醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  381号  白井一道

2017-04-26 12:32:10 | 日記

 街ゼミ

日野 横田さん、日野屋の屋号は横田さんが経営者なのになぜ日野屋なの。
横田 酒販店・日野屋を始めた人は埼玉県行田の酒蔵、横田酒造から出た人だったんだ。関東一円には江州店と言ってね、近江商人が酒造りを始めた蔵が多かったんだ。横田の先祖様は近江の日野から出てきた人が始めた酒屋だったから『日野屋』と命名したという話を親父から聞いたことがあるんだ。
日野 そうなんだ。横田さんには近江商人の血が流れているわけなのね。
横田 実を言うとね。江戸後期の町人文化を代表する時代を文化文政時代というでしょ。その頃、横田酒造は酒造りを始めたらしい。
日野 文化の中心が上方から江戸に移ってくるころなのかな。
横田 そのようなんだ。そうした時代背景が行田あたりでの酒造りの背中を押してくれたんだと思っているんだけれどね。
日野 大阪商人(あきんど)に伊勢商人、近江商人という言葉が生まれ時代かな。
横田 「近江泥棒に伊勢乞食」なんて江戸の町人に悪口を言われたみたいだけれど、実際の近江商人は神仏への信仰心が篤く、規律道徳を重んずる者が多かったようだ。
日野 有名な商人の心がまえを唱えた言葉があったよね。
横田 「三方よし」ですか。
日野 そうそう。「三方よし」ですよ。
横田 「売り手よし、買い手よし、世間よし」ですか。世間の人に嫌われるようなことをしてはいけない。いや世間に良いことをしなければ商売は続けられないということです。だから先祖の人は皆、地域社会の人々の生活向上のために尽くしたみたいですよ。例えば、神社仏閣に寄進をしたり、道路の補修をしたり、橋を架けたり、地域の人々の生活の利便をはかった。それが回りまわって商売繁盛につながった。
日野 当時世界最高水準の複式簿記を考案したのが近江商人なんだってね。
横田 そうみたいですね。「中井源左衛門」ですね。日野の商人だったらしいですよ。
日野 凄いね。
横田 商売の合理的精神が生んだ技術の一つなのかもしれませんね。
日野 プロテスタントの精神が資本主義の精神を生んだというのと何か、共通するものを感じるね。
横田 マックス・ウェーバーですか。質素・倹約・勤勉の精神ですね。確かに、近江商人にはこのような精神道徳があるようですよ。怠惰・無駄遣い・贅沢はしない。これが商人道徳ですから。
日野 その他にも家訓のような標語があったね。
横田 「始末してきばる」ですか。
日野 そうだったかな。
横田 「始末」とは無駄をしないということが倹約です。単なるケチじゃないんです。たとえ高いものであっても本当に良いものを選び長く使います。長期的視点で物事を考えることだと思います。また「きばる」というのは本気で取り組むことだと思います。ですから「日野屋街ゼミ」本気で取り組もうと思っています。営利至上主義を諌める言葉もあります。儲けとは真面目に務めたあげた結果のおこぼれだという考えもあります。

醸楽庵だより  380号  白井一道

2017-04-25 16:10:26 | 日記
 
 「江戸の平和」と「ローマの平和」

侘助 江戸時代は二百七十年間も平和が続いた。凄い時代だと思うんだけど。
呑助 「ローマの平和」というのは何年間ぐらい続いたんですかね。
侘助 十八世紀、イギリスの学者エドワード・ギボンが『ローマ帝国衰亡史』の中で五賢帝の時代を「人類史上もっとも幸福な時代」と述べ、その時代を「ローマの平和」と表現してから一般に広まったようなんだ。その時代はおよそ二百年間かな。
呑助 じゃー、江戸時代は「ローマの平和」と言われた時代より長いんですね。
侘助 そういうことになるね。
呑助 じゃー、どうしてそれほど長い間、平和が続いたんでしようかね。
侘助 強大な軍事力を持った国の周辺地域にその国の軍事力に対抗できる軍事力をもった国がなくなるとその地域世界に平和が訪れる。それが「ローマの平和」というものだったと思うんだ。
呑助 なるほど、そういうことですか。
侘助 ローマ帝国の成立が地中海世界の成立と言われているからね。
呑助 地中海世界というのは、ヨーロッパの南側と北アフリカ、西アジアの西側あたりを言うんですかね。
侘助 そう、西の方から言うとイングランド、イベリア半島、アルプス山脈の南側、ドナウ川の南側のバルカン半島、トルコのあるアナトリア半島、パレスチナ、エジプトから北アフリカ、ジブラルタル海峡までかな。
呑助 広大な地域ですね。
侘助 そう、主に五賢帝という有能な皇帝の統治の時代を「ローマの平和」と言うんだ。この時代はローマ市民が異民族を支配する時代だった。
呑助 単に軍事力だけでなく、共和政というのが機能した時代だったんですかね。
侘助 そうなのかもしれない。共和政治がローマ市民間に大きな不満を生まなかったからかもしれない。
呑助 じゃー、江戸時代も徳川家の支配に大きな不満を持つ各地の大名たちがいなかったから平和が続いたと言うことなんでしようかね。
侘助 徳川家の絶対的な軍事力を前にして、その軍事力に対抗できるような軍事力を持つことが各地の大名たちにはできなかったということが真実だとは思うけれども、徳川家に歯向かうことは悪いことだと言う気持ちを各地の大名たちは持ってしまったということがあると思うんだ。
呑助 飼いならされたということですかね。
侘助 まあー、自分に与えられた職分を全うさえしていたら、平和に安全に生きられる状態があったからなんじゃないかと思うんだ。
呑助 我慢できる生活が補償されていたということですかね。
侘助 まぁー、平和が続き、当時の庶民の生活も徐々に少しずつ豊かになっていったということが大きな不満を生まなかったということなんじゃないかと思うんだ。
呑助 そうでしようね。今の時代を考えても我々国民の生活が少しずつでも豊かになっていったら、国民の不満はうまれないでしようからね。
侘助 そうだよ。格差が広がり、国民の生活が徐々に苦しくなると不満が出てくる。

醸楽庵だより  379号  白井一道

2017-04-24 14:55:55 | 日記

 唎酒を楽しむ 

・近藤さん、「知縁の会」の唎酒も三回になりましたなぁー。
近藤 そうですな。楽しみにしてくれる仲間がおりますもんでね、私自身は辞めたいなんて思うんですがね、頼まれると断れないんですわ、性分なんでしょうな。
 今回、唎酒する酒は何ですかね。
・「美丈夫」純米大吟醸1.600
「土佐鶴」大吟醸2.380
「三連星」純米大吟醸無濾過生原酒1.696
「菊姫」山廃純米1.400
「巻機」純米吟醸1.522
「日本橋」大吟醸2.280
「日本橋」普通酒628
近藤 七本も唎酒するんでかの。
・いや、七本も唎酒するんじゃ、とても全問正解者はでないでしょう。用意したお酒が七本です。全問正解者への景品として二本用意しました。景品は大吟醸酒にしようと思っています。
近藤 そうですか。そうしていただいて結構です。値段を見ると普通酒というのは実に安いものですな。大吟と普通酒では1.600円以上の差がありますな。何が違うんですかな。
・一番大きな違いは原料の違いですね。
近藤 米の種類が違うんですかな。
・もちろん、それもありますが、米の磨きが違います。
近藤 米の磨きとは何ですのん。
・精米歩合です。米の透明部分を削り、白いデンプン質の部分を多くすると雑味の少ないお酒ができるんですよ。
近藤 純米大吟醸と大吟醸というのは何がちがいますのん。
・それは醸造用アルコールが添加されているかどうかということです。
近藤 醸造用アルコールというのは甲類の焼酎のことでしようかな。
・まさにその通りです。純米酒に25度の焼酎甲を入れると趣のあるお酒になるようですよ。
近藤 この間、みりんに焼酎をいれたものを飲みましたな。
・「本直し」ですね。江戸時代は「柳蔭」などと隠語で言っていたようです。昔、野田で醤油樽の製造が盛んだったころ、桶職人は酒屋の店先で乾きものをツマミにグデンぐでんになるまで「直し」を飲んでいたようです。
近藤 山廃とは何ですか。
・酒の造り方です。蒸米に麹米をいれると乳酸菌が発酵します。このとき雑菌が酒を醸すタンクに入ると腐敗し始めるのです。ここに酒造りの最初のリスクがあります。明治時代、乳酸菌が発酵するのを待たずに、乳酸菌を入れてしまえば、安全じゃないかということに気付くのです。この乳酸菌を添加した酒を速醸酛の酒と言います。これに対して昔通りに乳酸菌の発酵を待って醸した酒を山廃とか生酛の酒といいます。
近藤 手間暇かけた酒が山廃の酒なんですな。その割に「菊姫」の酒は安いですな。
・確かに「土佐鶴」と比べると安いような気がします。米の磨き加減に違いがあるとは思いますが。
近藤 「無濾過」とは何ですか。
・濾過をしていないということです。お酒を絞った後、炭を入れて不純物を取り除くという作業をしていないということです。
濾過は両刃の剣なんです。酒の旨味成分も取ってしまいますから。「無濾過」は蔵の自信作です。

醸楽庵だより  378号  白井一道

2017-04-23 14:39:33 | 日記

短編小説『三人の独り者』

 すみれは小学生だったころ、口を膨らませて思い切り息をガラスに吹き付けてはガラス窓を磨いた。放課後、大掃除の時の教室の窓拭きが楽しかった。毎日、掃除の時には窓拭きをすればいいのにと思ったものだ。その習慣が五十を超えた今になっても残っていた。少しでも顔が白く見えますようにと、祈りながら毎日鏡に息を吹きかけては鏡を磨くのが毎朝の日課になっていた。顔が白く見えると心なしか喜ぶお客さんが多い。自惚れ鏡なんていう人もいるが、美容院に来て自惚れてほしい。綺麗に見えるようになれば、お客さんは私の腕だと錯覚する。お客さんが座る椅子に登り、鏡の前にある棚に膝をつき、おっかなびっくり鏡を磨くのだ。すみれが借りている美容室は窓が北向きに開かれている。一日中、日が射すことはない。そのかわり光が一日中変わることがない。美顔術を施すには打って付けの部屋だ。今日も三面ある鏡を一面ずつ磨き始めた。二面目の鏡に取り掛かった時だ、レジの脇に置き忘れた携帯電話が都はるみの歌のメロディーを奏でた。誰だろう、こんなに朝早く電話をかけて来るのはと思いながら、どっこいしょ、と足を伸ばし椅子を確かめ、ゆっくりゆっくり、自分に言い聞かせながら棚から降りた。
 携帯を取り上げ確認するとさくらだった。何だろう。
「おはよう、何」
 「すみれちゃん、今日空いている時間ある?」
 「今から十時までだったら、空いてるわよ」
 「あー、良かった。今からすぐ行くわ」
 そう言うなり、さくらからの電話は切れた。何事だろう。こんなに早く、今日は月曜日なのになぁー、と思った。さくらがすぐ来ると言ったので、鏡拭きは後回しにして、床掃除を始めた。ゴミを取っていると突然ガバッとドアが開くとさくらはジーパンをはき、起きぬけの顔をして入ってきた。眼の回りの皺を弛ませたままこれ以上の笑顔はないような顔をして言った。
 「髪をカットしてほしいのよ。それからゆるくパーマをかけて、セットしてほしいの」
 「洗髪はするの」
 「もちろんよ。白髪染めもしてほしいな」
 「そんなに飾りたてて、なんなの」
 「きのう、店を閉めようと思って片付けていたら、ガラッと戸が開くから、お仕舞いですよ、と言って振り返ったら、ナベが微笑んで立っているのよ。何なの、こんなに遅くと言ったのよ。そしたらね。黙って新幹線の切符を二枚差し出すの。だから何って言ったのよ」
 「オカリナの演奏をするんだ」
 「どこで」
「琵琶湖の畔にある酒蔵でオカリナの独奏をするんだ」
「いつ」
「明後日」
「その演奏に行こうというの」
「うん、そうだよ。俺のオカリナ演奏を聞かせたいと思ってね。ホテルももう二人分予約しておいたよ」
「こういうわけなのよ」
すみれはニコニコしどながら聞いていた。
「いつ行くの」
「今日、午後の新幹線で京都まで行くのよ」
「今日は京都で泊まるのね」
「そうなのよ。明日、酒蔵に行くの。京都から一時間ぐらいで行くらしいわ」
「さくらちゃん、いいわね、私も今頃の京都に行ってみたいわ」
「そうね、来年はゆりちゃんを誘って三人で行こうよ」
「ほんとうね、いつもさくらちゃんは口ばっかしで、遊びに行くのはいつもナベちゃんとばっかり」
「そんなことないわよ、網走までカニをゆりちゃんと三人で食べに行ったことあったじゃない」
「もう七年も前のことだわ。さくらちゃんにもゆりちゃんにも彼氏がいていいわね」
「すみれちゃんにもいたじゃない」
「もう二十年もいないわ」
「そんなことないんじゃないの、板金屋のウーさん、すみれちゃんにご執心だったじゃない」
「あー、気持ち悪い、そんな話、やめてよ」
「まだ、さくらちゃんの店にウーさん行っているの、
うん、たまに来るわね。来るとき、電話してきて、さくら来ているなんて言うときあるわよ」
「あのハゲ、けっこうしつこいのよね。私、奥さんのいる人って、いやだわ。ナベちゃんは独り者だから、いいじゃないの」
「でもずっと子どもさんに毎月仕送りを滞りなくしているのよ」
「奥さんがいないというのはいいじゃない」
「確かに気を使うことないわね」
「そろそろ一緒に住み始めたら」
「私もそう思うんだけど、ナベが別々の方がいいと言うのよ。ナベ、朝が早いでしょ、独身生活が二十年近くになるでしょ、一人の方がいいみたいだわ」、
「心配じゃないの」
「全然、心配してないわ、だって、全然夜の方はダメなんだもの」
そんな話をしているうちにセットが終わると飛んでさくらは帰って行った。すみれはまたほとんど使うことの無い鏡を棚に上り、磨き始めた。鏡を磨いているとすみれの心は落ち着いてくる。残っていた鏡を二面磨き終わると十時半になった。今日は西村のおばぁちゃんを迎えにいく日だ。一人住まいの西村さんは月に一回、すみれ美容室に来るのを楽しみしていてくれる。七十台の後半になる西村さんは七部屋もある大きな一軒家に一人で住んでいる。三年ぐらい前までは一人で乳母車を押してすみれ美容室まで近所に住んでいるお姉さんと一緒にやってきたが、お姉さんが亡くなると国道を渡るのが怖いと家に閉じこもるようになった。
「西村さん、こんにちわ、すみれです」
「すみれさん、すみれさん、いつも迎えに来ていただいてすみませんね。待っていたんですよ」
「ありがとうございます。西村さんは私にとってはとても大事なお客さまですから」
「ありがたいですね、こうして迎えに来てもらえるんですから」と腰を曲げて挨拶してくれた。
すみれは西村さんの手を引き、御影石の飛び石をつたってゆっくりと門を出た。
「西村さん、今日は白髪染めとカットでいいですか」
「そうですね、洗髪もお願いしますよ、明日、句会がありますからね」
「そうでしたわね、いつも句会の前でしたね、今回は何か、いい句ができましたか」
「石(つわ)蕗(ぶき)や終(つい)の栖(すみか)は四畳半」。「どうお、このほか四句ほど創ったのよ」
「素晴らしいわ、何か、私、胸に迫ってくるものがあるわ、私なんか、団地の狭い部屋に住んでいるので分かります、 秋田の田舎から出てきて四十年近くになるけれども、いつまでたっても、団地から抜けせないので、まさに「終(つい)の栖(すみか)」は四畳半だわ、私にもこんな句ができるといいんだけど、西村さんはこんな大きな家に住んでいるんだから、四畳半ということにはならないわ」
「そう、思う。本当はこの句、姉が豊四季に引っ越してきたとき、姉が住むようになった家を見て私と姉で一緒に詠んだ句のなのよ、姉の家は、県の重要文化財に指定されたような大きな民家だったのよ、庭には船も浮かべられるような大きな池があってね、家の周りには構え掘りが廻り、長屋門のある家だったのよ、けれども、農地解放があったでしょ、義兄さんは本当の旦那さんだったから、全然農業の仕事をしない人だったのよ、だから姉は小作から田を取り返し、少しでもと土地を守ったのよ、だから今でも近所では、姉を悪く言う人がいるわよ、義兄さんはいつ行っても、ニコニコしてお茶をいれてくれて、本当にいい人だった、長男が高校の先生になってね、お嫁さんをもらって、一緒に暮し始めたんですけど、お嫁さんも同じ高校の養護の先生をしていたのよ、ある日、お嫁さんが家に帰ってこなくなっちゃったのよ、そしたら、長男までも家を出て行ってしまってね、義兄さんが亡くなって、長男に家に帰って来てくれるように頼んだんだけれども、それだったら、長男のお嫁さんが離婚すると言ったのよ、そんなに私が嫌ならと、姉さんは怒って、土地を実家の兄さんに買ってもらって、新しく便利なところに土地と家を買って、嫁いだ家を出てきたのよ、長男夫婦に家を継いでもらうために、姉は家を出たのよ、本当に辛くて、悔しかったと思うわよ、そんなことがあってね、新しい家の庭の隅に嫁家にあった石蕗を植えたのよね、その石蕗に黄色い花が咲いたのを見て、「これがまあ終の栖か雪五尺」という小林一茶の句があるでしょ、それを真似てね、詠んだ句が「石(つわ)蕗(ぶき)や終(つい)の栖(すみか)は四畳半」という句だったのよ、本当に姉の昔の家と比べたら、侘しい住いだったわ、この句には姉の哀しみが籠っているのよ」
「西村さんの句だと少し変だなと思ったものだから」
「そうよ、私の句よ、ここが「私の終の栖」だと姉が言った言葉を聞いて、私が詠んだ句のなのよ、今の句会に入る前に詠んだ句だけれどもね、昔の句帳を見ていたら、姉を思い出してね、それで今日この句を出してみようと思って」
「そうですか、たくさんの人が採ってくれるといいですね」
西村さんの長い話を聞いているうちに、すみれ美容室に到着した。白髪染め、洗髪をし、柔らかく首、肩、背中を揉み、マッサージをすると西村さんは生き返ったと言ってくれた。すみれは西村さんを自宅まで車で送っていった。帰りスーパーにより、昼食のおにぎりと胡瓜の糠漬けと夕食の弁当を買った。美容室に戻ると十二時少しまえだった。すみれはさっそく、胡瓜の糠漬けを洗い、まな板でトントンと切り、おにぎりで早めの昼食にした。食べ終わると客用の椅子に腰掛け、休んでいるうちについウトウトしてしまった。気がついてみると一時を過ぎている。いけない、もうそろそろゆりの来る頃だ。昼食の後片付けをしているとゆりがうつむきかげんに入ってきた。
「ゆりちゃん、どうしたの」
「どうしたも、こうしたもないわよ」
「何か、深刻な事態でも起こったの」
「タカサゴの支配人をしていた高ちゃんが奥さんと凄い喧嘩をしたみたいなのよ、それで私の処に転がり込んできてね、それに気づいた造園屋の鳶さんが怒りぬいてね、高ちゃんを殴ってしまったのよ、私が悪いんだけど、先週の土曜日、雨が降ったじゃない、それで鳶さんの仕事が無かったものだから、パチンコに行った帰りうちに寄ったのよ、一瞬ドキッとしたのよ、高ちゃんは仕事に行っていたんだけれどもね、男物の下着がベランダに干してあったのを見てね、誰のなんだ、と問い詰められてしまったのよ、鳶さんも高ちゃんのこと知っているじゃない、それで、高ちゃんのよ、と言ったのよ、高ちゃん、奥さんに家を追い出されたというから、可哀想じゃない、それでしばらくうちに居ればと言ったのよ」
すみれが心配そうにゆりを見つめているとゆりは話し始めた。
「高はここに泊まっているのかと、鳶さんが言うから、高ちゃんは家に帰ったわと、言ったのよ。どうしてここに高の下着が干してあるんだと言うから、奥さんが高ちゃんのものを洗濯してくれないというから、私が洗濯してあげたのよと、言ったら、鳶さんは納得しなかったみたいで、私を引っ叩いたのよ。ごめんね、許して、私が悪かったわと、泣いて言ったら、鳶さんが出て行ったきり、もう一週間も来ないのよ。すみれちゃん、どうしたらいい」
 ゆりは泣きながらすみれを見た。
「ゆりちゃん、高ちゃんと鳶さんのどっちが好きなの」
「そんなの無理よ。どっちも好きよ。どっちとも別れられないわ」
「高ちゃんはイケメンだしね。鳶さんは気風がいいからね。でも鳶さんの方かしらね。懐が温かいのは。高ちゃんはゆりちゃんの他にも女がいるんじゃないの」
「私にも高ちゃんの他に鳶さんがいるんだから、高ちゃんが私の他に女がいてもいいわ。私を大事にしてくれているもの。それでいいのよ。私からお金を取るようなこと今まで一度もなかったわ。それでいいのよ。鳶さんが高を認めてくれればそれでいいのよ。だって、高は私に鳶さんがいてもいいと言ってくれているのよ。高は優しいと思わない。心が広いと思うのよ」
「私には男がいないのよ。ゆりには二人も男がいていいわね。羨ましいわ。高ちゃんは狡いのよ。ただ弱々しいいだけだと思うわ」
「そうかしら。私は優しいんだと思うわ。そりゃ、私を独占したいと思う気持ちはあると思うわ。
男だったら、一人の女を独占したいと思うのが当然だと私は思うわ。鳶さんは男なのよ。高ちゃんはゆりを遊んでいるだけじゃないの。自分の女が他の男に抱かれて平気だというが私には分からないわ」

醸楽庵だより  377号  白井一道

2017-04-22 16:41:02 | 日記

 群馬の酒「淡雪草」と書いて「うすゆきそう」と読ませる

侘輔 今日のメインは群馬の酒ですよ。群馬と言えば今まで楽しんだお酒は永井酒造の「水芭蕉」が印象にあるよね。
呑助 そうですね。「谷川岳」が最初でしたかね。
侘助 そう、その後、名の知れた銘柄の「水芭蕉」でしたね。
呑助 今日のお酒の銘柄は何ですか。
侘助 群馬県太田にある島岡酒造さんのお酒なんだ。
呑助 銘柄は何と言うお酒なんですか。
侘助 「淡雪草」と書いて「うすゆきそう」と読ませる銘柄のお酒なんだ。
呑助 造りは何ですか。
侘助 純米吟醸酒と言えるかな。精米歩合が五〇%だから、蔵によっては大吟醸酒と謳っているぐらいだからね。
呑助 そう言えば、「獺祭」の大吟醸酒は精米歩合が五〇%でしたね。
侘助 そうだから今日楽しむお酒は純米吟醸酒といえると思う。ラベルには純米酒とあるがね。
呑助 良心的というか、謙虚というか、そんな酒蔵なんでしようかね。
侘助 飲んで分かってもらえる人に分かってもらえたらそれでいいという考えなんじゃないかな。
呑助 そういう蔵の酒は自信があるんでしょうね。
侘助 うん。そうなんだろうと思うね。
呑助 火入れはしているでしようか。
侘助 生酒のようだよ。
呑助 一切火入れをしていない生酒なんですか。
侘助 そうそう、まだ酵母が生きているお酒のようだよ。
呑助 アルコール度数が一四~一五度のようですから、加水はしているんでしようね。
侘助 加水して味の調整はしているんじゃないかと思う。
呑助 水は硬水ですか、軟水ですか。
侘助 硬水のようだよ。
呑助 じぁー、ミネラル成分が多いから発酵を促進しているんですね。
侘助 だからどちらかというと辛口の酒なのかな。
呑助 よく日本酒度というのがラベルに書いてありますよね、あれは何なんですか。
侘助 日本酒度というのは発酵の進みぐわいを表しているんだ。だから糖の分解が進み、アルコール度が高まれば高まるほど+、辛口になるんだ。だからいつ絞るか、その時期をいつにするかということが杜氏さんの腕にかかっているんだ。辛口の酒にするか、それとも甘口の酒にするのか、その蔵の酒の特徴を形作る重要な工程なんだ。
呑助 あー、そうなんだ。プラスの酒は辛口、マイナスの酒は甘口ということなんですか。でもマイナスということは何がマイナスなんですか。
侘助 それは比重のことなんだ。酒の糖分が多ければ水より重くなるので比重計を酒の中に入れると沈んでしまう。どれだけ沈んだか、それがマイナスだ。比重計が水に浮き、どのくらい浮き上がるかがプラスということになるんだ。
呑助 甘口の酒は水より重い酒なんですね。
侘助 そうなんだ。だから水より軽い酒は糖分が少ないから辛口ということになるのかな。
呑助 今日楽しむ群馬泉の「淡雪草」の日本酒度はいくらなんですか。
侘助 日本酒度は+3。だから辛口、酸度は1.6最も理想的な甘辛度になっているようだよ。