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WHO(世界保健機関)から「懸念すべき変異株」に指定され、世界中で感染拡大への警戒感が強まっているオミクロン株。前回は、ワクチンの有効性について分かっていることを述べた。一方で、感染後に使用される現在の「治療薬」は、オミクロン株に対しても十分な効果を発揮するのだろうか。また、「重症化しづらい」といわれるオミクロン株の拡大が意味することとは。(ナビタスクリニック理事長、医師 久住英二)
期待高まる飲み薬「モルヌピラビル」
オミクロン株にも有効な仕組みとは?
12月10日配信の記事『オミクロン株は何が怖いのか?WHOも大警戒する「別人レベル」の変異とは』では、新型コロナウイルスのオミクロン株に対し、今あるワクチンが“使える”のかどうか、12月上旬時点でのファイザーとモデルナの見解を紹介した。
ファイザーは3回接種であれば対応できそうだという暫定的な実験結果と、3月中の改良ワクチン供給を発表。他方、モデルナは早々に、「はるかに低い」効果になるとの見通しを示した。
今後さらに動きがあるだろうが、ワクチンのオミクロン株への効果がどうにも心もとない中、治療薬にはどの程度期待できるのだろうか。
まず、軽症用の治療薬として大いに期待されているのが、今月3日に薬事承認申請され、国内初の新型コロナ経口薬(飲み薬)と見込まれる米メルクの「モルヌピラビル」だ。
「核酸アナログ製剤」と呼ばれる種類の薬で、ウイルスの遺伝情報を持つDNAやRNAの構成材料(=核酸)に類似させた化合物である。それを誤って取り込んだウイルスがコピーミスを起こし、自滅するという仕組みだ。
発症から5日以内に、1日2回、5日間服用する。臨床試験(オミクロン株発生前)では、重症化リスクを約30%低下させる効果が報告された。
英国では承認済みで、日本政府も年内の実用化を目指し、それを前提に160万回分の供給を受けることで同社と合意している。感染判明後も入院せず自宅などで待機・療養する人にとって、心強い味方となるだろう。
気になるオミクロン株への効果だが、同社幹部のダリア・ハズダ氏は11月30日、モルヌピラビルはどんな変異株に対しても十分有効(同様の活性を持つ)との見方を示した(ロイター)。オミクロン株に特化して言及したわけではないが、作用の仕組みを考えれば、変異に強いことは想像がつく。
つまり、オミクロン株で変異が多発しているのはウイルス侵入のとっかかりとなるスパイクタンパクだが、いったん入ってきてしまったウイルスに作用する薬なら、効果に深刻な影響はないだろうというわけだ。
ファイザー開発中の飲み薬は89%の効果
「細胞内で増殖を防ぐ」薬は変異にも有利か
新型コロナ経口薬としては、ファイザーが開発中の「パクスロビド」にも注目が集まっている。モルヌピラビル同様、「侵入したウイルスが増殖するのを妨げる」仕組みの薬だ。米国内では緊急使用許可の申請中で、間もなく実用化されるだろう。
パクスロビドは、発症直後に1日2回、1回3錠を重症化リスクの高い人が服用し、重症化を防ぐ。成分に、既存の抗ウイルス薬(HIV治療薬)「リトナビル」を含み、酵素の活性を妨げてウイルスが体内で増殖する能力を低下させる。
臨床試験は、肥満や高齢など重症化リスクを一つ以上抱える軽症・中等症の新型コロナ患者1219人に対して実施され、入院や死亡のリスクを低下させる効果は約89%にも上った。
具体的には、発症から3日以内に投与を開始した患者では、そこから28日以内の入院は0.8%に抑えられ、死者はなかった。プラセボ(偽薬)を投与された患者たちでは7%が入院、7人が死亡した。
ファイザーCEOのアルバート・ブーラ氏は11月29日、米CNBCの報道番組に出演し、パクスロビドは「変異ウイルスの影響を受けない自信がある」と強調した。まず8000万回分を生産する見通しだという。
このほか、塩野義製薬が開発している経口薬も、すでに国内で中等症・重症患者に使われている点滴薬「レムデシビル」も、細かくは違うが、ざっくり言えばこの二つと同じ、「侵入後に増殖を防ぐ」薬である。一定の効果は期待して良さそうだ。
重症化予防薬は「服用までの時間」が勝負
経口薬なら受診から全てをオンラインで
パクスロビドやモルヌピラビルの課題は、服用までの時間だ。いずれも「発症から5日以内」というのは、かなりせわしない。重症化を防ぐのだから、当然と言えば当然である。
ウイルスは細胞内で数百倍にも増幅してから細胞外へ一気に放出され、また周辺の細胞に取り付いて感染を繰り返していく。1日どころか数時間の遅れが、急速な症状悪化につながることもある。
医療機関を受診して検査を受けねばならないなら、感染の急増時には検査待ちが長くなり、検査の結果待ちでも大幅に時間を取られる可能性がある。さらに薬の流通状況によっては、入手までにも想定以上の時間がかかりかねない。
報道によれば、薬の受け取りについて厚労省は、薬局から自宅への配送を検討しているという。経口薬のメリットの一つだ。受診した医療機関から薬局へ処方箋がファックスなどで送られ、薬剤師が患者に電話やオンラインで指導した後、配送業社に手配される。
だがそれも、スムーズにいくかは供給量次第だ。
また、そもそも発症しているのだから、患者本人も受診のために医療機関を訪れること自体がきついし、移動中に感染を広げる恐れもある。医療機関を直接受診して検査を受けることを前提にせず、積極的にオンライン診療を導入していくべきだろう。
中等症・重症の場合には「免疫を抑える」
アレルギーやリウマチの薬が有効なワケ
もう一つ、オミクロン株の変異の影響が少ない治療薬のタイプに、増殖したウイルスへの「過剰な免疫反応を抑える」薬がある。
国内で以前からアトピーなどのアレルギー治療に使われてきたステロイド系抗炎症薬「デキサメタゾン」や、免疫抑制作用のある抗リウマチ薬「バリシチニブ」がそれだ。酸素吸入やまたは人工呼吸器が必要な中等症・重症の新型コロナ治療薬として、早々に認められた。
感染症なのに免疫の働きを抑えてしまうというのは理解し難いかもしれない。だが、新型コロナでは、ウイルス侵入に対し自分の免疫が急激に過剰に働いて劇症化する「サイトカインストーム」が深刻だ。
ワクチン未接種の場合、感染者全体の約2割が重症肺炎となり、うち3割は命に関わる急性呼吸促迫症候群に至る(COVID-19有識者会議)。特に若い人は、サイトカインストームがその大きな原因となっている。
デキサメタゾンやバリシチニブは、ウイルスではなく自分の免疫システムに働きかけ、反応を弱める。オミクロン株のように変異が多くても、それとは無関係に薬効を示し、サイトカインストームを抑制できるはずだ。
「細胞への侵入を防ぐ」既存の抗体医薬
オミクロン株で明暗分かれる可能性も
他方、変異の影響をまともに受けそうなのが、「ウイルスが細胞に侵入するのを防ぐ」仕組みの治療薬だ。
共に国内で薬事承認されている軽症・中等症向けのモノクローナル抗体薬、「ソトロビマブ」と「ロナプリーブ」がそれにあたる。
ウイルスが細胞に取り付くのに先んじて抗体薬がウイルスに取り付き、他の細胞への感染の広がりを阻止し、重症化を防ぐ。軽症・中等症の新型コロナ患者で、かつ重症化リスクが高いと考えられる人(糖尿病、肥満、高血圧、透析など)に対して使用される。
ただしこの二つは、オミクロン株への効果では明暗が分かれる可能性もあるという。
ソトロビマブについては、オミクロン株にも有効との見方を英グラクソ・スミスクライン(GSK)が表明している。ヒトでの臨床試験より前に、オミクロン株の持つ主要な変異を含む疑似ウイルスを使い、効果を得られることを確認済みというのがその根拠だ。ただし、点滴薬なので使いやすいとは言い難い。
一方、スイスのロシュと中外製薬が実用化したロナプリーブは、点滴の他に注射薬もあり、外来でも使用できる。細胞実験では、アルファ株やベータ株、デルタ株など13もの従来の変異株に対し有効性が示され、発症予防の効果も認められている。
だが、オミクロン株に対しては旗色が悪い。
ロナプリーブは、「カシリビマブ」と「イムデビマブ」という二つの抗体薬をセットで使う「抗体カクテル療法(中和抗体療法)」薬だ。オミクロン株では、カシリビマブとイムデビマブがそれぞれ結合する部位にも変異が入ってしまっていて、うまく作用しないともいわれている。
オミクロン株は重症化しにくい?
感染拡大にむしろ希望が見える理由
こうして懸念が先立つオミクロン株だが、筆者は、得体の知れない不安の中にも光が見えつつあるのではないかと感じている。
よりどころは、各所から聞こえてくる「重症化しづらい」という情報だ。
米政府首席医療顧問のアンソニー・ファウチ氏も12月7日、オミクロン株の重症度について、「判断には数週間かかるが、初期データからはデルタ株よりも高くないことが示されており、デルタ株より低い可能性もある」と、AFP通信に対して見解を述べた。
欧州などでは死亡例も確認されていない。
もちろん、ほとんどが軽症だとすれば、市中には把握されているよりもっと感染は広がっているだろう。風邪と思いこんだり無症状だったりして、検査を受けていない人も多いはずだからだ。
欧州疾病管理予防センター(ECDC)の分析では、オミクロン株は数カ月以内に欧州での感染の半分超に達するという見通しだ(ロイター)。
だが、感染の広がりさえも悲観材料とは言い切れない。
ウイルスは一般に、変異を繰り返すたびに感染力は高まる一方で、弱毒化していくものだからだ。いわば“ウイルスあるある”である。
感染力と毒性が反比例する“ウイルスあるある”
宿主を「生かさず殺さず」渡り歩いていく
理由は簡単で、ウイルスは宿主(ヒト)の細胞内でしか生存できないからだ。宿主を瞬時に殺してしまうくらい毒性が強いと、他の個体に感染する間もなくウイルス自身が死滅してしまう。
宿主が免疫を獲得しても、ウイルスは変異して生き延びる。変異で生まれた感染性の強い株が、結果的に広がっていく。
もちろんウイルスが意図的に、生存に有利なように変異を起こしているわけではない。変異自体はランダムだ。偶発的に起きる変異の複合的な結果が、環境や状況にマッチした場合のみ、ウイルスは生き残って広がる。
季節性の風邪などは、その典型例だろう。新型コロナも、その後を追うのかもしれない。宿主であるヒトを「生かさず殺さず」、渡り歩きながら、ゆるゆると生き延びていくのだ。その全てが、状況まかせ、ヒトまかせ、風まかせである。
オミクロン株も、50個の変異と聞くゾッとするかもしれないが、実際ウイルスにとって有利に働くかどうかは、ウイルス自身だけの事情では決まらない。デルタ株とのせめぎ合いや、人類の行動パターンとのマッチング、気候の変化など、さまざまな要因が絡んでくる。
いずれにしても、ワクチンや治療薬の効果については、今後の動きを注意深く見守っていく必要がある。
一方で、私たちが力を尽くすべきは、3回目のブースター接種を2回目接種の効果が切れないうちに行い、無症状でのPCR検査を普及させ、早期に治療を開始できる体制を整備することだ。ウイルスのきまぐれによって、この方針は揺らぐものではない。
(監修/ナビタスクリニック理事長、医師 久住英二)
久住英二
ナビタスクリニック理事長、内科医師。専門は血液専門医、旅行医学(Certificate of knowledge, the International Society of Travel Medicine)。1999年新潟大学医学部卒業。2008年立川駅ナカにナビタスクリニック立川を開設。働く人が医療を受けやすいよう、駅ナカ立地で夜9時まで診療するクリニックを川崎駅、新宿駅にも展開。渡航医学に関連して、ワクチンや感染症に詳しく、専門的な内容を分かりやすい情報にして発信することが得意