40代は仕事が忙しかったせいもあり、健康面では最低レベルだった。子供と競うように勉強して塾を独立させ、焼き物やの夫はデパートの個展や雑誌への登場もなかなか多かった。当然、来客も多くて、自分の仕事との兼ね合いにストレスを感じていたのだろう。精密検査をしても特にどこが悪いということもなく、ただ調子が悪いだけだった。
夫は二十歳前からゴルフにのめり込み、一時は ゴルフ場の開発に関わったこともあった。焼き物に集中しても庭にゆとりがあるからと、ネットを張ってもらい、小さな打ちっぱなしの鳥かごを作ったのだ。私は「そんなものにお金をを掛けて」という顔をしていたのだろう。
「家の中で調子悪がっていないで、思いっきりボール打ってみろよ、気持ちいいぞ。流れるほど汗かいたことなんて無いだろう」と言ったのだ。ちょうどお弟子さんの一人が「ゴルフも習いたい」と言って始めたので、少しその気になってみた。
夫はすぐに親しいプロにヒロ・ホンマのレディースのフルセットを買ってもらい持ち帰った。革のキャディーバッグに入ったパーシモンのウッド、アイアンは出始めのカーボンシャフトつきのソリッドモデル。もったいなくて止めるって言えなくなった。
ちゃんと当たるようにならなければコースには出られない、と言われて、とにかく毎日ボールを打った。コースデビューは3か月後。なんと肩凝りや重たい胃は消えていたのだ。実家にはスポーツという言葉はなく、運動の苦手は気にかけたこともなかったから、ボールを打って褒められた嬉しさは新鮮だった。シングルだった夫は友達もシングルが多くて、教え方も良かったのかもしれないし、町内のゴルフ会も盛んだったから毎週のように出かけた。いつもいつも塾の始まる時間を気にしながら。
遅くなって始めたけれど、あれから25年以上にもなる。初めてクラブの会員になった頃、80過ぎていつも自分で運転して一人で来るおばあさんがいた。「ゴルフをやっているから元気なのね」とキャディーさんたちと噂をした。74歳の今、もともと距離の出ない私は飛ばなくなった、ってこともないし、ショートゲームでちゃんと楽しめる。周りがみんな止めてしまったので、夫との二人ゴルフが増えたけれど、二人とも健康でまだまだ楽しめると思っている。