プレジデントオンライン様のホームページより下記の記事をお借りして紹介します。(コピー)です。
介護が離婚の原因になることはあるのか。夫婦問題研究家の岡野あつこさんは「介護離婚の相談は実際にある。我慢を重ねた末に『もう限界』と新たなステージに向かう人は少なくない」という――。
我慢を重ねて限界を迎える人も少なくない
人生100年時代、私たちの平均寿命も延びている一方、介護が必要な人も年を重ねるごとに増加している。離婚の理由については、ここ数年変わらず「性格の不一致」がトップだが、それでもジリジリと目立って増えてきている印象が強いのが「介護離婚」だ。
「介護離婚」とは、夫婦どちらかの親が、介護が必要な状況になることで夫婦関係が悪化し、離婚にいたることを指す。親の介護がきっかけで離婚という選択をする夫婦の年代は、40~60代が中心で決して若くはない。人生経験を積んでいる世代ではあるものの、我慢を重ねた末に「もう限界」と新たなステージに向かう人たちも少なくない。
たとえば、「介護離婚」にいたった夫婦の事例として、こんなケースがある。
※プライバシーに考慮して、事実関係の一部を変更しています。あらかじめご了承ください。
介護・仕事・育児を1人で抱えることに…
【CASE1】義父の介護と仕事、育児に奮闘する妻の「これ以上、無理」
Mさん(41歳)は6年前、同じ地元で2歳年上の自営業の男性と結婚し、現在4歳になる子供がいる。平日は育児のかたわら、近所のファミリーレストランと居酒屋でのアルバイトを掛け持ちでしていた。「夫の収入はコロナの影響で激減したので、私がバイトをして家計を助けようと思っていた」。
そんな彼女の考えが大きく変わることになったのは、昨年のことだった。夫の父親が倒れ、幸いにも一命はとりとめたものの、介護が必要な状況になった。「私は今の生活を変えたくなかったので、義父には施設に入ってもらいたかった。ところが夫の『親父を施設には入れたくない』というひと言で、私が義父の世話をすることになった」。
Mさん夫婦と義父の住む家とは自転車で20分。義母はすでに他界し、ひとり暮らしをしている義父の家に通う形でMさんの介護生活はスタートした。朝は5時に起きて夫と子供の朝食をつくり、子供を保育園まで自転車で送った後、義父の待つ家に行って朝昼兼用の食事の支度と掃除や洗濯を済ませてファミレスのバイトに行き、子供が帰って来た後は自宅の家事。子供に夕食を食べさせて寝かしつけた後、再び義父の家に行き、夕食と入浴、就寝の手伝いをしてから、今度は居酒屋のバイトへ。
「普通、介護は嫁の役目でしょ」
「自分の世話は嫁にさせて当然」という義父の態度にも不満だったが、それを伝えても「どこの親もそんなもんでしょ」と受け流す夫のリアクションにも腹が立つばかりだった。
Mさんがキレたのは、「最近、やたら機嫌が悪いし、家事の手抜きが多くない?」という夫のひと言がきっかけだった。「親の介護を私に押しつけておきながら、家事や育児にはノータッチ。それでいて、感謝の言葉すらなく文句を言ってきた夫に対し、イライラがピークに達した」。
それでも、Mさんは冷静に、夫と子供の朝食の支度と保育園に送っていくことだけでも負担してほしいと相談したところ、即座に却下。「普通、介護は嫁の役目でしょ。お前がバイトを辞めればいいだけの話だろ?」と一蹴されたという。「その言葉を聞いて、『あ、私はこれ以上もう無理だわ』と悟った」というMさんは現在、義父に施設に入ってもらうか、離婚をするかの二択で夫と話し合いを進めているところだ
朝食写真=iStock.com/kuppa_rock※写真はイメージです
ひきこもりがちな思春期の息子、持病が悪化した義父…
【CASE2】「妻と息子」より「自分の両親」と住むことを選んだ夫
「人生に『もしも』はないと言うが、『もしも、介護さえなければ』と思わざるを得ない」と話すのはTさん(52歳)。職場で知り合った1歳年下の会社員の夫とは、今年で結婚15年目になる。夫婦には、小学校の終わり頃から不登校になり、毎日自室にこもりがちな息子がひとりいる。思春期に入り、難しい時期を迎えようとしている今、Tさんの心配の種でもあるという。
そんなTさんに、もうひとつ深刻な悩みが増えたのは半年前からだ。きっかけは、夫の父親の持病が悪化したという連絡が母親からあったことだった。「夫は遅くにできた待望のひとり息子だったこともあり、両親に溺愛されて育ったと聞いている。年老いた両親のことが心配な気持ちも理解できたので、『しばらく実家にいてあげたら?』と私のほうから提案したのは事実」。
妻からのすすめもあって、Tさんの夫は介護休暇を取得。しばらく実家の両親のもとで暮らしていたものの、父親の体調が落ち着いてきたタイミングで職場復帰を果たした。
「僕にとっての家族は、父と母だと気づいた」
ところが、Tさんと夫の関係は以前とは違ったものになっていった。「ちょうどその頃、息子の状態も今までになく不安定になりはじめた。家のなかの空気が重苦しくなり、毎日のように息子のことで不安や愚痴をぶつける私に嫌気が差したのか、夫は毎週金曜日の夜から実家に帰り、月曜日はそのまま実家から出社。平日の夜は私が寝静まるのを待ち、深い時間に帰宅するようになった」
Tさんとできるだけ顔を合わせないようにしているとしか思えない夫の行動に疑問を感じた彼女は、夫にそのことをたずねた。すると、夫からは驚きの言葉が返ってきたのだった。「今回の介護生活をしたことで、僕にとっての“自分の家族”はキミや息子ではなく、父と母だったと気づいてしまった。誰よりも僕を頼りにしてくれるのも、僕に愛情を寄せてくれるのも、キミや息子ではなく父と母だったんだ」。
「じゃあ、私と息子のことは大切じゃないの? どうでもいいわけ?」と思わず責め立ててしまったTさんだったが、夫からは「申し訳ない。この生活が嫌なら別れてほしい」と静かに告げられただけだったという。Tさんは、「今すぐ別れて息子と新しい生活をはじめたほうがいいのか、あと何年先になるかわからないが、両親をみとって夫が私たちのところに戻ってくるまで待つという選択をするべきか、迷っている」とため息をついた。
「あなたの年じゃ子供は産めないでしょう?」
【CASE3】もともと複雑な嫁姑関係が介護で悪化。姑と夫の仕打ちで逃げ出した妻
「そもそも結婚した時から、お義母さんとはギクシャクした仲だった。それが介護をきっかけに改善するどころか、かえって最悪な関係になった」とはKさん(49歳)。幼い頃に父親を亡くし、母親ひとりに育てられた5歳年下の夫とはKさんが30代後半の時に結婚した。
結婚の報告をしに夫の実家を訪れた際、義母から言われた言葉をKさんは今も忘れられないという。「夫が何かの用事で席を立ってお義母さんと私とが二人きりになったところで、『本当は、息子はもっと若い女性と結婚してほしかった。だって、あなたの年じゃもう子供は産めないでしょう?』と私に冷たく言い放った。悔しいことに、結局私たち夫婦には子供ができなかった」。
初対面で先制攻撃をされたこともあり、義母とは結婚後も意識的に距離を置いていたKさんだったが、昨年から同居して介護をする生活がスタートした。雨の日に転倒して骨折した義母に介護が必要になり、「ひとり暮らしをさせたくない」という夫の希望もあった。義母と同居することに対し、ハッキリと断る理由もなかったKさんはしぶしぶ賛同したが、同居後すぐに後悔したという。
義母の仕打ちと夫の無神経さで体調不良に
「義母は、以前と比べ体がきかなくなったことを盾にして、ここぞとばかり甘えてくるようになった。食事の内容が気に入らないからと私につくり直しを命じたり、朝と晩に1時間ずつ入浴のサポートを強要したりと、わがまま放題。『若いお嫁さんだったら、もっとテキパキと要領よく動けたのに』『孫がいれば私も元気が出るのに』などイヤミもエスカレートしていった」。
義母との毎日にストレスはたまるばかりだったが、Kさんが一番許せなかったのは義母の言動より夫の態度だった。Kさんいわく、「もともとマザコン気味だった夫は、介護中の私をねぎらうことすらしなかった。それどころか、義母からたきつけられているのか、『もっとおふくろに優しくしてやってくれよ』と私を叱責するようなことまで平気で言ってくるようになった」。
義母の心ない仕打ちと夫の無神経さが原因でたまったストレスにより体調不良まで引き起こすようになったKさんは、同居から1年後、家を出ることを決意。「このままあの家で暮らすくらいなら、ひとりでやっていくほうがマシだと思った」と話すKさんは、夫と離婚協議に入ったところだという。
総じてトラブルの原因になるのは「夫の感謝不足」
介護の形はさまざまだが、私のところに訪れる介護がきっかけで悪化した夫婦関係の相談ケースを総括すると、「精神的にも物理的にも妻の負担が増えたことに対し、夫からの感謝やねぎらいの気持ちが圧倒的に不足している状態」がもろもろのトラブルを生じさせていることが多い。なかには【CASE2】のような例外もある。
裏を返せば、介護離婚にいたらないためのポイントがおのずと見えてくる。つまり、介護を請け負ってくれているパートナーが不満を感じることのないよう、十分な感謝とねぎらいの気持ちを伝えることが必要不可欠、ということになる。「いつもありがとう、本当に助かるよ」「おかげで、おふくろもよろこんでいるよ」といった心のこもった言葉も決して惜しんではいけない。
いずれにしても、パートナーが介護による負担で疲弊しているのを感じた時は、「この先もずっと、夫婦がうまくやっていくために今自分ができることは何か?」を最優先で考え、相手が抱えている不満を解消する努力をすることだろう。
岡野 あつこ(おかの・あつこ)
夫婦問題研究家
NPO日本家族問題相談連盟理事長。株式会社カラットクラブ代表取締役立命館大学産業社会学部卒業、立教大学大学院 21世紀社会デザイン研究科修了。自らの離婚経験を生かし、離婚カウンセリングという前人未踏の分野を確立。これまでに25年間、3万件以上の相談を受ける。