのではなく、症状によって選ぶのがよいと思います。
痛みがある場合であればスクラルファートやテプレノンなどを含む胃粘膜保護薬。市販薬なら「スクラート胃腸薬」や「セルベール」。胃酸抑制作用のある「ガスター10」などが選択肢になります。
食べすぎであれば、消化酵素を配合した「第一三共胃腸薬」など、総合的なものがお薦めです。
また、漢方薬も数多く出ています。「太田漢方胃腸薬II」などは、胃の調子を整える安中散(あんちゅうさん)に、精神安定作用のある茯苓(ぶくりょう)が配合されています。ストレスからくる胃の不調に、こうした漢方薬を試す手もあります。
胃薬で気をつけていただきたいのは、長く飲み続けないことです。市販薬にできるのは、あくまで一時的な症状への対応だけです。もちろん飲めば症状は改善されますが、そのために病院に行くのが遅れ、大きな病気が発見されなくなる可能性があります。また、病院に通っていれば、その緊張感から食生活や生活習慣を改善しようという気になりますが、市販薬に頼っていたのではなかなか意識は変わりません。結果、胃の根本的な不調がいつまでも改善されないということにもなります。市販薬は、あくまで一時しのぎと覚えておいて下さい。実際、多くの胃薬の説明書には「長期服用はしないで下さい」と書いてあります。
〈最近では、コンビニでも胃薬などが手に入る。薬局などで売られているものとの違いや効き目が気になる。〉
過去20年余りの規制緩和で、かつて医薬品だった一部の製品がコンビニでも売られるようになりました。ただし、いわゆる一般用医薬品は、薬剤師や医薬品登録販売者がいる店でなければ販売できないので、多くのコンビニで扱っているのは「指定医薬部外品」と呼ばれるものです。これらは成分や量が一般用医薬品よりも少なめで、効能もマイルドなものです。ですので、たとえば飲みすぎた時にちょっと寄って消化薬を買うような使い方はできますが、先述したような胃痛などの薬は、薬局やドラッグストアで、ということになります。名前がそっくりであっても、ドラッグストアで売っているものとコンビニで売っているものとでは中身に差があるのです。
下痢止めは原因に応じて使い分けを
〈緊急で買いたい薬といえば下痢止めがあるが、少々店員に尋ねづらくもある。〉
下痢については、まずは脱水症状とならないために、水分補給をきちんと行うこと。そして安静にすることが重要です。
ただ、症状を緩和させたり、受験や大事な仕事など、「ここぞ」の時のために薬を持っておきたいという人もいるでしょう。
下痢止めは、その原因によって使い分けることが大事です。
緊張やストレスによる一過性のものであれば、腸の動きを止めるロペラミドという薬が効果的です。ただし、ノロウイルスや細菌性食中毒などに対してこの薬を使うと、病原体の排出が遅れるので飲んではいけません。
軽い食あたりでしたら、腸の環境を整えるビオフェルミン、腸の動きを無理に止めずに腸内の水分を調整する五苓散(ごれいさん)などが選択肢となります。
また、過敏性腸症候群に対しては、セレキノンSという薬が薬局やドラッグストアで手に入ります。
理由がはっきりしているなら、こうして自分で選んでいただければと思います。ただし、食中毒でもO-157のように生命に関わるケースもありますので、高熱や、今まで経験した下痢と何か違うと感じたら、早めに病院を受診されることをお勧めします。
処方薬から市販薬への転換という流れ
〈さて、ここまで代表的な症状について、市販薬の使い方を伺ってきた。市販薬といえば低リスクなものという印象があるが、危険性はないのだろうか。〉
市販薬にも思わぬリスクがあります。
たとえば市販の鎮痛薬は、1カ月10日以上の服用が数カ月続くと、鎮痛薬が原因の頭痛が起きることがあります。もともと頭痛のある人が頭痛薬を頻繁に飲むことで症状が悪化し、それを抑えるためにさらに頭痛薬を飲むという恐ろしいループに入ることがあります。
咳止め薬に含まれるコデインは習慣性があり、その成分が含まれる「ブロン錠」などを若者が乱用するケースが後を絶ちません。
ツイッターなどを観察していても、これらの薬を乱用しているらしい人はかなり見かけます。店頭では、明らかに乱用しているとわかる客には私も売らないようにしていますが、それが原因でトラブルになることもありました。
〈処方薬から市販薬への転換の流れは、今後も続くのだろうか。〉
大きな流れとしては、これが続いていくと思います。また注目すべき事柄として、有識者会議などで「市販薬として手に入るものは、公的保険から外してもよいのではないか」という意見が出されています。実際、米国では市販薬にスイッチされたものは医療用医薬品から外れることになっています。
かかりつけの薬剤師を持つ時代に
〈来年からは日本で初めて市販薬の自動販売機の実証実験が始まる。その中でますます市販薬の選び方が重要になってくるというわけだ。〉
薬剤師は大学の専門学部で6年間の課程を修了し、国家試験に合格して、各々の職場で働き始めます。薬剤師の中でも、以前は処方薬の調剤を行う薬局の薬剤師の方が格上という意識があったのですが、近年は市販薬も扱うドラッグストア勤務の人気も高まっています。薬剤師向けの専門書でも、市販薬を扱うものが増えてくるなど、プレゼンスが高まっているのを感じます。
以前は、薬剤師は「町の科学者」と呼ばれ、身近で健康相談に乗る立場でした。ここへきて再び、医薬を通じて人々の日常のケアに貢献する存在になりつつあると感じます。
薬剤師にも得手不得手はあります。たとえば花粉症に詳しい人、内臓疾患に詳しい人などもいますし、薬の成分に詳しい人、使い勝手に詳しい人などさまざまです。ですから、自分の体の悩みに合った知識を持つ方を見つけるのがよいと思います。そして大前提として、薬の持つリスクを説明してくれること、必要に応じて病院の受診を勧めてくれること、場合によっては「あなたにはこれは合わない」といって薬を売らないこと。これらが、よい薬剤師を見抜く重要なポイントになってくると思います。
セルフメディケーションという言葉は、「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てすること」と定義されています。
しかし最近、その言葉が独り歩きし、医療費抑制という国の都合のため、「自己責任で薬を選べ」と突き放されているかのような、ネガティブな印象で受け入れられてしまっています。しかし実際には、WHOの資料に「薬の適切な使用について、薬剤師など専門家の適切な助言を受けるべし」との主旨の記載があり、決して突き放しているわけではないのです。
そのためにいるのが我々専門家ですので、何でも気軽に相談していただければと思います。
これまで「かかりつけ」といえば、医師や病院を指すことが多かったのですが、これからは薬剤師や薬局もかかりつけとして持つ時代になったのです。
取材・構成 サイエンスライター 佐藤健太郎
久里建人(くりけんと)
薬剤師。2005年に薬剤師免許取得後、医療用医薬品情報に関わる業務等を経て、市販薬の店舗責任者や新規事業関連のマネージャーを務める。ブログ「ドラッグストアとジャーナリズム」やSNSを通じて一般消費者向けに情報を発信し、講演、寄稿、書籍監修等も行う。
佐藤健太郎(さとうけんたろう)
サイエンスライター。1970年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。医療品メーカーの研究職等を経てサイエンスライターに