え~っと、割と最近見た映画とかアニメの感想とかでも良かったものの……次の回あたり読み返してみたところ、エレイン姫のエピソードが出てくることに気づいたんですよね(^^;)
しかも、次の【16】の文字数がたぶんギリギリで前文を入れられそうにないことから――前倒し的にこちらに何か書いておこうかな~なんて
わたし、前から時々「赤毛のアン」のことに触れてきてるんですけど……「アーサー王物語」の中でアストラットの美姫として知られるエレイン姫が、アンが「たゆとう小舟の白ゆり姫」(第28章)で演じているエレーン姫です
それで、わたし最初にアニメで見た時(アニメでは第31話「不運な白百合姫」)、テニスンの詩も読んだことありませんでしたし、ランスロットの名前はアーサー王物語の騎士として知ってたくらいで、元のお話がどういうものなのかもよく知りませんでした。ただ、この「たゆとう小舟の白ゆり姫」、アンがエレーン姫に扮して小舟に横たわり、友達のダイアナやルビー、ジェーンたちに見送られ、死んだ振りをしながら小舟を揺られていったまではよかったものの――その後、舟底にヒビが入っていたとわかり、沈んでゆくわけです。パニックになったアンは、必死に橋の柱にしがみつきますが、そこを偶然通りかかったギルバートが助けてくれるという。。。
この時、ギルバートが「君の髪のことをからかったりしてごめん。過去のことは水に流してこれからは友達になろう」的なことを口にするわけですが、アンはこれを拒絶し、ギルバートは「わかったよ!僕だって友達になんかなりたくないさ」と言って去っていく。でも、アンはこのことをその直後から後悔しはじめるという……なんとも印象的なシーンです。つまり、そうしたお話の筋の中心線に最初は心が取られているため、「エレーン姫って結局ダレ?」なことには心が向かなかったりもして。
ところが、次に原作を読んだり再読するような段になると、だんだんそうしたことも気になってくるわけです。そこで、最終的にわたしにわかったのが次のようなことでした。トマス・ブルフィンチの「アーサー王物語」をわたしが最初に読もうとした時は退屈だったのですが、それでもエレーン姫のエピソードがどういうものかについては、一応大体のところわかったと言いますか
簡単にいえば、エレーン姫は騎士ランスロットに激しい恋心を抱くものの、ランスロットはアーサー王の妃であるギネヴィアに己の心のすべてを捧げ尽くしているため、彼女の気持ちに応えることは出来ない……ということを、心苦しいながらも伝えるわけですが、エレーン姫はこの片想いに打ちひしがれるあまり死んでしまい、その亡骸は舟に乗せられ、川をたゆたってゆきました。そして、エレーン姫の舟の亡骸には、ランスロットに対する想いを綴った手紙が握られていたわけです……。
ええと、そのですね。わたし、ウォーターハウスの有名な「シャロットの乙女」とか、絵画の解説文にも大体お話のあらすじ等書いてあった記憶あるのですが、そうした文章を読む限りにおいて――「このお姫さん、ただの思い込みの激しいヤヴァいお嬢さんだったのでは?」とその時は思ったものでした。でもたぶんこれ、引用・編纂のされ方によってかなり変わってくることなんじゃないかなあと、その後思うようになりまして。。。
>>湖のラーンスロットさまは、騎士のなかにあっては最も完成されたお方であり、殿御のなかにあっては最も美しいお方でございます。あの方の酷いお仕打ちゆえに、この哀れな乙女は死んでゆきます。でも、わたくしの愛はあの方の残酷さに劣らぬほど不屈のものでございます。
(『<新訳>アーサー王物語』トマス・ブルフィンチ、大久保博先生訳/角川文庫より)
>>世にも気高いラーンスロットさま。あなたを愛しすぎたために、ついに死が私たちをま二つに引き裂いてしまいました。人がアストラットの美姫と呼ぶこの私は、あなたを愛しました。世の貴婦人のかたがたにむかって、私は悲しみを訴えます。どうか私の魂のためにお祈りください。せめて私を葬り、そしてミサの献金をお集め下さい。これが私の最後のお願いです。私は純潔のまま死んでゆきます。神さまが証人です。ラーンスロットさま、私の魂のためにお祈り下さい。あなたは並びない人です。
(『図説・アーサー王物語』アンドレア・ホプキンズ先生、山本史郎先生訳/原書房より)
まあ、後者の引用文においては、「思い込みの激しい気違い感」はあまり感じられませんが、先のほうを読む限りにおいては、「あたいが好きだって言ったのによう、なんだよこの冷たい仕打ちわよう。どうだ、当てつけに死んでやったぞ!このあたいをこんな目に遭わせたのはおめえだってこと、死ぬまで記憶に刻みやがれいっ!!」とでもいうような、「んだんだ、そんな女とはつきあって結婚しても、結局のところ恐ろしいことになったわい」と、誰もが同情するような雰囲気が文章からも滲み出ているような気がします。
大体のところランスロットは、アストラットの美姫として評判のエレーンに対して、「申し訳ありませんが、私にはすでに心に決めた御婦人がおりますので……」ということにはじまり、エレーン姫が若く美しく、このように心映えも素晴らしい女性を拒絶しなくてはならないのは自分としても非常に心苦しい的なことを並べ、割と礼を尽くして謝っているといった印象なのですが、エレーン姫が「ランスロットさま以外は嫌っ!!他の殿方とだなんて、そのくらいならいっそ死んでしまいたい」と感じた気持ちというのも――まあ、わかんなくもないっちゃわかんなくもない的な??
このあたりも、版によってエレーン姫が袖にされたことに腹を立て、「最低な野暮な男」としてけなす手紙を残した……というストーリーもあるらしいのですが、大体のところランスロットは「このように美しく心根も優しく、素晴らしい女性の好意を断らなくてはならないとは……」という恭しい態度で姫の求めを拒絶し、それでもランスロットを諦めきれなかったエレーン姫は、その激しい恋心ゆえに悲しい死を選ぶ(それはランスロットに対するあてつけとしての死ではない)――といったところなのではないでしょうか。
わたしも、「アーサー王物語」に関してはすべての版とまでは言わなくても、ある程度のところ調べられそうなものは他のも読んでみたいのですが、ちょっとまあよっぽど他に何もすることでもない限り、無理なような気はしてますというのも、この小説は三部構成で終わるわけですけど、すでに次に書きたいお話があるので、そっちはそっちで書き始めたとしたら、ファンタジーでないこともあり、他に調べなきゃならないことが色々あったりするからなんですよね(^^;)
まあ、そんなわけで、なるべく早く終わらせたいもの――でも、この第二部の真ん中くらいがお話の折り返し地点ということで、現在はそのあたりに少しずつ近づきつつある……といったところだったでしょうか。。。
それではまた~!!
惑星シェイクスピア-第二部【15】-
ロットバルト州の領地を斜めに横切っていく大河に、ロムレス川があり、この川が最終的にエレゼ海へと至る河口は、海岸の絶壁上に連なるロドリアーナ宮殿から見晴るかすことが出来る。
ロットバルト州の州都ロドリアーナは活気溢れる港湾都市であったが、ロムレス川の源流はそもそも大湿地帯アヴァロンの最奥にある、ライアノエ湖に端を発している。この川筋がやがてメレアガンス州へ至るとムートンメリノール川と名称が変わり、さらにロムレス大河へとロットバルト州にて合流を果たすというわけであった。
もっとも、メレアガンス州のムートンメリノール川からでは、屋形船で通っていくことまでは出来ないが、ハムレット一行がその後一週間ほどしてロットバルト州の豊かな森林地帯へ至った頃――前もって連絡を受けていたその森林地帯を治める郡長官が王子らを迎えに来ていた。百名もの精鋭を引き連れていたとはいえ、どちらかというと<お忍び>といった向きの強い旅路であったから、森林監督官である群長官も、そう大袈裟に歓迎のラッパ持ちハムレット王子を迎え入れる……ということでなく、もてなしのほうもどちらかといえば質素なほうであったと言えよう。
大きな湖沼に囲まれたその城は、ロノエ城と言い、そこにはロドリゴ=ロットバルトがハムレット王子の到着を見込んで送った五艘もの屋形船がすでに繋留してあったものである。単純計算としては、一艘につき約二十五名ずつ乗船するということになるかもしれないが、ガノン・ギュノエ郡長官の話によれば、船で無理に移動する必要はなく、このまま騎馬で州都を目指してもいいし、馬を連れて船で何往復かするというのでも問題ありますまい――ということであった。
ギュノエは代々このロノエール郡を治めてきており(ちなみにロットバルト州は四十八の郡に分かれている)、修道僧というのではなかったが、出会った瞬間に誰もがそうした厳粛な雰囲気を感じるところのある男だった。年齢のほうは三十八歳で、二度の結婚歴があり、最初の結婚で四人の娘、そして二度目の妻との間に四人の娘がいるという。最初の妻とは死別しているのであったが、二度目の妻との間にも息子に恵まれず、長女のマルグレットに彼が「この男こそは」と感じる貴族の次男を婿に取らせ、跡取りにしたということだった。
「世の中、何ごともままならんものです」
カドールがいつも通り、いかにも「心得まして候」といったような社交術を発揮し、なんとも自然な形でギュノエからそう聞き出していた。人はやはり、自分のことに興味や関心を持ってもらえると嬉しいものなのだろうか。食事の席で酒が入る段になると、この郡長官は聞かれたことにはすぐペラペラ返答するようにすらなっていたものである。
「最初の妻のマーゴットのことは心から愛しておりましたが――何分彼女は、私の初恋の女性だったもので――私はマーゴットが亡くなると、喪の明けるのを待ち、すぐ再婚致しました。あんなに愛していた女をすぐに忘れ去り、そんなにもすぐ結婚するのかと、マーゴットの兄には詰られましたが、私としては事情あってのことです。四人の娘たちもまだ小さく、この子供たちの世話をするにも女手が必要というわけでして、さらにもっと言うならば、今度こそ男の子に恵まれるかもしれないという期待と希望もありましてな……男の跡目に恵まれることを思えば、多少世間における自分の評判に傷がつくことなど、私は気にしませんでした。ところがまた、女・女・女・女……果たして私は神か悪魔にでも呪われているのですかね?その頃には、妻のほうでもあまりに私の男の子を望む気持ちが強すぎるためか、若干妊娠ノイローゼのようになっておりまして、五人目の子を流産したのです。こうしたわけで、私もとうとう長女のマルグレットに取った婿に自分の郡長官の地位を譲る気になったというわけでしてな」
ロノエ城の大広間は、百名以上もの客人をもてなせるほどの広さがあった。というのも、一度<東王朝>との戦争ということにでもなれば、この城館もまた騎士や兵員たちで満たされる――ということが、この城内では何度となく繰り返されてきたからであり、それは城の改修と増築が繰り返される理由のひとつともなっていたようである。
実をいうとギュノエは、ハムレットが前王エリオディアスの息子である、ということまでは知らなかった。ただ、彼の領主であるロットバルト伯爵より、「非常に重要な客人がメレアガンス州よりやって来る」とだけ、書面と伝令者の言葉によってのみ伝えられていたのである。ゆえに、一同の中で最も派手な衣装を纏っているエレアガンスがメレアガンス領主の息子であるとわかるなり、彼を上座の一番良い席へ座らせていた。その瞬間、大広間の空気は一瞬不穏なものとなったが、ハムレットがなんとも優しげな微笑みを浮かべ、『構うな。これで良い』と手を振って合図すると――王子自身はエレアガンスの隣のテーブルへ移動し、ガノン・ギュノエ郡長官の話すことに耳を傾けることにしたわけである。
ロノエ城へハムレットが滞在したのは、ほんの数日のことであったが(屋形船が州都から戻るまで待機していた者の中には、十日以上待たされた騎士や兵もいる)、その数日の間だけでも、ギュノエが郡長官、またこのあたり一帯の森林監督官として相当の締まり屋らしいことが、誰の目にも明らかなものとなった。確かに前もってそうと連絡が来ていたとはいえ、突然百名もの客人にやって来られたのでは、準備のほうが大変だったろうことは間違いない。だが、食事のほうは晩餐に多少趣向を凝らした料理が出るという以外では、毎日同じだった。食べた気のしない薄パンに、何かしらの卵料理が一品とひよこ豆の戴った皿、それに小振りのソーセージ……ギュノエが人を偏り見る人物であるのは明らかで、エレアガンスと彼の取り巻きを中心に、あるいはランスロットやカドール、フランツといった騎士の面々にはスープや白パン、チーズ、肉料理や果物を「ささ、ご遠慮なくどうぞ」と大皿を回すのだったが、(どうやらこの中では下っ端らしい)と彼が判断した者には、「おやおや。もうスープがなくなってしまいましたわい」と言っては、その他の料理についてもケチり、ほんの少しずつしか与えないのであった。
無論、彼らはこうした事柄について、後で部屋に下がった時に仲間内でこっそり笑うくらいなもので、口に出して文句を言うこともなければ、不満を顔の表情に出すことさえなかったと言える。また、食事中にギュノエの家来が耳打ちしたことは、実際には彼の食卓の周囲にいる者には丸聞こえであり――毎日、このあたりの森林のどこそこで勝手に薪集めをしていた者がいただの、仕留めた兎をこっそり持ち帰ったなど、そのたびにギュノエは「鞭打ちにして牢屋へ入れておけ」とか、「裁判の席で賠償金を支払えばよし、もしそれが出来なければ見せしめに縛り首だ」といったように、それがさも当然とばかり、冷厳な顔つきで答えていたものである。
ハムレットはそうした話を聞くたび、『そこまでのことをするのは、あんまりではありませんか』という言葉が喉まで出かかった。だが、最終的に黙っておいた。どうやら、外苑州ではどこもそうであるように、ここロットバルト州でも重税の皺寄せが相当領民たちの生活を圧迫しているらしく、ハムレットはギュノエが自分の跡取り婿や家来たちに怒鳴り散らす姿を見、あらためてそのことを思い知っていたのである。
確かに、郡長官である彼が治めている土地から上がったものは、必ず税としてその定められた税率に従い、ロットバルト伯爵に納めなくてはならない。それは薪料といって、森林の樹木一本ですら、農民たちには自由にすることが出来ないことを意味した。無論、農村部ではその周囲の森で獲れるものは、ある程度彼らの好きなように出来る権利がある。ただ、森林監督官でもあるギュノエ郡長官の所有地と定められている場所からは、うさぎどころかネズミ一匹猟っても、あるいは山野草の一本でも引き抜くことは罪に当たることだったのである。にも関わらず、毎日のようにギュノエの元に「領地の川で勝手に鱒釣りをしている者がいたのでやめさせました」だの「ベリーやキノコを摘んでいる女がおりましたので、追い出して村へ帰るようにさせました」といったように、何度も連絡が入るのが何故かといえば――農村のほうでもそれだけ生活が苦しいからだった。彼らは地方森林監督官の領地ギリギリのところへ入り込んでは、空とぼけた顔をして狩りや釣りをし、「あんれまあ。シギを追うのに夢中になるあまり、監督官さまの土地まで入りこんでしまったべなあ」などと言って、刑罰を受けるのをなんとか逃れようとするのである。
ガノン・ギュノエとその跡取り婿のルノーが話しているのを、ハムレットが聞いていて思うに、『王都テセウスからここまでの重税を課される以前は、こうした事柄についてはよほど悪質でない限りある程度見逃す向きが強かった』らしいことが感じ取れた。だが、税の取り立てが年々厳しくなるに従い、森林や湖沼を見回る警邏隊のほうでも、薪一本、ベリー一粒、小さな鱒一匹でも見逃さぬ……といったように厳しく取り締まるようになっていったらしい。
「ですが義父上、農民たちは自分たちが食べていくのもやっとなわけですから、見せしめに鞭を振るってから釈放するというのも、なんとも嫌なものですよ。刑場で、獄吏がちょっとそんなふうにしてから村人の誰かしらを釈放しますと……柵の向こう側でみな、非難がましい目をしてこちらをじっと見るのですからね。隣のロッドギア郡では、一揆が起きた際に首謀者に拷問を加え、その様を見せしめとして刑場で晒したそうですが、むしろそれが逆効果だったのではないかという話です。我が郡にとっても、これは決して人事ではありません」
「まったくその通りだ、ルノー。おまえ、知っているか?州都ロドリアーナでは、ロドリゴさまはもう民からの陳情受付をしなくなって久しいという。あの方は御性格的にいい意味で大雑把なお方だから――そうした場所で恩赦を与えるなどして、気前のいいところを民に見せるのが実にお好きな方だったのだ。ところがそのロドリゴさまさえ、王都からの税の取り立てがあまりに厳しく、最早裁判の席に姿を現すことさえ今では稀になられたということだ……」
毎日、こうした話をガノンとルノーは自分たちの執務室で行うのだったが、扉が開けっ放しになっていることもあり、彼らの話は大体のところ廊下まで筒抜けであった。それは、郡長官ですら毎日こんなことばかり相談しあって汲々としている……ということを意味するのと同時、ハムレットや他の者たちにも、ふたりが大っぴらに何故こんな話ばかりするのか、だんだんにわかってきたところがある。ようするに間接的に『食事のほうが毎日ニシンの酢漬けといったしみったれた内容でも、そうした事情なのだと思って御寛恕いただきたい』と、彼らはそう言いたかったに違いない(ちなみに、ハムレットやタイスがこのことをはっきり確信したのは、『屋形船と操舵手が送られてきたのはいいが、州都からは客たちをもてなす酒樽ひとつ、料理どころか金貨一枚とて積んでありませんでしたな、義父上』と大声で語っていたところによる)。
(なるほど、そうした事情か……)
ハムレットは行く先々で「♪重税、重税、重税に次ぐ重税。嗚呼、この重税さえなければ~。嗚呼、重税……」といったように、町民らが時に歌にしているのさえ耳にしていたが、この時、より身に沁みて感じていたことがあった。一言で<税金>といっても、ハムレット自身はいまだ、それを直接目で見たことがない。なんでも、<西王朝>の歴史書によれば、その昔は(と言っても今から約五~六百年も昔のことだが)、領主たちに納める税金はおのおの十分の一で良かった――という、そんな時代もあったらしい。ところがいまや、その地の特産品にあたる、上がりのいいものほど最大で税率のほうが六十パーセント近くになることさえあるのだ。たとえば、メレアガンス州でいえば、地方の織物商組合や染物商ギルドなどが結託して叛旗を翻さなかったのが不思議なほど、その税率は高かった。ここロットバルト州においては、以前までは海産物を加工したものを特に内苑州へ輸出することで多額の富を得ていたのだが、いまや苦労してわざわざそちらへ塩漬けした魚の樽を運ぶほうが費用がかさむらしい。というのも、内苑州へ商人やよそ者が出向く時には通行料がかかるからであり、そんなふうにして王都テセウスへ辿り着く頃には元など取れないようになっているのである(というのも、ひとつの州にいくつもある関所を通るごと、通行料を要求されるからだった)。
その他、海産物については税金がわりにほとんどただで王都まで運ばれていくにも等しく、ここロットバルト州は磁器・ガラス・陶器類においてもつとに有名だったが、もしロットバルト州の代々の領主がこれら垂涎の品を王侯貴族らにちらつかせ、うまく外交手腕を発揮してこなかったとしたら――おそらくここロットバルト州の領民は「魚くさい田舎の民」と内苑州の者たちが時に揶揄することがあるように、実際そのような存在に成り果てていた可能性が高かったろう。
(ここまでオレが旅してきて思うに……ようするにすべては法律次第なのだ。それがどこの州であれ、領地内に住む者はすべて住民税を取られる。領内の農地を耕す農民たちは土地を借りているのだから、借地料を支払う。これはその年取れた収穫物が税金ということになるわけだが、領内の放牧地で放牧する場合には放牧料を取られるわけだし……とにかく、なんにでも税金を課されている。だが、これは昔から伝統的にずっとそうだったにせよ、今はその税率のほうがかつてなかったほど異常に高くなっているわけだ……)
ハムレットはこの頃からすでに、口に出して言うことはあまりなかったが、(自分が王になったらこうした法律のほうをどうするか)ということを日夜考えていた。特に、メレアガンス州における自分に対する地方豪族の支持を見ていて思うに、聖女ウルスラの神託という神がかった奇跡もあったかもしれないが、彼らは自分たちの商売に関し自治権が欲しいのである。だが、もし州内のどこかで内乱といったことがあった場合、鎮圧するための中央政府のようなものは必要だろう。また、そうした万一に備えて税金というものは支払われているとも言えたろうが、現状の政権下においては王都や内苑州の諸侯が私腹を肥やすために重税を課しているようにしか彼らには思えなかったに違いない。
(クローディアスの治政下にある今より、税率を低くすれば民衆も喜んで新しく王となった者を祝福するだろう……だが、そんな表面的なことだけでいいのだろうか?領民たちのためにより良い政治を行なうためには、もっと重要なことが他にいくらでもあるのではないか?)
また、実際に自分がまだ王座に就いたわけでもないのにこんなことを考えるのは、時に想像上であってさえ、ハムレットの頬を朱に染めることがあったが(一度王座に就いてしまったら、今オレが直に目にして肌身に感じて理解しているようなことが、指の間から失われる水のように……いつしかなくなってしまう、ということがあるのではないだろうか?)と、彼はそんなことも心配だった。王として民衆にかしずかれるのが当たり前という生活が長くなるにつれ、自分の目に彼らの本当の姿というのは見えなくなってしまうかもしれない。
(生まれついての貴族のエレアガンスの姿を間近に見ていてもつくづくそう感じる。彼は甘やかされて育ったお坊ちゃまというだけで、決して悪いやつではないにせよ……オレだってあのままエリオディアス王の息子として、王位継承者として王宮で育てられたのだったら、あんなふうに明日のお召し物がどうだの、胸元を飾る宝石のブローチがこうだのいう、愚にもつかんことを女のようにえんえんと考える暗愚な王になっていた可能性というやつはある。そして、自分の食うもの飲むもののことで悩む必要もないとなれば、そもそもそれを作る人間たちの苦労をそれほど親身に頭に思い浮かべるようなことさえなく……親の愛などあるのが当たり前、衣食住において贅沢なことなど王族なのだから当然のこととして、民ひとりの苦しみのことなど、自分の快楽のためならば犠牲にするのもやむなしと、罪悪感さえ覚えることはないという、今ごろはそんな人間だったのではないか?……)
ハムレットは、明日の朝には州都ロドリアーナへ向け河下りをするという日の夜、そんなことを考えてよく眠れなかった。そこで、隣の寝室で眠っているタイスの部屋のドアをノックしたのだ。すると、そこにはギベルネスがいて、テーブルの真ん中で燃える蝋燭を挟み、彼らは何かひそひそ話し込んでいる最中だったようなのである。
「ギベルネ先生、一体どうなさったのですか?」
「どうなさったも何も……」と、ギベルネスはいつもように鷹揚に微笑った。「たまたま私はタイスと同室になったという、それだけですよ」
(ああ、そうだった)と、ハムレットは思い出した。どうやら、自分は少し寝ぼけていたらしい。
「なんだか、これから先のことを考えると眠れなくて……」
ハムレットは、部屋の隅のほうにあった椅子を引いてくると、ふたりの会話に加わろうと思った。三人の間では、燭台の上で獣脂蝋燭が、赤とも黄ともつかぬ色でゆらめくように燃えている。
「リコリスティーでも入れてきましょうか?」
「いや、先生。いいんだ……そういうことじゃなくて、オレ、なんかあいつ……ええと、エレアガンスのことで、なんか疲れてるんだと思う。今にして思うとあんなやつ、連れてこなきゃ良かったと思ってるっていうか」
ここで、ずっと黙っていたタイスが突然素っ頓狂ともいえるほどの声で笑ったたため、ハムレットは驚いた。一方、ギベルネスのほうでも笑い声を立てぬよう、苦労するような顔つきをしている。
「ハッ………ハハハッ!!俺はな、ハムレット。たった今、ギベルネ先生に愚痴を聞いてもらってたところなんだ。そしたら先生、怒りに対する鎮静効果のあるハーブティーなんかわざわざ淹れてくださったりなんかして……なんだ、そうか。何も俺たちだけじゃなかったんだ。誰よりおまえ自身があの甘やかされたお坊ちゃまに我慢がならなかったとはな」
――実は、事はこういうことだったのである。ここ、ロノエール郡に至るまでの間も、エレアガンスと彼の取巻きは、王子であるハムレットに貼りつくようにずっとべったりしてきたものだった。毎夜、野外で張る天幕でも一緒、移動中は馬を並べて語りたがる、また彼ら貴族たちの洗練された会話や竪琴を奏でての即興詩の応酬やら……ハムレットとしては、エレアガンスがそれを善意の友愛行為として行っていると理解するため無碍にも出来なかったが、正直をいえば今まで通り、タイスやディオルグやギネビアや、仲間内だけでざっくばらんに過ごしたいというのが本音だった。
また、エレアガンスがそのような形でハムレット王子と自分たちとの間で壁となったことで、最初に激しく怒ったのはキリオンだった。「なんだ、あいつっ!!ぼくたちのハムレットにベタベタベタベタ、ベタベタベタベタ(息継ぎ)、ベタベタベタベタしやがって!!」と、彼はよく怒り心頭に発していたものだった。
「まあ、そう怒るな、キリオン」と言って宥めようとしたのはカドールだった。「よく考えると、これはいい機会なのかもしれない。我がローゼンクランツ州や、キリオンが次に領主となるギルデンスターンの宮廷は、もう少し家庭的な感じさえあるが、王都テセウスあたりじゃまったくあんな形なのさ。誰もが競って王や王子の寵を得ようとして、時に耳に痛いことを言う、真実王のことを思う臣下は隅へ追いやられるというな。それに唯一、あのエレアガンス子爵にもいいところがある……というのは、彼はどうやら純粋にハムレット王子のことが好きなのであって、王子が王となって以降の利権がどうこうというのでぴったりくっついて離れないというのではないらしいからな」
「どうだかっ!!」
ウルフィンが斥候として先を進んでいるため、彼がいないせいもあり、キリオンはそのことでもイライラしているようだった。
「そもそも、あの子爵さまの取り巻き自体なんかちょっとナヨっちい感じじゃんか。もしかしてあいつホモかなんかなんじゃねえのっ」
このキリオンの発言には、まわりで馬を進めていた仲間の誰もが笑った。そしてそれは多少なりみな、似たようなことを内心思っていたことを意味している。
「こらこら、滅多なことを言うものじゃないぞ」
ギネビアがたしなめるように笑って注意する。
「第一、これからキリオンがギルデンスターンの領主になった時……その頃には、このまま順当にいったとすれば、メレアガンス州の次の領主はあのエレアガンスさまなのだぞ。ひとつの州を治める者同士、仲良くやってかなけりゃあならん間柄ということじゃないか。だから、これからは口には気をつけたほうがいい。この旅の間に何か、遺恨のようなものが生じぬようにな」
「そうは言うけどさ、ギネビアっ。ギネビアは腹が立たないの。あいつ、食事する時でもいつでも、すぐハムレット王子の隣に座るじゃないか。しかも、それがさも当たり前といったような態度でさっ。そりゃ、あのメレアガンス伯爵の跡取り息子ってことを思えば、多少のことは融通してやらなけりゃなとか、あそこまで世間知らずだとむしろ同情しちまうなとか、ぼくとしても思うところは色々ある。だけど、なんか見てるとやっぱ腹立つっ。そんで、このなんともムカっ腹の立つ感じっていうのは、ぼく自身にもどうにも出来ないことなんだっ!!」
「いや、それに近いことはみんな心のどこかで思ってたんじゃないか?」
そう言ったのはランスロットだった。だが、今キリオンが言ったようなことを、誰もおくびにも出さなかったのは――こんなことを話しているのが他の者の耳に入り、ハムレット王子の立場が悪くなるのを配慮してのことだったのである。
『だが、今のキリオンの発言で、みなの内心が実は一致していたことがわかった以上、この話はもうこれきり葬り去ることにしよう。見ていて思うに、ハムレット王子も何やら迷惑そうだし、頃合を見て、俺たちのほうでも王子のことを助けなくてはいけないかもしれんな』
「そうか。じゃ、みんな実際にはオレが実に迷惑を被っていると、わかっていたわけだな」
タイスの説明を聞いて、ハムレットはほっとした。長く旅をしてきた者同士、自分たちはツーカーの仲だと、彼としてはそう信じている。だが、エレアガンスの同行に許可を与えたのが自分である以上……ハムレットとしてはこの件に関してはいかんともし難いところがあった。
「そうですよ」と、ギベルネスも笑う。「まあ確かに、見ていて思うに、エレアガンス子爵を通して宮廷風の流儀を学べるところもあるような気はしますが……でも、彼はいずれこうした旅の生活にも飽きて、自分から国へ帰ると言いそうな気がしますね。何分、湖沼を抜ける時にヒルに吸いつかれたというだけで大騒ぎしていたくらいなんですから」
ちなみに、エレアガンスのふくらはぎあたりからヒルを取り、多少なり治療らしきものを行ったのはギベルネスである。
「ああ、あれね」と、最早必要ないとも言えるハーブティーを飲み、タイスが喉のあたりで笑う。さもおかしくて堪らないとでもいうように。「キリオンときたら、まるで鬼の首でも取ったみたいに『ざまあみろ!!』って言って、喜んでるんだものな。まあ、俺たちもそれは大体のところ一緒だったかもしれないけど……」
「それで、タイス。おまえはなんで鎮静効果のある茶をわざわざ先生に淹れてもらわなきゃならなかったんだ?」
ハーブティー独特の香料の香りが、今もまだあたりには漂っている。その少し甘ったるい感じのする匂いを嗅いでいるだけで、少しばかり眠くなってくるような気さえするほど……。
「そりゃ決まってるさ。あの間抜けな郡長官が……いや、こんな言い方はよくないな。宿を借りた上、食事その他こんなによくしてもらっているのだから……もちろん、俺もキリオン同様、一応頭じゃわかっているんだ。ギュノエ殿はハムレット、おまえこそがこの隊における最上の身分を持つ者だと知らないのだから、その点は目を瞑らねばなるまい。だがな、おまえのことを通り越して、ギュノエ長官がエレアガンス子爵にあれこれおもねる態度を見ていると――いや、そうするのがあまりに当然というあの子爵様の態度を見ているとな、何かこうイライラしてくるんだよ。わかるだろう?」
「なんだ、そんなことか。それなら前にも言っただろ?ギュノエ長官殿はそう思い込んでおられるのだから、これからも今のような調子で頼むと、オレのほうからエレガンの奴に頼んだんだ。ここへ到着した、その日のうちにな」
ここでギベルネスがまた、笑いを堪え切れないとばかり「ぶっ」と吹きだす。
「先生もですか……それで、今度は一体なんです?」
ハムレットにそう促され、ギベルネスも白状することにしたらしい。
「いえ……キリオンが言っていたのですよ。エレアガンス子爵とハムレット王子の立場が逆転しているようだから、このまま彼がこの隊の隊長ということにでもして、何かあった時には子爵殿が矢面に立てばいいんじゃないかって。ようするに、王子の身代わりですね。王子を差し置いてあんなに派手で立派な格好をしているのだから、そのくらいの役に立ってもいいのじゃないかと……」
「先生はお優しいですからね」と、苦笑いしてタイス。「実際のキリオンの言い方はもっとキツくて意地悪でしたよ。『ハムレット王子を差し置いてあんな派手な格好をしてるんだから、誰か王都から暗殺者でもやって来た日には、あいつが間違えられて代わりに死ねばいいんだ』と、そういうことでしたからね。もちろん彼はメレアガンス伯爵の大切な、ただひとりの跡取り息子だ。そうした意味でも死んでもらっては困る。とはいえ、そう言いたくなるキリオンの気持ちも俺たちにはよくわかるというね」
ここで、今度はハムレット自身が、酒にでも酔った時のように素っ頓狂な声で笑う番だった。
「ハッ……ハハハハッ!!まあ、確かにな。エレガンの奴は天然で、あれはわざとやってるわけじゃないという意味で、あいつは悪いやつというわけじゃない。とはいえ、実際のところ鬱陶しいというのがオレの本音ではある。もちろん、こんなことをうっかりしゃべっていてあいつの耳に入ったというんじゃ困るからな。オレもこれからは口を慎むとしよう。とはいえ、自分と大体背格好も同じなのだからと、あいつが部下に持ってくるようにさせた長持ちの中の衣装を着てみちゃどうだと薦められた時には……急いで丁重に断ったよ。あんな派手な格好をしてロドリアーナあたりでロドリゴ伯爵と謁見したんじゃ、会った瞬間から『こんなファッションセンスのイカれた野郎を王として担ぎあげようだなんて、自分もどうかしてたぜ』とでも思われて、同盟を即座に破棄されそうだからな」
次の瞬間、タイスもギベルネスもまったく同時に、声を合わせて爆笑した。すると、どこかからキィ、という蝶番の軋むような音が聞こえ、三人はピタリと笑うのをやめる。続いて、ドアをノックする音が響く。
「どなたか?」
タイスが誰何すると、「ぼくだよーう」という、少し寝ぼけたようなキリオンの声がする。彼はこの時、許可を待たずに当然のように中へ入ってきた。
「何なに?もしかして、何か秘密の楽しい相談をみんなでしてんの?」
「ハハハッ!!」と、ハムレットは安心して、再び笑った。「キリオン、おまえがいかに衷心な臣下してオレのことを思ってくれてるかを知って、喜んでたところなのさ」
次の瞬間、キリオンは頬を真っ赤に染めた。ここのところ、自分がいかにあのエレアガンス=メレアガンスに嫉妬の情を燃やしていたかと、そんなことが笑いの種になっているのだろうと思った。
「違うよ、キリオン」と、笑いの間からタイスが弁解を試みる。「俺たちみんな、やっぱり仲間として心はひとつなんだと思って、それで笑い転げてたってだけなのさ」
なおも笑い続けるふたりに構わず、ギベルネスがキリオンに事の顛末を話してやると、彼もまた喜んで一緒に大笑いした。すると、その笑い声に誘われるように、今度はギネビアがやって来る。「なんだ?わたし抜きでそんなに楽しそうにしてるだなんて、ひどいじゃないか」と言う彼女に、今度はキリオンが説明してやると、やはりギネビアも大笑いした。その後、結局また彼女の笑いに誘われるように、ランスロットとカドールがやって来、彼らもまた笑いの渦に包まれることになった。そして、「こんな夜中に、他の奴らに迷惑じゃないか」と言って、ディオルグが最後に注意しに来た。ところが、彼もやはり事の顛末を知ると大笑いしていた。最終的にこの時、ウルフィンとキャシアスとホレイショもここへ加わり、彼らは自分たちの心がひとつであることを――全員で再確認することになったわけだった。
>>続く。