こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

聖女マリー・ルイスの肖像-【32】-

2017年11月14日 | 聖女マリー・ルイスの肖像


 今回の前文は↓とは全然関係なかったり(^^;)

 まあ、ちょっとしたきっかけから『エスター』っていう映画を見たんですけど……人に薦めるかどうかはまた別として、結構面白かったです♪

 でも、密林さんの感想の低評価の方の意見も少しだけわかるかな、という気もしたり。。。

 あの……べつにわたし、ホラー映画とか全然詳しいわけじゃないんですけど、作りが割とオーソドックスだと思うんですよね。なので、この部分が「まあ大体そうなると思った☆」と感じるところでもあり、また同時にそのオーソドックスさが丁寧な話の作りや展開と相まって「すごくいい」となるかどうかは、見る方の好み次第かなという気がしたり(^^;)

 なんにしても、お話のあらすじのほうはですね……タイトルがエスターとあって、DVDにどでかく映ってるこの子が言うまでもなく主人公の9歳の女の子。んで、『この娘、どこかが変だ』とあるとおり、まあはっきしゆって変な子ですww

 原題のタイトルが「Orphan」で、これは「孤児」という意味だそうですが、コールマン家は奥さんのケイトと旦那さんのジョン、そして長男のダニエル、長女のマックスの四人家族。このふたりの子供の年齢がはっきりわからないんですけど(汗)、たぶんダニエルはエスターと同じくらいで、耳に障害のあるマックスちゃんはふたつくらい年下なのかな……といった印象です。

 そんで、コールマン家には実はケイトさんのお腹の中で死んでしまったジェシカちゃんという女の子がいて……このことがケイトにとってはとても深い心の傷になっています。細かいとこ忘れちゃったものの(汗)、こうしたことや夫の浮気とかたぶん色々あって、ケイトさんは一時期アルコール依存症になっていました。。。

 ヴェラ・ファーミガさんがケイトを演じてるんですけど、あんまりヴェラさんが美しいもので、その印象も相まってコールマン家は色々なことがとてもうまくいってる「幸せそうな家庭」みたいに一見みえます。でも、ケイトさんが依存症になっていた時、彼女の不注意でマックスが家の目の前の池で溺れそうになったことがあり……この時、もしジョンが助けに来なかったらどうなってたか……そしてこのことを機にケイトはきっぱりお酒をやめる決意をし、それが今日まで続いているのでした。

 まあ、正直、もうふたりもお子さんがいたら、何もわざわざ孤児院から子供なんてもらってこなくてもいいのでは?とも思うのですが(汗)、ケイトは三人目のお子さんのジェシカちゃんのことが忘れられず、孤児院から子供を引きとってくることでその傷を癒そうとするんですよね。

 んで、引き取ってきた子が「エスター」というロシア生まれの(ということになってる)女の子。絵が上手くて、お行儀のいい、孤児院のシスター・アビゲイルも「いい子♪」と太鼓判を押しているこの子なら……という感じで、エスターはコールマン家にやって来ます。

 なんていうか、ホラー映画なんで、言うまでもなくこの子が「孤児院からもらってなんかくるんじゃなかった☆」的なおっそろしい子で……妹のマックスと話すのに手話もすぐに覚え、品行方正な優等生を演じるエスターですが、その金メッキはすぐにめりめりと剥がれていきます(^^;)

 コールマン家の長男のダニエルは、性格としてやんちゃな頭悪い系の子……といった印象で、当然エスターとそりが合いません。お母さんのケイトもお父さんのジョンも、ある意味当然といえば当然ですが、うちに来たばかりのエスターのことを何かと構いますし、エスターは妹のマックスとべったりと仲がよく、なんだか自分だけのけ者っぽくなってる雰囲気の、ちょっと可哀想なダニエルくん。。。

 そして学校へ登校するエスターですが、そこで彼女は早速のけ者っぽい扱いを受けます。まあ、まず着ている服のせいとかもあったにせよ、それ以前の問題として、服の問題なんてなくてもたぶんエスターの場合そうなってたっぽいのですが……たぶん、エスターのこの服の「こだわり」というのは、首と右手首を隠しているリボン状のものと関係があったようです。それであえてちょっと前時代的(?)な古くさい服を着ていたんですね(いえ、わたし好きですけどね、こういうの^^;)。

 んで、この時、エスターを早速とばかりいじめようとしたらしき女の子が……学校の廊下でエスターから聖書を取りあげ、「キリストおたく!」と言ったあげく、エスターの首のまわりの首輪状のものを外そうとします。途端、聞いた人がびっくりするような悲鳴をあげるエスター。

 いえ、わたしこの時点ではまだ、この映画の方向性みたいなものがまだ掴めておらず……エスターの不気味さって、なんかダミアンくんの女の子バージョンみたいに見えるところがあり……でも、聖書を持ってたっていうことは、悪霊が取り憑いてるとか、そういう系のお話ではないんだろうなあ……とここでなんとなく見当をつけ。。。

 なんにしても、ここからお約束の展開。エスターは公園のすべり台からこの女の子のことを突き飛ばして落下させ、大怪我をさせます。エスターは「自分はやってない」と言い張りますが、のちにシスター・アビゲイルが訪問し、確かにエスターにはそういうところがあると証言。つまり、エスターが直接手を下したとかそうしたことではなく、何か揉めごとがあるとエスターがその場にいたりして関係があったというような、そういう話です。他にも少し不審な点のあることがわかったらしく、シスター・アビゲイルはまた連絡します的なことを言い残してコールマン家を去っていきました

 自分の正体がバレることを恐れたエスターは、シスター・アビゲイルを殺害することを速攻決意。たぶんエスターがそう決めるのに0.1秒もかからなかったんじゃないかな、というくらいの決断の速さ(笑)。しかも、そのことをマックスにも手伝わせようとします。まずは、シスター・アビゲイルの運転する車の前にエスターはマックスを突き飛ばし、シスター・アビゲイルの車をスリップさせ……その後、カナヅチでぼっこぼこにして殺害

 いえ、車がスリップする前にシスター・アビゲイルは車内でタバコを吸おうとしてましてですね、普通の善良なシスターがこうした死に方をするっていうのはキリスト教文化圏の視聴者にはいかがなものか……というところでしょうけれども、そうしたちょっと罪深いところのあるシスターだったのだろうから、許容してちょうだいな、といった感じのニクい(?)演出(ニクいとか言うなww

 なんにしても、このあともエスターはコールマン家にい続けたわけですが、家の中ではいざこざが絶えません。お母さんのケイトも息子のダニエルも娘のマックスも、エスターのことをはっきり「不気味なおそろしい子」であるといったように気づいてますが、ダニエルは寝ていたところを首やおち○ちん(笑)にナイフを突き立てられ、「まだ毛も生えてないあんたのピーッを切り取ってやる」とか言われておしっこジョバー。家の中でも目立ってエスターに言い逆らうことが出来ません。マックスもおそろしい殺人の共犯に仕立てられてしまっており(天使のようなきゃわゆい子なのに)、コールマン家にはなんとも言えない不気味な雰囲気が漂います。

 その中ではっきりと表面化してくる、エスターとケイトの対立。でも、唯一お父さんのジョンだけがそのことに気づかず、エスターの味方をし続けます。ケイトはエスターの境界性人格障害といった精神の病気を疑いはじめ、彼女を病院のカウンセリングに連れていきます。けれどもここでむしろ追い詰められたのは、ケイトのほうでした。家の中の色々ないざこざに疲れ果て、ついワインを買ってきてしまったケイト。でも彼女は結局飲みませんでした。でも、飲まずに一本流しにあけた空瓶をジョンは手にして、「飲んだんだろ?」的に妻に迫り、エスターのことを診た精神科医も、すっかり彼女の演技にだまくらかされており……なんというか、結論として変わらなきゃいけないのはエスターじゃなくて駄目母のケイトだ的雰囲気に。。。

 こんな中、ダニエルはエスターの弱味を握ろうと、木の上の家(ツリーハウスだっけ??)を探ろうとします。そこにはアビゲイルを殺害した時の動かぬ証拠であるカナヅチが隠してあるはずでした。けれども、まだ毛の生えてないダニエルは……いやいや、こんな言い方やめましょう(笑)。とにかくダニエルはエスターの弱味を握ろうとして、むしろ自分が追い詰められてしまいます。「あんたが探してるの、これ?」といったように、ツリーハウスでカナヅチ他、血のついたコートなど、シスター・アビゲイル殺害の証拠品を燃やすエスター。灯油かガソリンか何かわからないけど、とにかくそんなものをエスターがまきまくったせいで、あっという間にあたりは火の海に

 ダニエルは燃え落ちるツリーハウスから木のほうへとどうにか逃げ、最後はそこから落下してしまうのですが、まだこの時点で命はありました。エスターはそんなダニエルにとどめを刺そうとしますが、そこへケイトが助けにきて、ダニエルは救急車で運ばれてゆきます

 ですが、病院でいずれダニエルが意識を回復すると知ったエスターは、ベッドの上で動けないダニエルの顔に枕をかぶせ……ピーッ。こうしてダニエルは死んでしまいました。。。

 事ここに至る直前、ケイトはエスターの持ち物を調べ、彼女が大嘘をついていることを突き止めたのですが……そのせいでツリーハウスで異変が起きていると気づくのに遅れてしまったのです

「わたしも家を出るから、そのかわりエスターも追い出して」と夫のジョンに迫るケイトですが、エスターはジョンに可愛い娘の顔しか見せていなかったため、ジョンははっきりとした決断が出来ません。そんな夫に呆れつつ、一旦は家から離れるケイト。けれども、ある意味これこそがエスターの思うツボの展開でもあり……ケイトのいなくなった家で、エスターは大人っぽい服に着替えてみっちりお化粧すると、酔ったらしきジョンに言い寄ります

「いや、オレ、ロリコンの趣味とかねーし!」と、ジョンはあからさまな態度を示したわけではありませんでしたが、極めてやんわりと「そういう愛はお母さんのケイトとの間にあるものだ」と至極常識的なつまんないこと言って、エスターの誘惑をはねのけます。


 ♪テラリー、テラリラリーラー、テラリラ~……。。。


 というわけで(どういうわけなんだか☆^^;)、エスターの殺人スイッチがここでもポチっとオン!!

 一方、息子を失い悲しみにうちひしがれるケイトですが、エスターがいたらしきエストニアの精神病院から電話がかかって来……とうとう彼女はエスターの恐ろしい正体を知ります。エスターは見た目は9歳くらいに見えるけれども、それはホルモンの異常によるもので、実際は33歳であること、以前も別の家庭に9歳の子供としてもぐりこみ、その家庭の父親に愛を拒まれると、その家族を全員殺害したことなど……なんでも、エスターはわかっているだけで7人の人をすでに殺しているとのことでした

 そして、精神病院に収容中も非常に凶暴な患者で、そのせいで彼女の首と右手首には拘束具のあとがついているはずだと聞かされたケイト。さらには「家族全員、彼女から離れて逃げたほうがいい」といったようにも助言され……ケイトは我が家へと大急ぎで戻っていきます

 が、時すでにおそーし!!

 エスターはジョンをざっくざっく刺しまくって殺害し、その殺害の手は妹のマックスへと伸ばされようとするところで……ケイトは娘のことを守るため死力を尽くして戦い、最後は「助けて、ママ」と演技するエスターのことを「わたしはあんたのママなんかじゃないわ!」と容赦なく池の中へ尽き落とし、自分は命からがら冬の池の中から這い上がったのでした。。。

「いやあ~、おそろしかったですねえ、こわかったですねえ」と、淀川長治先生ならおっしゃるかもしれませんが、わたしは実際のところあんまし怖くなかったです。

 ジョンの殺害シーンも、「ま、こいつは絶対死ぬと思ってたよ☆」という感じで、冷静に眺め……ホラー映画というか、ミステリー映画としてはとても丁寧な作りで出来がいいと思いつつも――大体のところ展開としては思ったとおりといった気がしましたし、「ここは意外性を突かれたァァーっ!!」みたいになるでもなく、始終淡々と見つつも、最後は「オーソドックスでいい映画だったな~♪」と思ったという感じかもしれません(^^;)

 まあ、他に書くことなかったので、つい感想なんぞ書いてしまいましたが、↓のことに話を戻しますと、今回は文章が全部入りきりませんで、例によって変なところでちょん切って>>続く。ということになっていますm(_ _)m

 それではまた~!!



       聖女マリー・ルイスの肖像-【32】-

 ロンが学校帰りにウェザビー家で飼われている犬にパンをあげるようになってから、一月ほどが過ぎたある日のこと――小さく口笛を吹いても犬が出てこず、不思議に思ったロンはそれが不法侵入にあたるとも思わず、庭の奥のほうまで入っていった。時は三月半ばのことで、庭にはマクフィールド邸の庭と同じく水仙が咲き、あまり手入れのされていない庭を美しく彩っていた。

 ところが、ボロい犬小屋のほうにもロットワイラー犬の姿はなく……エディやアーサーの制止も聞かず、ウェザビー家の庭から引き上げてきたロンは首をひねっていた。

「死んじゃったってことはないよな」と、ショーン。

「どうだろ。それとも病気になって、犬猫病院に連れていかれたとか……」と、アーサー。

 犬にやる予定だったパンをちぎって食べながらエディが言う。

「あの犬ってそもそも、いくつだったんだろうなあ。確か、あそこんちのおじいさんが狩猟好きな人だったんだよ。で、狩猟のたんびにあのロットワイラー犬を連れていったらしい。だけど、そのおじいさんが死んでからはずっと鎖に繋がれっぱなしなんだって」

「なんだよ、エディ。おまえ、なんでそんなこと知ってんだ?」

「だってうちのおばあちゃん、ウェザビーさんちと同じ町内に住んでるんだもん。なんかあの家、不幸続きで呪われてるって噂があるんだよな。狩猟好きのおじいさんが死んで、その次におばあさんが死んで……その息子夫婦が同居してて、今もその人たちはあの家に住んでるんだけど、なんかちょっと様子がおかしいんじゃないかって話。子供もいたはずだけど、ある日を境に見かけなくなったと思ったら、病気で死んでたとかって」

「へええっ。いつ来てもどこの部屋もカーテンで閉めきってあんなとは思ったけど、なんかおっかねえなっ。夜に来たら幽霊とか出そうっ」

 ショーンやエディやアーサーがそんな話をしているのを、ロンは黙って聞いていた。いつもパンを嬉しそうに食べる犬のことがなんだか心配だった。あの食べっぷりや、骨の浮きでた体つきから見ても、あまり大したエサを与えられていないのだろうと思っていたし、どこに行ったにしても、あの犬にとってあまりいいことが起きてないのではないかという気がして――ロンはそんなことが心配だった。

(もちろん、どこか病気で、犬猫病院に飼い主さんに連れていってもらってるとか、そういうことなら何も心配しないんだけど……)

 だが、ロンの予感としてはそうした犬に対する慈愛心のようなものを、ウェザビー夫妻からは期待できないような気がしていた。最悪、保健所に連れていかれたのではないかとロンは心配になってきたが、それを口に出して言うのはなんとなく憚られた。

 けれどこの日、ロンが最初にエディ、次にアーサー、そして最後にショーンと別れ、いつもと同じようにヴィクトリアパークを横切っていった時のことだった。あちこちにまだ雪が残ってはいたものの、スノードロップや福寿草など、春の前触れを知らせる植物が茶色い土の中から顔を出しており――ロンが嬉しい気持ちになっていると、聞き慣れたハァハァという吐息が聞こえてきた。

「う、うわっ……!!」

 その時点で、ウェザビー家のロットワイラー犬は、ロンの姿に気づいてはいなかった。薄く雪を被った土を掘っては、そこに何かが埋まってはいないかと確かめるように顔を突っ込み……結果として、それじゃなくてもいかつい顔をしているのに、泥だらけになった彼はさらに物凄い有様をしていたといえる。しかも、その古びた赤い首輪の先にはジャラジャラと長い鎖までついてきているのだ。

 黒茶の図体のでかい犬は、松の樹の根元あたりを激しく攻撃したのち――自分をじっと見ている視線に初めて気づくと、ロンのほうへ一目散に駆けてきた。ロンは最初の一撃でロットワイラー犬に押し倒され、その様子を見ていた若い男が叫びだす。

「おいっ!!子供が大型犬に襲われてるっ。こっちに来て誰か助けてくれっ!!」

「警察に電話しなきゃ!!」

「ううん、保健所じゃない!?」

 実際には、ロンは犬から押し倒されたあと、顔をなめまくられていたのだが、喜び勇むロットワイラー犬の力から逃れるのは大変なことだった。それでもどうにか犬の体の下から逃れて立ち上がると、周りの人に向かって叫んだ。

「す、すみませんっ。この犬、うちの犬なんです。ほんと、誤解させてしまってすみませんっ!!」

 携帯を片手に電話をかけようとしていた女性ふたりは、「なあんだ」という顔をして、そのまま通りすぎていき、無精髭を生やした若い男のほうは、少し恥かしそうに帽子を被り直し、そのまま公園を横切っていく。

 だが、このあとがさらに大変だった。犬は生まれて初めて知る自由の味にとち狂っており、ロンがいくら鎖を引っ張っても、なかなか言うことを聞かないのだった。結果、ロンは非常な労力を費やして、家まで数十メートルの距離を歩いたり走ったりし――ようやくのことで自宅前まで辿り着いたのだった。

「ほら、ここがぼくんちだ。ちょっと待ってろよ。今、おねえさんに話をして……って、おいっ!!」

 ここまでやって来るだけでもロンは疲れきっていた。そこへもってきて、家のドアを少し開けたその瞬間、ロットワイラー犬はその狭い空間に鼻面を突っ込むと、中にぐいぐい入っていった。ロンはもはや冷たい鎖を手に持ち続ける力もなく、はからずも鎖を手離してしまう。

 無理もない。家の中からはお菓子を焼いたあとのいい匂いが充満しており、空腹だった犬にとっては突進していかずにはいられないくらいだったのだろう。

「きゃあっ!?」

 おねえさんの叫ぶ声がして、ロンは急いでダイニングのほうへ向かった。人懐っこい犬ではあるが、何かの拍子に噛みつかないとも限らないと心配になったのだ。

 ところが、ロットワイラー犬はロンにちょうどそうしたように、マリーに襲いかかると、しきりと尻尾を振っていたのだった。もちろん、マリーはロンよりも身長があるため、引き倒されたりはしない。けれど、ミミは突然のことに驚いたのだろう。

「おねえさんっ。おねえさんが食べられちゃうっ。うわああんっ!!」

 そう言って泣きだし、自分はといえば、椅子から立ち上がってテーブルの上に立っていたのだった。しかも、犬は足だけではなく顔も泥だらけだったので、マリーのエプロンといいその時着ていたワンピースといい、いいだけ泥をこすりつけて寄こしてもいた。

「ご、ごめん、おねえさん。その犬なんだ。ぼくが前に話してたロットワイラー犬って……」

「そ、そうなの」

 最初、マリーは心臓が止まるほどびっくりしたが、犬が親愛の情を示すように尻尾を振っていたため、すぐに落ち着いた。彼女としては、ミミにさえ脅威が及んでいなければ、服が泥だらけになろうとなんだろうと、そんなことはどうでもいいのだった。

「でも、どうしようかしら。この子、ロンはどうするつもりなの?」

「あー、あのさ。ぼくも連れてくるつもりじゃなかったんだ。今日、学校の帰りにウェザビーさんの家に寄ったら、犬の姿がなくって……一体どうしたんだろうなんて思いながら歩いてたら、こいつがヴィクトリアパークにいたんだよ」

 ロンはカバンの中から犬にやる予定だったコッペパンを取りだすと、ロットワイラー犬にちぎって与えた。犬はそうすることでようやくマリーから離れ、ロンに聞き従うような素振りを見せた。

「ごめんね。こいつ、力が物凄いもんだから、ここまで連れてくるだけでも一苦労で……こいつが泥で汚したところは、ぼくがすぐ掃除するから」

 犬はなかなか賢く、ロンがどの位置に、どの角度でパンを投げ与えようとも空中でキャッチしていた。ジャンプして体を半ひねりしてから口でキャッチすることもあったし、少し離れた位置に、そちらのほうをちらともロンが見なくても――犬のほうではそこに投げられたパンを必ず空中でキャッチした。

「わあ。わんたんすごいですう。うさしゃん、見ましたか?」

 ミミはそれでも怖いらしく、ダイニングテーブルに座ったままでいたが、ロンの手からパンがなくなると、今度は自分がクッキーを与えてみることにした。直接手で与えるのは怖いので、「わんたん、こっちですよう」と言って、床にクッキーを落とす。犬はもちろんそれもぺろりと食べてしまい、ミミのいるテーブルの真下あたりに、礼儀正しく座った。

「わあ、わあ!!わんたん、えらいですう。どうしよう、ミミ、もっとクッキーあげてもいい?」

「えっと。それじゃあね、あとひとつくらいならね」

 人間の食べるものを犬にそのまま与えるのはよくない――とは思ったものの、そのくらいならいいだろうとマリーは判断した。冷蔵庫を覗きこみ、肉の切れ端などを与えようかとも思うものの、それはもう少し時間を置いてからにしようと考え直す。

「ロン、部屋で着替えて、手を洗ってらっしゃい。それとうがいも忘れずにね。犬が汚したところは、あとでおねえさんが綺麗にしておくから」

「うん!!でも、モップかけたりするのはぼくがちゃんとやるよ」

 ここで、シャラアン……とまたドアの鈴の音が鳴り、マリーとロンは顔を見合わせた。(まずい!!)と思うものの、やはり犬のほうが足が速かった。ダッとロットワイラー犬が走りだすのと同時――廊下から、「うわあああっ!!」とランディの叫び声が聞こえる。

「あ~、遅かったか」

 ロンは鎖を引っ張り、犬がランディから離れるようにした。ランディは犬に襲いかかられて度肝を抜かれたものの、顔をなめられると、そう悪い気はしなかった。

「なんだよ、ロン。犬を飼うのはナシだってイーサン兄ちゃんに言われたばっかだろ」

「これには色々事情があるんだよ。それより、ココが帰ってくる前に犬をどうにかしなきゃ。あいつの服をこいつが泥で汚したりしたら、半殺しにされるだけじゃなく、こいつは間違いなく犬肉にされちゃいそうだもん」

 そう言ってロンが一生懸命犬の鎖を引っ張って連れていこうとした時だった。シャラアン……と妖精の鈴が鳴ると、ココがドアを開けた。途端、犬が振り返り、ダッと走りだす。

「だっ、ダメだよ。あっ、こらっ……!!」

 ロンはぎゅっと鎖を自分に引き寄せようとしたが、犬の引っ張る力があまりに強く、手からすり抜けていってしまう。

キャアアアアッ!!

 犬がスカートの中に頭を突っ込んできたため、ココはパンツが丸見えになった。そのまますってんと転んでしまい、玄関ホールのところで尻餅をついてしまう。

「やだもうっ!!なんなのこの、やらしい犬は!!その上……うわーん。もういやっ!!」

 犬の鼻面についた泥で服が汚れたのを見て、ココは顔をしかめた。それでも、最初の驚きが過ぎさると、犬に対して怒りはなかった。「構ってほしい」というように、ロットワイラー犬はココの顔のあたりを何度もなめて寄こしたからだ。

 ランディとロンはエレベーターに乗ってしまったが、ココは階段を上がっていこうとしたため、犬は彼女のあとをついていこうとした。そこで、「マリーおねえさんっ!」とココが助けを呼ぶと、マリーは鶏の胸肉を片手に、犬に合図を送った。途端、犬は階段を下りてきて廊下を猛ダッシュしてくる。

「わんたん、いやしんぼうさんですう」

 どうやら咬まれる心配はなさそうだと思ったミミは、とりあえずテーブルの上からは下りた。けれど、犬があんまりガツガツ肉に齧りついているのを見ると、念のためせめてうさしゃんのことは椅子からテーブルの上に避難させるということにしておく。

 子供たちが全員ダイニングに揃い、おやつを食べはじめると――犬はおこぼれをもらえないものかと、テーブルのまわりをうろうろしっぱなしだった。

「ロン、この犬、あんた一体どうするつもりなのよ?」

「まあ、そりゃ人んちの犬だから、帰してこなくちゃいけないとは思うよ。だけど、この脱走の時間がちょっとくらい長くなったっていいじゃないか。こいつ、ウェザビーさんちであんまりいいごはんも食べさせもらってなさそうだし、ずっと鎖に繋がれっぱなしで可哀想なんだ。いくら庭を広範囲に歩けたとしても、そういうのと散歩っていうのは違うだろ」

 ロンはバナナマフィン、ココはブルーベリーマフィンを食べながらそんなふうに話した。マリーはふたりの会話を聞き、廊下の掃除から戻ってくると、犬の頭を撫でながら言った。

「この犬には、イーサン兄さんが帰ってくるまで、いてもらうしかないわね。そのあと、イーサンにウェザビーさんの家まで連れていってもらいましょう」

「だ、ダメだよ、そんなのっ。こんな犬連れてきたって知られたら、お兄ちゃんに叱られるだけだもん。ぼく、あとでこいつ、こっそりウェザビーさんの家のほうにまで連れてくよ。逃げてうろついてるところを見つけたとかって言えばいいだけだし」

「駄目よ。ロンやわたしの力よりも、この犬の鎖を引っ張る力のほうが強いんだもの。そんなんでまた逃げてどっかに行かれたりしたら、誰かが保健所に電話したりするでしょ?人懐っこいいい犬だけど、外見がこうだから、ただ鎖を引きずって歩いてるってだけでも、恐怖の対象としてしか見てもらえないわ」

「…………………」

 ロンは黙りこんだ。彼にとって尊敬する兄に叱られるというのは、どんな小さなことでもなるべく避けたいことだったからだ。

「ま、そんなに心配すんなよ、ロン」と、ココアを飲みながらランディ。「イーサン兄ちゃんだって事情を説明すればわかってくれるって。この犬を飼いたくて拾ってきたっていうんなら、そりゃ激怒もんだろうけど、ウェザビーさんちまで車で連れてってくらいなら、まあまあ許容範囲内だろ」

「そうよ、ロン。それにわたしも、どうせ飼うんならこんなやらしい犬じゃなく、もっと可愛い犬のほうがいいもの」

 ここでランディがひとり、げらげらと笑いだす。

「ココのパンツ、犬がプリントされてたもんな。きっとこいつ、仲間だと思ったんだよ」

「ばーか。そこまでの知能がこのバカ犬にあるわけないでしょ!なんにしても、ロン。次にわたしにこの犬を近づけたら、ぶっ殺すからね」

「わかってるよ」

 そう答えてから、ロンもやっぱり大笑いした。ロットワイラー犬が襲いかかっていった時の、ココの顔……いつも兄というよりは、妹から弟のように扱われる身としては、写真にでも撮っておいたら良かったと、心からそう思う。

 このあと、マリーがイーサンの携帯に電話し、犬の話をすると『すぐに戻る』と彼は言っていた。

「あの……もしお忙しかったら、明日でもいいかなとは思うんですけど」

『べつにお忙しくもないさ。ちょっと大学の図書館で調べものがあったもんでな。だが、そういうことならすぐに帰るよ』

 この時イーサンは、「世界名詩集」という本が並ぶ棚の前にいたのだが、携帯の震えを感じとると電話に出、そんなふうに返事していた。

「なんだ?電話の相手はマリー・ルイスか?」

 ルーディもまた、文学研究科のレポートを書くのに、この時イーサンと一緒にいた。ふたりは名詩のいくつかを読みながら、危うく笑いだすところだったのだが――そんな時、マリーからの電話が鳴ったのだった。

「ああ。ロンの奴が凶暴なロットワイラーを鎖ごと連れ帰ったから、どうにかしろとよ。そんなわけだから、今日はもう家に帰るってことにしないとな」

「イーサン、マリー・ルイスお嬢さんに言ってみたらいいんじゃないか?ぼくの白いミルクを君に流しこみたいってさ」

「アホ!ホイットマンの詩になんぞ、俺は金輪際用なんかないね」

「ははは。『ぼくの精子は白いミルク』って、俺がこんな詩を大学の文集に載せたりしたら、ただの変態としか思われないだろって話だ」

 ここでふたりは顔を見合わせると、大学図書館で笑うのは禁忌と知っていながら、やはり大声で笑った。

「『性交も死と同様、少しもいやらしいと思わない』ってか。女のほうでそう言ってくれればいいが、男のホイットマンに言われても、ちょっと微妙な感じだな。それよりおまえ、シルヴィア・プラスの詩集、借りてくんだろ?」

「ああ。教授のひとりが超のつくフェミニストでな。ジェーン・オースティンやヴァージニア・ウルフを取り上げたかと思えば、今度はシルヴィア・プラスだと。オーブンに頭を突っ込んで自殺した女について何か書けって言われてもなあ。ま、文学部の女の子にシルヴィア・プラスに詳しい子がひとりいるから、ちょいと教えてもらうってことにでもするさ」

「ルーディ、おまえの場合はその過程でいつも課題がよそにいっちまうみたいだから、注意しろよ。『愛は影なのだ。何てよく嘘をつき そのあとで泣くのだろう』なんて、あとで相手の子が思わないようにな」

「おまえこそ、凶暴な犬に咬まれないように気をつけろ。というか、一体なんでそんなことになった?」

 ふたりはそれぞれ、課題をこなすのに必要な本を数冊借りると、イーサンは事の次第を簡単にルーディに説明した。そして、大学図書館のロビーのところで別れるということになる。ちなみに、例のスポーツバーで出会った子の片方と、あのあとルーディは寝たらしい。携帯の番号も交換しあったらしいが、何分、ユトレイシア大とカークデューク大のある都市は離れている。「まったく、イーサンさまさまだな」と、イーサンは彼から深謝されたものである。

 この日、マリーから電話があったことで、イーサンは機嫌が良かった。その犬にしても、ただ自分が車に乗せて隣の町内のウェザビー家まで返しにいけばいいだけなのだとしか思わなかった。ところが、やはりイーサンも粗暴な顔のロットワイラー犬が廊下を走ってくるのを見た時には――やはり度肝を抜かれた。

「一体なんだ、このクソ犬は!?」

 顔や体を拭いて泥を綺麗にしてあったとはいえ、やはり犬からは不潔で不衛生な匂いが漂っていたし、特に嗅覚の敏感なイーサンとしては、その悪臭は我慢できないものだったといえる。ゆえに、顔や手をなめられても少しも嬉しくなく、その口臭にもただ顔をしかめるばかりだった。

「やれやれ。なんて臭い犬だろうな。おい、マリー!この小汚い犬をミミに近づけるなよ。どんな黴菌を持ってるか知れたもんじゃないからな。ところでロン、ウェザビーさんちってのは、大体どのあたりにあるんだ?」

 犬の体に触ると、手のひらが汚れたような感触がはっきりあり、イーサンはすぐに手を洗った。犬が体をこすりつけてきたジーンズやパーカーなども、すぐ洗濯籠に突っ込みたいくらいだ。

「うんとね、学校に行く途中だから、ほんとそんな遠くないんだ。ただ、おねえさんが犬の引っ張る力がすごいから、イーサン兄ちゃんに連れていってもらったほうがいいって言って……」

 ロンだけでなく、ランディとココもこの日は珍しくダイニングで勉強していた。確かにあまりご面相のいい犬とはいえないものの、ロットワイラー犬がいるというだけで、何かが楽しく面白かった。ミミもまた、最初は怖がっていたが、犬の毛を撫でてはきゃっきゃっとはしゃいでいたものである。

「イーサンにいたん!見てみてー」

 ミミは兄の話を聞いていなかったのかどうか、椅子から下りると犬のほうに近づいていって、彼の体を撫でた。すると犬のほうでもお礼をするようにミミの顔をべろりとなめてくれる。

「なんだ、おまえら。その不服そうな顔は?まさかとは思うが、この可愛げのない犬を飼いたいなんていうわけじゃあるまいな?」

「べつにー」と、ノートに算数の解答を書きこみつつ、ココが興味なさげに言う。「わたしは犬なんて興味ないもん。もし仮に飼うとしても猫がいいし、犬なら犬でもっと可愛い小型犬とかがいいな」

「こいつ、顔はこんなだけどさ、いい奴なんだよ。ロンの話じゃなかなか気の毒な身の上らしいし……」

 勉強なんてしたくないランディは、いつも以上に気を散らせつつ、犬の動きを目で追ってばかりいる。

「ぼくはこいつに、もう少しこの家にいて欲しい」と、ロンは意を決して言った。「もう鎖が取れて自由になれる機会なんか、こいつにはないんだ。ウェザビーさんちに送り届けたら、また散歩にも連れていってもらえず、大して食事も与えてもらえないっていう生活に逆戻りだよ。エディの話じゃ、昔あの家のおじいさんが狩猟によく連れていってた犬なんだって。でもそのおじいさんが死んじゃってからは、あんまり構われずに放っておかれたんじゃないかなっていう気がする。ヴィクトリアパークでこいつと会った時、ぼくほんと、びっくりしちゃった。もう自由になれた喜びではちきれんばかりっていうのが、見ていてすごくわかったもんだから……」

「…………………」

 ここ最近、ロンが随分勉強で頑張っているため、何かの褒美を与えてもいいとは、イーサンも思っていた。それが犬を飼いたいというのではまずいが、一日このいかつい犬を屋敷に置いてやるくらいなら、聞いてやってもいいと思ったのである。

「あ、あの、この犬、すごくお行儀がいいんですよ。さっき、片足でてってってって部屋を歩いてたものだから、おしっこがしたいのかなって思ったんです。そしたら……」

 マリーがそう話しはじめると、子供たちはどこか恨みがましい目でおねえさんの顔を一斉に見た。

「ずるいよ、おねえさん!その話は俺がしようと思ってたのに」

「そうだよ。こいつ、おしっこしたいのをずっと我慢してて……」

「でも、屋敷の外に出すまで絶対しなかったの!!」

 最後にココが一番大事なところを言ってしまったため、ランディもロンも、妹のことをじっと睨んだ。ミミはひとり、「わんさん、えらかったですう」と、ニコニコしている。

「まあ、そりゃそうだろ。家の外で飼われてた犬なんだから、家の中で粗相しちゃまずいと思ったんだろうな。というか、逆にむしろそれだと面倒だな。こいつが小便スタイルを取るたんびに、外に連れてかなきゃならないってことだろ」

 ここで子供たちは顔を見合わせ、それが一秒後には明るく輝いたものに変わる。

「えっ!?じゃあ、この犬、うちに置いててもいいの!?」

 ロンは椅子から立ち上がると、ロットワイラー犬のところまでいって、その頭を抱いた。ランディもその体を撫でまわし、「よかったなあ、おまえ」などと声をかける。ココは何も言わなかったが、そのことにはまったく異存なかったようである。

「ただし、明日までだぞ。結局のところ、この犬の所有権はウェザビーさんにあるんだから、返さなきゃならん。もしあの家の犬と知っていてこのまま飼ったりしたらただの泥棒だってことになる」

「ありがとう、イーサン兄ちゃん!!」

 イーサンはロンに抱きつかれても、あまり嬉しくなかった。というより、あの小汚い犬に触ったあとに抱きつかれたのでは、衣類の黴菌が瞬時にして倍に増殖したとしか思えない。

「なんにしても、だ」疲れた、というようにイーサンは自分の席に座り、クッキーのひとつを齧る。「明日までしかいないにしても、この犬の衛生状態は最悪だ。ちょっと洗ってやらなきゃならないだろうよ」

「えっと、その話、さっきも子供たちとしてたんです。でも、犬用のシャンプーなんてうちにないし、人間用のでもいいのかしらって。ペットシーツはとりあえず、ロンが走っていって買ってきたんですよ。でも、そのあと、家の中じゃ絶対おしっこはしないみたいだってことがわかって……」

「べつに、人間様用のボディシャンプーでもいいだろうが。なんにしても、こいつの悪臭に俺は耐えられん。それと、おまえらもあとで今日着た服は全部洗濯籠に入れろ。それと風呂に入ってしっかり消毒することも忘れるんじゃないぞ」

 イーサンが犬のことを浴室(この場合は温水プールのある場所)へ連れていこうとすると、子供たちはみんな一緒についてきたがった。ココは犬がシャンプーされるところを見たかったし、ランディとロンは自分も一緒に犬のシャンプーを手伝いたいのだった。そして最後にミミも当然みんなのあとについていく。

 温水プールの隅のほうで、イーサンはボディシャンプーをたっぷりつけて犬のことを洗ってやった。ロットワイラー犬のほうでもそのことを嫌がるような素振りもなく、大人しく言われるがままになっている。けれど、ロンとランディがしつこいくらい体中をがしがししたため、犬のほうでは最後、ぶるぶると体をふるい、四方八方に泡を飛ばしまくっていた。

「やだ、もー。わたし、何もしてないのに、泡が少し目に入っちゃったじゃない!!」

 子供たちは全員裸足で、ロンとランディとイーサンは、ズボンやジーンズのほうを膝あたりまでまくり上げていた。イーサンは服の裾で目のあたりを拭うココに、シャワーを握らせてやる。

「ほら、まだ寒いからな。こっちにきて手や足だけでも少しあっためろ。で、犬の体もついでに洗ってやれ」

「にいたん、ミミも。ミミもー!!」

「ほら、おねえちゃんが終わったら次はミミな」

 そうして、子供たちは順番に犬の体を洗ってやり――犬のほうでは最後、水しぶきを飛ばしまくってから、今度は体を乾かすのに客間のひとつに連れていかれるということになる。

 そこでそれぞれドライヤーを手にした子供たちから体を乾かしてもらい、次に居間に戻ってきてマリーがロットワイラー犬を見た時には、随分見違えていたものである。

「あらまあ。随分いい男になったのね。ロットワイラーさん」

 犬はダイニングにいたマリーにまたしても勢いよく跳びかかってきたが、その重い体重を受けとめつつ、彼女はその頭を撫でた。微かにボディシャンプーのいい香りが漂ってくる。

「さて、なんにしてもまずはメシだ。俺は腹が減った」

 夜ももう七時だというのに、子供たちの勉強はまるで進んでいなかったが、そのことについてはイーサンも(まあ、今日くらいはいいだろう)と思っている。みんなが犬の体を洗うのに夢中になっている間、マリーはすっかり夕食の用意を済ませておいた。

 今日の夕食はビーフシチューだったので、少し贅沢な気もしたが、マリーは牛肉の余ったのをロットワイラー犬に与えることにした。犬はまず浴場のほうから戻ってくると、ガフガフと水を飲み――水を飲んだあとは顔のまわりを拭いてやらねばならなかった。そのあと、みんなの食卓の下で、実に美味しそうに牛肉のほうを平らげていたものである。

 何故だろう、この日、マクフィールド家ではいつも以上に会話が弾んだ。いつもそれなりに楽しく会話している気はするが、ただ犬がいるというだけでこうも違うものかとみんな思ったかもしれない。

 イーサンもいつものようにはランディに勉強勉強とうるさく言わず、子供たちがロットワイラー犬から離れようとしないのも放っておいた。自分もまた課題をこなすのに読まねばならない本を居間のソファで読み耽り――ミミがまず最初に、「わんたん、おやすみなさい」とうさしゃんともども挨拶していなくなる。次に、ランディとココが出ていき、最後にロンが残って、あらためて兄にお礼を言った。

「兄ちゃん、我が儘聞いてくれてありがとう」

「べつに、我が儘ってほどのことでもないだろ。それに、最近おまえは勉強も頑張ってるし、何かご褒美が必要かなと思ってたから、まあちょうどいいさ。それより、明日にはお別れだからな。その時になってこの犬を引き取りたいとかなんとか、ごねだしたりするのだけはナシだぞ」

「う、うん……」

 ロンはこの時、少しだけもじもじした。何故といって、ウェザビーさんの家でこの犬がもしいらないのなら、どうにかしてうちで飼えないだろうかと、そんなことを考えはじめていたからだ。

 このあとロンは、流石にそこまでのことは言い出せず、犬の頭にキスして、自分の部屋のほうへ上っていった。

「おねえさんも、今日はありがとう。おやすみなさい」

「ええ。おやすみなさい」

 マリーはイーサンが疲れているだろうと思い、彼にコーヒーはいるかどうかと聞いた。すると、彼は「いる」と言うのと同時に、ダイニングのほうに席を移していた。



 >>続く。





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