こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

灰色おじさん-【6】-

2018年10月08日 | 灰色おじさん



 先週の土曜日の深夜、映画の「ハイジ」をやっていました♪

 といっても、最初から見ていたわけではなく……物語としては、半分以上過ぎたところから見たんですけど(汗)、実はその最後のほう見てて、結構びっくりしたのです。

 あの、日本ではト○イじゃなくて、アニメのほうがあまりに有名と思うんですけど、実はアニメのクララが立てる経緯と、映画のクララが立てる経緯とが違ってたんですよね

 でも、映画のほうがおそらくよりヨハンナ・シュピリさんの原作に忠実に描いているように予測されるので、アニメのほうが設定上、そのあたりを変えてある……ということだったのかどうか、そのうち原作のほうを読んで確かめてみたいと思います(いえ、かなり昔、読んだ記憶あるんですけど、そのあたりのことを覚えてないという

 それで、ですね。アニメと映画とで、どうクララの立てる経緯が違うかというと、




 アニメは確か、この前にクララとハイジの間で、なかなか立つことの出来ないクララに対し、「クララの意気地なし!クララなんかもう知らない!」的な、例の有名なせめぎあい(?)があったように記憶してます(見たのもう、遥か昔すぎるので、間違ってたらごめんなさい

 そこで、ハイジにとうとう見放されようとしている……と感じたクララが、そんなハイジのことを追いかけようとして――そこで立てるようになったという筋立てでしたよね??

 と、ところが……映画のほうだと、車椅子に乗ったクララがオンジいとハイジと三人で山のほうに散歩(?)に行くんですよ。そしてこの時、ハイジをクララに取られたように感じていたペーターが、オンジいがクララを抱っこしていくと、この車椅子を下り坂に向けて押してしまうわけです。

 そしてこの時、車椅子が転げていくのを見たハイジが、それを追ってゆきます。ところが、車椅子は危険な崖下へと落ちてしまい、それを追っていったハイジもまた……この時、オンジいが、ハイジの手を掴んで崖から上げようとしますが、じじいひとりの力では大変と本人も思い、そこらへんにいると思ったペーターのことを呼びます。そして、ペーターとふたりでようやくハイジのことを引っぱりあげ――この時、ハイジが崖下に落ちたと思い、彼女を助けたい一心だったクララは、思わずその時立ち上がり……そしてこれが、映画版における「クララが立った!!」の驚きの瞬間となっています。

 いえ、アニメ=原作に忠実なものと、ずっと信じきってたもので、このラストの違いには結構驚かされました。しかもこの映画版のペーター、結構イケメンなんですよ(笑)

 しかも、前半はどうかわかんないんですけど、成長した後半のペーターっていうのは、なんとも言えないすれたいい感じの顔をしてるんですよね(笑)なんか、そこがまた、アニメの純朴ぺーターと違って、映画版ペーターの面白いところのような気がしたり。。。

 ただ、ちょっと原作読んで確認してみないとわからないんですけど……映画のほうが原作により忠実だった場合、アニメのスタッフさんはこの箇所、相当悩んだんじゃないかと思うんですよ(^^;)

 だって、あのアニメのペーターのイメージでいくと、ハイジとの仲のよさに嫉妬したとしても、車椅子を転がしたりはしそうにない……でも、そこを変更するとなると、それなりの説得力をお話に持たせなくてはいけない……それで、ああしたシーンになったのだとしたら、アニメスタッフさんにはあらためて脱帽だなって思いました

 いえ、そのうち時間があった時にでも、このへんのことは確認したいと思ってますm(_ _)m

 それではまた~!!



       灰色おじさん-【6】-

 やがて、七月と八月という夏が過ぎ、グレイスが小学校へ上がる日かやって来ました。それまでの間、グレイスは毎週日曜日には教会学校のほうへも通い、念願の女友達も出来ましたし、隣に住むケビンJrに誘われて、サッカーをしに行ったりボーリングへ行ったりということもよくしていたようです。

 おじさんは、グレイスが他の女の子のうちにお呼ばれされたり、あるいは仲のいい子たちを家に呼んだりして遊ぶ姿を見て……大体のところ安心しました。どうやらグレイスには人に好かれる才能があるようでしたし、それだけでなく、ケビンJrの友達といったような、年上の男の子たちとも対等につきあっているようだったからです。

 もちろん、だからといってグレイスの心の中からパパやママを失った悲しみが消えてしまったというわけではありません。そのことはおじさんもよくわかっていました。自分がどんなに努力しても、ほんとうの両親には到底敵うわけではないということも……けれども不思議と――おじさんにはこのことが何故なのか、まったく理解できませんでしたが――グレイスはおじさんのことを特別視していました。

 家に来るどんな女の子の友達よりも、教会などで可愛がってくれるどんな大人の人より……おじさんとの関係をグレイスは一番大切にしていました。おじさん自身は、そんな状態がこのあともそう長く続くとは思っていませんでしたが、その後随分長く時が経ってからも、やっぱりグレイスにとっておじさんは「一番大切な人」であり続けたのです。

 おじさんはグレイスが小学校へ行くために、色々な手続きをしたり、また教科書を揃えたり服や帽子や体操着など……必要と思われるものはなんでも揃えました。おじさんにとっても意外なことでしたが、この時、一番の相談相手になったのがマクグレイディ夫人でした。というのも、今年、夫人の次男のティムも小学校へ上がる年だったからです。

 ジュリアは、三男ニックに対して「将来見こみのなさそうなぼんやりした子」と言われ、一度は激怒しましたが、その話を夫にすると爆笑されてしまいました。

「へえ。そりゃ確かに将来大物になるかもしれないぞ、そのグレイスって子。おまえみたいなのに初対面で噛みつくとはな」

「おまえみたいのにってどういう意味よ!」

 ジュリアがそう言うと、ケビンさんは「おお、こわ」というように肩を竦めていました。息子三人もよくこの仕種を真似して笑っていました。こういった経緯により、怒っていた自分のほうが大人気なかったと気づいたジュリアは、少し考え方を変えたのでした。

(よく考えたら本当にそうだわ。ああいう子はたぶん、昔のわたしと同じで、何人か子どもが集まった時に中心にいそうな感じの子だものね。それに比べて、うちのティムは同い年とは思えないくらい大人しくて今から心配になるくらいだし……ティムとあのグレイスっていう子が同じクラスになるかどうかはわからない。だけど、同じ学年っていうことは、この先そういうことだってあるかもしれないってことだわ。となれば、ああいうタイプの子とは親しくしておくに越したことはないということになる……)

 こういった事情により、ジュリアは次にケビンに誘われてグレイスがうちへ遊びにやって来ると、実に愛想よく振るまい、お菓子やジュースを出してあげたりしました。以来、グレイスはケビンと親しくするだけでなく、ティムやニックも交えてテレビゲームをしたり、ボードゲームやトランプをして遊んでいくということが多くなったかもしれません。

 そして、ケビンは他の弟の面倒を見るといった発想自体まるでない子だったのですが、グレイスはティムやニックも平等に遊びに混ぜようとする子でしたので、その点もジュリアがグレイスのことを最終的に許すことになった大きな理由だったかもしれません。

 もしこうした子供同士のつきあいといったことでもなかったら――おじさんも、隣の家のマクグレイディ夫人とつきあいたいなどとは夢にも思わなかったことでしょう。その後もおじさんは学校での先生方とのつきあい方や、PTAの役員になるべきか否かなど、自分によくわからないことは、マクグレイディ夫人に相談しました。その見返りという言い方はおかしいですが、ジュリアのほうにもこの関係には十分得なところがあったと言えるでしょう。グレイスとティムとは同じクラスではありませんでしたが(四クラスある内の、グレイスが一年B組、ティムが一年D組でした)、グレイスはティムと一緒に登校し、まったく新しい環境に戸惑っているこの気弱なマクグレイディ家の次男を、絶えず励ましてくれるという、そんな頼れるお姉さん的存在だったからです。

 こんなふうにしてグレイスのノースルイス市立第十小学校での新しい生活がはじまり、学校生活の一年目、大体のことがうまくいきました。グレイスは学校で友達も出来、先生からも「よく発言する活発な子」だと言われました。成績のほうはそれほどよくもなく悪くもなくといったところでしたが、何分まだ小学一年生です。おじさんはグレイスの成績表を見るたびに満足そうに頷き、「よくやったな、グレイス。素晴らしいよ」と言っていました。おそらく、グレイスの成績がこれよりさらに悪いものだったとしても、おそらくおじさんは同じように言ったことでしょう。何故なら、成績がとてもよくても、学校へ行くのが面白くなかったり、友達がいなかったりするよりは……成績が良くなくても、友達がいて学校へ行くのが毎日楽しいほうがずっといいに違いないからです。

 この年、グレイスとおじさんとは、感謝祭やクリスマスなど、家族らしく朗らかに過ごし、冬は雪が降れば雪だるまを作ったり橇遊びをしたり……グレイスはマクグレイディ家のパパに、三人息子と一緒にスキーやスケートに連れていってもらったこともありました。そして春になり、あと二か月もすればグレイスのパパとママの命日がやって来ると思い、おじさんが感傷的になっていたある日のこと――その事件は起きました。

 この事件について説明するには、グレイスがおじさんに隠れてスケートボードを手に入れるところまで話を遡らせなければなりません。その一週間ほど前の四月十四日の午後、グレイスは友達みんながスケートボードやキックボードで遊んでいるのを見て、それを友達のケイトやヴァネッサから借りて楽しみました。けれども、みんなは一人ひとつずつ親から買ってもらったスケートボードやキックボードがあるのに対し、グレイスにはありませんでしたから、家に帰ると早速おじさんにねだるということにしたのです。

 おじさんはこれまでにも随分気前よくグレイスに色々な物を買ってくれていましたから、グレイスはまさか反対されるとは思ってもみませんでした。

「スケートボードって、あのスケートボードかね!?」

「うん!出来ればスケートボードがいいんだけど、どうしても駄目ならキックボードでもいいわ。だって、みんな持ってるのにあたしだけ持ってないんですもの!」

「…………………」

 おじさんは暫くの間黙りこみました。というのも、つい先日、グレイスと同じくらいの年の子数人が坂道をスケートボードで滑ってくるのを見ていたからです。おじさんはその瞬間、とてもゾッとしました。そして思ったのです。(あの中にグレイスがいなくて良かったわい。しかし、親も親だな。あんな危険な物で子供を遊ばせておいて、ろくに見守りもしないとは……まったく、そんな親の気が知れんわい)と。

 ユトランド共和国では、子供は六歳までは公共の乗り物にひとりで乗せてはいけない、九歳までは大人の目なしにひとりにさせないという、法律で決まっているわけではありませんが、一般的な常識としてそのような共通認識があります。今、グレイスは七歳でしたが、この可愛い姪がどこかへ遊びにいくという時には、その家の親御さんなどが見守ってくれているものと認識していました。それと同じように、おじさんも庭で子供たちが遊んでいる時、いつでもさり気なくそのような眼差しで見守ってきたものです。

「みんな……みんなって、本当に一人残らずみんなかね?」

 おじさんは、グレイスに一体いつごろから携帯を持たせるべきかといったことも考えていましたが、これがもし「みんな持ってるからあたしも携帯が欲しい!」ということだったら、おじさんは一日考えたのちに「仕方ないのう」と言っていたかもしれません。けれども、スケートボードにはおじさんは絶対反対でした。

「ええ、そうよ。ケイトとヴァネッサとキムとリンダと……とにかくみんな持ってるの!持ってないのはあたしだけだし、みんなの後ろから走って追いかけたり、たまに貸してもらったりするのもなんか片身が狭いし。おじさん、前にあたし言ったでしょ。ペットとかもとりあえず今はいらないし、そのかわり本当に欲しいものが出来たらはっきりそう言うって。今がその時なの!」

「じゃが、じゃがの……スケートボードは危険だて、グレイス。あんなもんで坂道をシャーッと子供らが滑っていくのをわしもたまに見かけるが、親の見守りもなしに、一体いつ交通事故に遭うかと思っただけで、あんなものを子供にやった親の気が知れんもんだとわしは思っとったからな」

「もちろん、滑る時にはものすごおおく気をつけるわよっ。ね、おじさん。みんな持っててあれで滑ってるんですもの。お願いよ。あたし、これまでの間結構いい子だったでしょ?家のお手伝いとかも色々してきたつもりだし、学校の成績はまあまあってとこだけど、おじさんがあれを買ってくださったら、勉強だってもっと頑張るからっ!!」

 ここでおじさんは、「あんな危険な代物、絶対ダメだ」と強く言うかわりに――ちょうどいい逃げ道があるのを発見しました。つまり、「マクグレイディ夫人に相談してみる」と言ったのです。

「ほら、わしは子育ての経験がないのでな、マクグレイディ夫人ならわかっとるじゃろ、グレイスくらいの子があんないつ交通事故に遭うかも知れんものを持つのがいいかどうかをな」

「ええ~っ!!あんな鬼ババアにかかったら、絶対ダメって言われるに決まってるじゃない!おじさんの意地悪!!」

 グレイスは膨れていましたが、おじさんはこうなったらもう意地悪でもなんでも構いませんでした。おじさんはグレイスの身が心配だというのと同時に、自分の体の心臓と精神の心臓の両方が大事でした。あんな危険な乗り物をグレイスに持たせたが最後……今ごろあの子は事故に遭っとるんじゃなかろうかと、絶えず心配していなくてはなりません。

 おじさんは早速とばかり、隣のマクグレイディ家へ出かけてゆくと、ジュディにこのことを相談しました。すると、「子育ての経験豊富な」とか「子供の気持ちをよくわかっとる」だとの褒めそやされ、すっかりいい気分になった彼女はこう言いました。

「確かにそうねえ。このことでケビンパパがどう言うかはわからないけど……ケビンJrがスケートボードが欲しいなんて言ったら、わたしはまず反対するわね。なんでかっていうと、あの子は注意欠陥障害なんじゃないかしらっていうくらい注意力が散漫だし、スケートボード片手にあの子が出かけるの見るたびに、「車に気をつけるのよっ!!」てしつこいくらい何度も言わなくちゃいけないだろうしね。ティムが同じことを言ったとしても――やっぱりつっぱねるわね。まあ、あの子はそう自己主張するタイプじゃないから、そのくらい強くたまに何かねだることがないものかしらって、普段から思う感じではあるんだけど」

「そのですな、わしがそのあたりのジュディさんの意見をまとめて、隣の子育て経験豊富なマクグレイディ夫人がそう言っとったからスケートボードは買ってやれんと言うてもええじゃろうか?何か、ジュディさんのせいにするようで、心苦しいのですが……」

「べつにいいわよ」と、ジュディは肩を竦めて了承しました。「何故といって、べつにわたし、グレイスに好かれようとは思ってませんからね。あの子もわたしのこと、嫌いなんじゃない?まあ、わたしも小さい頃に嫌いな親戚のおばさんや近所のババアなんかがいましたからね。でも、顔には出さないようにして普通に接するようにしてたわ。あの子がうちに来るたびに思うのよ。わたしも昔、嫌いな親戚のおばさんの前ではこんな感じだったかしら、なんてね」

「ええとですな。特にグレイスはうちではジュディさんのことを悪く言ったりとか、そうしたことは一切ありませんのですが……」

 おじさんは歯切れ悪く、もごもごそう言いました。おじさんのほうで「マクグレイディ夫人のことを悪く言ってはいけないよ」と言ったことは一度もありませんでしたが、グレイスは確かに本当に最初の出会いの一件以降、彼女の悪口を言ったりしたことは一度もなかったのです。

「いいのよ、べつに。ただ、わたしのほうでは最初の時と違ってあの子のことが好きになったわ。ケビンともすっかり仲良しだし、ティムやニックの面倒もよく見てくれるしね。そういえば、わたしさっきアプリコットタルトを作ったのよ。少し持ってかない?」

「ああ、それはどうもありがとう。ジュディさんの作ったお菓子はなんでも美味しいですからな。グレイスも大好きなんですよ」

「まあ、うちでもグレイさんからよく色んなものをもらってますからね。お互いさまですよ」

 ――こんな形で、隣同士のグレイ家とマクグレイディ家とはつきあっていました。ジュディにしても意外なことでしたが、隣の灰色っぽい服ばかり着ているおじさんは、話してみると割合つきあいやすい人物だとわかってきました。何より、おしゃべりなジュディの話を「うんうん」相槌を打ってよく聞いてくれますし、夫婦でデートする日に三人の息子を預かってくれたりと……お互いに持ちつ持たれつというのでしょうか。そんな形でグレイ家とマクグレイディ家とは仲良くつきあっていたのです。

 そして、アプリコットタルトが二つのった皿を片手に帰宅すると、おじさんはグレイスに「スケートボードはやっぱりダメじゃ」と、少しばかり厳しい顔をすることにしました。グレイスが夕食の間中がっかりと意気消沈していたため、おじさんも胸が痛みましたが、この決定はおじさんの中で正しいものでしたので、それ以上何か言うことは控えました。

 翌日になってもグレイスは元気のないままでしたが、おじさんは「スケートボード」のスの字も出さずに朝食を済ませ、グレイスのことを学校へ送りだしました。この日、グレイスは学校から帰ってくると、何故かとても上機嫌でした。おじさんとしては、(ま、子供なんてそんなもんだて。一回一回子供の間で流行ってるもんを買ってたら、キリがないだろうしな。きっとまた何か別のことに関心が移ったのじゃろう。とりあえずわしとしてはこれで一安心じゃ)と、何かそのように思っていました。

 ところが、実際は全然違ったわけです。グレイスは、友達のケイトのお姉さんからスケートボードを譲ってもらうことが出来たため、それで問題が解決して喜んでいたのです。けれども、もちろんそんな本当のことをおじさんに言うわけにいきません。スケートボードのほうもケイトの家に置かせてもらっています。

 こうして毎日グレイスは、学校から帰ってくるとケイトの家へ出かけていき、みんなと一緒にスケートボードをして楽しみました。グレイスとしてもそれで十分だったのですが、それから約一週間がすぎた日のこと(つまり<今日>ということですが)、グレイスたちがいつも遊んでいる六人ほどの女子グループに、一学年上の男子たち数人が絡んできたのです。

 グレイスたちはヴァネッサの家の前の通りで遊んでいたのですが、彼女たちが軽く斜めになった坂をスケートボードで駆け下りたり、ほんの小さな山のようなところを飛んだりするたびに――そちらからはくすくすという忍び笑いが洩れていました。ケイトやヴァネッサたちも「何、あれ」、「やな感じ」といったようにしゃべっていましたが、女の子たちは賢いもので、「あんなの無視しよう」ということで一致団結していました。けれども、彼らはまるで通りの向こうで見せつけるように、少しばかり難しい技をやってみせたりしており、グレイスたちはとうとう場所を移すかどうかの相談をはじめました。

 そして、ヴァネッサが「うちで何かゲームでもしよう」と言った時のことでした。「おまえらのやってることなんて、スケートボードじゃねえや!」と、リアムという子が一言叫び、去っていこうとしたのです。おそらく、この時も徹底無視の態度を貫ければよかったのでしょう。けれども勝気なグレイスは、カチンとくるあまり、とうとう言い返してしまったのです。

「『おまえらのやってることなんて、スケートボードじゃねえや!』って、どういう意味よ!?」

 リアムは自分が一番話しかけたい相手が怒り心頭に発しているのを見て満足でした。他の友達四人も、腕組みしたり、スケートボードに足をかけたりして、こちらを馬鹿にしたような上から目線で見つめてきます。でも、グレイスは一学年上のこうした男の子たちに負けていませんでした。ギロリと睨み返してやります。

「言ったとおりの意味だよ」と、リアムは言いました。「平坦なところだけゴロゴロ滑ったくらいじゃ、スケートボードとは言わないんだよ。ほら、たとえば……」

 そう言ってリアムは、チックタックというトリック(技)を披露しました。平坦な場所を右や左に重心を移動させて軽やかに滑っていきます。ただ普通に進むより、少しひねりが加えられているだけのように見えるのに――段違いに格好よく見えました。続いてリアムは、前や後ろに体重をかけてスケボーを浮かせたり、デッキを軽く回転させて着地して見せたりもしました。

 キムやヴァネッサが「ちょっと格好いい」と言っていましたが、もちろんグレイスはそんなこと全然思いません。自分も相手と同じくらい時間をかけて練習すれば、大体似たようなことは出来るとしか思いませんでした。

「そんなの何よ!じゃああんた、あの坂の上から」と、グレイスはヴァネッサの家のずっと上のほうの頂上を指差しました。「スケートボードで滑り下りる勇気ある!?それであたしに勝ったら、あんたの言ってるとおりだって認めてあげてもいいわっ」

 ヴァネッサの家は、山の中途に建っているのですが、それでもヴァネッサの家はまだ坂を登って入口のところ……といった程度のところに立っているため、勾配のほうもそれほどキツくなく、目の前の通りなども真っ平らです。ところがこれが、グレイスが指差したところと言いますと、ちょうどそこには『ノースルイス丘の上図書館』という建物があるのですが、そこから山の下まで下りてくるにはかなりの急勾配を一気に下がってくるということになります。図書館から見て正面の坂道は車通りも多いのですが、グレイスの指差したのはその裏通りの車通りの少ない斜面のほうでした。図書館の裏手には公園があって、その公園の向かいには大きな市立病院がありました。その間に脇道が通っており、そこは車一台がようやく通れるくらいの場所で、両側には建物と建物を区切るような形で樹木がたくさん生えています。

 子どもたちは、グレイスの言葉を聞いてすぐに、彼女がこの通りのことを言っているのだろうとすぐに察しました。そして、もし車通りの多い大通りに面した坂を駆け下りるということなら、こぞって全員が反対したことでしょう。けれども、女の子たちは「やめなさいよ、グレイス」とか「あんなの相手にしちゃダメよ」と不安そうに口で言いながらも、グレイスがすっかりぷりぷり怒っており、こういう時の彼女には何を言っても無駄だということがわかっていました。一方、リアム・ガードナーはともかくとして、彼の友人たちはやはり、懸念を口にしていました。「あそこ、結構坂が急だよな」とか、「リアムのことだから大丈夫だろうけど、でもさ、やっぱりさ……」といったように。

 友達らのこうした言葉を、グレイスは「あんな奴に負けらんないわ!」と一喝し、リアムはといえば、「女なんかに負けられるかよ」と言って軽くいなしたのでした。

 こうした事情によって、グレイスはラヴェンダー色の星の描かれたスケートボードを右側の歩道にセットし、リアムは道を挟んだ左側の歩道に、金や銀の模様の入ったメタリックブラックのスケートボードをセットしました。

 そこへ立ってみると、最後は樹木に消えている下までの道は、ゆうに二百メートル以上はあり――グレイスは「怖くなかった」といえば、もちろんそれは嘘でした。ただ、グレイスはそうした恐怖以上にこの時、おじさんのことが気になっていました。いつもは欲しいものがあると、それとなくほのめかしただけでなんでも買ってくれるおじさんが……スケートボードに関してだけは唯一「ダメだ」と言ったのです。それはもしかして、自分の性格をよく見抜いており、こんなことになるとわかっていたからではないか――そう思うとグレイスは、おじさんに対するうまく言えない罪悪感で胸がいっぱいでした。

「おい、もし怖くなったっていうんなら、やめてやってもいいんだぜ」

 リアムは被っていた帽子を指でくるくるさせながらそう言いました。彼は三人兄弟の末っ子で、スケートボードをはじめたのは、上の兄二人の影響でした。ですから、上の兄がふたりとももっと危険なことをしているのを真近で見ていましたし、自分でもこうした危険な坂を登り下りしたり、あるいは公園の階段のところにある手すりを滑り下りるといった練習もして、時々怪我までしていたのです。けれども、そうしたことを一切したことがなくて、突然この坂をスケボーで下りるのはキツイだろう……リアムの言いたかったのはそういうことでした。

「べつに!あんたこそ、おしっこちびりそうになってるんじゃない!?」

 実際、女の子たちは安全な平らな道を走るか、坂にしてもそう大したことのない小さな坂を駆け下りるくらいなものだったので、グレイスはちょっと物足りなくなっていました。それに、今この目の前にある坂を駆け下りる恐怖よりも……おじさんのことがずっと気にかかり、おじさんの顔ばかりが頭の中に浮かんでいるという状態でもあったのです。

 リアムが、帽子を後ろ前に被り直し、友達に何か合図すると、四人いた男の子たちの中で一番体格のいい大きな子が、リアムの横に立ちました。

「ノーマンが『ようい、スタート!』って言ったら、同時にスタートする。それでいいな?」

「わかったわ!」

 この五秒後、ノーマン・テイラーが「ようい、スタート!バアン!!」と言うと、グレイスもリアムも、片足だけ乗せていたデッキに両足を乗せ、急な坂を駆け下りはじめました。リアムはやはり、体重をうまく移動させる術を知っているので、途中で転んだり片足をついたりはしませんでした。けれども、グレイスは違いました。あまりにスピードがついてしまい、途中で片足をつくか、あるいはスケートボードは放っておいて、自分はうまくそこから下りるか……咄嗟のことで判断がつかなかったのです。そして、そこへ上のほうから車がやって来ました。運送を専門にしている緑色の大きなトラックです。グレイスは、スケートボードのスピードを制御できず歩道から道のほうへそのまま飛びだしていきました。女の子たちが「グレイス!」と気が狂ったように悲鳴を上げ、リアムもデッキから下りて後ろを振り返りました。おそらく、子供たちが上げた声の中で、彼のものが一番大きかったでしょう。

「うわああああッ!!」

 彼は急ブレーキをかけようとしたトラックに、グレイスがぽん、とまるでゴム鞠のように跳ね飛ばされ、石垣に体を打ちつけるのを一番近くで見てしまったのです。そしてリアムと同じくらいか、リアム以上に驚いたのが――当然トラックの運転手のおじさんでした。

 運送会社の緑色の制服を着たおじさんは、急いでトラックを下りてくると、グレイスの元に駆けつけました。すぐにポケットから携帯を取りだし、救急車を呼びます。おじさんのトラックの後ろからも車がやって来、プップーとクラクションを鳴らすと、「うるせえ!それどころじゃねえ!!」とおじさんは血相を変えて怒鳴り返しました。

 それでも、車をそのままにしておけないと思ったのでしょう。「坊主、今救急車が来っから、ちょっと待ってろ」とリアムに言い残して、トラックを移動させに行きました。グレイスの元には、彼女とリアムの友達全員だけでなく、上のほうの公園でこの様子を見ていた子供連れの大人たちまで集まってきています。

 その中の若い男性の一人が、「頭を打ったようだから動かすな!」と言い、グレイスの胸に耳をつけ、次に呼吸を確認し、ほっとした顔になりました。そして彼がグレイスの脈拍をはかっている間に――救急車がやって来たのです。

 こうして、グレイスは救急隊員たちに担架に乗せられ、車の中へ運び入れられました。グレイスの女友達は全員、まるで彼女が死んでしまったかのように泣いていました。グレイスがジーンズのポケットに入れていたパスケースに、彼女の連絡先がありましたので、救命士たちはその場にいた子供たちに「この子の家にはこちらで連絡をしておくから、君たちは帰りなさい」と言ってから急いで車に乗りこんでいきました。その中で唯一リアムが、「お、俺も一緒に行きます。こうなったのは俺の責任だから……」と震える声で言うと、彼の真っ青な顔を見て思うところがあったのでしょう。救命士のおじさんは「じゃあ、一緒に乗りなさい」と許可してくれました。

 グレイスの運ばれた先は、すぐそばの市立病院でした。そこの救命救急科にかかり、まずは外傷の治療が行われ、頭のほうはCTが撮られました。その時点で若い髭を生やした医師に、「命に別状はないし、次期目を覚ますから大丈夫だよ」と言われ、リアムは本当に心の底からほっとしました。この時になってようやく、心臓のバクバクいう音が少しだけ静まってきたほどです。

 そして、病院から連絡を受けたおじさんがノースルイス市立第一病院へ駆けつけたのは、グレイスが救命科のベッドで目を覚まし、医師から診察を受け終わった時のことだったのです。

「グ、グレイス。お、おまえ……起きて大丈夫なのかね?」

 おじさんは頭から取った灰色の帽子を、両方の手でもみくちゃにしながらベッドに身を起こす姪の元まで駆け寄りました。

「ああ、大したことないのよ、おじさん。この頭の包帯もちょっと大袈裟に巻いてあるってだけ。体のほうも打ち身や擦り傷であちこち痛いけど、レントゲンのほうは異常なしですって。だから大丈夫よ」

 実際には、右膝が痛むあまりグレイスは足を引きずってしか歩けませんでしたが、骨が折れているわけではありませんし、いずれ時間とともに良くなると、その点はお医者さんも請け合ってくれていました。

「す、すみません。俺が……スケートボードで勝負しようなんて馬鹿なこと、グレイスに言ったもんだから」

 そう言ってリアムはぐすっと鼻を鳴らしました。パパやママが毎日出かけるたびに「車には気をつけるのよっ!」と口を酸っぱくして言うのでしたが――その言葉はもうリアムにとって耳タコの、意味のないいつもの挨拶でしかありませんでした。けれど今、自分だけ気をつけていればいいわけではないということがよくわかったのです。

「違うわよ。確かに突っかかってきたのはあんたのほうだけど、勝負しようって言ったのはあたしのほうですもの。だから全部あたしが悪いのよ。きっと、おじさんの言いつけを守らなかったから、バチが当たったんだわ」

「言いつけ?言いつけって、一体どういうことだね?」

 おじさんはさっぱり意味がわかりませんでした。おじさんは物を論理的に考えるという能力の面においては、かなり聡明なほうでしたが、この時はもう思考が千々に乱れていたのです。何より、病院から家へ電話が来た時、看護師が口にした「交通事故」という四文字――そのあと、彼女が「命に別状はない」といったことを説明してくれても、おじさんは自分の目でグレイスの無事を確かめるまでは、誰の言うことも信じられないと思っていたほどだったのです。

「ほら、おじさん……いつもはあたしのためになんでも買ってくれるのに、スケートボードだけは唯一ダメって言ったでしょ?おじさん、あたしね、ケイトのお姉さんが使わなくなったボードをあのあともらったのよ。それで、もらい物でも乗っちゃダメだって言われるかもしれないと思って、ずっと隠してたの。いつもは本当に、安全なところで遊ぶのよ。それに遊ぶって言ったって、平坦な道を走ったりとか、坂って言ったって、ちょっとした小さなところを駆け下りるっていう程度だしね。でも、リアムが『そんなの本当のスケートボードの遊び方じゃない』とか言いだして……で、だったら勝負しろってあたしが言って、坂の上から一気に駆け下りるっていう勝負をすることになったの。あたし、途中でボードのスピードについていけなくなって、横のほうにすっ飛んだのよ。そしたら、そこにトラックがやって来て……」

 ――この時トラックに乗っていたおじさんは、この翌日、運送会社の社長とふたりで、豪華な見舞い品とともに頭を下げにやって来ました。けれどもこの日は、会社と連絡を取りあったりなんだりしているうちに、すっかり遅くなってしまったのです。夜の七時ごろやって来た頃には、「もう面会時間は終わってますから」と言われ、いくら「どうしても」と頼んでも聞いてもらえなかったのでした。

「あたし、跳ねられちゃったの。そのあと、リアムのほうの歩道側に体が飛ばされて、そこの石塀にぶつかったのよ。ほら、おじさんもよく図書館に来るから知ってるでしょ?あの図書館の広い敷地を覆ってるのと同じ石塀。そんで、あとのことは意識がないの」

「グ、グレイス……おお、グレイス!!」

 おじさんはベッドの傍らに屑折れるようにして座りこみました。そして、ベッドサイドに腰かけたまま、可愛い姪の手を両手で握りしめて言いました。

「おまえが無事で、本当に良かったわい。病院から電話がかかって来た時は、心臓が止まるかと思ったぞ。ほら、うちはおじいちゃんもおばあちゃんも、おまえのパパもママも交通事故で亡くなっとるからな……グレイスや、なんでわしがおまえにスケートボードだけは駄目だと言ったかわかるかい?可愛い姪の言うことだからな、わしだってみんなが持っとるものを、おまえに買ってやりたかったさ。だけどな、グレイス。うちの家系はもしや……おまえは笑うかもしれんが、車と相性の悪い家系なのではないかとおじさんは内心思っておったんじゃ。だから、なんとなく嫌な予感がしたというのがあって、スケートボードだけはやめてもらいたかったのだよ」

「まあ、そうだったの、おじさん。その話を聞いて、なんだかとっても嬉しいわ。それにあたし、おじさんに嘘をついていたも同然だものね。もうこれに懲りてスケートボードには乗らないから、そのこと、許してくださる?」

「もちろんだとも、グレイス。ただ、スケートボードのことは絶対乗ってはいかんと言うことは出来んが……もう少し安全と交通には気をつけるようにしておくれ。あと、なるべく大人の目のあるところだけで遊ぶとかな」

 おじさんは今回の事故のことで、保護者会にて話しあいをしなくてはならないだろうと考えていました。どこの家庭でも、子供たちの間でスケートボードが流行っているのは知っていたでしょう。けれども、その<遊び方>については、ある程度ルールのほうを取り決めたほうがいいように思ったのです。

「そうね、おじさん。本当にそうね!本当にありがとう、おじさん。こんなに悪い子のあたしを、こんなにもすぐ許してくださって、とっても嬉しいわ」

 このあと、若干我が儘で横暴な性格のように見えたグレイスが、おじさんの胸に抱かれて泣きじゃくる姿を見て……リアムは言葉もありませんでした。ただ、二人に対して頭を下げ、「今日のこと、本当にすみませんでした。また、明日来ます」とだけ言い残し、この日はとりあえず家のほうへ帰ることにしたのです。

「すまんかったな、坊や。まあ、お医者さんも二週間もすれば大分良くなると言ってくださっとるようだし……おまえさんもあまり気に病まないようにな。わしも、坊やのパパやママに電話したり、学校に言いつけてどうこうといったような大事にはしたくないのでな」

「はい!ありがとうございます」

 リアムは帽子を取って頭を下げたのですが、病室を出ていこうとする彼に、グレイスは冷たくこう言い放ちました。

「あんた、明日からなんてもうやって来なくていいわよ!今回のことはあたしが悪いんだし、べつにあんたのせいってわけじゃないんだから。そのかわり、お互い引き分けってことにして、この話はもうしないことにしましょうよ。それでいいわね!?」

 もしおじさんの姿がなかったとしたら――リアムはきっと、「おまえ馬鹿か!?事故にあって何が引き分けだ!」とか「俺のほうがおまえより一個年上なんだぞ。命令すんな!」とか、相手が病人であることも忘れ、色々言い返していたかもしれません。けれども、ぐっと一旦黙りこむと、「いーや!明日も絶対来るからな。覚悟しとけ!!」と言って、病室から出ていったのでした。

 このあと、若い女性の看護師さんがおじさんを呼びに来て、おじさんは別室にて、あらためてお医者さんからグレイスの今の状態の説明を受けました。頭のほうは出血の割に軽症であったこと、けれども大事を取って明日からは小児科のほうへ移れるよう手配したこと、体の打ち身等の怪我は二週間もすれば大体のところ良くなるでしょう……といったようなお話でした。

 おじさんはとにかく恐縮しきって、「姪の命を助けてくださり、本当にありがとうございました」と繰り返しお礼を言い、患者説明室のほうをあとにしていました。看護師さんの話によると、今グレイスのいる部屋というのは、特別室と呼ばれる個室で、部屋がなかったのでとりあえずそこに入ってもらったが、その分の料金はかからないといったことを教えてもらいました。他に、「今日病院にお泊りになりたければ、あとで寝具のほうをお持ちしましょう」とのことでしたので、おじさんは一も二もなく「是非、よろしくお願いします」と言っていたのでした。

 ――この日、「病院食なんてあたし、初めて食べるわ」というグレイスの横で、おじさんはそばのコンビニで買ってきたパンなどを食べ、食後にはグレイスに缶詰のフルーツをご馳走してあげました。きっとおじさんはこの時、グレイスが「おじさん、あたし、アイスが食べたいわ!」とか「スイカが食べたいわ!」と言いだしたとしても、喜んで買いに走っていたことでしょう。

 九時に消灯の時間がやって来ると、グレイスは明かりの消えた暗い部屋で、「おやすみなさい」を言う前に、もう一度おじさんにあやまっていました。

「向こう見ずなことをして、本当にごめんなさい、おじさん。でも、もう二度とこういうことはないってこと、お約束するわ。それに、ここの病院代もきっとすごくかかるわね。あたしがおじさんの言いつけさえ守ってたら、そんなこともなかったのに……」

「子供がお金のことなんか心配する必要はないよ、グレイス」

 おじさんは暗闇の中で、妙にきっぱりそう言っていました。おじさんは今、グレイスのベッドの脇のほうにマットレスや敷布団などを敷き、上にはタオルケットをかけて横になっています。

「それに、怪我のほうも比較的軽症で良かったよ。おまえの身にもしも何かあったら、おじさんは天国で、とてもグレイスのパパとママの顔をまともに見れなくなるところだったからね。きっとパパやママが守ってくれたんだな……とにかくおまえが無事でよかった。そのためなら金なんか、なんの役にも立たない紙切れと鉄クズみたいなものだよ」

「…………………」

 グレイスはこの時、そのまま眠ってしまった振りをしましたが、本当は泣いていました。もしあの時、自分の怪我がもっと重いか、あるいは死ぬか何かしていたら――おじさんはまたパパとママのお墓の前でのように、身も世もなく嘆くことになっていたことでしょう。(おじさんにそういう思いをさせないで良かった)……そう思うと、グレイスは涙がこみあげてきて堪らなかったのでした。

 一方、おじさんはといえば、グレイスは声を立てないようにして泣いていましたから、きっと姪は疲れて眠ってしまったのだろうと思い――とにかく、天国のジャックとレイチェルさんがグレイスを連れていかなかったことに感謝し、また神さまにも、グレイスがあのくらいの軽症で済んだことに心から感謝しました。

(ああ、神さま。わしはただ単に子供の健全な信仰心の育成のためにと思い、グレイスと一緒に教会へ行っていましたが、これからは考え直します。あなたがグレイスのことをわしから取り去らなかったことのために、わしはこれからあなたのためになんでもしましょう。もちろんこれは、わしに出来ることならなんでも、という意味ですが……)

 この時、おじさんには、グレイスが生まれたことで、弟のジャックが何故突然信仰深くなったのか、その理由が前以上によくわかったような気がしていました。この頃、おじさんはグレイスが自分の家にいるのがあまりに当たり前になり……彼女が事によったら自分の前からいなくなるかもしれない、などということは頭にまったく思い浮かばなくなっていました。けれどもそうではなく、家に子供がいるというのは、ただとにかく「神さまの一方的な恩寵」であることがわかったのです。

 おじさんは以前より、浮気や飲酒や暴力といった理由で家庭を壊す男性の気持ちがわからなかったものですが――彼らが自分に言うであろうことはわかっていました。「お宅は結婚というものをしたことがないから、そんなことが言えるのだ」と、その人たちは口を揃えておじさんにそう言ったことでしょう。おじさんにしても、グレイスが家にいることは、楽しいことばかりで煩わしいことなど何ひとつない……ということはなく、色々と面倒なことは確かにあります。けれどもおじさんの場合、それはどちらかというとグレイス自身がどうこうというのでなく、家に子供がいることで、学校や社会といった場所とより深く関わらなくてはならないという、そうした種類の煩わしさでした。

 たとえば、隣家のマクグレイディ夫妻とは、おじさんはグレイスのことがなければ、挨拶をする以上の関係には決してなっていなかったでしょう。また、グレイスが親しくしている子供たちの親とのつきあいなど……おじさんは性格が不器用でしたから、明日一旦家に戻ったら、グレイスが親しくしている子供の親たちに連絡を取り、グレイスの具合のことなどを伝えなくてはならないと思いつつ、そうしたことを「煩わしい」と感じてしまうことは本当にもう、生来の性格としてどうしようもないことだったのです。

 けれどもこの時おじさんは、グレイスの命が助かり、怪我もそう大したことはないということを神さまに感謝するとともに、そのことを思えばそれ以外のことは何ものでもないという強い力がみなぎっていたかもしれません。そしてこの翌日、グレイスが小児科の病棟のほうへ移ると、その気持ちをより強くしました。何故といって、グレイスと同じ病室になった子の中には、もう三か月も入院しているという子や、病状の重い子、あるいはグレイスと同じように車に跳ねられ、骨折した足を天井から吊るしている子など――グレイスが健康で元気な子であることは、おじさんの中でこの時、「ただ当たり前」ではなく、本当に神さまの恵み、恩寵か何かであるようにしか感じられないことだったからなのです。



 >>続く。





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