佐久市 ヤナギダ 趣味の店

長野県佐久市野沢93番地
ヤナギダ☎0267-62-0220

「私たちは雨の中、ひとつの傘をさして、歩いていた」

2023-02-23 11:50:23 | 日記
あとに続く言葉はただの音として、
耳に流れ込んできただけだった。

お互いの心を放し飼いにして
暮らせば

たまに寂しい自由

 

 

 

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佐久市野沢93番地十二町

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  ~ヤナギダ~

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「納得いかない」を持ち越さず

2023-02-23 11:48:15 | 日記
 
 
人はよく矛盾した行動をして
しまう。例えば、コロナ禍の
中で体重増加。「食べ過ぎは
健康に良くない」と思いなが
ら「食べる楽しさは生きる上
で価値がある」として同じ食
生活を送ってしまう。

そうした矛盾した行動につい
て、米国の心理学者フェステ
ィンガーは「認知的不協和」
という概念を提唱した。ま
わりからは一見矛盾とみら
れる行動でも、本人は理由を
とりつくろって納得している。
この状態が「協和」であり、
無意識もしくは意識的な防衛
機制により不快が減少し、精
神的な健康を保つ機能だ。

ただ、合理化した考え方が
うまくできないときは、自身
の中でも矛盾が生じる。これ
が「不協和音」という状態だ。
実は日常生活は不協和音で
あふれている。自分の売って
いる商品は良くないと思って
いるのに、仕事として客に販
売しなければならないときな
どだ。

頑張って働いたつもりなのに、
低評価を受け入れなければ
ならないときも、なかなか
腑(ふ)に落ちてくれない。

不協和音をそのままにして
おくと、精神衛生上は不愉
快なことが多い。そのため
「生活のため仕方ない」な
どと、とらえ方を工夫して、
少しでも協和に近づいて暮
らしている。社会に適応する
ための重要な機能ともいえる。

とはいえ本質的な問題解決に
つながるものではない。時間
がたつとさらに問題が大きく
なってしまうこともある。
冒頭の例では、精神衛生は保
てても身体疾患につながる。

時がたってもしこりが残る不
協和音の対処について2つの
方法がある。一つは合理化す
る考え方が他にないかを探る
こと。もう一つは行動そのも
のの変更。後者の方が決意や
意気込みが必要だが、問題
解決に近づきやすい。

アリストテレスが残したとさ
れる言葉に「我々の性格は我
々の行動の結果」というもの
がある。全般的な行動の変化
が難しいときは、どうしても
変えたくない部分以外のこと
からチャレンジしてみてはど
うか。大きな段差もまずは小
刻みに上がってみる感じで。

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人間関係は矛盾だらけ

2023-02-23 11:46:39 | 日記
人間関係は矛盾だらけですが、
「人に与えたものは、必ず返ってくる、
人から奪ったものは、必ず奪われる」。

これが大原則とされています

奪ったものは、必ず奪い返される。
「儲け」と思ったけれど、儲けでは
なかった。

「損した」と思ったけれど、あとから
考えたら損じゃなかった。
そういうことは、人生でもたくさん
あるはずです。

そう考えたら、どれだけ自分が手に
いれるかではないのです。
どれだけあげられるか、ということ
を考えればいいのです。

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『美人はカタチでつくられる』

2023-02-23 11:44:27 | 日記
「美しくなりたいのなら、
まずマイナス思考をやめ
ること」
ジェファニー・ロペス
(歌手・女優)

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胸の中で、飛び魚が跳ねたー

2023-02-23 11:43:11 | 日記
わたしたちは、幸せだった。
とても幸せに暮らしていた。

捲っても、捲っても、
白いページは減らない。
まるで幻のように美しい、
本物の幸せ。

愛する相手に借りがある。

いつもそう感じている人こそ、
本当に愛しているのです。

 

 

 

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私をジャムにしたならばどのような香りが立つかブラウスを脱ぐ

2023-02-23 11:38:52 | 日記

いちごジャム、りんごジャム・・

・・・

くだものを煮詰めていると、ど

こにこんな香りの袋が隠されて

いたのか、と思われるほど、部

屋じゅうが、うっとりするよう

な甘い香りに包まれる。そして

その香りは、くだものによって、

さまざまだ。

 

 もし、「私」という果実をジャ

ムにしたなら、いったいどんな香

りがたつか、私のなかにはどんな香

りが秘められているか、甘くて

酸っぱくておいしいジャムにな

れるだろうか・・・・

 

実際にはありえない「もし」だ

が、空想としてはユニークで

ロマンチックな「もし」。

 

そしてまた、ナルシスティック

でエロティックな「もし」でも

ある。つまりその気分のなかに

は、今の自分を果実にたとえる

なら、ジャムにできるぐらい熟

れている、という意識があるし、

また、自分という果実を、これ

から食べようとしている相手の

存在も、見え隠れする。

 

 結局の「ブラウスを脱ぐ」は、

まるでくだものの皮を剝ぐよう

な、軽やかさだ。脱ぐ、という

動詞の現在形で、臨場感を出し

て読み手をちょっとどきっと

させた。

とことん愛されている、いや、

愛し合っているという自信が

なくては、こうはなれない。

エロティックではあるのだけれ

ど、そこには前向きの明るさ

が漂うのを感じとって欲しい。

セックス前の一場面をとらえ

た歌ととらえるなら、次にく

る一首は、

 

雨上がりの楓(かえで)のように

ぬれしままに君が浴室よりも

どりくる

 

目をそらすでもなく、変に見

つめてしまうわけでもない。

「普通の」視線が、ここにはあ

る。肩の力が、抜けているのだ。

この普通さに歌の伸びやかさと、

無縁ではない。

 


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「日照りも嵐もあって人生」

2023-02-22 11:48:09 | 日記
心を天気にたとえて言うと、
どうも私たちは、すきま風
もなく暴風雨も起こらない
状態が「理想」としている。

そういうことが可能だと思
っている。

でも、暴風雨など、全部こ
みで、天気が成立しているわ
けで。

太陽が照っている時を「良い
天気」と言って、良い天気が
多いほど良い、と思いこんで
いるのだけど

日照りばかり続いたら「良い」
とは言えないでしょう。

でも、それほど私たちのイメ
ージは固定している。

心の天気も、人はみな雨の降
らないことを願っている。
わけ
だけど、そんな人はいないん
です。

―――どこかに「良い天気」
ばかりを生きている人間がい
ると、みんな錯覚している。

そして、その人に比べると自
分は残念だと思っている

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「明け方近くになって、私は夢を見るだろう」

2023-02-22 11:46:23 | 日記
わたしたちの会話は、まるで
物語の章と章がつながってゆく
ように、波打つように、流れた。


海底に鯨の親子が鳴きかわす
ように心を

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キミが携帯に送ってくれる下手くそな写真も好きだよ。

2023-02-22 11:44:26 | 日記
木という字を一つ書きました
一本じゃかわいそうだから
と思ってもう一本ならべると
林という字になりました

淋しいという字をじっと見て
いると

二本の木が
なぜ涙ぐんでいるのか
よくわかる

ほんとに愛しはじめたときにだけ
淋しさが訪れるのです


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「微笑みながら、言う。言い聞かせる」。

2023-02-22 11:41:29 | 日記

そうなのだ。どんな物語で
あっても、私は私の物語を
生きていくしか、ないでは
ないか。

泣かないで、がんばって、
生きていくしかない。

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幾億の生命(いのち)の末に生まれたる二つの心そと並びけり

2023-02-22 11:35:45 | 日記

太古のときから今日にいたる

まで、連綿と繋がってきた生

命。 その生命の鎖の一番先端

にいる私とあなたの心が、そ

っと並んだ・・・・・・。

 

二人の人間が、同じ時代に

生まれ、そしてめぐり会うこ

とのできる確率というのは、

どれぐらいなのだろうか。

幾億の生命を母集団と、考え

るとき、それはほとんど奇跡

に近いことかもしれない。 そ

んな「出会い」に対する喜び

と敬虔(けいけん)な気持ち

とがあふれている。 「そと」

は控えめな表現だが「けり」

は強い感動だ。

 

人はよく「あと数年早く出会

えていたら、よかったのに」

とか「出会うのがもう少し遅

ければ、違った展開になった

かもしれない」とか言うけれ

ど、そんな贅沢すぎる言い分

というもの。 出会えただけで

も、感謝しなくては。 そして

その後、その出会いをどう受

けとめてどう発展させていく

かは、本人次第だろう。 だっ

て、生まれるのがほんの百年

ずれていたら、二人は会うこ

とさえできなかったのだから。

 

「出会い」といものを、「私

が独身のときに出会ってい

れば」とか「二人が、もっと

違う立場だったなら」とかい

う思いは、「幾億の生命の末

に奇跡的に出会えたのだ」と

いう思いの前には、まことに

小さなものでしかなかったこ

とだろう。

 

出会いを、偶然のままに終わ

らせるか、それを必然のもの

にまで育ててゆくか。

一番悲しいのは、大切な出会い

に、自分からブレーキをかけて

しまうことだろう。

 

 


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<ここが、「しあわせ」の始まり>

2023-02-21 11:53:24 | 日記
それはどちらが小さくて
どちらがどちらだか見間違う
ほど
どちらかが輝いているわけ
でもなく

どちらが重たいわけでもなく
それはごくあるふれた
けしの実のような小さな種

じつはふたつは同じもの

花が咲かなくては何の花だか
わからない
きっとそんなようなもの



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鬱積から脱した64年東京オリンピック

2023-02-21 11:52:03 | 日記
前回の東京大会は、それ
でも商業主義一色の近年
よりずっと簡素だった。
1964年の東京のとき、三
島由紀夫は大忙しだった。

いくつかの新聞社に頼まれ、
連日、観戦記を書いたので
ある。有名なのは開会式の
ルポだ。「やはりオリンピ
ックをやってよかった。
これをやらなかったら日本
人は病気になる」。偽らざる
心境だったろう。

かつて、戦争のために大会
返上を余儀なくされた歴史
が東京にはある。そのリベ
ンジとしての「64年」を
三島は強く意識したのだ。
「これでようやく日本人の
胸のうちから、オリンピック
とういう長年うっ積していた
観念が、みごとに開放された。
この成功体験から、戦後日本
は五輪に特別な意味を見だし
て現在に至る。

そういう価値観は、しかし
徐々にすたれていたのだろ
う。コロナ禍はこんどの大
会への熱をひどく冷まして
いるが、案外それ以前から、
人々の意識は変わりつつあ
ったに違いない。組織委員
会会長の方言と、後任選び
の醜態は「五輪ムラ」自体
の旧弊をあらわにした。変
化に適応できなかったマン
モスのようだ。

前回の開会式は90分ほどで
ある。「64年」にこだわる
なら、むしろそこに目を向
けたい。半世紀前に三島は、
五輪開催によって日本が
長年の鬱積から解放された
と喜んだ。いまのこの国は、
壮大な祭典こそ五輪という
固定観念から解放されなけ
ればなるまい。

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これまでもがんばってきたのだし、これからもきっと・・・。

2023-02-21 11:50:35 | 日記
私は立ち上がり、扉に向か
って、歩いてゆく。扉の向
こうに、闇がある。

闇のなかに、人生がある。

なぜ泣くの?なぜ泣くの?
生きているからよ。生きて
いくからよ。

「泣かないで」と私に声を
かけながら。「いい子だから、
もう泣かないで」と。

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「恋の危機管理」

2023-02-21 11:48:49 | 日記
ピンチになると、手紙を
書く。

これが私の昔からの習慣
である。
LINEでは希薄なのだ。

考えてみると、たとえ喧嘩を
していなくても、恋はピンチ
の連続である。

相手の心が読めずに不安に
なったり、恋しい思いで息が
つまりそうになったり、

相手との一体感でほとんど
叫びたくなるときも多い。
まるで非常時のような毎日だ。

「いったい、私は、なにやって
んだろう。どうかしているわ」
恋をしている時の私はしばしば

そう呟いたものだ。

恋はピンチの連続である。
甘い思いや微笑みより、疑い
や涙の方がはるかに多い
のではないだろうか。

こうしたピンチを乗り切る
のは難しい。
けれども、やってやれない
はずがない。
 

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