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惑星シェイクスピア。-【41】-

2024年04月18日 | 惑星シェイクスピア。

 

 とても素晴らしい本です♪

 

 というか、今回本文のほうが長くて、本から文章を引用したりも出来ないため(汗)――手短かに↓に関する言い訳事項を書いてここの前文を終わらせなくちゃいけなかったり

 

 今回の【41】に出てくる「屋根の構え」、「雄牛の構え」、「愚者の構え」……などは、こちらの本に出てくるものを使用させていただいたわけですが、わたしが書いたのはそのあたりのことを斜め読みして適当にまとめた――くらいの、まあいい加減なものだというのが今回の言い訳事項だったりします(殴☆)。

 

 いえ、このくらい中世の各種武器の扱い方・武術について詳しい方にとっては、「やれやれ。こいつ、随分いい加減な知識でテキトーに書いてやがるな」ということがわかるものなんだな~という意味で、本当に色々詳しく書いてあって、このあたりについて興味ある方にとっては、本によだれを垂らさずに読むのが難しいくらいの本かもしれません♪

 

 もしまた、前文にたっぷり文字数費やせるスペースがあったとしたら、どこかから文章を引用して紹介したいくらいなのですが――今回は無理なので、あと何書こうかな……といったところなのですが、なんとなく本をぱらぱら読むうち、以前白土三平先生の「忍者武芸帳(影丸伝)」という漫画を読んだ時のことをなんとなく思いだしました

 

 確か、「(復讐と)剣にすべてを賭ける」といった登場人物がいたと思うのですが、こちらは東洋の「刀」ということになるとはいえ、△□流の構えというのが出てきたりして、そのあたり、武士/騎士というのはやはり通じるものがあるのだろうなあ、なんて(^^;)

 

 いえ、こちらの本の中には剣や槍、その他各種武器類の構えといった基本の型となるものなどが出てくるのですが、そもそも「構えとは何か」など、実践に長けた人でなければこうも理論化することは出来ないだろう説明が色々書いてあったりするわけです。

 

 なんというか、武士・騎士=無骨な人……みたいになる理由が何故かって、そのあたりからもわかる気がしなくもないというか。たとえば、戦争で勝利するというのは当然、互いの命や全財産が懸かってくることなわけですから、真面目な人ほど常日頃から色々考えるものだと思うんですよね。歩兵が有利な立場の騎兵に勝つためには、どのように武器を扱うのがもっとも効果的か、また、敵がこう攻撃したらこちらは次のように打ち込むべきだ――といったように、頭の中でシミュレーションしたものを、自分と互角くらいに戦える相手と実際に練習して試してみるなどなど……戦いのバリエーションについて考えることはそれこそ無限にあると思うわけです。

 

 それで、こうしたことで頭いっぱいになってる騎士といった人々は、女性というのは基本的に邪魔な存在だったりするのではないか、といったように初めて思いました。わたしの中で騎士のイメージとしてあるのは、極めて美化された騎士道を生真面目に守る人としてのそれか、あるいは「騎士道なぞ所詮は綺麗ごと。実際に一度戦争ということになれば略奪と強姦、そのくらいしか報酬としての楽しみなんぞないものだ」といった、より現実的なそれと……まあ、その間で人というのは揺れ動くものなのではないかと。

 

 でもまあ、ファンタジーによく出てくる騎士「ランスロット」ですが(笑)、わたしの書いてるのは前者の、騎士道に忠実すぎるあまり、女性の気持ちが実はあんましわかってないタイプの真面目な人だったりします。そんなエピソードが出てくるのもお話がようやく後半に差しかかる頃かな~なんて思っていたり(^^;)

 

 それではまた~!!

 

 

       惑星シェイクスピア。-【41】-

 

 ハムレットにもギベルネスにも、もう数日シグルドの丸太小屋で過ごしたい気持ちはあったが、他の仲間たちが心配することもあり、その日の午後のうちにはジェラルドの古舟に乗り、ホリングウッド邸へと水路を戻ることになったわけである。

 

 沼岸で別れる前に、シグルドは「今後の旅のために」と、燻製肉や自慢のソーセージ、干し果物などをたくさん持たせてくれた。朝食時、彼もまた夢を見たと話してくれたものである。井戸へ水を汲みにいくと、そのそばに茶色い髪の男がひとり立っていた。シグルドは彼を見るなり、(どこかで見た顔だな)と思ったが、誰なのかまでははっきり思いだせなかったという。彼は畑の作付けのことや、「きっと今年も豊作だ」ということや、森林の間引き作業を出来れば手伝いたいといったことなどを――そう出来ないことを悲しむような口調で、熱心に語っていたということだった。

 

「ハハハッ。馬鹿な年寄りの法螺話くれえに思ってくださってええが、わしには彼が……生まれて間もなく死んだ、ユリウスの弟に思えてならなんだ。もし今ごろ無事成長して大人になっておれば、きっとあのくれえの歳だったろうなというくらいだったもんでな。けどまあ、今までにどっかで会ったことがあるって顔でもねえってのがなんとも不思議でな。わしやイレーナの親戚連中の誰かに似とるってこともなく……目が覚めたあとわしが思ったのは、井戸の近くにあるシメオンの墓のことだった。イレーナはいつもこの子の墓のまわりを綺麗にして、シメオンが喜ぶようにと花輪を作って飾ってやったりしたもんだが……わしは心の中で、(男の子が喜ぶのは、ほんとはそんなもんでねえど)と思いながらも、黙っとった。その後、わしもちょっとした子供が遊ぶのにいい木馬やらなんやら、積み木みてえなもんを雨が降って手持ち無沙汰な時に作ったりしたもんだっけが、心の隅のほうではわかっとった。ただ、自分の気の済むようにしてえだけで、天国であの子がこのおもちゃで遊んでるだなんだいうことは……ただの感傷にしかすぎねえみてえなことはな」

 

 このあと、マテ茶をみんなに注いでやってから、シグルドは独り言でも呟くように続けた。

 

「が、まあ、人生にはなんでも、無駄いうことはないのかもしれん。あの子にはわしの気持ちが通じておるようだったし、そう考えた場合……人間が死んだあとどうなるかなぞ、わからんちゅうことなのかもしらん。わしは、もしや死んだあとに、ここらの沼をうろついとるあのメルロロとかいう奴みたいな幽霊みたいな姿で、同じようにこの一帯をうろつくことになるやもしれぬと思うとゾッとしたもんだっけが……どうやら、人が死んだあとのことには望みってもんがつっとばかないとも限らんようだわい」

 

「あの亡者の奴はどうやら、よほど特殊な例らしいですよ」

 

 三女神がどうこうということまで話すと長くなるため――ハムレットはメルランディオスについて、その昔この湿地帯のあたりで栄えた王朝にて、大王に次ぐといって過言でないほどの権勢を一時期は誇った者であること、そのせいもあって今もこの沼地に出没するのだろうといったことを説明した。

 

「オレも、あの亡者めと夢の中でそんな話をしたからといって、そのことを他の人にまで信じて欲しいとまでは言えません。でも、だからこそわかるんです。シグルドの見た夢にはきっと意味があって……死んだユリウスの弟さんは健康な子供として生まれることが出来なかったことを、申し訳なく思っていたんじゃないでしょうか。でも、きっと天国のような向こうの世界ですくすく育って幸せに成長し、今ごろはお母さんのイレーナさんやユリウスと三人でお暮らしになっているかもしれませんよ」

 

「そんだば、あのメルロンの奴は、生きておった頃から妖術の研究に勤しんでおったもんで、それで今もあんな姿でここいらをうろついてるっちゅうことだか?ある意味、哀れな奴だわな」

 

 そしてこのあと、ギベルネスが自分の昨夜見た夢のことを話すと、シグルドはとうとう泣きだしていた。いずれ自分も、生きとし生ける者の運命として、早晩死ぬことになるだろうと覚悟していたシグルドだが、たったの一晩にして幸せと楽しみが増えたことに対し――彼は自分の魂が活気づくものさえ感じていたのである。

 

「死んだら人間がどうなるのかなど、私にはわかりませんが」と、ギベルネスはハムレットが女王二ムエから聞いたことも含めて言った。「こちら側で私たちが肉体を失った場合……現実世界の空間や時間の法則にはもう縛られなくなるということなんでしょうから、より私たちは夢のような世界へ近づき、そちらのほうが現実にも近い世界となる……そんなふうには考えられないでしょうか?」

 

「そうさな。そういえばギベルネ先生とハムレットさまは、北のヴィンゲン寺院からやって来なさっただな。わしは今まで、自分は運の悪い人間だ、運命の神はなんでわしにこんな酷い人生を与えたべか……だのと思ってきたが、そこでは一体どんな神さまを信じてなさるのだね?今後、わしは死ぬまでの間、星神・星母さまを崇め奉りつつ、日々を過ごしていきたいと思っとるもんだで」

 

「そういうことであれば――確か隣のメレアガンス州には、ウルスラ聖教の聖堂や修道院があるはずですから、やはり、そちらから誰か来ていただいたほうがいいのかもしれませんね。ただ、聖修道僧であっても、ユリウスの話によれば、内苑七州の大きな城壁町やメレアガンスやロットバルト州などでは……高位にある司教や司祭などは世俗化していることがあり、真の信仰とは実際は遠いところにいる場合もあるということでしたが。またそう考えた場合、ここの秘密がわかってしまって、メレアガンス州から開拓のために人がドッと押し寄せることになるかもしれませんし……」

 

 ウルスラ聖教は、星母神から啓示を受けた、元は貧しかったウルスラという少女がメレアガンス州にて星母の教えを布教して誕生した宗派である。ゆえに、ヴィンゲン寺院が信奉している神とも同根であり、そうした意味で根底の信仰部分において矛盾は生じないのであった。

 

「そうじゃったな。すまなんだ、ハムレットさま。わしが今言ったことは気にしないでくだせえ。わしは、自分が犯してもいねえ罪を着せられたもんで、以来、すっかり神さまってものを恨んで過ごした期間があまりに長すぎたもんで……忘れておりましたが、その前までは聖人さまの祝日ごとに聖堂や寺院にてお祝いしたりと、それなりに信仰心を持っておったのでございますよ、これでも。その頃聖司祭さまから聞いた有難い教えのことなどに思いを凝らして……これからは毎日、敬虔な気持ちで死ぬまで過ごしたいと思っております」

 

「そ、そのう……オイラ、なんだか言いにくいのでげすが、こうなったら思いきって言っちまったほうがいいかもしれませなんだ」

 

 三人の話をただ黙って聞いていたジェラルドが、茶碗の中の茶の残りをじっと見つめるようにして言った。底にあるすり潰した緑の茶葉をスプーンでかき混ぜながら。

 

「村の人らが……誰とは言いませなんだが、ホリングウッドの旦那を、さっき言うてたメンロロなんとかいう幽霊みてえな奴の生贄にするとかいう話を……オイラ、前にちらっと小耳に挟んだことがあったもんで。そのう、満月になるとでげすね、村長らがうちん近くの城へ集まって、なんや怪しげな変わったことをしとるようだいうことは、オイラも一応知っておって……でも、ホリングウッドの人らを生贄に、なんていうても、あん人らがここへ来た時から耳にしたことのある言葉だったもんで……オイラ、あんまし本気にしてなかったんでげす。だども、隣の州のメレアガンス州から、ウルスラ聖教の聖修道士さまでもやって来られるんだとしたら、やっぱりそのう……こう……何かと面倒なことが起きるのでねえかと思うと、なんかオイラとしては心配な感じがするんでげす」

 

「そういえば、その問題が残ってましたね」

 

 マーサ・ホリングウッドの美味しい食事の品々のことを思い、ギベルネスは溜息を着いた。彼女の夫もふたりの小ブタのような可愛らしい息子も……おそらくは比較的財のある家庭に生まれたというだけの善良な一家であるとしか、彼には思えなかった。

 

「おそらく、そのことではタイスやカドールが知恵を貸してくれるのではないかと思います」と、ハムレットが思慮深げに口にする。「彼らもウルスラ聖教の司祭にでも来てもらったほうが、村の人々の信仰対象が健全になっていいのではないかと言っていましたし……何より、カドールとランスロットは騎士ですからね。騎士と星神・星母信仰は切り離せませんから、メレアガンス州のウルスラ聖教の寺院から、事情を話して信頼できる聖修道僧でも派遣していただけるかもしれません」

 

 ハムレットは、この件に関しては、時間がかかるかもしれないが、必ずギネビアの鷹の使いによってどういった話運びになったかを知らせることをふたりに約束した。そうして話のほうが大体のところまとまると、シグルドは最後、「おまえさんはなんか夢とか見んかったもんかね?」と、ジェラルドに何気なく聞いた。

 

「いんや……見たような気もすっけども、オイラ、物覚えが悪ィから、もう忘れちまっただ」

 

 そう言ってジェラルドは誤魔化したが、実は彼もまた夢を見ていた。シグルドの丸太小屋のある近くの森を開墾して、似たような丸太小屋がそこには建てられており、シグルドの畑と繋げた共同の田畑でジェラルドは野良仕事しているところだった。そこでは大麦や小麦やライ麦がすくすく育ち、野菜畑では夏野菜が傷ひとつなく光って見えたものである。家畜小屋からは、生まれたばかりの羊やヤギがめえめえ鳴く声がし、庭を歩きまわるニワトリもアヒルも元気だった。

 

 夢のここまでは良かったと、ジェラルドはそう思う。だが、鍬を肩に担ぎ、彼が口笛を吹きながら自分の家へ帰ろうとすると……窓のところに、黒い髪に黒い瞳の、見たこともない若い娘が立っているのが見えた。竈から煙が立っていたところを見ると、おそらく夕餉の仕度をしているところだったのだろう。

 

 夢の中でジェラルドは、自分をこの上もない幸せ者と感じていた覚えがあるが――丸太小屋のドアを開けようとしたところで夢は終わってしまった。とりあえず、村では見かけたことのない娘だったし、小柄で、どことなく鹿のような顔立ちをしていたことから……目が覚めた時ジェラルドは、(森に棲む鹿の娘っ子が嫁に化けたのかもしんねえべ)と、そのことを夢の中だけのこととして片付けた。

 

 また、彼は度を越して内気であったため、そのような夢を見たなどとは、恥かしくて口に出して言うことさえ到底できなかった。けれどこののち、メレアガンス州からイレーナの親戚筋にあたる人物が聖修道僧として訪ねてきたことで――鹿のように黒目がちな瞳の彼の妹が、こちらの地へ引っ越してくるということになるのである。

 

   *   *   *   *   *   *   *

 

 ハムレットとギベルネスが、シグルドとがっしり抱擁して別れると、ジェラルドは魯を漕ぎながら、今朝方見た幸せな夢のこととは裏腹に、暗い顔をして言った。

 

「そのう……ハムレットさまとギベルネ先生は旅のお方であるのでげして、そう考えた場合、こんなことは余計なこととも思うのでごぜえますが……」

 

「なんだい?なんでも言ってごらんよ、ジェラルド。オレたち、きのうの今日でこんなに仲良しになったんだし、もう友達も同然じゃないか」

 

 ハムレットのような美少年に友達などと言われ、ジェラルドは照れるあまり、魯を漕ぐ手が留守になりそうなほどだった。姿は見えないものの、湿地帯ではたくさんの水鳥たちの鳴き交わす声が、何かのハーモニーのように不思議と調和して響いている。

 

 暫く水の道を進んで行くと、青鷺が高い樹の上で羽を休めているのが見え、その後も鴨や白鳥やカワセミなど、彼らはまるで古舟のことを何かの樹木の一種と見なしてでもいるように、そばを流れていってもまったく動じるところがなかったものである。

 

「へえ……オイラみてえのに気を遣っていただいて、まったくもって申し訳ねえでげす。そのう、オイラがしんぺえしとるのは、ホリングウッドさんたちのことなんで……ハムレットさまもギベルネ先生も見るからに立派な方だもんで、あのお屋敷に仲間の方とおられる間、ホリングウッドさんは愛想良くしてるかもしれねえっす。けんども、あの奥さんのほうでは、あんまし旦那さんから大事にされてねえようなんで……暴力を振るったりということまではねえようなんですが、自分もブタみてえに丸々太っとる割に、奥さんに対して「ぶくぶく丸太みてえに太りやがって」とか、「こんなど田舎にいたんじゃ、俺も商売の才覚を発揮しようがない」とか、「それもこれもおまえの実家が貧乏で、持参金がなかったせいだ」とか、色々愚痴愚痴八つ当たりをするようなんでげす。もっとも、村長らと話す時なんかは割合紳士然としとるもんで、まあ人の家庭のことでげすからなあ……誰もなんも言いようがねえわけですが、そんなこんがわかってパッと村中にその噂が広まって以来、村の女たちはあの奥方に対する態度をコロッと変えたんでさ。あの気のいい奥さん自体、何故突然自分が同じ仲間のように迎えてもらえるようになったのか、今もわかっていなさらねえと思いますだよ。そんなわけで、ホリングウッドの旦那は、ある日突然死んだりしても……村には特に誰も気にするような人間はひとりもいねえってわけでげして」

 

「…………………」

 

 ハムレットにもギベルネスにも、ジェラルドが何を言わんとしているのか、よくわからなかった。また、ハムレットにしても、夢の中で『あの生贄云々といったことは本当なのか』といったように、ロンメルディアスに聞いていたら良かったのかもしれない。だが、夢の中でそのことはすっかり忘れ去られていたのだ。

 

「つまり……ホリングウッド一家の主人が近いうちになんらかの形で亡くなり、あの料理が上手くて気のいい奥方は寡婦となり、まだ小さい子供をふたりも抱えていては、今後生活していくのが大変だろうと、ジェラルドはそう言いたいのだな?」

 

「へえ……オイラも、普段は見て見ぬ振りしとる、ただの臆病者だのに、こんなことをハムレットさまのお耳に入れてなんとかしていただこういうのは、調子がよすぎるとわかっとりますでげす。けんども、もしそんなことになったとしたらば……あの水車小屋は暫くの間、オイラたちのものってことになりますでな。そしたら、税で納める他に、少しくらいは小麦でパンを作ることも出来るといったような具合でげして……」

 

「わかった」と、ハムレットは、溜息を着いた。水路に移る空の水色を美しいと感じていたが、やはりこのようなものは表面的なもので、底をかき混ぜれば、そこには泥が凝り固まって沈んでいるのだ。そして人の心というのも――その泥がかき混ぜられれば、同じように表面の美しさが歪んでいく……いや、人の生きる世自体がおそらくそうしたものなのだろう。「ウルスラ聖教の司祭に来てもらい、村の人たちの信仰対象が健全になるくらいでは根本的な問題は解決しないということだな。オレは、メレアガンス州の領主宛ての公爵さまからの親書を持っている。お会いした際に、もし仮にそのことを話せたとしても――オレたちはオレたちで、もう一度こちらへ戻って来て確かめるということまでは出来ないし、やはりメレアガンス伯爵自体、重税の緩和といったことには難色を示されるかもしれないものな……」

 

「物は考えようかもしれませんよ、ハムレットさま」

 

 ギベルネスは、おたまじゃくしから孵り、おそらくはまだそう経っていない赤ちゃんガエルを見かけて、そのオレンジのカエルに向け微笑んだ。

 

「今後、時間はかかることですが……あなたさまが税のほうを軽くしたり、ここアヴァロン州の暮らしを良くするということは十分可能なのではありませんか?」

 

「確かにそうだ。だが、それでは時間がかかりすぎる。この村の人たちは、今すぐにでも自分たちが働いた分に見合うだけの報酬が欲しいのだ。そして、そうする権利が確かに彼らにはあるのだから……」

 

 ハムレットは、水路に生える丈高い葦に、薄墨色の目立たぬ鳥がちょこなんと座しているのを見た。よく葦がポキリと折れないものだと、ある意味感心してしまう。

 

「ではこうしよう、ジェラルド」

 

 ハムレットは艫のほうから、魯をこぐジェラルドに向かって話しかけた。

 

「今すぐとか、出来るだけ早くとか、そんなふうに約束して、オレはおまえやこの村の人たちの信頼を裏切りたくはない。だが、今から……そうだな、何年か後には……暮らし向きが良くなるという約束は出来るかもしれない。また、その際にはオレももう一度こちらへやって来て視察することが出来るだろう。オレはきのう、メルランディオスとある約束をした。もしあの男がオレとの約束を忠実に果たしてくれていたとしたら……そのお礼のためにも、オレはここへやって来ることになるだろう。オレが一体なんのことを言っているやら、おまえにはもしかしたら気違いの世迷いごとのようにしか聞こえないやもしれぬ。だが、その件に関してオレが間違いなく最善の努力をすることだけは約束できると思うんだ」

 

「どうもすみませんでげす、ハムレットさま。オイラの言ったことはどうか、忘れてくだせえ。けんども、そのお約束だけでオイラはなんだか嬉しいでげすよ。ホリングウッドの旦那は、ただ水車小屋を監督して、そこから誰かが盗みを働いてねえかだの、目を光らせる以外ではなんもしとらん男だという噂だもんで。つまり、食いもんのことなんかは、村の人に税金がわりに巻き上げればいいわけでげして、あん人の家はメレアガンス州で織物商をしているらしく、着るもんのほうはそちらから貰えばいいというわけでげして……屋敷のことは大体、奥さまが一日中汗だくで働いて、なんもかんもやっておるような具合なんでげす。オイラのようなもんが言っていいことでねえかもしんねえが、まあ、オイラたちより物には恵まれてるはずなのに、あれはあれでてえへんな生活でげすよ」

 

 ハムレットにもギベルネスにも、ジェラルドが細い水路へ入って行くたび、(本当にこの道で正しいのだろうか?)と不思議になるばかりだったが、「ここいらはオイラの散歩道みたいなもんでげす」とのことで、ジェラルドは実にすいすいと巧みに魯を操って進みゆき――陽が暮れる前には、ホリングウッド邸からほど遠くない水辺まで、灰色の古舟は到着していたわけである。

 

「ちょうどオイラの狙い通りでげす」

 

 ジェラルドは草原に隠された渡し場へ舟のほうを着けると、そこでハムレットとギベルネスに手を貸して降ろした。

 

「みんな、今日は完全に陽が暮れて仕事が出来なくなるまでは畑さ出てるでげす。おそらく今なら、誰に道ですれ違うでもなく、ホリングウッドさんの屋敷のほうへ戻れるに違いありやせん」

 

「ありがとう、ジェラルド。おまえが良くしてくれたこと、絶対忘れないよ。あと、シグルドの様子のほうを……時々でいいから、見にいってやってくれると嬉しい」

 

 舟から降りる時、ジェラルドは手を貸してくれたが、その手が離れると同時、ハムレットはそう頼んでいた。

 

「いや、オイラのほうが楽しかったくらいでげすよ。あと、シグルドさんちへは、間違いなくちょくちょく寄らせてもらいますだ。あん人は料理上手だし、色んなご馳走を隠し持ってなさるでな。シグルドさんのほうで、オイラのことが鬱陶しくない程度、時々お邪魔しようと思っとるでげす」

 

 ハムレットとギベルネスは、ジェラルドの姿が再び葦の陰に完全に隠れてしまうまで、彼のことを見守った。今日はここの土地柄としては珍しくカラリと晴れ上がった陽気であり、村人たちが陽が暮れるギリギリまで農作業に励むのもわかる気がしたものである。

 

「なんというか、時間のかかる、難しい問題ですね」

 

 先ほど、舟の上では「あなたが変えればいい」といったように簡単に口にしたギベルネスだったが、そう容易に解決できる問題でないことは、彼にしても重々承知しているつもりだったのである。

 

「確かにそうです」と、ハムレットは再び溜息を着きそうになった。「メレアガンス州からどんな人間がやって来るかで、ここの村の人たちの生活は今より苦しくなる可能性だってある。後にして思えば、あのホリングウッド氏のほうが、税を取り立てる監督官としてまだしもマシだったと、そんなふうになる可能性だって……特に、メレアガンス州から開拓民のような形でたくさんの人間が入植してくる可能性だってあるわけですよ。そしたら、第二、第三のホリングウッドのような人たちが同じ領地内に住むことになり、おそらく富者と貧者にはっきり分かれたような、虐げる富んだ人と虐げられる貧しい側との関係がより深刻になった場合、村の人たちにとって状況はさらに悪いことになるわけですよね。そうならないためにはどうすればいいのか……」

 

「そうですね。その問題については、タイスやカドールにも知恵を貸してもらって、我々みんなで考えましょう。メレアガンス州の領主の人柄や領地民の統治法に対する考え方によっても、私たちの間だけでああすればとかこうすればとか言っていて解決する問題でもないでしょうしね」

 

「ギベルネ先生」

 

 途方もなく広い耕作地を遠く眺めやると、そこでは傾きかけた太陽が、半ば雲に覆われ、霞がかかったように見える。

 

「オレ、先生がいてくれて本当に良かったです。もしかしたら、タイスもカドールも、三女神の託宣のことがあるからあなたに是非とも旅を共にしてもらう必要があると、まだ頭の片隅のほうで考えることが時々あるかもしれません。でも、オレは違うんです。今朝、森の中でそうだったみたいに、オレはギベルネ先生には腹黒いことに至るまで本当のことをなんでも話せるから……だから、普段からいつもそんな話を食卓でしてるわけでなくても、これからもずっと一緒にいて、色々相談にのって欲しいんです」

 

「私でよければ……」ギベルネスは、(本当にそう出来るといいのだが)と考えながら答えた。「ハムレットさまのお話の聞き役にであれば、いつでもなりますよ。もっとも、私の場合はカドールやタイスのように、実際に効果的な助言が出来るかどうかまでは保証しかねますがね」

 

「だからこそいいんですよ」と、ハムレットは笑って言った。「いや、そうじゃなくて……先生はいつでも、オレにとって一番欲しい助言を与えてくださるんです。その点、あのふたりはちょっと効果的というか、現実的な観点から考えすぎるキライがありますからね。そうした意味でもオレは、ギベルネ先生には安心してなんでも話すことが出来るんです」

 

 ホリングウッド邸へ向かう途中、ギベルネスはこの時初めて、この木製の鎧戸付きの屋敷のてっぺんに、青銅の風見鶏がついているのに気がついた。今日はあまり風がないため、それはほとんど不動のままだったが、ギベルネスは(あれはもしや、風向きを知るためというよりは、魔除けの意味も込めて取り付けられたものなのではないだろうか)と思った。少なくとも、彼の出身惑星の農家などではそうだったからである。

 

 ハムレットとギベルネスはホリングウッドの屋敷の裏庭側から近づいていったのだが、そこでは可愛く太った六歳と五歳の男の子が、ランスロットやギネビアから剣の稽古をつけてもらっているところだった。

 

「これが『屋根の構え』だ」

 

 ギネビアが頭の上で鞘を抜いていない宝剣を構えると、兄のクェンティンと弟のウィリアムが、それぞれ彼女の真似をして木の棒を振り上げる。

 

「そして、これが『雄牛の構え』、それからこれは『愚者の構え』と呼ばれるものだ」

 

「おにいたん、ぐしゃってなあ~に?」

 

 よろめきつつそう聞いたウィリーの腕に自分のを添え、ランスロットが答える。

 

「愚か者、バカな奴といったような意味だ。つまり、剣を下のほうに構えることから、大切な頭の上がガラ空きになるだろう?だから、敵の目には愚か者であるように見えるが、それに騙されて攻撃した時、逆に自分のほうが愚か者であったことを知る……といったような意味の構えなんだ」

 

「ふう~ん……」

 

「おまえら、そんな『冠の構え』だの、『憤怒の構え』だのいう話をしたところで、子供にはまだわからんぞ」傍で見ていたカドールが、呆れたような顔をして言う。その場には他に、タイスやディオルグらの姿もあった。「それより、子供が大好きなのは騎士のチャンバラごっこだ。将来子供が生まれたら騎士にする予行演習なんかやってないで、軽く実践の場面でも見せてやったほうが、子供にとってはよほど面白いことだろう」

 

「ふん!俺なんか、クェンティンの年の頃にはすでに手に血豆が出来るくらい剣を振るっていたさ。で、それぞれの構えにはカウンター技が存在するからな……親父の奴は俺から容赦なく一本取り、毎回何故負けたのかを頭で考えるようにと言って宿題を出したもんだ」

 

「そうだよな~。実際、カーライル騎士団長はランスロットに厳しかったもんな」と、ギネビアが昔を思い出して言った。彼女は珍しく子供云々のところには毒づかなかったようである。というより、その意味に気づかなかったらしい。「ま、見てるわたしとしてはためになったけどさ。あとは歩法を間違えると足払いを食らわせられて、ズデンとすっ転んだり……構えと歩法によって相手の次の手を読めないようではいい騎士にはなれぬ、だっけ?」

 

「まあな。それじゃカドール、俺とおまえで、見世物としての剣の舞いでも舞ってみるか?」

 

「いいだろう」

 

 ギネビアは「おまえらだけでずる~いっ!!」とごねたが、ランスロットもカドールもすでに剣を鞘から抜いていた。その真剣の輝きに、クェンティンもウィリアムもハッと息を飲んでいる。ウィリアムなどは、手にしていた木の棒を手から取り落としていたほどだ。

 

 カドールが『屋根の構え』を決まった歩法によって打ち込み、ランスロットは『屋根の構え』に対するカウンター技を、同じく決まった歩法により防御する。ふたりは同じように『雄牛の構え』と『雄牛の構え』からのカウンター防御、『鋤の構え』、『愚者の構え』、『冠の構え』、『憤怒の構え』、『鍵の構え』……いったように、それぞれ決まった歩法によって相手に斬り込んでいっては、それを防御しといったことを繰り返した。そして最後には、斬り込む側と防御する側が逆の立場となるわけだが、ふたりは幼い頃より円を描くようにして演じるこの剣術の基礎に慣れていたから、互いに驚くべき速さと精度でこれを繰り返すことが出来た。というより、もし相手に掠り傷ひとつでも負わせたとすれば、それはどちらかがよほど集中していなかったことを意味していたと言えるだろう。

 

「お、お兄さんたち、すごーいっ!!」

 

「すごいっ、すごいよ、おにいた~んっ!!」

 

 クェンティンとウィリアムが拍手を雨あられと降らせてくれたが、ランスロットとカドールは、息ひとつ乱すでもなく、ただ肩を竦めるのみといったところである。

 

 だがこの時、カドールとランスロットのこの剣の演舞を見ていたハムレットとギベルネスもまた、彼らに惜しみのない賞賛の拍手を送っていたため――裏庭のセンダンの樹の下にふたりがいると気づかなかった他の者はみな、ハッとしていた。

 

「ハムレットさま、よくご無事で……」と、驚いてカドール。

 

「お帰りなさ~い、ハムレットさま!!」と、喜んでギネビア。

 

「で、どうだったんです?メルランディオスの墓のほうは見つかりましたか?」と、剣を鞘に収めてランスロット。

 

 そんなふうにみなが一斉に集まってきた時、ギベルネスはとりあえず、事の説明については王子に任せることにして、「奥方はどこにいらっしゃいますか?」とタイスに小声で聞いていた。

 

「マーサさんのことですか?確か先ほど、牛の乳搾りに牛小屋のほうへ行かれたのではないでしょうか」

 

「そうでしたか」

 

 この時、ギベルネスは(それならふたりきりで話が出来そうだ)と思ったわけだが、タイスはなんとなく彼についていこうとした。すると、カドールが「俺が行く」と肩に強く手を置いてきたわけである。

 

「タイスは、ハムレットさまから話を聞いてくれ。で、俺にもあとから教えてくれると助かる」

 

「それは構いませんが……」

 

 カドールはギベルネスから少し遅れて、彼の後ろを尾けていった。タイスであれば、すぐにギベルネスに追いついて話しかけていたことだろう。だが、カドールは気配を消すと、彼から離れて牛小屋のドアの反対側のほうへ回った。帰って来て早々、マーサ・ホリングウッドに一体なんの用があるのだろうと思ったのである。

 

「あの客人どもは、一体いつまでうちに居座るつもりなんだろうな」

 

「そうね……よくわからないけど、そんなに長の逗留といった感じじゃないんじゃないかしら」

 

 カドールが窓から中をちらと覗いてみると、そこでは木の椅子に座って乳を搾り、桶に乳白色の液体を溜めているマーサと、彼女の夫の姿があった。

 

「金貨なんぞもらったところで、こんなど田舎じゃ使い出がねえものな。それに、俺が留守にしたら、ここの田舎者めらは小麦を掠め奪うかもしんねえし……クェンティンがもう少し大きくなりゃあ、盗みを働く奴めをしこたまぶん殴って懲らしめてやることも出来るだろうが、そんなに長くこんなど田舎におったら、メルガレスに戻った時、『おまえも田舎にいすぎてすっかり垢抜けなくなった』なぞと言われ、笑い者にされちまうに違いない」

 

「…………………」

 

 マーサは黙り込んだ。彼女の可愛い息子のクィニーは心根の優しい子なので、手に鞭を持たされたところで、誰にも暴力なぞ振るうことは出来ないだろう……彼女はそう思っていた。とはいえ、確かにずっとこんな田舎に引っ込んでいたら、メルガレス城砦へ戻った時、今からすでに彼女に似て内気な傾向にあるふたりの息子は、城砦都市に住む人の雅びな雰囲気に飲まれるあまり、馬鹿にされたらどうしようと始終怯えて過ごすことになるのではないかと、確かにそんなことは心配なのだった。

 

「まあ、税の他にピン跳ねして結構儲けることが出来るってのが、こんなど田舎に住む唯一の旨みとはいえ……ほんとに、それ以外ではなんもねえところよ。おまえんちの実家が、貧乏でなく金さえ持ってりゃあな、オレだってバーンと大きな店でも出してこの商才を生かしてよ、もっと楽な暮らしを送れそうなもんだってのに……まったく、貧乏くじを引いたもんだぜ。兄貴たちは、王都テセウスに反物を持っていって、かなりのところいい値で売ってくるらしい。それで、その帰り道に奥方には内緒で女を買って遊んできやがるんだ。こんなど田舎じゃ、そんな楽しみひとつありゃしねえ。せいぜいがじっと我慢してとっくり金でも溜めて、今後のことを算段しなけりゃあな。まったく、酒でも飲まなきゃやってられねえ生活だぜ」

 

 おそらく、今ハムレットがホリングウッド邸でみんなにしている話を先にカドールが聞いていたとしたら――(こりゃあ、生贄としてブタのように腸詰めにされて死ぬしかない旦那だわな)とでも思ったかもしれない。だが、そんなことを彼は露知らなかったため、(やれやれ。確かにこりゃ、ブタのような俗物だわな)と盗み聞きしながら思ったというそれだけだった。だが、この時……

 

「な、何しやがる、この野郎っ!!」

 

 カラーン、と何かが倒れる音とともに、粗末な木造の壁にドシンと尻餅をつくような音が響き――カドールは驚いた。だが、おそらくは彼以上に驚いていたのはホリングウッド夫妻のほうだったろう。

 

「ああ、失礼」

 

 久しぶりに人を殴ったため、ギベルネスは軽く右の拳を何度か振った。彼は昔、軟弱な自分を鍛えるため、一時期ボクシングジムへ通っていたことがあるのだ。

 

「ここの村の人たちはあなたが奥さんに暴言を吐くというので、排斥してもいいと考えているようですよ。最初の晩、奥さまの有難い美味しい食事に与っていた時……ここの村の人たちが結託して蜂起したらどうしますか、といったように話したのを覚えていますか?もしそうなるのが嫌なら――私は排斥、とかなり控え目な言い方をしましたが、私が今あなたを殴ったよりもっとひどい目に遭う可能性だってあるということです」

 

「なんだとっ!?」

 

 殴られた頬を押さえつつ、真っ赤な顔をしてデヴィッドは後ずさった。彼は外面はいいが、実際には自分よりも弱い者にしか当たれない内弁慶なタイプであった。

 

「ここの田舎者どもにそんなこと、出来るはずねえだろうっ!!第一、もし俺に万一のことがあったとすれば、メルガレス城砦のほうから警邏隊がやって来るに違いない。それで、見せしめとして犯人か、犯人と思われる人物、それが見つからなければこの村の責任者を裁判にかけるためにしょっぴいていくぞっ。あるいは、領主さまのお許しがあれば、その場で殺されるってことだってあるだろう」

 

「あるいは、そうかもしれません。ですが、あなたの命はひとつしかないのですよ。どうか、そのことを忘れないでください。村の人たちの不満が高まれば、その矛先は間違いなくデヴィットさん、あなたに向かうでしょう。そういう時、村の人たちはあなたからあの水車小屋を奪いさえすればいいと考え……後先考えずに行動を起こす可能性だってある。まずは、奥さまのことを大切になさってください。村の人たちは、あなたが内弁慶の人間らしいということを知っているそうですから、毎日、美味しい食事を作ってくれて、子供のことも大切に育ててくれてありがとうと、謙虚な気持ちを今からでもお持ちになったほうがいいのではありませんか?」

 

「ハッ、俺よりはつっとばかいい男かもしれねえが、あんた、結婚したことなんかねえんだろ?だったらなんとでも言えるわな。俺はな、マーサのことをさっさと結婚させて始末したい両親にすっかり騙されたのよ。着てるもんも悪くねえし、いかにも羽振りがいいって振りをしてたもんでわからなかったが、実際に結婚したら貧乏も貧乏、こいつのおっとうは借金まである始末だ。ふん、もし俺がひどい旦那だってんなら、こいつの両親も相当ひでえもんだぞ。うちの末の娘は不細工で太ってるから、こうでもしないと厄介払いできねえだのと抜かしやがる。そんな女を押しつけられてみろ。俺はな、どこへ行ってもいつでも片身の狭い思いをしてなきゃならねえ。愚痴くらい並べて一体何が悪い!?なあマーサ、おまえもそう思うだろ?」

 

 マーサが牛の乳の溜まった桶に涙をこぼしていると気づき、ギベルネスはハッと胸を衝かれる思いがした。もしかしたら自分は、やはり余計なことをしてしまったのかもしれないと、そう思った。

 

「……………なのよ」

 

「ああんっ!?マーサ、こいつにはっきり言ってやれっ。自分みたいな惨めな身の上の女をもらっていただけて今も日々有難いと思い感謝してるってことをな」

 

 この時、マーサはカッとするあまり、乳搾り桶のほうを夫に向かって投げつけていた。繊細な牝牛が、暴力的な人間たちに抗議でもするように、ヴモォ~っ!!と鳴く。

 

「あんたのそういうところ、あたし大っ嫌いなのよっ!!べつに、あたしとふたりきりの時なら、何言ったっていいわ。ブスとでもデブとでも、なんとでも呼べばいいっ。でも、なんで人前でそういうことばっかり言って恥をかかせようとするのよっ。あたし、あんたさえいなかったら、ここは自然がいっぱいで空気もいいし、人づきあいで気を遣う必要もないし、田舎暮らし最高って思うくらいよ。クウィニーもウィリーもきっと城砦都市みたいなところできゅうきゅうとして育つより、ここでのほうがきっと環境もいいわ。ただ、あんたがうちに汚い田舎の子を呼んだりするなって言うから……あの子たち、可哀想だわ。同じ年ごろの子と遊べることさえ出来れば、毎日泥んこになってそこいら中を駆け回ってカエルを捕まえたり、ほんのちょっと野良仕事を手伝わせてもらったり……子供にはそんなことが大切なのよ。ほんっと、あんたってなんにもわかってないっ!!」

 

「…………………」

 

 奥方に言い逆らわれたのは、おそらくこれが初めてだったのだろう。ホリングウッド氏はあんぐり口を開け、呆けた顔をしたままでいる。

 

 ギベルネスもまた、真っ赤な顔をしてハァハァ息を切らしているマーサを見て驚いたが、次の瞬間には彼女に向かって手を差し伸べていた。

 

「頭の悪いわからずやのことは、少し反省させてやりましょう。あなたの有難みがわからないとは、本当に馬鹿な男だ」

 

「ええ、本当にそうね」

 

 マーサもまた、ギベルネスの手を取りながら言った。

 

「なんて馬鹿で愚かな人なんでしょう。あたしがいなかったらこの人、パイひとつ焼けやしないくせに、いつも大きな顔ばかりして……しょうもない人よ、ほんと」

 

「お弁当に詰めてくださったミンスパイ、どうやって作るんですか?あんなに美味しいミンスパイは生まれて初めて食べたくらいでした」

 

「ああ、あれはね。実は祖母秘伝のレシピがあるのよ……」

 

 ギベルネスとマーサがそんな話をしつつ、牛小屋のドアから去っていくと――そこには尻餅をつき、まるでおもらしでもしたようにズボンから牛の乳を垂らす惨めな男だけが残されていたようである。

 

 カドールもまた、あまりの事の成りゆきにデヴィッド同様、最初は唖然とした。特に彼の場合、ギベルネ先生が……<神の人>が突然小悪党のブタといった風情のホリングウッド氏のことをぶん殴った瞬間にしてもそうであった。(ここの主人の好意で宿を借りて満足な食事もさせてもらってるのに、一体何考えてんだっ)と思いもした。

 

 だが、結局のところカドールは、牛小屋の壁から十分な距離離れると――水の中で暫く息を止め、顔を上げた時のようにブハッと吹き出していたのである。

 

「アッハッハッ!!まったく、一体なんなんだ、あの人……」

 

 この瞬間、カドールはギベルネスのことがすっかり好きになった。理由はよくわからない。というより、ひとりの人間としてはギベルネという男のことが、彼にしても好きではあった。だが、<神の人>という点においてどうなのか……というその点についてのみ、ずっと引っかかり続けていたわけである。

 

 だが、もはや「彼がいないとどうやらハムレット王子は王になれぬらしい」ということすらどうでもよく、ハムレットやタイスが無条件でギベルネスのことを慕っているように、カドールにしてもこの時そうなっていた。むしろ、<神の人>らしく暴力ひとつ振るうでもなく、デヴィッド・ホリングウッド氏のことを諭そうとしていたらどうだったのだろう?とさえ思う。

 

(いや、あの男はあのくらいしないことには……まず変わるってことはないだろうな。それどころか、俺たちがいなくなり次第、またすぐ元の横暴な夫に逆戻りといったところだったに違いない。今回のことがちょうどいい薬になって、少しは奥方に優しくするようになればいいが……はてさて、どうなるやら)

 

 この日を境に、カドールはそれまで時折見せていた「本当に<神の人>なのですか?そしてもし<神の人>であるとしたならば……」という、少しばかり棘のある態度について改めることにした。そして、彼自身まったく想像してもみなかったことには――ギベルネスが本当に<神の人>として自分たちの元を去るという時、カドールもまた他の仲間たち同様、ギベルネ先生が地上から去っていったことに対し、この上もない空虚さにすら近い、溢れる悲しみをその胸に覚えることになるとは……彼にしてもこの時はまだ、想像してもみないことだったのである。

 

 

 >>続く。


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