ゆっくり読書

読んだ本の感想を中心に、日々、思ったことをつれづれに記します。

あこがれていたこと

2009-09-25 22:04:25 | Weblog
私は農業に、ものすごいあこがれがある。
都会育ちだから現実を知らない、と言われれば、それまでだけど。

もし田舎特有の濃い人間関係さえなければ、農家になりたいところだ。
ただ、その濃さがなければ、農業はできないのだろう、と思うので、
今のところあきらめている。

今日、はじめて、植わっている状態の稲穂に触った。
というか、田んぼに入ったことがはじめてだ。

いいにおいだった。
思わず落ち穂を食べてしまった。

誤解を恐れずに書くと、農家のおばちゃんになりたかった。
私の想像する農家のおばちゃんは、こんな人。
自分の目の届く範囲で固まっている。
それを当然のこととして、お嫁に行って、子どもを産んで、
家とその周囲のすごく小さな社会を全世界として、井戸端会議をして暮らす。
実際の農家のおばちゃんが読んだら怒るかもしれないけど、こんなイメージ。

私は、都会で、わりと自由な感覚の両親に育てられたと思うけど、
いま、すごく疑問に思うことがある。
よく「自分の頭で考え、判断し、主体性をもって生きろ」と言われた。
そして、そうあろうと、とても努力して来た。

でも、考えれば考えるほど、「私」という主体なんてどこにもない。
自分の頭で考えて判断しているように思っても、
何かを模倣しているし、独創性なんてない。
すべて何かの焼き直し。

地球上には、これまでものすごい大量の人間がいたのだから、
そのすべてを集めたら、幸せも不幸も、オリジナリティなんてどこにも見つけられない。
実際、精神的な自由なんてどこにもないとすら思う。

それなら、目に見える範囲のことに、すべての愛情と感心を向けられる人生のほうが、
本当は幸せなのではないかと思う。
そして、それを体現しているのが、私の勝手なイメージでは農家のおばちゃん。

そこまで考えたところで、
私の場合は、この自分自身に対する嫌悪感がもう少し解消されないかぎり、
何もひらけないと、改めて思った。


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