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旅が好き・そして日々の時間で気の付く事を。

旅では人々の生きた来た跡を訪ねてみたい。
時間が出来たので、今までにしなかった事に手を出してみようと思う。

2016年3月末に熊本城へ行きました。

2018-06-23 20:34:21 | 日記

写真はその時のもので2週間後地震がありました写真の立派な石垣は大丈夫だったのでしょうか。
当日は、熊本城は鉄筋だと聞いたので城には入りませんでした。
だって、面白くないからです。鉄筋ビルの展望台でしょう。城は城が作られた時代を想像できないと。

 名古屋城の木造による再建には心から賛成します。4年前名古屋城は外から金シャチを見ただけ。
大阪城は中学生の時に修学旅行で行ったきり。高いとこなら近くにもっと高い展望台があります。
熊本も城の再建は?、出来たら木造が望ましいが。
 


「万引き家族」を見ました

2018-06-13 16:23:02 | 日記
 それぞれに事情ある人たちが集まって貧困の疑似家族を形成する。大人たちの生業が現在の底辺の人たちの稼ぐ場を映している。
最後の女の子が一人で遊びながら背伸びをして遠くを眺める、この場面には涙腺が緩む。

 格差とか貧困とか最近騒がしい。
60年も昔の中学生の時代周の時代の詩「伐檀」を知った。
ウラ憶えながら
「カンカンとして檀を切り、川のほとりに並べれば水清く流れている。
 植えも納もせぬ人が、何故に三百束をとる。
 狩りにも行かぬその人が、何故にムジナを壁に掛け。
 ああ、あの人たちは食えるのか?」
この詩が表している通り3000年も昔から格差は存在していた。
成人前に働かなくても食える人間がいる事を知った。

60代になり福祉の現場で働けない人や働かない人が少なからず居ることも知った。



香住海岸の夕暮れ

2018-06-10 06:56:26 | 
香住海岸の夕暮れを見て宿泊の民宿に帰る途中、小学生に声をかけられました。年寄り夫婦を不憫に思ったのか危かしいと思ったのか優しいところだと思いました。
岩井温泉では調度品に亀甲紋がデザインされていました。浜坂や香住の民家の破風などに亀甲のデザインがありました。出雲大社が亀甲紋だから? 山陰で亀甲のデザインはよく見るのは。

 早く目が覚めたので近くの西迎寺さんへお参りに行きました。境内にお宮がありました。お寺の奥さんが、むかし浜が火事の時に集落の人達が阿弥陀さんを助け出し、近年修理が終わったぜひ見て下さいと言うので見せていただきました。屋内には立派な阿弥陀さんがありました。また境内では土曜寺子屋をされていて地域の小学生が来るそうです。お寺と地域との結びつきがこの辺りには残っているのだと思いました。

越前に行きました折も地域の人達とお寺の結びつきが強いと感じました。

山陰の民家

2018-06-09 09:31:15 | 
最近の新しい街並みは、総二階寄棟屋根の家ばかりで地方色が無く面白みに欠ける。特に塀を黒く塗ったいかにも観光街並みの武家屋敷などは好きでなく地域性があり生活感のある街並みが好きです。
また、車や鉄道輸送でなく水運の跡の残る川のある街並みは風情があります。

浜坂の水を利用した街並み

山陰北陸の民家
黒い釉のかかった瓦、きつい切妻屋根の勾配、深い軒、鎧張りの外壁 、良いなあと思います。
餘部駅から見た民家

香住の漁村の民家
狭い道筋、それぞれに興味深い


山陰海岸ジオパーク

2018-06-09 09:01:27 | 
 20代後半、とある事があり山陰の旅をしました。山陰線で京都から鳥取の途中夕暮れの海岸がとてもきれいでいつか機会を見て来てみたいと思っていました。
福知山音頭の出だし、福知山出て長田野でなく夜久野を越えて先日亡くなった早坂暁さん脚本の「夢千代日記」の湯村温泉を見て、


木造三階建の歴史を感じさせる岩井温泉へ行きました。


岩井温泉には古い学校跡に二宮尊徳の像がありました。
近くの御湯神社には能登守教経の教経と言えば弓の言い伝えのある社があり興味深い、


町の中に蒲生川があり風情のある所でした。


次の日は浦富海岸を見て




遠くに大山と鳥取砂丘が見えました。


餘部駅の鉄橋、ちかくに同じ読みの余部駅もある。


諸寄の港と日和山