今回は本文のほうがちょっと長めということで、前文のほうは短めにまとめなきゃならない……ということで、騎士の武器や防具に関する小話でも引用しようかなと思ったんですけど、そういえばわたし、「100分de名著」で「薔薇の名前」の回を見た時……その次の回が「赤毛のアン」だったので、続けて見たんですよ
いえ、自分でも不思議なんですけど、モンゴメリの原作を読み、アニメを見、映画なども見て……もう内容のほうはすっかりわかってる。それなのになお、もう一度解説を見て聞いて楽しめてしまうこの不思議!!
100分de名著は、全四回なわけですけど、あの細かいエピソード満載の赤毛のアンを、果たして四回で上手くまとめられるものかなあ……と思ったりしたんですけど、そこは流石「100分de名著」!!すごく上手くまとまってたと思います♪
それで、今回解説(でいいのかな?)が脳科学者の茂木健一郎先生だったんですけど、それまでわたし自身になかった視点について書かれていたので、そのことを自分的メモ書きとして残しておきたかったのでした。。。
いえ、わたし自身はギルバート症候群にかかってないタイプの「赤毛のアン」ファンなんですけど……茂木てんてーのギルバート推しが思った以上に強くてちょっと驚いたというか(笑)。
なんていうか、ギルバートって、成績も良くてスポーツも出来て、男子からは人望があり、女子からはモテモテでっていう、同性から見た場合結構なところ、「なんだあの出木杉野郎はっ!おもしゃくねえなっ!!」といったタイプと思うのですが、そもそもギルバートは、最初からアンが赤毛かどうかといったことは関係なく「いいな」と思っていた……ここがギルバートの出発点だったみたいな、そんな話なんですよね(^^;)。
ニンジン、と言ってアンの髪のことをからかったのは、自分がちょっかいを出しても振り向かなかったからで……アンが実はそんなに赤毛のことを気にしていると最初から知っていたら、絶対にからかったりなんかしなかった。それで、前回のエレイン姫との関連でいうと、アンが川を流され、しかも舟に穴が開いて困っていた時、偶然そこへ通りかかって助けてくれたのがギルバートだった
この時、ギルバートは「ニンジン」と言った時のことを再度あやまり、「僕たち、友達になれないかな?」とアンに申し出ますが、アンはそれを拒否。「そうかい。僕だって友達になんかなりたくないさ」と言って去っていくギルバート……でも、アンはこの時のことを苦い思いで後悔するようにもなるという、そんな展開です
それで、わたしになかった「赤毛のアン」の新しい視点っていうのが、家族のなかったアンがマリラとマシュウのクスバート家へ受け容れられる→ダイアナという親友、友達に自分という存在を受け容れられる→そして最後、ギルバートという異性に赤毛というコンプレックスも含めた自分の存在を丸ごと受け容れられる――という、なんというか、ひとりの少女のコンプレックス克服物語として読めるという、そんな感じのことでした(^^;)
いえ、「もっと早くに気づけよ」という話かもしれないのですが、わたし、ギルバートが「赤毛も含めたアンをいいな」と最初から思っていた……とはあまり思ってなかったのです。ギルバートはいい奴なので、確かにその人の髪の色その他によって差別したりする人ではないとはいえ、赤毛にコンプレックスを持ってる人に、「君の髪、綺麗だよ」と言っても、相手が本当にそう思っていてさえ、「この人は気遣ってお世辞を言ってるのだ」と思う。でも、ギルバートは赤毛も含めたアンというひとりの少女の存在を本当に好きになった。けれど、ギルバートのそこまでの恋心にアンが気づいて振り向くようになるまでは……本当に長い時間がかかることなわけですよね。。。
なんにしても、「『赤毛のアン』ねえ。なんかべつに面白くなさそう」という方でも、天ぷら☆その他で試聴できると思うので、アニメの第31話、「不運な白百合姫」だけでも見てみてくださいまし。それで、「思ったとおり大して面白くない」という感じだったとすれば大変申し訳ないのですが、わたしも最初は「赤毛のアン」について、「『赤毛のアン?』大しておもしゃくなさそう」と思っていたのに、アニメを見て大号泣してしまい、その後、赤毛のアンについては、村岡花子先生訳のものを全巻読破してしまったくらいでした。
この時の経験がなければ、「赤毛のアン」の他にエミリーシリーズやパットシリーズ、モンゴメリのその他の本も読むことなかったと思います。また、蝋燭作りのところで引用したみたいに、プリンス・エドワード島の歴史であるとか、モンゴメリやアンの生きていた当時の暮らしについてとか……ファンタジーを書く上でもすごく役に立つ知識について、本を読んで知ることはなかったものと思われます
そうした意味でもまた、「赤毛のアン」については、何かの関連事項として文章を再び引用することがあるかな~なんて思ったり♪
それではまた~!!
惑星シェイクスピア。-【23】-
大厩舎付きの馬番に自分の愛馬のことをまかせると、カドールは騎士専用の座席のほうへ真っ直ぐに向かった。事情のわからぬ騎士たちは、『見事な戦いぶりでしたね』と世辞を言うこともなく、また逆に『ひどい負けっぷりだったじゃないか、ええ?』とからかうこともなく――彼がいつも通り冷静沈着な、「何も起きなかった」とでもいったような顔でいたからだろう。次の試合が間もなくはじまるというせいもあり、騎士仲間の多くは次のランスロット対ウーゼル=ベディヴィアの試合のほうが気になるとばかり、じっと闘技場のほうに神経を集中させている。
「よう、カドール・ドゥ・ラヴェイユ。貴様にもオレたちの気持ちがようやくわかったか」
「そうだぞ。おまえの弟が物凄い剣幕で『何故負けた』などとカッカしてしつこく聞いてくるから……何やらそれっぽい答えをとりあえず返しておいたが――まあ、今日で馬上試合も終わりだ。マドールにもようやくすべての謎が解けて、自分もまた実はわざと負けたのだと、そう周囲には言ったほうがいいらしいとわかる時が来たというわけだな」
「弟のことはすまなかった」
自分の右隣と左隣に、クレティアンとパーシヴァルが座を占めるのを見て、カドールは(やれやれ。鬱陶しい奴らめ)と思いつつ、内心で溜息を着いた。きっと陽気な彼らのことだから、今この瞬間がやって来るのを舌なめずりしながら待っていたに違いない。否、自分と白銀の騎士エイミスの試合を見ながら――カドールの奴は一体いつ気づくだろうと、にやにやしてばかりいたに違いない。
「だが、貴公らはどう思う?このランスロットとべディヴィア卿の試合は、ランスロットが勝利するとして……まあ、そのほうが観客である領民たちが喜ぶといったことをべディヴィア卿が理解しているから、そのように互いに打ち合わせがしてあるわけだな。一方、ケイが次に白銀の騎士エイミス殿と当たった場合――まあ、あいつも実に賢い男だから、自分がどう振るまうべきなのかについてはすぐ気づくに違いない。となると、だ。最終的に決勝戦はランスロット対エイミスということになり……当然ランスロットにしても気づくだろう。エイミスが実は何者なのかということをな」
「オレはランスロットがわざと負けるほうに十万ルーデリ賭けてもいいぜ」と、クレティアン。「だって、あいつが勝ったところで一体どんなメリットがある?」
「俺が聞いてるのはそういうことじゃない」と、カドールはいかにも憂鬱そうに溜息を着いた。「俺は貴公らのようにはどうしても楽観的になれぬ。当然、ローゼンクランツ公爵とて、怒り心頭に発するあまり……いや、そのようなことは想像したくもない。ランスロットは俺たちと同じく、エイミスの仕業については笑って許すだろう。観客席の領民たちにしてもそうだ。しかし……」
「兄さん!なんであんな無様な負け方したんだよ。俺はてっきり兄さんがあのエイミスの奴をこてんぱんにのして、あいつの冑を剥いでやって、醜いあばた面でも陽の光に晒してやってくれるものと信じていたのに……」
マドールに後ろの座席からがなりたてられ、カドールは(頭痛い……)と、額に手を置きそうになった。パーシヴァルもクレティアンも、そんな様子のカドールのことを意味ありげに左右それぞれからじっと見てくる。だが、彼は弟の気持ちをよく理解していながらも、最早説明すること自体面倒くさかった。
「まあ、そう兄貴のことを責めるなよ、マドール」と、パーシヴァルが後ろを振り返って言う。「あと……もう何時間だろうな。なんにせよ、今日のうちには決着が着く。そうしたら、きっとおまえも自分があの白銀の騎士さまに負けておいて良かったと思い、兄貴もまた英断を下して情けない負けっぷりを衆目に晒したんだということがわかるだろうさ」
マドールはまだ反論したいことが色々あったが、トランペットの音が響き渡り、騎士の入場を告げたため――それで黙り込んだのだった。こうしてランスロット対べディヴィア卿の戦いがはじまり、試合のほうは白熱した素晴らしいものであったにせよ、大体のところ最初にふたりで打ち合わせたとおりに推移し、最終的にランスロットが勝利して終わった。そして、問題のケイ・ストラスブルグ対白銀の騎士エイミス戦であるが、クレティアンとパーシヴァルのみならず、兄のカドールまでもが床を踏み鳴らすことまでして笑いを堪えるのに必死なのを見て(と言っても彼ら三人は実質的に笑っているも同然だった)……マドールにしても『彼らが負けたことには何か理由があるのだ』と、徐々に理解されてきたわけである。
「やれやれ。あいつも大した役者だな」
ケイが落馬させられたあと、悔しさのあまり騎士らしくもなく冑を地面に叩きつける姿を見て――クレティアンなどは吹きだすようにして大笑いしたものである。
「まあ、そう言うなよ」と、パーシヴァル。「白銀の騎士さまもなかなかの手練れだというのは本当のことだからな。そんな手練れを相手に中途半端な負け方は出来んさ。それに、最後のあの演出はケイにしても多少白々しかったかと内心思ったもんで、焦ってちょっと付け足してみた演出ってとこなんじゃないのかね」
「ねえ、兄さん。やっぱり俺には何がなんだかさっぱりわからないよ」マドールは相変わらずふてくされたまま言った。「結局、兄さんに続いてケイまで負けちゃったじゃないか。なんにも知らない俺なんかからしてみたら……そんなにわざとって感じにも見えなかったよ。どっちかっていうと、本気で戦ったけど負けたみたいな、そんな感じにしか見えなかった」
「そうか。それじゃいよいよ俺たちローゼンクランツ騎士団は、騎士の仕事なぞほっぽりだして、演劇団にでもなったほうがいいってことになるな」
いつもは真面目一本槍のカドールまでが、そんな冗談を言ったため――パーシヴァルとクレティアンはますますおかしくなってきて、腹を抱えて大笑いした。とはいえ、この次のランスロット対白銀の騎士エイミスの試合がはじまるという段になると……流石に彼ら全員の顔から一切笑みが消えた。
「さて、どうなることやら」
「なるようにしかならんさ」
「おお、神よ。ランスロットをありとあらゆる災厄から守りたまえ」
「兄さん、何度考えても俺には何がなんだかさっぱり……」
――まず最初にランスロットが「我が名は誉れあるカーライル・ヴァン=ヴェンウィック騎士団長の息子、ランスロット!そしてこの決勝戦は、ローゼンクランツ公爵さまの名誉に捧ぐものする!!」と名乗りをあげ、次に「我が名は赤き英雄エイミス!ランスロットよ、いざ勝負!!」と白銀の騎士が白馬を巧みに操り、棹立ちにさせることさえしてそう名乗り、闘志を燃え上がらせた。
円形闘技場は大歓声に次ぐ大歓声に包まれ、ランスロットの名を叫びながら赤地に双頭の鷲の旗を振る者が約半数、さらには白銀の騎士エイミスを応援し、アイリスと百合の描かれた紋章旗を振る者が約半数といったところだった。だが、観客たちの心理的なことに目を移して見ると、大体が次のようなところだったに違いない。(ランスロットはローゼンクランツ騎士団における最強の騎士。誰にも負けるはずがない)、(だが、ローゼンクランツ騎士団に属していない者が決勝戦まで勝ち上がってくるなど、前代未聞のこと。最終的には我らがランスロットが勝利するにせよ、がんばれ、エイミス!!)――つまり、彼らの多くは居酒屋で明日どの騎士が勝つかと賭け事までしていながらも、優勝するのは間違いなくランスロットであろうと信じて疑っていなかった。とはいえ、同じ領民の、言ってみれば田舎者が遠く離れた故郷からはるばる州都までやって来たのである。また、観客たちの中に、この馬上試合には実は大枠である程度のシナリオがあると知る者はなかったにせよ、それでも白銀の騎士エイミスは次に一体どのような動きをするのかと、予測のつかない勝負のはらはらする面白さを潜在的に感じていたというのも事実だったろう。
実際、赤き英雄と自ら名乗るエイミスの行動はこの日、それまで公式試合で誰も見たことがないようなものでもあった。レフェリーである紋章官が、ローゼンクランツ・ブロワ両家の旗を交差させて振り、そのふたつを大きく離すと――それが試合開始の合図である。
ランスロットにしてみれば、ローゼンクランツ騎士団の並びなき勇士であるクレティアンやパーシヴァル、それにカドールやケイ・ストラスブルグまでが地に甲冑の膝をつけたほどの相手なのである。彼としては騎士団長である父の名を汚さぬためにも無様な戦いをすることは出来ないという、ただそれだけだった。何より、ここで自分が負けたとすれば、ローゼンクランツ騎士団の名が地に落ちるということでもある。
(悪いがこの戦い、間違いなく絶対に勝たせてもらうぞ!赤き勇士とやら!!)
ところが、ランスロットが長槍を片手に本気で当たろうとしたその瞬間――白銀の騎士エイミスはなんと!馬首を翻して逃げだしたのである。
「何をしている、エイミス!!決勝戦まで勝ち上がってきていながら、馬の尻を見せて俺から逃げるつもりか!最初に名乗りを上げた時の威勢は一体どうしたっ!!」
観客席の声など、無論ランスロットにもエイミスの耳にも届いていなかったろうが――領民たちはこの不測の事態に大喜びだった。赤地に双頭の鷲の紋章旗を持つ者は「戦わんかーい、エイミス!!」と口笛とともにからかい、ブロワ家の空色に花の描かれた紋章旗を掲げる者たちも「男ならば戦えーい!負けてもともと、せめて騎士らしくせんかーい!!」とブーイングの声を上げつつも、今目の前で起きていること自体は面白がっているのだった。
そして、このあと彼らがさらにやんやと拍手喝采する出来ごとが起きた。なんと!エイミスは白馬の鞍の上へ曲芸師よろしく立ち上がったかと思うと――自分と戦うために隣に並んでいたランスロットに飛びかかっていったのである。
(一体なんだ、こいつ……っ!!)
ふたりは折り重なるようにして砂色の地面に倒れ込んだ。お互いの鎧と鎧がぶつかりあい、ガシャッという金属音を立てる。だがこのあと、エイミスはランスロットの上に馬乗りになると、例の見事な宝剣を頭上にかざし――彼のことを殺そうとしてきたのである。
右肩の上、それに左肩の上と、ランスロットはどうにか体をよじってエイミスの攻撃を避けたが、相手の体をどうにかどかすと、自ら冑を脱ぎ(これは降参の意味ではない)、それを地面に叩きつけ、彼もまた背中から見事なロングソードを引き抜いた。
エイミスはまるで『望むところ!』とばかり、「うおおおっ!!」と叫び、ランスロットの懐へ飛び込んでいった。だが、エイミスは宝剣によって襲いかかると見せかけて、まったく別の戦法を取った。つまり、直前で両手持ちしていた剣を右手で持ち、左手で腰から短剣を抜いたかと思うと――それを逆手によって下から上へ振り上げたのである。
(そちらが本命か……!!)
この瞬間、確かにランスロットは一瞬ひやりとした。だが、相手と適切な間合いを取ると、彼は(今度はこちらの番だ!)とばかり、ロングソードによってエイミスの手から宝剣を叩き落とそうとした。しかし、ランスロットから幾度となく繰り出される斬撃を、エイミスはどうにかギリギリのところで凌ぎ切ったのである。確かに、まともに打ち合えばエイミスに勝ち目はなかったろう。だが、前から何度となく戦ったことのある相手なだけに――エイミスには最初から、ランスロットが剣を振るえばどの程度の威力があるかわかっていたのである。
そしてその上で……エイミスは腰に差していた次の武器を使用した。それは唯一、エイミスがランスロットよりも操ることが巧みな、エストックという武器だった。ロングソードは、日本のサムライがかつて使用していたという刀のように、「切って対戦相手を倒す」といった種類の剣ではない。無論、鎖かたびらや強固な鎧を身に纏っていない相手であれば、そのような攻撃法によって対戦者を死に至らしめるか敗北させることも可能であったろう。だが、戦場においてフルアーマーか、それに近い防具を身に纏っている騎士を相手にした場合、「切る」こと自体が難しい。ロングソードとは、その重みによって相手を打撃によって叩き斬るといった種類の武器であり、一方エストックとは槍と同じく刺突型の武器だった。言ってみれば、フェンシングの剣をさらに強化し、フルアーマーの騎士の装甲をも貫き、相手にダメージを与えるタイプの武器なのである。
この時、エイミスはファルシオン(宝剣)によってどうにかランスロットの攻撃をある時は交わし、別の時は鍔迫り合いを演じ、力では相手に勝てぬと最初からわかっているがゆえに、再び後退りし……と、そんなことを繰り返すうち、エイミスは息が切れてきた。一方、ランスロットのほうではほとんど息を乱すでもなく、体力のほうもたっぷり残っているとでもいうような余裕のある面持ちである。
「どうした!?まさかその程度の実力でここまで勝ち上がってきたわけではあるまい?さあ、かかってこい!!受けて立つぞ」
ランスロットは彼らしくもなく、そのような挑発の言葉を口にした。気持ちに余裕がなくなってきているわけではない。ただ、神聖な馬上試合の決勝戦を汚され、誇り高い性格の彼が腹を立てていたというのは事実である。
そしてこの頃になると流石に、観客席側もしーんとしてしまい、固唾を飲んでランロット対エイミスの戦いを見守るようになっていた。だが、彼らふたりは最早そんなことも意識から遠のいてしまい、ふたりきりの世界にいるといっても過言でなかったに違いない。
言うまでもなくエストックのような刺突型の細身の剣では、ランスロットの振るうロングソードと打ち合えば、すぐに折れてしまう。だが、ファルシオンによって打ち合っても、エイミスは彼に勝つことの出来ない自分を知っていた。
(かくなる上は……)
「ランスロット、これを見ろ!もしオレに勝ったら、この宝剣を貴様にくれてやるぞ!!」
そう叫ぶやいなや、エイミスは見事な宝石の象嵌された剣を、ギラギラ輝く太陽に向け、中天高く放り投げた。いつもなら、そんな安易な戦法にランスロットも引っかかることはなかったろう。だがこの時、もしかしたら彼には若干の心の油断があったのかもしれない。というのも、打ち合った時の感触によって、ランスロットにはすでにわかっていたからだ。槍によって正面から戦うことを最初から避けたのも、地上戦へ持ち込もうとしたのが何故だったのかも――クレティアンやパーシヴァル、それにカドールやケイ・ストラスブルグが試合の半ばで(間違いなく勝てる)と相手との実力差をはっきり意識したように、ランスロットもこの時、エイミスに多少ハンデを与えたところで、最終的に必ず自分が勝つとしか信じられなかったのである。だが……。
(なんだ!?これは……まずいっ!!)
ランスロットが中天高く飛んだ剣に目をやったのは、それこそほんの一瞬だった。だが、太陽の光を反射したルビーやサファイア、それにトパーズといった宝石がキラリと輝き――それが目くらましの役目を果たした。そして、それがローゼンクランツ騎士団最強の男の隙を生む結果となったのである。
事実、ランスロットがこの目くらましによって視界を奪われたのはほんの一瞬のことではなく……秒で数えたとすれば、彼は約二十秒ほどもの間、何も見えない状態に置かれたのだ。そして、次にランスロットがはっきり目が見えた時、彼は利き手である右手の肩に鋭い痛みを感じ、ロングソードを地に落としていた。エイミスのエストックの鋭い切っ先が、ランスロットのショルダーアーマーの装甲さえ貫き、痺れるような強い痛みを彼に与えていたからである。すかさず、ロングソードを蹴り上げ、それを自分の両手に持つと――エイミスは「死ね、ランスロットっ!!」と叫び、それを彼の首目がけ、振り下ろそうとしてきたのである。
だが、次の瞬間……エイミスとランスロットの間に入り、エイミスの振り下ろしたロングソードを受け止める者の姿があった。彼自身すぐれた騎士でもある、紋章官のベルディラック・ドゥ・オットデゼールである。
「もう十分でしょう、白銀の騎士エイミス。気が済んだのなら、剣を収めなさい」
「……いいだろう」
エイミスは審判であるオットデゼールの言う通りにした。というより、ローゼンクランツ騎士団最強と謳われる男を倒し、すこぶる気分が良かったので、最早この場に長居は無用とばかり、ピィと口笛を吹くと、自分の愛馬を呼び寄せた。
「待て……っ。貴様、一体どういうつもりだっ!!こんなことをしてただで済むと思うなよ」
「ふふん。負け惜しみは見苦しいぞ、ランスロット。男ならば潔く己の敗北を認めるがいい。もうこの場に用はないので、私は去る。ただそれだけのこと……」
だ、と言いかけて、エイミスは次の瞬間頭がくらくらした。というのも、ランスロットが目にも止まらぬ速さで白銀の騎士殿の首を羽交い絞めにしてきたからである。
(しまった……!!)
「槍で敵わないと見たから地上戦に持ちこんだ……まあ、そこまではいい。馬上試合のルールでも、それは反則ではない。ただ、誇り高い本物の騎士というのは貴様のような外道とは違い、落馬した時点で己の負けを潔く認めるという、それだけのこと。そして、このように槍も剣も失った騎士が隙を突き、最終的に体術によって相手を倒すということも――本来であれば、反則ではない」
ランスロットがエイミスを羽交い絞めにしたのは、理由あってのことだった。せめても、騎士としてこのような辱めを与えた相手の顔を拝んでおきたいと、そう思ったのである。
「やめろっ!離せ、ランスロット。やめろおぉっ!!」
オットデゼールが事の次第について、ローゼンクランツ公爵とハムレット王子の御前で膝をつき、報告しようとした時のことだった。「我が君、非常に申し上げにくいことなのですが……」と、彼が歯切れ悪く話しはじめて間もなく――ランスロットがエイミスを羽交い絞めにしたかと思うと、白銀の騎士の冑を剥ぎ、彼らのみならず観客席の全員に彼の正体がわかってしまったのである。
「まさか、おまえ……」
輝くばかりの赤褐色の長い髪が、ランスロットが冑を剥ぐのと同時、空中に溢れ出た。そして、そのことに誰より驚いたのは――観客席にいる誰よりも、対戦相手だったランスロット本人だったに違いない。
「だから言っただろう、オットデゼール」
ランスロットの体を容赦なく突き飛ばすと、先ほどまでエイミスと呼ばれていたはずの人物は、溜息を着いて紋章官である彼の元まで歩いていこうとした。最早、観客席からは動揺のどよめきさえ起きず、これから一体どうなるのだろうというしーんとした静けさしか存在してはいない。
「ランスロットはわたしの正体にも顔を見るまで気づかないような鈍い馬鹿な男なんだ。父上、このとおりわたしはローゼンクランツ騎士団最強と言われているだけの男を倒しました。これで、わたしとあの男との婚約は無効としていただきたく存じます。というのも父上はこのわたしに夫となる男から一本でも取ることが出来たなら、ランスロットとの婚約を解いてもいいと、そうおっしゃたからです。騎士に二言はないと申しますから、お約束のほうは必ず守っていただきたく……」
共犯であるとして、どのような処罰をも受ける覚悟で、オットデゼールはただ、主君ふたりの前で頭を垂れたままでいた。実は事の次第は次のようなことだったのである。オットデゼールは審判という役割ということもあり、出場する騎士たちの動きをよく見ていた。ゆえに、白銀の騎士エイミスとマドール・ドゥ・ラヴェイユの第一試合の時から、とっくに赤き勇士とやらの正体が誰か、わかっていたわけである。
だが、彼の場合は騎士仲間であるクレティアンやパーシヴァルのように、半ば面白がりつつ事の推移を見守っていたというわけではまったくない。むしろ、クレティアンやパーシヴァルといった騎士たちが、その正体に気づくかどうかは別として、エイミスを上手くいなすような形で倒してくれるものと信じていた。ところが、エイミスの正体に気づいていながら彼らはわざと負ける道のほうを選び――さらにカドールやケイ・ストラスブルグといった勇士までもが、白銀の騎士殿に勝利を譲っていたわけである。
とはいえ、ランスロットはローゼンクランツ公爵家の次女とは幼なじみであるのみならず、その後婚約まで結んだ関係であり……また、騎士にとってこの上もなく神聖な馬上試合を守りたいとの思いから、白銀の騎士が何者かに気づいても、彼ならば実力差のある相手に対し上手いやり方で勝利してくれるに違いないと――オットデゼールはそう信じていたわけである。ほんのつい先ほどまでは……。
「ば、ばば、ばっば……」
(ば?)と、ローゼンクランツ公爵の周囲にいた者は誰しもがそう思った。隣に座っていたハムレットも、カミーユ夫人も、後ろにいた四人姉妹やタイスたちの全員が。
「ばっかもーんっ!!ぎっ、ギネビア、おまえは一体自分が何をしたかわかっておるのかっ。神聖な騎士による馬上試合を汚したのみならず、さっきのおまえの見苦しい戦いぶりは一体なんだっ!!正面切って戦えば勝てぬとわかっておるから逃げまわり、さらには反則技まで使ってランスロットに恥をかかせたという、ただそれだけではないかっ」
「ですが、それでもわたしは勝ったのです、父上」
ギネビアのほうでは悪びれることさえなかった。
「ランスロットだけでなく、ローゼンクランツ騎士団の並居る勇士であるクレティアン・ドゥ・ルノーにも、パーシヴァル・ドゥ・オトゥールにも、カドール・ドゥ・ラヴェイユにも、ケイ・ストラスブルグにも……けれどわたしは騎士にはなれませぬ。単に男ではなく、女であるという、ただそれだけの理由によって」
「馬鹿なことを……おそらく、オットデゼールだけでなく、クレティアンもパーシヴァルもカドールもケイも――戦っている最初のうちか、あるいは途中からでもおまえの正体に気づいておったのだろう。一度私の娘であると気づいてしまえば……いや、そうでなくともだ。女性(にょしょう)に傷ひとつでもつけたとすれば、それは騎士としての名折れ。そう思いわざと負けてくれたのだろうよ。それをおまえは何を調子にのって勘違いしておるのだ。私のほうこそ恥かしいあまり、彼らに顔向けも出来ぬほどだというのに……」
「もしそうであってもです、父上」
ギネビアはオットデゼールに習うように、彼の隣に膝をついたまま、続けて言った。
「クレティアンたちがもしわたしに道を開けてくれたのだとすれば、わたしの高尚な目的に気づいていたからです。先ほどの戦い、父上も見ていたでしょう。パーシヴァルやカドールやケイが、わたしが白銀の騎士エイミスなどでないと気づいていたかどうかは知りません。ただ、ランスロットは気づきもしなかったどころか、わたしが男で間違いないと信じて、羽交い絞めにまでしてきたのですよ。そのような男が果たして本当にローゼンクランツ家の婿として相応しいものでしょうか」
「何を言っておるっ!!ギネビア、おまえこそ自分の身の上をとくとわきまえよ。おまえのようなお転婆のじゃじゃ馬を一体誰が嫁にもらってくれるというのだ!?言ってみれば私はな、心の中では申し訳ないと思いつつ、ヴァン=ヴェンウィック家に手に負えない男勝りの次女のことを押しつけたのだぞ。おまえは自分よりも強い男でないと絶対嫁になど行かないと言い張っておったな?だからだ。第一、ランスロットほどの男の妻になれることを名誉と思う女がこの国には五万といるだろうに、それをおまえは……」
「父上、その話についてはもう聞き飽きました。ようするにランスロットはその五万人の女の中からでも、『彼女こそ自分に相応しい』と感じる女性を妻として娶ればいいのです。そうではありませんか?」
「うるさいっ!!とにかく、ギネビアよ。おまえのたわ言につきあっておる暇はここにいる誰にもないことだけは明らかなのでな、とにかくおまえにはわたしがいいと言うまでの間、謹慎することを命じる。追って処罰のほうは下すことにするが、それでよいな?本来であれば、手打ちにするか、幽閉して二度とそこから出て来られぬようにしてやるところだぞ。だが、おまえが男ではなく女であるがゆえに、私もみなも『思慮の足りない女のしたこと』として、笑って許してやれるのだ。そこのところ、謹慎中によく考えるのだな」
「はい……」
隣にいるオットデゼールにも、そば近くのハムレットにも――ギネビアが怒りと恥辱のあまり震えているのがわかった。だが、彼らは(かといってどうしてやることも出来ぬ)と思い、口を鎖しているしかなかったのである。
「お待ちください、公爵さま」
ランスロットがギネビアの隣に膝を突くと、彼女の顔には今度、隠しようのない嫌悪と軽蔑の情が満ちているのが誰の目にもわかる。
「ギネビアは俺の婚約者です。その婚約者がこのように神聖な騎士たちの馬上試合を汚したことの責任は……おそらく俺にもあります。それゆえ、彼女に罰を下すのであれば、この俺にも同様に罰をお与えください」
「そうとまで言ってくれるか、ランスロットよ。まったくもって、貴公ほど素晴らしい騎士はこの世界に存在せぬほどだというのに、何故ギネビアにはそのことがわからぬのか……」
ローレンツが溜息を着いていると、とうとうここでギネビアが切れた。その前までは、領民たちの目もあり、公爵である自分の父にこれ以上恥をかかせてはいけないといった配慮が、彼女の中にも残っていたというのに。
「いいかげんにしろ、ランスロット!!この身の毛もよだつ偽善者めっ!!おまえなんか、おまえなんかっ……本当は姉さまのことが好きなくせに、単に親がそう決めたからなどというくだらん理由によって女とも思ってないわたしと結婚しようというのだぞっ!!まったく、気味が悪すぎて、最近では貴様の顔を遠くから見ているだけで吐き気と寒気までしてくるわっ!!」
おそらく、こんなことには慣れっこになっているのだろう、ランスロットのほうでは顔色ひとつ変えることさえなかった。ギネビアが真実の想い人だと暴露した、テルマリア=ローゼンクランツが目の前にいるにも関わらず。
「何をいう、ギネビア。テルマリアさまはすでに、王家にお輿入れが決まっている身のお方。そのような高貴な方に騎士であるこの俺が横恋慕するなど、絶対にありえぬ。それよりも俺にはわかっているのだ。おまえのように気の強い女性と結婚できるような男は、この世界広しと言えども、俺くらいのものだろうということがな。ゆえに、婚約者に対する今回の無礼な振るまいについても許してやろう。それもまた、ひねくれ曲がったおまえの、奇妙な愛情表現なのだとでも思ってな」
(きっ、キモいっ!!マジで気持ち悪い、こいつ……っ!!)と、衆人環視の元でなければ、ギネビアもそうはっきり口にしてやったことだろう。(しれっとよくもそんな心にもない嘘をつくことが出来るな)というようにも。
「公爵様。この件に関しては我々も同罪でございます」
クレティアンが、ランスロットの隣に跪き、そう頭を垂れて申し上げた。彼の横にはさらに、パーシヴァル、ラヴェイユ家の兄弟、それにケイ・ストラスブルグの姿もある。
「お嬢……いえ、ギネビアさまに罰を下すというのであれば、白銀の騎士エイミスに敗北を喫した我々も、騎士として不甲斐ないとして、罰を与えられるのが当然と考えまする」
「ううむ。卿らまでもが、そこまで言ってくれるか……が、まあ、主らにしても、女が相手ではまともに戦えぬと判断しただけのことなのであろうな。今回のことは、良い機会だ。卿らの口からも、自分が公爵の娘であったから上手く負けてもらえたのだということを……愚かな我が娘に言い聞かせてやってくれると助かるのだがな」
「恐れながら、公爵さま」と、今度はパーシヴァルが言った。「少なくとも俺は、手を抜いたりすることはありませんでした。ギネビアさまはまったく、女性にしておくのがもったいないほどの槍と剣の使い手であり、さらには馬術にも優れておられます。ゆえに、俺は実力で戦って真に負けたのです。これは一介の騎士としてまったく恥ずべきことです」
「残念ながら俺もです」と、カドールもまた口添えした。「ギネビアさまの実力については、公爵さま所有のローゼンクランツ騎士団の全員が認めるところでもあります。ですから、ギネビアさまがかねてよりそのように望んでおられたとおり、騎士団の一員に名を連ねてもよろしいのではないかと……僭越ながら、そのようにも思います」
マドールもケイ・ストラスブルグも、カドールとまったく同意見だというように、同様に頭を垂れたままでいる。彼らにはわかっていたのだ……ギネビアは幼き頃より騎士団に混ざって剣術を学んできた。また、その時点ではローレンツ自身がそのことを黙認してもいたのだ。いずれ年ごろともなれば、自然と飽きて別のことに関心を移すだろうと、そのように考えて……ところが、ランスロットと婚約するのと同時、騎士団の練習場への出入りを禁じられ、欲求不満が溜まっていたのが爆発し、今回のこのような行動へギネビアを走らせたのだろうということが。
「ううむ。まったく、困ったものだのう……」
ローレンツが重い溜息を着いているのを見、カミーユが自分の夫に知恵を貸そうとした瞬間のことだった。ハムレットが「ではこうしてはいかがでしょう、公爵」と、意見したのである。
「今回の馬上試合の優勝者は、ギネビア=ローゼンクランツである……ということは間違いないのでしょう、オットデゼール紋章官殿」
「はい。騎士同士の馬上試合においては、どちらかが落馬させられたり、相手から冑を取られたとすれば、通常それが負けの合図ではあります。ただし、それは騎士としての名誉を重んじての行動であって、正式なルールでは、稀にではありますが、同時に落馬するなどの事態が起き、地上戦となったとすれば、剣で決着をつける、あるいは体術によってでも相手に負けを認めさせるまで続くということはありえます。ゆえに、私は審判役の紋章官としては白銀の騎士エイミス……いえ、ギネビアさまの行動を反則とは致しません」
「わかりました。では……この国の王子であるオレのほうから、ギネビア=ローゼンクランツに、馬上試合の優勝者として褒美を取らせることにしましょう」
ハムレットは言うが早いか、闘技場を囲む塀をひらりと乗り越え、跪いているギネビアの元までつかつか歩いていった。それから、腰帯から白銀の剣を抜き、それをギネビアの肩に置く。
「ハムレット=ペンドラゴンの名において、汝、ギネビア=ローゼンクランツをここに騎士として叙任する。以降、汝の命は我がものとなり、いついかなる時も騎士として国の正義に仕えることを今ここに誓え」
「……誓います。このギネビア=ローゼンクランツ、必ずや騎士として王子さまのお役に立ち、この命尽きるまで、国の正義にお仕えすることを、今ここに間違いなくお約束致します!!」
ギネビアは身に余る栄誉に、暑い中でも鳥肌が立ち、体が震えそうになるほどだった。何より、それ以前に彼女にとっては騎士仲間たちが取ってくれた行動が嬉しかった。そして、そうしたみなの思いやりだけでも十分だと思いかけていたのに……ギネビアはこの時、不覚にも涙がこみ上げそうになり、必死に堪えねばならぬほどだった。(ここで泣いたとすれば、それこそまさしくまるで女のようではないか)と思い、どうにか堪えたのではあったが。
「よし。これでギネビア=ローゼンクランツは名誉あるローゼンクランツ騎士団の一員ということで、よろしかったかな?」
ハムレットはそう言い置いて、くるりと公爵のほうを振り向き、自分の座していた席のほうまで戻ってきた。そしてこの次の瞬間、円形闘技場は歓呼の声で沸き返った。「ローゼンクランツ騎士団、ばんざあ~い!!」、「公爵さまも、ギネビアさまもばんざあ~い!!」という歓声とともに、ローゼンクランツ・ブロワ両家の紋章旗がほとんどすべての座席で振られているほどだった。
「やれやれ。女というものは増長させるとよくないのだがな」
「まあ、いいじゃありませんか」と、頭痛を覚えているような仕種の夫に対し、カミーユは言った。「うちには他に四人も可愛い娘がいるんですもの。ひとりくらい、女の身で騎士になったところで、一体どんな不都合がありまして?」
「やれやれ。おまえといい、騎士団の面々といい……何故こうもギネビアに甘いのであろうな。何よりもハムレット王子、申し訳ありませんでした」
フランツは腰帯の鞘に再び剣を収め、王子が戻ってくると頭を下げて礼をした。
「あくまで形式上のこととはいえ、あのような名誉を我が娘に与えてくださり……何より、場のほうがこれで丸く収まりましたからな。やれやれ。ハムレットさまがあのように申し出てくださらなければ、私はさらに自分と自分の騎士団とに恥と泥を塗るような言葉を口にしていたやもしれませぬ」
「いえ、実はオレのほうこそ助かったのですよ」
そう言って、ハムレットはローゼンクランツ家の四姉妹が一瞬頬を赤らめそうになるほどの笑顔で、にっこり笑った。また、ハムレットがそう言ったことには理由がある。彼は白銀の騎士エイミスが登場するたび、胸が躍り、血肉が興奮で沸き返った。それとは逆にランスロットが華麗な馬術と槍使いによって勝利するたび、彼は心の中では親指を下にしていたのである。というのも、最終的に優勝者である彼に自分が勝利するという茶番劇を演じなければならないがゆえに……このままエイミスがローゼンクランツ騎士団最強の騎士ランスロットを打ち破って優勝してはくれまいかと、彼が登場するたびにそのことを願ってばかりいたような気がする。
無論、白銀の騎士エイミスが実は女性であり、さらにはローゼンクランツ家の次女であるとまではハムレットも他の誰も気づかずにいたわけだが、最初に書かれていたシナリオの枠を大きく打ち破るような役者としてエイミスが暴れ回ってくれたお陰で――最後にはある種の清々しささえハムレットは味わっていたと言える。
(そうだ、こんなこともあるのだ)と、ハムレットは思った。(一体誰が馬上試合に女性が騎士に化けて登場し、最後には優勝してしまうだなんて考える?オレにしても、これほどまでの素晴らしい騎士たちを醜い戦争へ向かわせ、これから王権を得るなどということが……本当に出来るのか、そうすることが正しいのかと迷っている部分があった。だが、ギネビアのように勇気を持って行動さえすれば、結果のほうは必ずついてくるものなのかもしれない)
ランスロットがギネビアの冑を剥いだ瞬間のことを、ハムレットはその夜になっても脳裏にまざまざと思いだすことが出来た。まるで赤銀(あかがね)の陽光の中で輝く暁の女神の如く美しい彼女のことを……そしてそのあと、破天荒なギネビアの戦いぶりの数々を思いだし、最後にはベッドの中で笑いだしたのは――何もハムレットひとりだけでなく、ローゼンクランツ騎士団の面々を含めた、城砦都市に住む市民の多くがそうだったに違いない。
>>続く。