水曜は、「介護狂詩曲」。今回は前回(R6.7.31)の続きで、油断して母にケガをさせてしまった話です。
令和6年6月のある日、いつものリハビリのために外科へ向かっている途中、転んで顔にケガをしてしまった母。心配した人たちが、どんどん周囲に集まってきます。
幸い、外科までは2~300mなので、母が立ち上がれるなら何とか出来そうです。
そこで母に、「立てるかい?」と聞いてみました。母は「痛~い」と言ってますが、立とうとはしています。手助けすると、何とか立ち上がりました。
何とかなりそうなので、母を背負う事にしました…が、これが大変。小柄で太ってはいない母ですが、痛くて体に力が入ってるためか、あるいは完全に脱力しているからか、とっても重いのです。
周囲の人は、「大丈夫か?」とは言ってくれますが、「手伝おうか?」とか「乗せてあげようか」とは言ってくれません。まぁ、この周囲にいる第三者が私だとしても、きっと同じ様に対応するでしょうから、これは仕方ない事だと思っています。
私はニッコリしながら、「あそこが病院なので大丈夫です。御心配をおかけしました。どうも、ありがとうございます」と言いました。そして、気合いを入れて歩き出しました…が、ぐむむ、重い。外科までの道のり、恐ろしく遠く感じました。
やっと外科に到着しましたが…そうでした。忘れてました。ここの外科、首より上のケガには手当もしてくれないのです。「脳外に行った方がイイですよ」で終わりです。
まぁ、色々と面倒な昨今の日本ですから、面倒事を避けたい気持ちは分かります。それでも、絆創膏くらいくれても…罰は当たらないと思うんですが…。
結局、妻に応援に来てもらい、一度、母を自宅まで連れ帰りました。そして、車に母を乗せて脳外科へ行き、診察と手当をしてもらいました。診察の結果、脳には損傷らしきものは無く、打撲も無く、眼鏡で切った切り傷だけでした。母のケガが重篤なものでなくて、ホッと一安心です。
…と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
令和6年6月のある日、いつものリハビリのために外科へ向かっている途中、転んで顔にケガをしてしまった母。心配した人たちが、どんどん周囲に集まってきます。
幸い、外科までは2~300mなので、母が立ち上がれるなら何とか出来そうです。
そこで母に、「立てるかい?」と聞いてみました。母は「痛~い」と言ってますが、立とうとはしています。手助けすると、何とか立ち上がりました。
何とかなりそうなので、母を背負う事にしました…が、これが大変。小柄で太ってはいない母ですが、痛くて体に力が入ってるためか、あるいは完全に脱力しているからか、とっても重いのです。
周囲の人は、「大丈夫か?」とは言ってくれますが、「手伝おうか?」とか「乗せてあげようか」とは言ってくれません。まぁ、この周囲にいる第三者が私だとしても、きっと同じ様に対応するでしょうから、これは仕方ない事だと思っています。
私はニッコリしながら、「あそこが病院なので大丈夫です。御心配をおかけしました。どうも、ありがとうございます」と言いました。そして、気合いを入れて歩き出しました…が、ぐむむ、重い。外科までの道のり、恐ろしく遠く感じました。
やっと外科に到着しましたが…そうでした。忘れてました。ここの外科、首より上のケガには手当もしてくれないのです。「脳外に行った方がイイですよ」で終わりです。
まぁ、色々と面倒な昨今の日本ですから、面倒事を避けたい気持ちは分かります。それでも、絆創膏くらいくれても…罰は当たらないと思うんですが…。
結局、妻に応援に来てもらい、一度、母を自宅まで連れ帰りました。そして、車に母を乗せて脳外科へ行き、診察と手当をしてもらいました。診察の結果、脳には損傷らしきものは無く、打撲も無く、眼鏡で切った切り傷だけでした。母のケガが重篤なものでなくて、ホッと一安心です。
…と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。