こじらせ女子ですが、何か?

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惑星シェイクスピア。-【68】-

2024年06月21日 | 惑星シェイクスピア。

 さて、今回は馬上試合の模様ということで、本文のほうが長いです(^^;)

 

 なので、よう実のシーズン3の感想入れられないため、何を書こうかなと思ったんですけど……前から書こうと思ってた言い訳事項についてでも。作中に<コリオレイナス食堂>という場所が出てくるんですけど、シェイクスピア作品の「コリオレイナス」とは一切何も関係ないということでww(これもまた、この小説内における噴飯ポイントのひとつ・笑)。

 

 その~、タイトル「惑星シェイクスピア」なので、このタイトルで「コリオレイナス」と言えば、あのコリオレイナスだろうってな話なので、わたし自身「まあ、とりあえず<コリオレイナス食堂>ってことにしちゃったけど、あとから直せばいいや♪」くらいに思ってたんですよね。でもなんか、<コリオレイナス食堂>って自分的にぴったりしてていいなあ……と思い、名称的になんか落ち着いちゃいまして、となると今度は他のどの名前もいまいちピンと来ないというかなんというか(殴☆)。

 

 せめてもコリオレイナスという作品がどんな内容なのかくらい書けるといいのですが、今回ほんとに前文にほとんど文字数使えないため、ご興味のある方はウィキその他でご確認くださいませといったところかもm(_ _)m

 

 ええっと、あと二千文字くらいしか使えないので、どうしようかなと思いつつ……言い訳事項のふたつ目としては、わたし実際のところ騎士関係のことについてはあんまし調べてなかったり(^^;)

 

 いえ、騎士に関する本っていうのが今いっぱいありまして、結局どの本買おうか迷った&他に中世関係の本で買ったはいいがちゃんと読んでないのが数冊ある&「幻覚剤は役に立つのか」のような、↓の作品には直接関係ないものの、読んでてすっかり夢中になってしまうような本がある……といったせいで、騎士関係のことは後回しになってしまい、大体最初に書いた文章からさして直さずそのまんま――といったような形です。なので、紋章官が審判やってるとかいうのもわたしの勝手なオリジナルですので、参考になさったりされませんようにと思ったりm(_ _)m

 

 もちろん、何もないゼロ地点からこうした試合の模様などは書けませんし、わたしが参考にしたのはスコットの「アイヴァンホー」だったりします。映画の「黒騎士」を見て、世界観その他大好きになり、原作であるアイヴァンホーのほうを読んだわけです。それで、ある程度基本となるルールなどもこちらに書いてあるというか。まあ、騎士と馬上試合や馬上槍試合は切っても切れない関係性(?)から、騎士関係の本を数冊も読めば、このあたりのことはおそらく詳しく出てくるのでないかと思うものの――わたしの場合、そこらへんの本をある程度読めるほど時間がなかったわけです(^^;)

 

 ええっと、あと残り千文字くらいのようなので、さらに言い訳事項を続けますと、馬上試合や馬上槍試合で使われる槍ですが、中世の武器について書かれたものなどを読みますと、槍の先を丸めたものや、穂先に覆いをつけたもので勝負したり(もちろん当然、本物の真槍によって勝負することもある)、馬上試合に関しては特に、映画の「黒騎士」は見て絶対損はないと思います。

 

 最後のアイヴァンホーと彼の敵であるボア・ギルベールとの勝負は、本当に名勝負で見ていて胸がドキドキしすぎるあまり、土器がムネムネってやつです、まさしく映画として視覚的に魅せる関係からでしょうが、小説とも勝負の描き方が違うんですよね。「これでどうやって勝つんだあ~っ、アイヴァンホー!!」というくらい追い込まれるというか。ファンタジー人気隆盛ということもあり、騎士同士が戦うという場面は今後も映画などで描かれるでしょうが、わたし自身は勝手にこの時以上の胸の高鳴りを覚える名勝負は他にあるまい……と、そうひとり決めしてしまってるくらいですから。

 

 あ、あとこれはどーでもいいことですが、シェイクスピアは紋章学に非常に詳しい人だったみたいですね。こちらの本も積んである本の一冊なので、そのうち読みたいと思っております♪

 

 それではまた~!!

 

 

       惑星シェイクスピア。-【68】-

 

 聖ウルスラ祭も七日目となり、ファッションショーの入賞者や馬上試合トーナメントの結果もこの翌日にはわかるというこの日、城砦の町中はどこも――その話題で持ちきりであった。

 

 人々はどこででも、演劇や音楽会の出し物の何が素晴らしかったか、サーカスの見世物で評判になっている白い虎やサーベルタイガーといった猛獣のこと、さらには今年のコレクションで特に見るべき価値のあったものについて、馬上試合で今もっとも白熱しているのが、他州からやって来た三人の騎士と聖ウルスラ騎士団の戦いであることなどなど……どこの通りの飲食店でも旅籠屋でも、男たちが一番熱心に舌戦を繰り広げていたのは馬上試合トーナメントのことだったに違いない。

 

「あの黒騎士のやつぁすげえや。こっちも素人ながらわかるのよ。奴は全然実力なんか出し切らずに余裕を残して勝ってやがるんだ」

 

「青銅の騎士さまだって大したもんだぜ。こう、ビュッと槍が飛んで来たかと思ったら、次の瞬間には馬から相手選手を叩き落としちまった。目にも止まらぬ速さってのは、まさしくああいう攻撃のことを言うんだろうよ」

 

「いやいや、俺さまの推しはなんと言ってもアビギネだね。奴には華がある。時々ハラハラさせるところも実はご愛嬌ってやつなんじゃないかね。なんにしても、奴らに夢中になってるのは俺たち男だけじゃない。ご婦人方もまた、あいつらがどんなお顔をしてなさるのかと想像しては失神してるって話だぜ」

 

「ハハハッ!!そりゃ、冑を脱いだお顔が格好良すぎてってことかい?それとも、イボだらけの怪物みてえなご面相を想像してってことなんだろうかな?なんにしても、いずれそんなこともわかるに違えねえ。この一年に一度のお祭り騒ぎ、この城砦に住んでて見ねえって法はねえぜ」

 

 ……などなど、市民や観光客らはいいかげんな噂話をしては、賭け率が今どのくらい釣り上がっているかを話し、誰それにいくら賭けてこのくらい儲かっただの損しただのと言っては酒を飲み、ガッハッハッ!!と大笑いして盛り上がるのだった。

 

 当然、モントーヴァン家に身を寄せているハムレットたちも、特段情報収集のために通りの店へ繰りださなくとも、このあたりの事情についてはある程度わかっていた。とはいえ、彼らにとって問題だったのは実は勝敗ではないのだ。何分、勝負は時の運――ということもあり、ギネビアはともかくとして、カドールですらも負ける可能性というのは考慮に入れる必要があった。フランツ・ボドリネールも含めた四人全員が勝ち上がることが出来たのは日々の鍛錬と幸運の賜物であったろうが、実は事はこうしたことだったのである。

 

 最終日の決勝戦において、馬上試合トーナメントは最高潮を迎える……ということはなく、一番盛り上がるのはこの前日であるというのはメルガレス城砦に住んでいる者であれば誰もが知っていることだった。トーナメントにおいては結局のところ聖ウルスラ騎士団の騎士団長が、時のメレアガンス伯爵かその子息、あるいは一族を代表する騎士などに負ける――というのは、例年の儀式となっていることだからである。そして最後、馬上試合トーナメントは円形闘技場において、大体のところ次のように結ばれて終わる。

 

 伯爵:「騎士団長としてのそちの武芸、まっこと見事であった。そこで、そちが望むものを何かひとつ叶えてしんぜよう。そちの腕前に対する願い事であれば、この州の半分を与えても惜しくはないゆえに……一体何が良いかな?」

 

 騎士団長:「とんでもございません。伯爵さまのご武芸こそ、まこと見事な手並みでございました。わたくしめも、伯爵さまを見習い、今後とも聖ウルスラ騎士団を挙げて稽古に励みまする。しかして、わたくしめの望みと言えば、それはとりもなおさず閣下のご繁栄、引いてはこのメレアガンス州がさらに富み、平和であることのみでございます」

 

 伯爵:「うむ。よくぞ申した。余もそちのような忠誠心厚き家臣を持ったこと、まっこと誇りに思うぞ」

 

(大体このあたりで、出入り口から巫女たちを率いた巫女姫が神官の担ぐ御輿に乗せられてやって来る。そして、巫女姫の祝福を受けるため、伯爵も騎士団長も彼女の前に跪き、今後ともここメレアガンス州に繁栄と平和があるようにと共に祈るのだ)

 

 ――というのが、聖ウルスラ祭の最終日にある、毎年ある決まりきった儀式なのだったが、こののち、巫女姫は神官が担ぐ御輿に乗ったまま、巫女たちを従えて町の通りを練り歩き、花びらを撒き散らしながら沿道の市民らを祝福し……こうして一年に一度の聖ウルスラ祭はクライマックスを迎え、終焉へと至るわけである。

 

 だがもし、常識をわきまえぬよそ者の騎士らが聖ウルスラ騎士団の騎士たちをひとり残らずと言わずとも、その一角を崩すような形によってでも勝利したとしたらどうであろうか?フランソワ・ボードゥリアンは自分と戦う予定のフランツ・ボドリネールのことでは何も考えなかったが、連日黒騎士と青銅の騎士と白銀の騎士の勝利について聞くたび、ある種の焦燥を覚えるようになっていたわけである。

 

 唯一、メレアガンス伯爵のみ、「余はそなたらの勝利を確信しておるぞ。ウリエール卿あたりが何かとうるさく言ってくるかもしれんが、あまり気負わずにな」と慰めの言葉をかけてくださったが、連日あちこちの貴族の使者が手紙を片手に幕営へやって来るのには辟易したものである。手紙のほうには、自分の家へ食事に来るよう短く招待の言葉が書かれているか、「あの無様な騎士らの戦いぶりについて、申し開き願いたい」とはっきり書いてある場合もあった――が、どちらにせよ、同じことである。彼らは「このままでは聖ウルスラ騎士団の名折れだ」ということについて、一くさり騎士団長であるフランソワに文句を言いたくて呼びつけるのに過ぎない。

 

 フランソワは、準決勝戦で当たる四人のうち三人までが「ワイルドカード」であるのに驚いたが(こんなことは、聖ウルスラ祭はじまって以来初めてのことである)、それでも、自分以外の他の三人の騎士の腕前については信頼していたし、上からも下からも押される中間管理職の上司よろしく、彼らのことを叱り飛ばしたり、愚痴をこぼしてのち渇を入れる……といったみっともない真似はあえて一切しなかったのだ。

 

 聖ウルスラ祭第七日目の円形闘技場は、例年以上の熱気に包まれていたと言って良かっただろう。約二万人を収容できるスタジアムは連日満席だったが、どうしたことか、この日は特に通路に至るまで人がびっしり座っており、前日に増員された警護兵らは、喧嘩や騒ぎが起きぬよう怠りなく警戒し、同時に観客の流れが詰まったりして事故に繋がらぬよう注意深く目を光らせていたものである。

 

 こうした中はじまった第一試合は、ランスロットVSリチャード・ドーン・マイヤンスのものであったが、試合のほうは長い打ち合いの末、ランスロットの槍の柄が折れた。これがもし戦場であったとすれば、彼は従者の武器持ちから新しい槍を受け取っていたことだろう。さらに言えば、試合用の槍は柄の部分が木製なのである。だが、ランスロットが普段愛用しているのは六尺ばかりもある槍の先だけでなく柄の部分もすべてが鉄製のものであった。だが、試合のルールによれば、武器のほうは最初に持っていた槍か腰の剣のいずれかのみということになっている。

 

(少し油断したかな)

 

 そう思ったランスロットは、黒馬を後ろに下がらせ、若干距離を取ると――腰の剣を抜くと同時、一気に勢いと速度のついた馬で敵に襲いかかっていった。この時、マイヤンスのほうでも(所詮ワイルドカードに過ぎぬ)と油断した向きがあったのだろう。彼はこの電光石火の人馬一体の動きについて来れなかった。

 

 ランスロットがマイヤンスの槍を一撃の元に弾き飛ばすと、それは遠くの地面に力なく落ちた。無論、この隙をついて相手の首を取るなり馬から地に打ち倒すなりすることは、ランスロットには容易く出来たことだろう。だが、彼はあえてマイヤンスが剣を抜く時間を与えるために、馬首を翻し、背中を見せることさえしたのだ。

 

(うぬうっ。なかなかやるな……)

 

 マイヤンスは他の三名の騎士同様、どのみち騎士団の内の誰と当たろうと結局は勝利するだろうことがわかっているがゆえのシード選手なわけである。また、マイヤンス家はその実力により、代々聖ウルスラ騎士団において四天王の一角を占めるような地位を代々築いてきてもいる。ゆえに彼はこの時、名門騎士の誇りにかけても決して負けるわけにはいかなかった。

 

 だが、息を飲むような剣と盾による攻防ののち、勝利したのはランスロットであった。観客の目にはおそらく、マイヤンスとランスロットの戦いは中盤まで互角であるようにしか見えなかったことだろう。剣の打ちあいにおいても互角なら、ふたりとも盾の使い方も実に巧みであった。だが、最後の最後、ふたりの勝敗を分けたもの――それはおそらく、馬術においてランスロットのほうが明らかに上だったことによるものと思われる。

 

 マイヤンスは馬の操り方も実に巧みだったが、華麗とまでは呼べなかったに違いない。彼の栗毛の愛馬はランスロットの黒馬のように、主人の意図を先回りして動くまでのことはなく……マイヤンス自身が疲れを覚え、それに比例するように馬のほうでも動きのほうが鈍く、荒くなるという致命的な一瞬があった。

 

 こうして、ランスロットはマイヤンスに盾を使う隙を与えず回り込むと、彼の腕から素晴らしいタイミングによって剣を弾き飛ばしていた。この瞬間、ランスロットにそれまで負けてきた他の聖ウルスラ騎士団の騎士たち同様、マイヤンスもまた(確かにこれは完敗だ……)と、潔く負けを認めぬわけにいかなかったものである。というのも、自分がランスロットであったならば、もっと荒々しく乱暴に相手を攻撃していたことだろう。だが、マイヤンスは最後の一撃にランスロットが「手加減した」という余裕すら感じ、そこに宿る騎士道精神についてもまた、舌を巻かざるをえなかったのである。

 

 とはいえ、マイヤンスはてっきりこの体格のいい黒騎士が――自分と同じ三十代半ばくらいであろうと思っていたものの、まさかずっと年下であるとまでは想像してもみなかったわけであるが。

 

   *   *   *   *   *   *   *

 

 さて、第二試合は青銅の騎士テオドールVSガラン・ル・ブルゴワンである。この時、ランスロットが勝利したことにより、カドールは少しばかり気楽に円形闘技場へ入場することが出来ていたが、逆にブルゴワンのほうでは、自分よりも槍の腕前が上であると認めるマイヤンスが敗れたことにより――気持ちが急いているところがあった。

 

 聖女ウルスラの名を冠する、自分たちの城砦を守る騎士たちが日々敗れているというのに、観客席の客どもというのは実に無責任なもので、試合結果に親指を下げるでもなく、黒騎士の勝利にやんやの喝采を送っている。(なんという奴らだ)と、ブルゴワンは苛立った。(もしこのメルガレス城砦が攻囲されるという事態でも起きたとすれば、命懸けで市民らのことを守るのは我々なのだぞ。それなのに、冑の奥の凛々しい眼差しがどうこう、連日くだらぬ噂話ばかり播き散らしおって。断じて許せぬ……今日こそ目にもの見せてくれん!!)

 

 ル=ブルゴワン家もまた、マイヤンス家やアスブルモン家同様、名門騎士の家系であった。幼き頃より剣術と槍の扱い、それに体術を痣や傷や怪我とともに教えこまれ、ひとつ間違えば死んでいたのではないかと思われるほど、ガロンの父の四人息子に対する教え方は厳しいものであった。結局、四人いた息子のうちものになったのは上のふたりだけであったが、この上の兄弟ふたりは実に仲が悪かった。とはいえ、ガロンは次男であったから、家督を継ぐことになるのは長兄のルシヨンとなるはずである。その上、騎士としての腕前まで兄に劣るというのでは自分の存在意義がまるきり薄くなってしまう……ガロンはその一念によって、自己の存在証明を得るためにも、今の今まで厳しい鍛錬を欠かしたことはなく、また彼ほど試合において貪欲に勝ちを求める者はないくらいだったのである。

 

 結局のところ、家督のほうを継いだのは慣例通りルシヨンでも、父親が本物の騎士の中の騎士としてその存在を認めたのは次男のガロンのほうであった。彼としてはそれで十分であったが、そうなると今度ルシヨンは、下の弟ふたりを味方につけ、父亡きあとは家族の中で何かとガロンのことを除け者として扱うようになっていったわけである。

 

 父がその遺言により、ガロンにもっとも多く遺産を残したことは幸いであったが、それがまた他の三人の兄弟の嫉妬を買うことになり――ガロンは今二十八歳であり、妻も子もある身であったが、騎士であるにも関わらず、一族の中ではやや孤立した立場だった。というのも、彼ら兄弟四人はみな、貴族らしくプライドが高く、互いに「もう少し土地の収益のほうを都合してくれ」といったようには、決して頼むことはないという関係性を保っていたからである。

 

 また、ガロン・ル=ブルゴワンは聖ウルスラ騎士団内において短気で知られる男でもあった。雷のように怒りっぽくもあったが、その代わり一度怒りが解けたあとは腹には意地の悪いところは何も残らない……というわけで、彼の操り方を心得ている者たちにとって、そのわかりやすい欠点さえ看過することが出来れば、ガロンは実につきあいやすい、いい意味で単純な男だったと言えたに違いない。

 

 こうしたガロンであったから、今までテオドールに煮え湯を飲まされてきた騎士たちの忠告に耳を傾けるということはなく、(あいつらは今年の聖ウルスラ祭も例年通りと、たるみきって鍛錬に手を抜いたから負けたのだ)と、そうひとり決めしていたわけである。

 

 ゆえに、聖ウルスラ騎士団の名誉のためと、最初から気が逸り、勝ちを急いていたことが――もしかしたらガロンに、真の実力を最初から発揮する機会を奪う結果を招いたのかもしれなかった。何分、青銅の騎士テオドールことカドールにしてみれば、仲間の内ひとりが勝ち上がってフランソワ・ボードゥリアンと当たれば良かったのであるから、(究極負けても、なんの支障もなし)というわけで、気楽にこの試合のほうへ臨むことが出来ていたわけである。

 

 最初、ガロンの打ち込みがあまりに激しかったため、青銅の騎士は防戦一方であった。そして、ロットランスに続きテオドールの槍の柄までが折れた。このことにはおそらく理由があったものと思われる。というのも、彼ら四人はシード選手として、今まで二試合しかせず力を温存してきたかもしれないが、かたやランスロットやカドールらは連日強敵を相手に戦ってきた。そこで、ずっと使用してきた槍が弱ってきていたのであろう。ガロンはその一瞬の隙を逃さず襲いかかってきたが、カドールは巧く馬を操り、その会心の一撃を避けた。さらには、馬を前脚によって高く立たせると、勢いをつけて盾によってぶつかり、ガロンの槍を今度は逆にへし折ってやったわけである。

 

 観客席のほうでは、ガロンの攻勢があまりに激しかったため、青銅の騎士テオドールもここまでかと、最初は誰もがそう思い、彼に大金を賭けた者らは誰もが肩を落としていた。だが、テオドールが冷静な判断により、すぐ試合のほうを互角に戻すと、賭け金のことすらすっかり忘却の彼方とばかり、今度は「おお~っ!!」という大きなどよめきに観客席は揺れたわけである。

 

「チッ。なかなかやるようだが、それもここまでだ!それというのも俺は、槍よりも剣の扱いのほうが上手いからな!!」

 

 ガロンは誰にともなく冑の中でそう呟くと、素早くカドールに向かい襲いかかっていった。この時も青銅の騎士のほうでは防戦一方に追い込まれ、盾によって防ぐのが精一杯、とても攻撃に転じることは出来ぬように見えたものであった。ところが――鞍の上の主人の激しい動きに馬のほうがついて来れないというのは致命的であったに違いない。無論、ガロンが大切にしていた鹿毛は、十分訓練を積んでおり、彼がこの馬を愛しているように、馬のほうでも彼のことを深く愛していたことだろう。だが、ガロンが勝ちに急くあまり、無理のある体勢から剣を繰り出そうとした時……一瞬馬のほうでよろめき、それが彼の隙を作るという結果を生んだ。

 

(ランスロット!俺はおまえのように、紳士的に勝つような余裕まではないぞ!!)

 

 カドールはそう思い、その隙を逃さずガロンの体を盾から身を乗り出して激しく打った。戦争の時とは違い、殺し合いではなくある一定のルールにのっとった試合であるため、聖ウルスラ騎士団は比較的軽装による、華麗な動きのほうを重視した装備であったが、それでも体を覆う鎧はすべて鋼鉄製である。ゆえに、カドールは遠慮なく思い切り剣によってガロンを打つことが出来た。<刺す>というのではない。重い剣による重量級の一太刀が、馬のよろめきとともにガロンを襲い――彼はその衝撃とともに落馬したわけであった。

 

 一瞬、ガロン自身、何が起きたかわからぬくらいであったろう。観客席の観客たちも、その一瞬、水を打ったように静かになった。その直前まで盛り上がりに盛り上がり、声を張り上げていた男たちも、この時何が起きたのかわからなくなったようである。だが、レフェリーである紋章官が、大きくテオドール側に旗を振り上げると、再び観客席からはどっと歓声や雄叫びが沸き起こり、口笛や拍手とともに青銅の騎士の勝利を褒め称えたわけであった。

 

「くそッ!くそッ!!何故だっ。どうして肝心なところで……」

 

 従者のひとりに馬の世話をまかせると、ガロンは幕営に戻り、冑を床に叩きつけそう叫んだ。彼の敗北を責める者は誰もなかったが、その場にいた聖ウルスラ騎士団の全員が重苦しい空気に包まれていたのは事実である。ここのところ、彼らの鍛錬がなっていなかったというのは、おのおのがそれぞれ認めるところではある。だが、騎士団内における実力者であるマイヤンスに続き、ル=ブルゴワンまでが敗北を喫するとは……次こそは負けられないというのは、その場にいる誰もが口にせずともわかりきっていることであった。

 

「だが、アビギネはあの三人の騎士たちのうち、比較的弱いほうなんじゃないか?」

 

「弱いだって!?そいつに、俺たちのうち一体何人が負けたと思ってるんだ。ええっ!?」

 

 アビギネに二回戦目で負けたアストラッドという名の騎士が、同僚のマーシャルに食ってかかるようにそう言った。幕営の空気のほうは今日ほど殺伐としていたことはなく、フランソワとしても部下たちをどう諌めたものか困惑せざるをえなかった。

 

「第一、フランツの奴は一体どうしちまったんだよ!?聖ウルスラ騎士団の幕営のほうへ顔を見せにきたのは、最初の一日目くらいのものじゃないかったか?あいつはあれでも一応副騎士団長だってのに、ボードゥリアン騎士団長に勝てなければ退団するだかなんだか……寝言は寝てから言えってんだ!!」

 

「フランツのことは何も問題ないだろう」と、フランソワはほっとしたように、ジュール・オ・ヴールドという騎士に答えて言った。彼は中堅クラスの騎士で、尊敬するマイヤンスに対して、どのみち本気でぶつかれば負けるとわかっていることから――勝利を譲るような形で負けていたのである。「俺も、あいつが本気でぶつかってくるなら、それ相応に騎士としての礼節から本気で当たらねばなるまい。だが、あいつが仮に俺に負けたとしても、フランツがその前に口にしていたことなどは快く忘れ、もう一度仲間として迎えてやってくれないか?確かにフランツは、ここのところ腕前のほうを上げたということだけは間違いのないところだし……あいつなりに副騎士団長として、俺たちに鍛錬のほうがぶったるんでおるぞと、もしかしたら渇を入れたかったのかもしれん」

 

 幕営内は一瞬シーンとしたが、そのうちあちこちから「騎士団長がそう言うなら……」といったように、不承不承といった体で誰もが頷き、フランツ・ボドリネールを騎士団内から排斥しようという声は誰からも上がらなかったものである。

 

 やがて、一時間休憩を挟み第三試合がはじまる頃合になると、聖ウルスラ騎士団の面々はアルゴン・ド・アスブルモンに応援と気合の掛け声を与え、騎士専用の観客席のほうへ着席するということになった。フランソワは次にフランツと当たらねばならぬ関係性から、本来であれば鎧や冑を身に着け、待機していなければならなかったが、アスブルモンの戦いぶりが気になるあまり、鎧姿のまま冑を脇に抱え、観客席の最前列に座ることにしていた。何も、アルゴンまでもが負けるのでは……と危惧していたのではない。ただ、騎士として彼らふたりの戦いぶりを見ずに済ませる気には到底なれなかったのである。

 

 騎士たち専用の座席は、伯爵夫妻や巫女姫、さらには貴族たちが座している貴賓席の向かい側にあるのだったが、間に闘技場の広場を挟むため、彼らの間は距離として軽く五十メートルは離れていたろう。だが、フランソワの目には当然、伯爵夫妻の煌びやかな服装と周囲を圧するほどの高雅な雰囲気が見て取れたし、彼らの隣に少し離れて座る巫女姫と、彼女の側近、それに後ろの巫女たちの麗しの姿とが――ありえぬことではあるが、白檀の香りに似た祭壇の香の匂いとともに漂ってくるような気さえしたものである。

 

 さて、観客席の誰もが固唾を飲んで見守る白銀の騎士アビギネVSアルゴン・ド・アスブルモンの試合のほうであったが、この前日、ランスロットもカドールも「怪我をする前に負けろ」と、何度となく口を酸っぱくして言っていたものである。「ここまで勝ち上がってくることが出来ただけでも奇跡だ」とも……だが、騎士としての実力を認めてもらえぬギネビアは例の如く憤り、「正々堂々と聖ウルスラ騎士団の騎士と戦い、必ず勝利をこの手にしてみせる!!おまえらこそ、負けて見苦しい泣きっ面をこのわたしに見せるんじゃないぞ!!」などと怒鳴っていたくらいである。

 

 アルゴン・ド・アスブルモンもまた、アビギネと同じく白銀の鎧を身に着けていたが、彼らふたりが対峙しても、観客席に座っている者は誰も、どちらがどちらか見間違えるということはなかったろう。何故といえば、同じ白馬に跨っていたにせよ、彼らふたりは明らかに体格のほうが違いすぎたからである。

 

 レフェリーである紋章官は、ふたりの騎士に対し「騎士道精神にのっとり、正々堂々と戦うことを誓うか」と訊き、アビギネとアラゴンがそれぞれ「誓う」と述べると、メレアガンス伯爵家の旗と聖ウルスラ騎士団のそれが振られ、本日第三試合目の馬上試合が開始されることと相成った。

 

「あいつは出来るぞ」

 

 ランスロットは自分の試合が終わると、旅籠へ戻ってすぐに着替え、円形闘技場まで戻って来ていた。また、それはカドールにしても同様であったが、ふたりはともに聖ウルスラ騎士団の手の者が尾行してきたこともあるのを、当然知っていたのである。だが、最早馬上試合も終わりに近くなり――彼らにしても今であれば面が割れてもそれほど困ることはなかった。ゆえに油断していたということもなかったが、とにかくふたりともギネビアのことが心配で、すぐにも取って返してきたわけである。

 

「わかってるさ。あのアルゴンだかアラゴンとかいう奴とは、ランスロット、俺かおまえのどちらかが当たるべきだったんだ」

 

 ふたりは、無駄とわかっていながら、それでも「なるべく早い段階で巧くあいつに負けるよう」説得したわけであるが、互いに気が気でなかった。アルゴン・ド・アスブルモンは他の「ワイルドカード」の選手のひとりを、最初の槍の一突きで失神させ、地面に倒しているほどだったのだから。

 

 他に、聖ウルスラ騎士団の騎士の中にもひとり、アスブルモンと何号か打ち合った末、最後にはやはり槍の一撃によって肩に大怪我を負った騎士がいる。この点に関し、アルゴンは相手騎士にあとからあやまりはしたが、内心ではあまり悪いと思ってなかったものである。というのも、彼は生粋の騎士道精神の持ち主であったからだ。ゆえに、聖ウルスラ騎士団内における綱紀の乱れについては以前より苦々しく感じているところがあり、相手騎士のコナン・ド・クインシーはフランソワ派の騎士であったが、妻子ある身でありつつ娼館通いをしているあたり、彼にはまったく気に入らぬ男だったのである。

 

 こうした点から言っても、聖ウルスラ騎士団内におけるアルゴンの立場は微妙な中立という形を取るものだったといえる。彼はフランソワ派にも与せず、かといってサイラス派の残りの者たちとも意気投合せず、他に十数名いる中立の立場を取る騎士のひとりであったと言えたに違いない。

 

 アルゴンはすでにアビギネの試合をいくつか見ており、(自分の敵ではないな)と感じていた。槍の威力はさほどでもなく、剣の使い手としてはなかなかであり、馬術についてのみかなりのところ優れている――その総合力と勝負は時の運の「時」が味方し、おそらくはここまで勝ち上がって来たものと思われた。

 

(だが、他の選手らのように、切り結んで一撃の元に倒したのでは、観客席の観客らもつまらなかろうしな。何より、伯爵夫妻の御前試合でもあるし……少しは優雅な武芸とともに楽しんでいただかなくてはなるまい)

 

「どうした!?臆したかっ、聖ウルスラ騎士団の騎士よ!かかって来ないのであれば、こちらからゆくぞっ!!」

 

 アビギネは白馬の腹に拍車をかけると、槍を片手で一回転させ、威勢よくアルゴンに打ちかかっていった。彼は難なく、子供の相手でもするようにアビギネの打撃を受け止め、ふたりはまるで優雅に舞踏でも演じるかのように、暫くの間は息もぴったりと槍により何号となく打ち合っていたものである。

 

(こいつ……っ!!わたしをからかっているんだな。ならばそのこと、必ず後悔させてやるっ!!)

 

 実をいうとアビギネと適当に打ち合いながらアルゴンが考えていたのは、次のようなことだった。彼は骨の髄まで騎士道精神を重んじる男なので、主君である伯爵夫妻や、結局のところ騎士らに高額の給金を支払っているにも等しい貴族方を楽しませ、「見事!!」と最後には拍手を持って迎えられるような戦い方をしなければならぬと考えていたのである。

 

 その結果――ある程度アビギネと呼吸を合わせて戦い、騎士としての武芸を披露したのちは、一撃の元にこの白銀の騎士を地面に引き倒し、最後にはその冑を奪い、衆目にその敗北した顔を晒し、悠々と出口へ向かうというのが、誰にとっても「流石は聖ウルスラ騎士団の騎士よ」と唸らざるを得ない勝ち方だと思ったのである。

 

(よし、それでいこう!!)

 

 アルゴンは戦略のほうが定まると、アビギネと互角に戦う振りをするのをやめ、白銀の騎士の槍をそれまでになく強く鋭い一打によって絡め取り、彼から槍という武器を奪った。

 

 アビギネはすかさず腰の剣を抜いたが、アルゴンのほうでは口で(かかってこい!)と言うかわりに、槍の穂先をちょいと振り、そのように余裕で合図していたものである。途端、カッと頭に血の上ったアビギネと、アルゴンは激しい打ち合いとなった。とはいえ、長剣でないこともあり、槍のほうがリーチは長く、このあともアビギネはアルゴンに何度もフェイントをかわされたり、逆に自分は彼のフェイントに引っかかって落馬しそうになるなど、その明らかな実力差によって弄ばれていたものである。

 

「はははっ!!やっぱり流石は聖ウルスラ騎士団の騎士さまだべな!!」

 

 と、メレアガンス州の田舎からやって来た農民が笑い、他の観客席の者たちもどっと笑っていたものである。円形闘技場はすり鉢状になっているため、試合場には案外客の声のほうがよく聴こえてくるものなのだ。だが、試合に集中しているアビギネには、自分が笑われているらしいことくらいはわかったが、今の彼女はそんなことすらどうでもよいほど追い込まれた状況だったわけである。

 

 だが、アビギネは、昨日のロットランスとテオドールの説得の言葉のことなどは、この時ですらも一瞬も思い浮かぶことはなかった。ギネビアはただひたすら貪欲に、目の前の相手騎士に勝つことしか頭になかったのである。

 

 やがて、アルゴンは(そろそろ遊ぶのにも飽きた)とばかり、自ら槍を地面にぽいと捨てた。腰から剣を引き抜くと、ドッとばかり勢いをつけ、馬を踊り上がらせ――アビギネに容赦なく襲いかかっていく。

 

 この時、何号目かの打ち合いで、アビギネは篭手(ガントレット)のあたりを打たれると、剣のほうも槍に続き地面に落としていた。普通に考えれば、これで試合のほうはジ・エンドといったところであったろう。だが、アビギネのほうではまだ勝ちを諦めていなかったし、さらにはアルゴンのほうでも自分で考えた試合の決着のシナリオに拘っていた。このことが……ある意味滑稽な悲喜劇を生むということになる。

 

 アルゴンはアビギネの正体をさらそうと、その顔を覆う冑を外そうと苦闘し、一方アビギネのほうでは(それだけはなるものか!)と抵抗した。こうしてふたりの騎士は互いに馬上で揉み合いを演じることになったわけである。

 

 それでも、もしアビギネのほうで「なんだ、おまえ!もう試合の決着のほうは着いたんだからこんなことはよせっ!!」とでも叫んでいたとすれば――アルゴンも白銀の騎士の赤い房の着いた冑を奪うことにさして執着しなかったに違いない。だがアビギネのほうでは(そっちがその気ならっ!)とばかり、今度は彼女のほうでもアルゴンの冑を奪いにかかったわけである。

 

 アルゴン・ド・アスブルモンは困惑した。せっかくここまで優雅に華麗に自分の武芸を披露して来たというのに……このような争いは騎士らしくないどころか、みっともないにも程がある。彼は一度アビギネから離れると、紋章官の判定を仰ごうとした。なんにせよ、自分の勝利はすでに確定しているはずである。だが、紋章官のほうは騎士アスブルモンの勝ちを宣告するため、この段に至っても彼の側に旗を上げることはなかったのである。

 

(一体どういうつもりだ!?オーヴァリーの奴め……)

 

 実は、事はこうしたことであった。紋章官マルセル・フォン・オーヴァリーはアルゴンとも騎士団内において親しい間柄にある。彼もまたアルゴンと同じく、フランソワ派にもサイラス派の残りの騎士らにも与しない中立派の騎士であった。ゆえに、彼は迷ったのである。普通に考えたとするならば、すでに勝負は決しており、勝ったのはアルゴン・ド・アスブルモンであるはずだった。だが、オーヴァリーはあくまで公正を期さねばならぬ立場であることから――騎士団内において親しい間柄にあるアルゴンに素早く勝利を与えた、といったように誤解されはしまいかと感じたこと、さらにはこれだけはっきりした実力差があることから、アルゴンがさらに間違いなく彼が勝ったという最後の一打を繰り出してきそうだと感じたことが……マルセルが勝利の旗をすぐ上げなかった理由だったのである。

 

 結果、アルゴンは紋章官オーヴァリーの判定を伺う一瞬の隙を突かれ、アビギネから冑による強烈な一打を食らった。果たしてこれがルール違反となるのかどうかは、その場にいる誰にもわからなかったに違いない。というのも、冑による頭突きで相手騎士を倒そうとした者など、馬上試合において今までひとりもいなかったからであるし、それ以前に相手騎士の冑を取ろうと拘ったのはアスブルモンのほうだったからである。

 

 アルゴンはこの時、(もうすでに自分は勝った)として、馬を後退させると、アビギネから距離を取ろうとした。だが、アビギネは「まだ勝負はついていない!!」とばかりアルゴンに追い迫ろうとし……アルゴンは(何故マルセルは私の側に勝利の旗を上げないのだ!?)と戸惑いつつ、闘技場内を馬で駆け回るということになった。

 

「待てええっ!!まだ勝負は着いてないぞ、この腰抜け野郎めっ!!」

 

 腰抜け野郎めっ!とまで言われても、アルゴンはやはりアビギネから逃げ続けた。こうなるともう、観客席の客たちは――特にアビギネに大金を賭けている者たちは――やんややんやの喝采をこの白銀の騎士に送り、声を限りに応援しはじめたものである。

 

「どうした、アスブルモンっ!!貴様も騎士なら、正々堂々と戦えいっ!!」

 

「そうだ、そうだっ!!まだ勝負のほうはついちゃいねえぞうっ!!」

 

「がんばれ、アビギネっ!!おまえにおりゃあ、先月分の給金全部賭けちまってんだからなあっ!!」

 

 このあと、アビギネが逃走するアルゴンの白馬に追いつき、彼の横腹のほうをドカッと押して突き飛ばした。騎士らしくない戦い方ではあるが、それでも紋章官オーヴァリーは反則とまでは思わなかったらしい。何故なら、もし互いに槍を失い、剣を失った状態であったとすれば、肉弾戦によって決着を着けるということになるからである(もっともこの場合、アルゴンは自ら地面に槍を捨て、さらには自分から剣を鞘に収めていたのであったが)。

 

 この時、結局のところアルゴン・ド・アスブルモンはどうするのが彼にとっての正解だったのだろうか。おそらく、それはその場にいる誰にもわからぬことだったに違いない。とにかくアルゴンは、『騎士らしい優雅さや華麗さ』による『騎士らしい勝ち方』に拘るあまり、横腹を突き飛ばされるという技まで繰り出されていながら――アビギネにやり返すことまではしなかったわけである。

 

 アルゴンはこの時、マルセル・フォン・オーヴァリーに抗議するため、自ら馬を下りていた。すると、すかさずアビギネも白馬から下りてくる。彼女にしてみれば、これは『地上で肉弾戦によって決着をつける』の意味に取れたのだし、一方アルゴンのほうではやはり(もう勝負は着いているというのに、頭おかしいんじゃないのか、コイツ!?)としか思えぬことだったわけである。

 

「マルセル、この気違いをどうにかしろっ!!」

 

「気違いったって……」

 

(勝負はまだ続いてるようだぞ)とも言えず、マルセルはまごついた。一方、アビギネはアルゴンと彼のふたりを同時に相手にしてでも勝とうとするかのように、気合満点、「うおおおっ!!」と叫ぶなり、闘牛よろしくアルゴンのことを背中から突き飛ばして地面に引き倒した。アルゴンにはもう、何がなんだかわからなかった。この日の朝には、伯爵夫妻の御前にて、さらには自分を応援してくれる美しい妻、それに小さな息子ふたりの前で――自分が騎士として颯爽と格好良く勝利するところしか思い浮かべていなかったというのに……。

 

(これは悪夢だ……現実じゃない。きっとただの悪夢なんだっ!!)

 

 アビギネが自分の上にのしかかり、とうとう最後にアルゴンの冑をむしり取ると――観客席は総立ちとなり、「アッビギネ!アービーギネッ!!」と、勝利の大コールとなった。

 

 オーヴァリーは溜息を着くと、「すまん、アルゴン。おまえの負けだ」と宣告し、アビギネ側に勝利の旗を高々と誰の目にもわかるようにサッと掲げていたものである。このことには、流石にアルゴンも一瞬にしてカッと頭に血が上った。

 

「おまえは一体なんなんだ、マルセル!?おまえの審判としての目は節穴か?さっき、俺が間違いなく勝ったという瞬間に、何故即刻俺の勝利を宣言しなかった!?」

 

「落ち着けよ、アルゴン。俺はてっきり、さっきの時はもうおまえが完全に勝ったと思ったよ。だが、だったらなんでアビギネの奴の冑を取ろうとなんかしたんだ!?そうなったら、試合はまだ続いてる思うのが紋章官としての俺の仕事ってもんだ。とにかくな、観客席はもうアビギネの勝利だとしか思ってない。ようするにおまえは格好つけすぎたんだよ。こんな中で俺がおまえの勝利を宣言したらむしろ、同じ聖ウルスラ騎士団に所属する者同士の、判官びいきだと思われ、る………」

 

 この時、アルゴンは頭に来るあまり、急いで籠手を外すとマルセルのことをぶん殴った。すかさず、腰の剣を抜くマルセル。アルゴンもまた腰の剣を抜いた。ふたりは暫く激しく打ち合っていたが、この時にはもう――正確には、紋章官が自分の勝利を宣言した三秒後には――アビギネは自分の馬に跨り、観客席の声援に応えるような形で颯爽と闘技場を後にしていたのである。

 

 あとには、醜く言い争いながら剣を交える騎士ふたりの姿が残された。だが、いいかげんな観客席の客たちは「いいぞいいぞ、気が済むまでやれえっ!!」だの、「まったく、騎士なら潔く負けを認めりゃいいのによおっ」だのと叫んだり、勝手に呆れたりしていたものである。

 

 この予想外の展開に、頭が痛くなったのは当然、騎士団長のフランソワ・ボードゥリアンである。彼は部下たちに命じると、闘技場へ下りていって紋章官マルセルと騎士アルゴンの喧嘩を止めるよう命じた。二十数名ばかりの騎士たちがマルセル、アルゴンそれぞれの体を抑えこみ――彼らはなおも男らしくなく文句を言い続けるアルゴン・ド・アスブルモンを、場外まで無理やり引きずっていったわけである。

 

(やれやれ。次が俺とフランツの試合でなかったら、もっとうまく采配しているところだが……まさか、アルゴン・ド・アスブルモンともあろう者が、我を忘れてあんな無様な醜態をさらすことになろうとは……)

 

 この時、フランソワはフランソワで、馬上試合に向け、どうにか気持ちを落ち着かせなくてはならなかった。一方、この騎士団長の試合相手であるフランツ・ボドリネールは、闘技場の控え室のひとつで、神に祈りつつ自分の試合の番がやって来るのを待っていた。ゆえに、彼は場内の騒がしい気配によって(何か異変があったようだ)と察してはいたが、そちらには気を散らさず、ただひたすら祈りに専心していたのである。

 

(ああ、神さま。それに騎士の聖人であるエドワールよ……我を強め、騎士団長フランソワ・ボードゥリアンに打ち勝つ力を授け給え。さらにはそのことで我々に正義のあることが誰の目にも明らかとされますように……)

 

 だがこののち、セドリックが試合の開始を知らせるためにやって来ると、フランツは驚いた。彼の瞳は何故か常ならぬ喜びに輝いて見えたからである。

 

「どうしたんだい、セドリック?」

 

「驚きなさいますな、フランツさま。ギネ……じゃない。アビギネさまがお勝ちになったのでございます。あの、アルゴン・ド・アスブルモンに……!!」

 

「な、なんだって!?」

 

 セドリックは、あとはもう冑を装着すればいいという格好で、ベンチに座ったまま両手を組み合わせて祈っていたのだが――その瞬間、自分の祈りが聞き届けられたと知り、すっくと立ち上がり、神のこの素晴らしい御業を褒め称えた。というのも彼は、今この瞬間まで、黒騎士ロットランスことランスロット、青銅の騎士テオドールことカドール、さらには白銀の騎士アビギネことギネビアの勝利のためにずっと祈っていた。だが、ランスロットとカドールは自分の祈りなどなくともおそらく勝つに違いない。けれど、ギネビアに関しては……(勝てなかったとしても、せめても怪我などしませんように。ああ、神さま。あなたもご存知のとおり、彼女は女性なのですから……)といったように深く沈潜するように祈っていたわけである。ところがなんと、それが勝った!!

 

 こうしてこの瞬間、フランツの双眸もまた、セドリックの常ならぬ喜びが飛び火でもしたかのように、まったく同じように輝いた。彼自身、フランソワ・ボードゥリアンには実力からいって勝てるとまでは思えなかった。だが、あのアルゴン・ド・アスブルモンにアビギネが勝利したと聞くと――彼の中でもまた、何かが大きく変わっていたのである。

 

(そうだ。勝負は時の運ということもある……そう考えたら、僕だってわからないんだ。もし僕が正しければ、神が、そして騎士の聖人たちが力をお貸しくださるに違いない……!!)

 

「それで、ギネビアは大丈夫なのかい?どうやってアスブルモンに勝ったのかまではわからないけど、まさか大怪我なんてしてないだろうね!?」

 

「ええ。きっと打ち身といったことはございましょうが、まったく見事な戦いぶりでございました。なんにしても、詳しいお話はまた試合のあと致しましょう。今はフランツさまは、御自身の馬上試合にお気持ちを高め、集中させるべき時ですからな」

 

「そうだね。ありがとう、セドリック……僕もあの三人の素晴らしい騎士たちのように、フランソワ・ボードゥリアンにきっと勝ってみせるよ!!」

 

 ――こうして、聖ウルスラ騎士団の副騎士団長であるフランツ・ボドリネールは、控え室の外にいた馬に乗り、闘技場内部の通路を進んでいった。ここは聖ウルスラ騎士団の演習場であると同時に、過去には猛獣による重罪人の処刑が行われていたこともあれば、その重罪人同士で戦い、勝利したほうに減刑及び免罪が与えられることもあったという、恐ろしいいわくつきの場所であった。さらには、この円形闘技場自体が、そうした重罪人によって建設されており、重労働による工事の際に多数の死者も出ていることから……実はこの場所は夜だけでなく、昼間でも「幽霊が出る」として有名な場所でもあるのだった。

 

 特に、闘技場の通路というのは昼間でも暗く、入口と出口の光のみしかよくは見えないのである。灯りくらいつけてよさそうなものだが、何故か「死者の怒りに触れる」として、一台の燭台すら設置されることがなかった。そんな中、フランツはゆっくりと馬を進ませていった。耳朶を打つような観客たちの歓声が聴こえる……ということはおそらく、すでに騎士団長フランソワ・ボードゥリアンは闘技場のほうへ先に到着しているに違いない。

 

「フランツさま、どうぞ御武運がありますように……!!」

 

「ありがとう、セドリック。必ず、サイラスの無念を晴らしてみせるよ!!」

 

 闘技場の光溢れる中にフランツのことを見送ると、セドリックは出入口奥の闇の中へ下がった。そして、そこから試合の行く末を見守った。彼は背後から幽霊が忍び寄って来るなどとは、微塵も考えもしなかった。そもそもセドリックは、何か心にやましい思いを抱えたことがないのだ。ゆえに、彼はフランソワ・ボードゥリアンのことが不思議だった。同じ騎士仲間であるサイラス・フォン・モントーヴァンのことを死に追いやり、さらには巫女姫と通じるという姦通罪を重ねることの出来るフランソワの精神構造についてまったく理解が出来なかったといってよい。

 

(だが、私の暗い、やり場のなかった復讐心を……あの三騎士とフランツさまがすでに晴らしてくださったにも等しい。フランソワ・ボードゥリアンよ、最早勝敗など関係ないぞ。おまえはこれから地獄へ行くよりも恐ろしい恥辱と痛み、それに苦しみに苛まれ、最後にはこの世を去るということになるだろうからな……)

 

 セドリックはいまや、そのことを喜んではいなかった。彼の心から、主人の無念の仇を取りたいという憎しみはすでに消えつつあった。むしろ今はそのことを(不忠であろうか……)と、夜に嘆き悲しむことさえある。だが、ハムレット王子や彼の従者たち、それに<神の人>とも呼ばれるギベルネが、何かとラウールのことを気にかけてくれ、さらにはモントーヴァン家にもかつてと同じような賑やかさが戻ってくると――彼はこう思ったのだった。(サイラスさまも、復讐心に燃える私や父上のことをではなく、今の明るいモントーヴァン家のほうをこそ、きっと喜んでくださるに違いない……)ということを。

 

『それでいいのだ、セドリックよ』

 

「…………………っ!?」

 

 自分の背後に強烈な何かの気配を感じ、セドリックは反射的に振り返った。そこには、彼にとってなんとも言明しがたい――死者の姿があったのである。

 

 その馬に乗ったひとりの騎士は、闇の中でこそ青白く光り輝いて見えたが、そのままトットットッという土を蹴る蹄の音ともに、闘技場の光の中へすうと消えていった。セドリックは何度となく我が目を疑った。何故ならそれは、彼が心から尊敬し仕えた騎士、サイラス・フォン・モントーヴァンその人に相違なかったのだから!!

 

 

 >>続く。


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