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オミクロン変異株の脅威の度合い、世界が把握急ぐ-まだデータ不足

2021-11-29 16:23:41 | 日記

下記の記事をブルーバーグニュース様のホームページからお借りして紹介します。(コピー)です。

感染者の症状はこれまでのところ軽いと南アの医療専門家2人
症状が他の変異株と異なる状況示唆する情報は現時点でない-WHO

新型コロナウイルスの新たな変異株「オミクロン株」について、世界保健機関(WHO)は世界の研究者らとともに詳細の把握を急いでいる。今回の変異株について最初に警告を発した医師を含め南アフリカ共和国の医療専門家2人は、感染した人の症状はこれまでのところ軽いと述べている。

  だが、WHOは初期の感染報告は大学生だったと指摘し、比較的若い人はより軽症となる傾向にあると注意を促した。WHOは声明で、「オミクロン株の重症度が分かるには数日から数週間かかる」とした上で、「オミクロン株の感染による症状が他の変異株と異なることを示唆する情報は現時点でない」と指摘した。

   ニューサウスウェールズ大学(シドニー)のライナ・マッキンタイア教授(バイオセキュリティー)は「オミクロン株に対するワクチンの有効性や感染症の重篤度を判断するのに十分なデータがないため、これらについてのいかなる主張も現時点では証拠に基づいていない」と述べた。 「これまでのところ、ウイルスが変異して重篤度が低くなることはなかった。実際、その逆だ」と付け加えた。  

  英保健省によると、英政府は29日に、主要7カ国(G7)の保健担当相の緊急会議を開く。バイデン米大統領も同日、最新情報を公表するとホワイトハウスが発表した。

  南ア政府のワクチン諮問委員会で委員長を務めるバリー・シューブ氏は28日、南アで入院患者は特に増加していないが、新型コロナの新規感染者数は現在3220人だと、英スカイニューズに対して述べた。オミクロン株は同国で初めて特定された。

  シューブ氏は「これまでの感染症例を見ると症状はどれも軽度または軽度から中程度となっており、良い兆候だ」とコメント。ただ、まだ初期の段階にあり、何も確かなことは言えないと付け加えた。

  一方、WHOは入院者数の増加を示す暫定データがあるが、「オミクロン株という特定の感染というより、感染者数全体の増加が要因かもしれない」との見解を示した。

  シューブ氏はオミクロン株で発見された多くの変異はウイルスを不安定化させると見受けられ、優勢なデルタ株よりも「頑強」でない可能性があると指摘した。「デルタ株はワクチンによく反応することが分かっているため、オミクロン株がデルタ株に置き換わらないことを願っている」と語った。

  南アでのワクチン接種者は成人人口の3分の1程度にとどまっている。

  オミクロン株の存在を最初に指摘した南ア医師会のアンジェリク・クッツェー会長は英紙テレグラフに対し、現時点でのオミクロン株の症状について、ここ数カ月に自身が治療した他の新型コロナ患者とは「異なっており、かなり軽症だ」と語った。また自身の診療所を訪れた多くの健康な若い男性が強い倦怠(けんたい)感を訴えたと述べた。約半数がワクチン未接種だった。

  クッツェー会長は28日にBBCの番組では、「南アでわれわれが臨床で見ている症例はかなり軽症だ。私は感染の震源地におり、ここで診療していることを忘れないでほしい」と発言。オミクロン株では「誰も入院させていない」とし、「同僚と話したが、同じ状況だった」と語った。 

  さらに、オミクロン株に対して世界の当局が不必要にパニックしているかと質問されると、同会長は「現時点では明らかにそうだと言える」とした上で、2週間後の状況は変わっている可能性を挙げた。

  警戒を促す専門家もいる。ユタ大学のウイルス学者、スティーブン・ゴールドスタイン氏は、オミクロン株のゲノムには「幾つかの懸念要素」があるとし、ワクチンの有効性に対するそれらの影響は、今後数週間でより明らかになるだろうと述べた。

  また、「世界の他の地域で症例が発生し始めており、非常に急速に広がっているようにみえる。デルタ株よりもさらに伝染性が高いのではないかという懸念が生じるが、断定するのは時期尚早だ」と、ズームインタビューで語った。


50万人の悩みを聞いた89歳シスターが伝授。安らぎは「たった3つの絆」で得られる

2021-11-29 15:30:00 | 日記

プレジデントオンライン様のホームページより下記の記事をお借りして紹介します。(コピー)です。

コロナ禍による収入減、失業……。懸命に生きていても、日々の不安は尽きないもの。そんな市井の人の心に寄り添い、これまで50万人の悩みに耳を傾けてきたシスター・鈴木秀子さんに、「心の保ち方」とその人生哲学を聞いた。『プレジデント』(2021年10月29日号)の特集「ひとりで、ゆっくり考える。楽しい哲学入門」より、記事の一部をお届けします――。
人々の悩みに向き合い続けて
たくさんの人がわたくしのもとに相談に訪れます。わたくしはただ黙って話を聞いて、「ああ、そういう気持ちなんですね」と耳を傾けるだけです。わたくしから「こうしたらどうですか」と言う必要はありません。終わりの時間が近づき「あと10分です」とお伝えすると、たいていの方はパッと切り替えて、自分で結論を出しちゃうんですよ。人間って不思議なものでね、心の中身を全部吐き出して、自分が受け入れられたと思うと、自分で答えを出していくんです。気持ちを外に吐き出すと、客観的に見えるんでしょうね。
ある日、外国船に乗っている40代の男性が相談に来ました。いつも家を空けているので、奥さんがノイローゼ気味になり、子どもを虐待しているという悩みでした。
自分と妻の両親は亡くなり、頼る人もいない。家に子どもを置いていくのは危ないし、奥さんはますます鬱が酷くなっていく。にっちもさっちもいかない状態だとおっしゃったんです。そんな状況でも「わたくしはシスターだから、具体的に何か援助することはできません」と伝え、「だからあなたのために毎日お祈りします」と言いました。
するとその男性は、大声を上げて泣き始めたんです。結構長いこと泣いたあと、彼は涙を拭いて「子どもは施設に頼みます。妻は病院に入れます。自分も日本に帰ったときには、子どもと妻に会いに行って優しく接します」と自ら答えを出しました。そして「この世で自分のために祈ってくれてる人が1人でもいる。それだけで生きていかれます」と言ったのです。わたくしの仕事って、これだけなんですよ。ただ黙って傍にいて、その人のために真剣にお祈りをするだけ。それでも心を軽くしてくれる方がいらっしゃるのです。
安らぎへ導く3つの絆
人間は「安心安全」を求める生き物です。「この場にいて自分が安心安全である」という確信を、悩みを持つ人は望みます。この安心安全の場所は、どうすれば見つかるか。「3つの絆」を大切にしてください。1に自分との絆、2に他人との絆、3に人間を超える存在との絆です。
聖心会シスター 鈴木 秀子さん
まずは自分との絆を大切に。自分を責めたり、自分と喧嘩しないこと。神はあなたに命を与え、神の似姿としてつくられました。命あるものは一人一人みんな尊いのです。「自分は尊い存在だ」と言い聞かせる必要があります。だけどわたくしたちはそんなことを忘れてしまう。だからどこかうまくいかなくなるんです。
例えば家族が死んでしまったとする。「なんでもっと早く病院に連れていかなかったんだろう」と自分を責めるでしょう。あたかも自分は全能であるかのように思い込んでいるんですね。過去に戻って「すべて完璧にできたに違いない」という前提に立っている。自責の念は謙虚に見えて、実は最も傲慢なことの1つなんですよ。神様が愛してくれているんだから、良い悪いと言わないで、起こってくることを素直に受け入れてみましょう。時に自分を褒めて労ったり、自分自身との絆を大切にしてください。
他人との絆も大切です。人も自分と同じように、一瞬一瞬、神に命を貰って生かされてる存在です。人間の歪んだ目から見れば、良いとこも悪いとこもいっぱいありますが、神の目からすれば、親がわが子を可愛いと思う、その何億倍の愛情で私たちを見守ってくれています。だからある人が嫌だと思っても、人の尊さを思い、根本のところに立ち返ること。それがコミュニケーションの本質だと思います。
最後は、人間を超える存在との絆です。まずは自然。1本の木を見ても、土の中に根を張って、幹があって、葉があり、花が咲く。人間の業ではどうしようもないことが、いっぱいあるじゃありません? わたくしは作家の遠藤周作さんと親しかったのですが、彼は軽井沢に別荘があり、多忙でひと夏空けたことがあった。翌年に別荘に行くと、六角形だかの同じような穴が家中に開いていたと言うんです。キツツキの仕業だったんですね。もはや建て直さなきゃならないほど、穴がいっぱい。皆、同じ綺麗な形にです。
遠藤さんが、穴だらけの家を眺めながら「こんなに穴を、同じ形に綺麗に整えることができる鳥がいるってすごいことだ。これは人間業じゃない、人間を超える神の存在がなければできない。自然界はそういう素晴らしい力を、示してくれているんだ」としみじみ語っていたのを覚えています。
そして人間を超えた存在、それは神との絆です。神様は愛であり、慈しみである。あなたを大切にするために、すべてを計らってくださっています。その一人一人に注がれる慈しみに感謝をして、賛美の気持ちを込めてお祈りをするのが大切です。
不安の心を照らす一筋の光
新型コロナは人類の歴史に大きなインパクトを与えています。コロナ前は、洋服で着飾ったり、贅沢な物を持って誰かと比べたり、そういうことに心をウキウキさせましたが、今は「自分がどうしたら居心地良くできるか」にみんな焦点を当てています。どうすれば心の中が満たされるかを一生懸命考える時代になりました。
そんなときだからこそ、嫌なことがあって落ち込んだり、怒りの感情が湧いたとき、感情を一定の温度に保てるように訓練をしていきましょう。負の感情が浮かんだときは、良いことを思い出すんです。子供の頃の楽しかったこと、最近で一番うれしかったこと、美味しかったものとか。そうすると感情を平らに保つことができます。
過去の楽しい話を日頃から自分の中にたくさん溜めておくのがいいでしょう。わたくしたちは、過去に戻って不安になり、自分を責める。そして将来のことを心配し、不安の種を作り続けます。未来の不安が襲ってきたときも「そんなことはまだ来ないから」「過去にもこんな良いことがあったから、必ず良くなる」と自分に言い聞かせましょう。コロナは心の訓練期です。コロナによって与えられた恵みともいえるでしょう。
小さいことの積み重ねで人生ができている
わたくしの身近な人は「あなたは辛い話ばっかり聞いていて、よく身が持つわね」と言うんですよ。でも、その人たちが心を入れ替えるとき、あるいは視点を変えるとき、すごく人間的な成長が見えるんです。その喜びをともに味わうのは、どんなことにも代えられない恵みです。人間の美しさを感じます。人間は死ぬまで成長する生き物。そして悩みは、成長を促す原動力です。悪いものではありませんから、成長に繋がるチャンスと捉えていくのがいいでしょう。
悩みを抱えたら手紙を書くでもいいし、新聞紙くらいの大きい紙を広げてマジックで鬱憤をいっぱい書くでもいい。自分の外に出すと客観的に見えて、解決に向かうきっかけになります。1人では解決できそうにないことは、「この人は安心」と思う人がいれば聞いてもらうこと。何も解決策を出してくれなくてもいいのです。ただ一緒にいて聞いてくれればいいと頼みましょう。
人生なんて本当にシンプルなんですよ。「小さいことの積み重ねで人生ができている」というのがわたくしの根本的な哲学です。わたくしは日頃から自分に「10秒」と言い聞かせているんです。例えば部屋にゴミが落ちていたら「面倒臭い。こんなの後で」と思っても、捨てるのには10秒もかからない。むしろ1秒です。洋服を畳むのも「これは10秒」と言い聞かせる。すると、どんどん部屋が片付いていく。そして「綺麗な部屋に入れた、気持ち良い。10秒のおかげ」と清々しい気持ちに浸ることができます。

鈴木 秀子(すずき・ひでこ)
聖心会シスター
1932年、静岡県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。フランス、イタリアに留学し、ハワイ大学、スタンフォード大学で教鞭をとる。聖心女子大学教授を経て、国際コミュニオン学会名誉会長。


在宅ホスピス医 内藤いづみ「私にとっての命の意味は

2021-11-29 13:30:00 | 日記

ハルメクWeb様のホームページより下記の記事をお借りして紹介します。(コピー)です。

内藤さんはある日、「いのちとは何か」と高校生に聞かれたそう。それに対してどのように答えたのでしょうか?さまざまな看取りの体験から、命の意味を考えます。
在宅ホスピス医 内藤いづみインタビュー
目次
    1. 内藤いづみさんが考える命の意味
    2. 「自分に与えられた課題」を見つめなおしてみる
    3. 医師に必要なのは、心をもむ体験
    4. 娘におにぎりを握り続けた40代の女性
    5. 今を大事に生きることが、明日につながる内藤いづみさんが考える命の意味

「内藤先生にとって『いのち』って何でしょうか」。高校生を前にした講演会の最後で、ある生徒から尋ねられました。

これは難しい問いです。ときどき突然、こういう難しいことを聞かれるのですが、なかなか簡単には答えられません。みなさんだったら、この問いになんと答えるでしょう。

私が尊敬する人物の一人に、精神科医のエリザベス・キューブラー・ロスがいます。世界で初めて、死にゆく患者さんたちとの対話をまとめた著書『死ぬ瞬間』で知られる彼女は、“死の専門家”といわれていますが、一方で私は“生の専門家”でもあると思っています。

ロスにも、9歳のアメリカ人の男の子・ダギーから私と同じ問いが寄せられました。脳腫瘍で余命わずかと宣告を受けた彼が、「いのちって何ですか? 死ぬってどういうこと?」とロスに手紙を書きました。

わずか9歳の少年です。自分の病気を知ったとき、悲しみ、怒り、恐怖、混乱、いろんな感情がダギーの中に湧き起こったことでしょう。
「人生に偶然はない。今ここに生きていることは、必然なのです」

ロスはダギーに返事を書きました。ダギーは、この手紙を受け取ってから元気を取り戻し、余命宣告から4年後の13歳まで立派に生き抜いたのだそうです。その返事の内容が1冊の絵本『ダギーへの手紙』(佼成出版社刊)になっています。ロスは人間をたんぽぽの種やちょうちょにたとえて、いのちの世界を表現しています。本の中から、返事の一部をご紹介しましょう。

「神さまは、たんぽぽがどこにとばされるかをきめる風をおこしていること。神さまは、たんぽぽの種をたいせつにおもっているのとおなじように、すべてのいきもの とくに、子どもたちをたいせつにおもっているのです。だから、人生にはぐうぜんというものはないのです」

「この世でやらなければいけないことをぜんぶできたら 私たちはからだをぬぎすてることがゆるされるのです。そのからだはまるでさなぎがちょうちょをとじこめているように 私たちのたましいをとじこめているの。そして、ちょうどいい時期がくると私たちはからだからでて自由になれるのです」
 「自分に与えられた課題」を見つめなおしてみる
人生には偶然はない、とロスは言います。自分が生まれ、今ここにいることは必然であり、今自分が置かれている状況も必然だと。つまり、すべてのことに意味があるというのです。お金持ちの人も、貧しい人も、健康で元気いっぱいの人も、病と闘う人も、みんな今置かれている状況でどう生きているのかを、神様は愛をもって空から見ている。

そして、「正直である」とか「やさしさをもって人と接する」とか、一人ひとりに与えられた課題を全部クリアできたら、この世を“卒業”できて、次のステップに進めるのだと言っています。自分に与えられた課題は何か、それを見つめ直すことで、自分が生きていることの意味が見えてきませんか。

私が医師という道を選んだのも、必然だったのかもしれません。私が医師になると決心したのは、中学3年生のとき。父に決意を伝えると、ひと言こう言われました。

「至難の道を選んだね」

教師で、先進的な男女平等観をもった政治家を目指していた父。だから、地位や経済的安定のためではなく、誠心誠意をこめて患者さんのいのちに寄り添うための医師になることは、簡単ではないとわかっていたのだと思います。「いばらの道だよ、至難の道だよ」と。医師に必要なのは、心をもむ体験
私の患者さんの中に、大学病院でがんの告知を受けたとき、あまりのショックに呆然としていると、担当医がいらついて「死」という文字を丸で囲み、ぐるぐると何重にもなぞったと、泣いて訴えてきた人がいます。この医師が見ているのは、患者さんの臓器でしかない。

大事なのは「他者の悲しみや苦しみに共感できること」です。そのためには、人とかかわる中でさまざまな感情にぶつかり、泣いたり笑ったり苦しんだり、心をもむ体験が必要だと思っています。

父は私が16歳のときに亡くなりましたが、もしも父に会えるのなら、今“至難の道”を歩んでいることにまったく後悔はないと伝えたいです。自分の仕事ほどやりがいを感じ、多くを学び、感動をいただくことのできる仕事はないと思うからです。

私が患者さんと接している中で思うのは、生まれたときに与えられたいのちや魂のエネルギーは、死ぬまで減らないということです。年老いても、物理的に肉体が衰えているだけで、内面ではいのちの炎がめらめらと燃え盛っています。最期の一息まで生きたいという力に、私たちは生かされているということを、私もたくさんの患者さんたちから教わりました。娘におにぎりを握り続けた40代の女性
その中の一人が、40代のスキルス性胃がんの女性。高校生の娘さんのそばにできるだけ長くいたいと、残りの時間を自宅で過ごすことを選びました。女性は、点滴で栄養を取る毎日。これまでと変わらず、娘さんのお弁当を作ることを日課としていましたが、だんだんとお弁当作りに時間がかかるようになり、ついにニンジンに包丁を入れるだけでやっと、という状態になりました。

しばらくして、私は娘さんに「お弁当はどうしているの?」と聞くと「夜、私がお米をといでおくと、朝お母さんがおむすびを握ってくれます。だけど私、もったいなくてそれを食べられない。だって、もしこれが最後のお母さんのおむすびになったらどうしようって思ってしまって」と話してくれました。

しかし、娘におむすびを握ることが生きがいになったのか、病状は小康状態を保ち、娘さんが大学に進学するまでをしっかりと見届けて亡くなられました。

「娘のお弁当を作り続けたい」「母の味を少しでも長く食べさせてあげたい」。その思いが、彼女の生きる力になったのです。今を大事に生きることが、明日につながる
末期の食道がんの80代の男性は、冬のある日、「せんせ、チューリップの球根を植えてえんだ」と訴えてきました。吐血もしていて「どうぞ」と言えるような状態では決してなかったのですが、今植えないと4月になって孫やひ孫が遊びにきたときに庭が寂しい、と言うのです。
男性が花の咲く頃に、生きているかもわかりません。でも今やりたいことをぜひやらせてあげたい。そう思って、私は許可を出しました。
北風の冷たい日でした。吐血したときに備えて洗面器を持ったご家族が見守る中、男性は、ごつごつした大きな手で、球根を一つずつゆっくりと、愛おしそうに植えていきました。

それから1か月後、ほぼ寝たきりになっていましたが、「もう1回庭を見てえ」と言って、私たちが支えながら庭へ出ました。そして、男性は庭を見渡して深くうなずき、「春になったらチューリップが咲くなあ」とにっこりされました。亡くなる2日前のことでした。
告別式の日、娘さんが一枚の広告を手渡してくれました。「おじいちゃんが書いた日記です。枕の下にありました。字を書くのもやっとだったのに」と。

裏を見ると、鉛筆で「今日はいい日だ。明日も前向きにいこう」と、走り書きされていました。

男性は最期まで残されたいのちの炎を燃やし続けました。「明日も前向きにいこう」。人生の締めくくりにそう思えるなんて、なんてかっこいいんでしょう。庭を眺めたあの日、満開に咲いたチューリップの周りで遊ぶ孫やひ孫たちの姿が、男性には見えていたのかも知れません。

今を大事に生きることで、明日につながる。たとえ、残りの日々が限られていたとしても、今日生きていることは、明日も生きたいという希望がもてるということなんだと、一枚の広告の裏紙から伝わってきました。

冒頭、高校生に「いのちとは何か」を問われた話をしました。私はそのときこう答えたんです。「与えられた寿命の中で、人を愛すること。自分がひとりではできないことを学ぶこと。この世での宿題を果たすために学ぶこと。それが、私にとってのいのちの意味です」

在宅ホスピス医になって30年。目の前にいる人と共に笑い、泣き、怒り、懸命に生き、私のいのちの旅はまだまだ続きます。

今日を大事に。そして、明日という日がいい日になるように。

さあ、前向きにいきましょう。
内藤いづみ(ないとう・いづみ)さん
1956(昭和31)年、山梨県生まれ。福島県立医大卒業。東京女子医大勤務などを経て、81年、英国のプリンス・オブ・ウェールズ・ホスピスで研修を受ける。95年、甲府市で「ふじ内科クリニック」を開設。


血圧が高い人ほど大腸・直腸がんの発症リスクがアップする

2021-11-29 12:00:00 | 日記

日刊ゲンダイヘルスケアデジタル様のホームページより下記の記事をお借りして紹介します。(コピー)です。

 あなたは、自分の現在の血圧を正しく把握しているだろうか? もし血圧が高いなら、適切な治療を受けるべき。心筋梗塞、脳卒中、心不全など命に関わる病気の予防につながるだけではない。がん罹患数1位、死亡数2位の大腸・直腸がんのリスク減少につながるかもしれないのだ。

 ◇  ◇  ◇

 血圧が高いほど、大腸・直腸がんのリスクが上がるーー。9月開催の日本心臓病学会学術集会で、東大医学部付属病院循環器内科特任講師の金子英弘医師が発表した。

 金子医師らは、2005年1月~18年8月に日本人の健診・レセプトデータベースに登録された222万112例の高血圧と大腸・直腸がんの発症リスクの関連を検討。対象者は大腸・直腸がん、大腸・直腸ポリープ、炎症性腸疾患の既往がなく、高血圧の治療歴もない成人だ。

「近年、世界的に高血圧とがんの関連が話題になっています。大腸・直腸がんは、世界的にも頻度の多いがんであり、肥満や糖尿病など生活習慣病との関連も報告されていることから、今回、高血圧と大腸・直腸がんとの関連を検討しました」(金子医師=以下同)
 肥満や糖尿病、喫煙は、がんの危険因子であるとともに、金子医師が専門とする心臓病・脳卒中などの循環器疾患のリスク因子でもある。高血圧は循環器疾患の最大のリスク因子であるが、一部のがんとの関係も示唆されているのだ。

 平均1112日の観察期間中、大腸・直腸がんを発症したのは、6899例。これを金子医師らは正常血圧群、血圧上昇群、ステージ1高血圧群、ステージ2高血圧群と4つに分類。正常血圧は120/80(㎜Hg)未満、血圧上昇群は120~129/80未満、ステージ1高血圧は130~139/80~89未満、ステージ2高血圧は140/90以上。17年に発表された米国のガイドラインに基づいて分類した。

「その結果、正常血圧群より血圧上昇群は大腸がんの発症率がやや高く、ステージ1高血圧群、ステージ2高血圧群と血圧が高くなるにつれ、大腸がんの発症率が段階的に高くなりました。そして、年齢や性別などで補正した後も、正常血圧群と比較して、ステージ2高血圧群では大腸・直腸がんの発症リスクは上昇。特に男性では、ステージ1の段階から大腸・直腸がんの発症リスクが上昇しました」
■血圧を下げればリスクは低下する?

 本研究によって、高血圧と大腸・直腸がんの発症リスクの関連が示された。しかし、「血圧が高いから大腸・直腸がんになっているのか」「塩分過多や腸内環境の悪化といった因子が背景に潜んでいるのか」は不明であり、「血圧を下げれば、大腸・直腸がんリスクが低下するのか」についても、今後検討が必要だ。

 日本で高血圧と診断されるのは140/90以上だが、いったん高血圧と診断されると、高齢者や一部の併存症合併例を除き、治療は130/80未満を目指し、家庭で測定する血圧では125/75未満を目指す。

「15年に発表された大規模臨床試験SPRINTにおいても、厳格な血圧コントロールによって循環器疾患を減らす効果が報告されています。今後、血圧と大腸・直腸がんの関係が確立されれば、高血圧の重要性はますます強く認識されるでしょう」
血圧は体重が増えると上がり、その逆も言える。コロナ禍で運動不足となり少し体重が増えただけでも、血圧上昇につながる場合もある。さらに、これから寒くなる季節は血圧が上がりやすいので、十分に気をつけたい。取り急ぎ、家庭用血圧計でチェックするところから始めよう。

◆計測のポイント
「家庭用血圧計で測定するときは、朝起きて、排尿をし、1~2分安静にしてから。起床後すぐや、慌てた状態だと、正しい血圧が測れません」(金子医師)


眞子さんも…皇室の女性はなぜ叩かれ続けるのか? バッシングの歴史

2021-11-29 11:00:00 | 日記

日刊ゲンダイデジタル様のホームページより下記の記事をお借りして紹介します。(コピー)です。

 眞子さんが、小室圭さんとの結婚生活を送るため、渡米した。「つらいだけだった日本よ、さようなら」である。これで一連のバッシング騒動が収まるのか、それとも米国でもメディアに追いかけ回されるのかわからないが、2回にわたって眞子さん騒動を振り返ってみたい。

 まずは、なぜ皇室の女性は狙われるのか、叩かれるのか、である。考えてみれば皇室に対してバッシングが起こるのは何も今回が初めてではない。天皇の代替わりなど、皇室が変化した時に起こることが多い。おそらく国民の価値観が天皇や皇族が考える価値観と合致しない時は、バッシングによって修正を迫るのだろう。これを歴史上で見てみよう。

 私たちの記憶による皇室バッシングは、正田美智子さん(現上皇后)が、明仁皇太子(現上皇)と結婚した時だった。1959年だから60年以上も前である。バッシングの中心になったのは当時の皇族および旧宮家皇族たちである。戦前は、皇太子が結婚する相手は、近衛家、鷹司家など五摂家から選ばれた娘だったから、平民と結婚することに激怒し、美智子さんのことを「粉屋の娘」とさげすんだ。粉屋といっても美智子さんの実家は日清製粉だから我々はピンとこないが、戦前の価値観を背負った旧世代の上流階級にはそう見えるのだろう。これは美智子さんが皇太子妃として宮中に入ってからも続く。ただ当時の大多数の国民は、こうした上流階級の価値観を拒否した。終戦直後の暗い時代をようやく抜けて、若く美しく、アメリカナイズされた皇太子妃が誕生したのだ。多くの人は美智子妃に夢を重ねた。当時は今回とは逆で、そんな美智子妃バッシングをそのまま取り上げると、逆に雑誌は売れなかった。
美しい皇太子妃に国民が高揚したのは、日本が高度経済成長だったからでもある。池田勇人首相が「所得倍増計画」を打ち上げるまでもなく給料は上がっていて、多くの国民はバラ色の未来を描いていた。美智子妃はそんな時代が求めていた人物だったのだ。

 次に皇室バッシングが起こったのは、昭和から平成に変わった時である。長く続いた昭和の時代は終わり、平成に変わると、新しい天皇は平成流の象徴天皇像を示し始めた。それが「国民に寄り添う天皇像」である。たとえば、被災地で被災者と向き合う時、ひざまずいて目の高さを同じくした。昭和天皇を知る人には、これまでの天皇像が一気に崩れてしまうほどの衝撃だったようだ。評論家の江藤淳氏は〈何もひざまずく必要はない。被災者と同じ目線である必要もない。……立ったままで構わない。馬上であろうと車上であろうと良いのです〉と「文藝春秋」で批判したほどだ。ただこれも、天皇皇后が国民の価値観に寄り添ったということで、批判はそれほど大きく広がらなかった。
やがて1993(平成5)年に、やはり美智子皇后へのバッシングが起こる。皇后という権力を握って、宮中で居丈高に振る舞っているといったあまり根拠があるとも思えない内容だったが、バッシングの中心は長く昭和を生きた人たちで、いわば昭和のスタイルが壊れていくことに我慢がならなかったのだろう。当時はまだ平成の象徴天皇像が根付いていなかったし、のちに「失われた20年」といわれる不景気が始まった頃で、給料が上がらず、不安の時代だったから皇后バッシングに同調しやすかったのかもしれない。結局、美智子皇后が倒れ、失語症になったことで世論は変わるのだが、今回の眞子さんの場合も、状況はよく似ていたといえるかもしれない。

 このあたりは雅子妃バッシングにも共通している。災害があるとすぐにでも訪問する天皇皇后に比べて、東宮御所から一歩も出ない雅子妃に批判の矛先が集中したのだ。当時は「適応障害」のような心の病は理解されなかったし、宮内庁も国民に理解してもらう努力をしなかったから、皇太子妃が部屋からも出られないことに納得できず、バッシングが長期にわたったものだ。

 ただ、美智子さまも雅子さまも外から嫁いできた人。しかし、眞子さんは内側の人である。それなのに、なぜ眞子さんがバッシングを受けるようになったのだろうか。