こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア。-【22】-

2024年02月23日 | 惑星シェイクスピア。

 

 こちらの本が、この小説の種本に近いものかもしれません♪

 

 他に人名としてはレオン・ゴーティエの「騎士道」という本や、スコットの「アイヴァンホー」などから適当に(?)引用させていただいているような感じかな~なんて

 

「騎士道」については、いずれまた前文のどこかで紹介しようと思ってるんですけど、最初のほうにこの小説は「シェイクスピア+アーサー王物語=??∞??」みたいな感じと書いた覚えがあるものの、こちらの「アーサー王物語」は、読んでいて久しぶりに鼻血が出るほど大興奮した本です

 

 いえ、わたし、確か高校生くらいの頃だったでしょうか。トマス・ブルフィンチの「アーサー王物語」を途中まで結構頑張って読んだ記憶あるんですけど……読むのが(退屈という意味で)苦痛で、最後まで読み通せなかったという記憶があります

 

 とはいえ、ファンタジー書こうと思ったら、「アーサー王物語」は必要最低限でも押さえとけ!!みたいなお話であることから……わたしもどうにかして読み通そうと頑張ったんスよ。マジ頑張ったっス。でも、最後までは読めなかったっス……というトラウマ(?)から、こちらの本もそんなに期待してなかったのに、これがもう、わたしにとってはその1ページ1ページが宝物かというくらい、本当に神々しいまでに素晴らしいっ!!

 

 それで、著者であるアンドレア・ホプキンスさんの物語のまとめ方が巧いこともさることながら、収録されているアーサー王伝説に関連した絵画や挿絵がもう「これでもかっ!!」というくらい、ファンのイマジネーションをくすぐることこの上もなしっ!!という感じで本当にもううっとりしてしまいます

 

 ↓に関して言えば、このあたりからローゼンクランツ騎士団のランスロットが出てくる……といった展開なのですが、ヴァン=ヴェンウィックという名字については「ちょっとどうかな~」なんて思いつつ、本の中にこうあったところから取りました。。。

 

 

 >>墓場のまんなかには大きな金属板があった。金銀、宝石、エナメルでみごとな細工がほどこされている。その上にはつぎのような碑文が刻まれていた。

 

 板を持ち上げることができるのは、この悲しき城を征服する者のみである。その男の名はこの裏側に書かれている。

 

 いままで多くの者が、この騎士の名を知ろうと、力と技をつくしてこの碑文を持ち上げようとした。城主も八方手をつくして騎士の名を知ろうと試みた。名前がわかれば、殺してしまうこともできるからである。人々は、まだ完全武装のままの若武者を墓のところまで導き、碑文を見せた。若者は長いあいだ学問をしていたので、これを容易に読むことができた。読み終えると、若者は金属の板のまわりをじっくりと観察する。そして仮にこれが墓からはずされて、道のまんなかに置かれていたとして、世にも屈強な騎士が四人がかりでかかったとしても、短いほうの縁を持ち上げることさえ容易ではないと思った。しかし若者は長いほうの縁を両の手につかみ、高々と持ち上げた。すると、縁は頭上たっぷり一フィートのところまで上がった。そうして若者はそこに書かれている文字を読む。

 

 ベンウィックのバン王の息子、湖のラーンスロットはここに眠るであろう。

 

 若者は板をもとに戻す。書かれてあったのが自分の名前であることはわかっていた。

 

(「図説・アーサー王物語」アンドレア・ホプキンズさん著、山本史郎先生訳/原書房

 

 また、ランスロットと言えば「赤毛のアン」好きのわたしとしては、アンが彼に恋するエレイン姫に扮して川を下っていったあのエピソードが思い出されたり(笑)。かなりお話進んでからとはいえ、この小説の中にはエレイン姫ものちに登場したりします(まあ、わたしなりの解釈によるエレイン姫というのがなんですけど^^;)。

 

 それではまた~!!

 

 

 

       惑星シェイクスピア。-【22】-

 

 五旬節にある、林檎の花祭りの頃、トーナメント形式による馬上試合の大会が催された。だが、こちらのほうは城砦外で行われた戦争の模擬戦とは違い、脱水症状を起こして倒れる者もいなければ、大きな怪我をするような者もほとんどなく――礼節を重んじた、ある一定の儀式にのっとり、練習通り忠実に行なわれる……といった種類のものであったようである。

 

 ローゼンクランツ宮殿の東側の麓にある、円形闘技場の階段式の座席では軽く二万人を収容することが出来たが、騎士たちの馬上試合が行なわれるたび、そこは常に満員となったようである。軍隊を維持し、さらには彼らの装備品についても準備万端整えておくためには莫大な費用がかかる。それらはローゼンクランツ領の公庫から歳出されているが、領民が支払う住民税等によってその多くが賄われている。ゆえに、領民たちに「自分たちが税金を支払っているだけのことはある」騎兵隊の訓練成果を定期的に見せておくというのは、非常に重要なことだったのである。

 

 ハムレットはこの時も、騎士たちが入場して来て槍や剣を戦わせるのが一番よく見える場所で、日除けの天蓋の付いたその下にいた。ローゼンクランツ公爵や公爵夫人、夫妻の美しい娘たち、それにギベルネスやタイス、ディオルグや他のみなもおり――近隣の座席には、市庁舎に勤める高官たちや貴族らが着飾った姿で座を占めていた。

 

 騎士たちの入場を告げるファンファーレが響き渡ると、私語によってざわついていた闘技場内が一瞬にして静まる。まず、東側の出入り口より公爵夫人のブロワ家の紋章地を身に着けた騎兵たちが十頭ばかりも出てきたかと思うと、次の瞬間には西側の出入り口からローゼンクランツ公爵家の双頭のワシの紋章を身に着けた騎兵たちが同じように出てくる。両軍ともに、馬を数周ばかりも規則正しく走らせたあと、「止まれいっ!」という騎士団長の掛け声とともにスピードを落とし、順に馬を停止させてゆく。そして今度は対角線上にまるで対になるように馬を並べさせると、右足、左足、と完全に馬の足並みを揃えつつ、槍を交わらせあい、盾をぶつかり合わせ、馬の立っていた位置をお互いに入れ替えた。

 

 整然と並ぶ十組の騎士たちは、全員正装をしており、よく磨き上げられた鋼鉄の鎧に篭手、それに冑を身に着けている。ただ、東側陣営の騎士たちは盾にブロワ家の紋章である、空色の地に三つの徽章化されたアイリスと百合の描かれた盾、そして同じ模様の入った衣装によって馬も飾っており、西側陣営の騎士たちは赤字に黄金のワシの描かれた盾、それに馬もまた同じ紋章地の衣装によって装われていた。

 

「いつものことですけど、あなたったらずるいですわ」

 

 淡青色の上品な絹のドレスを着たフランツの奥方であるカミーユが、扇子で口許を隠すようにして、そっと隣の夫に囁く。彼女の姿を見てからローゼンクランツ公爵家の五人姉妹たちに目を移すと――長女と三女と五女が母親の美貌を特に受け継いだことがわかっただろう。そして次女のギネビアは両親の良いところをふたつとも与えられたような容貌をしており、四女のエリザはどちらかというと父親似であった。

 

「結局のところ、東王朝を暗示させるわたしの軍が負けて、あなたがお勝ちになるのでしょ。勝敗のほうが最初から決まっているだなんて、不公平だわ」

 

「まあ、そう言うな」自分の妻が怒った振りをしているだけだとわかっているローレンツは、鷹揚に妻の不満を笑った。「今回はハムレット王子も同席されているのだぞ。これから起きる戦いのことを思えば、西側陣営に勝ってもらねば困る。何より、縁起が悪いという意味でもな」

 

 カミーユの出身であるブロワ家は、かつて東王朝と西王朝が今のように二つには分かれてなかった頃にまで血筋を遡れる由緒ある家系である。ゆえに、彼女の家系の者は西王朝のみならず、今も東王朝にも存続しているわけであるが、現在は東のブロワと西のブロワとして対立しているというのが実状であった。

 

 こののちも馬芸が披露され続け、それぞれの騎士たちが弓の腕を競い、的には様々なものが選ばれていたが、それは時に笑いを誘うものも選ばれていた。林檎や桃のような小さなものであることもあれば、案山子やおかしな道化人形の頭の上にある三角帽であることもあり――そうした的に矢が正確に射られるたび、やんやの拍手喝采が座席のほうからは上がるというわけだった。

 

 その後、若干の休憩を挟み、馬上試合トーナメントの第一試合がはじまった。東側陣営、西側陣営から騎士がそれぞれひとりずつ、愛馬に跨って登場する。ローゼンクランツ騎士団にて紋章官の役を務める者がレフェリーとなり、ブロワ家、ローゼンクランツ家の紋章の描かれた旗を右手と左手にそれぞれに持ち、それが交互に振られることが――試合開始の合図であった。

 

 試合のほうのメンバーはそのほとんどが騎士団の構成員であったが、他に飛び入り参加も可能であり、他の城壁都市などに住む者が公式の馬上試合にて見事な戦いぶりをしたことで、身分と給金を保証される騎士として取り立てられることもあるため、そうした者たちにとって馬上試合というのは大きなチャンスとも成り得ることだったようである。

 

 そうした兼ね合いもあることを考えると、馬上試合のトーナメントは決して出来レースとも言えない部分が存在するわけだが、いかに腕に覚えがある者といえども、正式な騎士として日々鍛錬している強者たちに勝てることはまずもってほとんどないとは言えたに違いない。また、騎士たちはこの<見世物>(ショー)としての意味合いが強い試合において、観客らを楽しませるために十分稽古を積んでいる。ゆえに、どちらが負けるかが最初から決まっているなどとは――関係者でもない限り、気づける者はまずもっていないはずである。

 

 また、このトーナメントは一日では終わらず、午前の部、午後の部と分けて、一週間ほども続く。一日目は三試合が行われてとりあえず終了となったが、三試合目の馬上試合にランスロットが登場すると、観客席の熱気はこの日最高潮というまでに跳ね上がっていた。彼には女性たちから黄色い声援が送られるのみならず、子供たちはこの騎士ランスロットに憧れ、男たちもまた彼の惚れぼれするばかりの槍捌きによる戦いぶりに熱狂してやまないのだった。

 

 それでも、すぐに勝ってはつまらないとばかり、西陣営側の紋章地にて着飾った馬を走駆させるランスロットは、時に相手をからかうように挑発しては、東陣営側の騎士にあえて攻撃させるということを繰り返しつつ――彼が手を抜いているらしいのは明らかだった――最終的に相手の冑を見事に自分の手で剥ぎとり、こうして相手は降参すると、馬上で両手を上げたまま、自分が入ってきたのと同じ東側の入口へとそのまま去っていった。

 

 こうして、馬上試合トーナメントの一日目は、「ラーンスロット!ラーンスロット!!」という、観客席の一大合唱によって締め括られたわけだが……ハムレットとしてはこの時、いささか複雑な気分を味わわざるをえなかったものである。何故かというと、このまま順当に何事もなく試合が進んでいった場合――優勝者は当然ランスロットということになるだろう。ゆえに、ハムレットはすでにランスロットと模擬演習の打ち合わせまでしていたからである。

 

「ハムレットさま、馬上試合にておそらく優勝するのはこの俺ということになるでしょう。そして、試合の最後に王子さまがこの俺に勝ったとなれば……我が騎士団にて一番の強者はハムレット王子、あなたさまということになります。ただ、ハムレットさまに俺が少しばかり槍で突かれ、わざと落馬したといったような体では流石に興醒めというもの。そこで、出来るだけ白熱した熱演を――いえいえ、大丈夫ですよ、王子。観客の民らも流石にそこらあたりのことは空気を読むでしょうから」

 

 黒ずくめの胴着を着たランスロットは、百九十センチばかりも上背のある、引き締まった筋肉の持ち主だった。その時、ハムレットはタイスとディオルグのみを連れ、人払いをした闘技場内にて騎乗したランスロットと向きあっていた。ハムレットは実際に馬に乗る前に、陸上戦における基本の戦い方、槍や剣、短剣の扱い方をランスロットから習っていたが、騎乗して槍を扱うのはさらに難しかった。ランスロットは戦争の模擬戦で使っていた5.5メートルばかりもある長槍は使わず、まずはトネリコで出来たその半分もない長さ(約1メートル80センチほど)の槍によってハムレットに稽古をつけてくれた。

 

 彼は実に気のいい男で、ハムレットが王子の血筋であるからといって、変に度を越したまでに恭しいといった態度でもなく、ハムレットが自分で自分の身くらいは守れるようにと、おそらくは公爵から仰せつかってのことなのだろう、教えるべきところは厳しく教え、それでいて失礼なところもなく、礼儀と筋の通った態度で接することの出来るという――実に稀有な、凛々しい男だったと言える。

 

 こうして、ランスロットが何日にも渡って馬上での槍稽古をつけてくれたことで、ハムレットもそれなりに格好のつく試合を出来るようにはなったのだが、これだけ民衆に人気のある騎士ランスロットを自分が倒したとした場合……それは間違いなく「やらせ」であることは誰の目にも明らかなわけである。かといってブーイングを起こすわけにもいかないとなったら、円形闘技場はすっかり白けた雰囲気に包まれることになるのではあるまいか――そんなことをつらつら考えるうち、ハムレットは何やら最強な戦いぶりを見せるランスロットがだんだんに憎らしくすら思われるようになっていたものである。

 

 ところが、トーナメント開始二日目、ハムレットが心踊るような出来事が起きた。東側陣営の入口から出てきた、フルアーマーの白銀の騎士が巧みな手綱さばきにて登場すると、西側陣営の騎士を一瞬にして落馬させてしまったのである。それは決して、ランスロットが見せたような電撃の一撃――といったようには見えなかった。ただ一度、槍が交差したかと思うと、代々騎士の家系であるマドール・ドゥ・ラヴェイユの肩のあたりを一突きにしたのであった。

 

 それが目にも止まらぬ早業であったように見えたため、観客は一瞬呆気に取られたが、落馬して尻餅をついたような格好のマドールのほうこそが、自分の身に起きたことを理解していないかのようだった。そして彼は、馬首を翻し戻ってきた白銀の騎士に後ろから冑を剥ぎ取られ、この段になって初めて恥辱により、顔と心が赤く燃え立つのを感じたというわけである。

 

(完全に隙を突かれた……っ!だが、次に槍を交えた時には絶対にこうはいかぬぞっ!!)

 

 騎士たちの公式試合においては、観客を楽しませるためにも、最低でも五、六合は打ち合い、十合目あたりで「さて、そろそろ決着をつけねば」といった呼吸と相成り、本気の突き合いによって決着をつける――何かそうした基本の段取りがある。だが、そのことを知ってか知らずか、白銀の騎士は最初の一撃にて決着をつけようとしたのだ。

 

 白銀の騎士は、最初に名乗りあったところによれば、「我が名は城砦都市ディリアスの赤き騎士エイミス!!」とのことであった。城砦都市ディリアスは、ここからさらに西の果て、その西限を越えた死の砂漠を旅して戻って来た者はないと言われる、ローゼンクランツ領西端に位置する場所にある。つまり、そこから東へ上ってくるだけでも、騎士エイミスは長く旅してきたわけであり、その分この馬上試合に賭ける彼の気迫は並々ならぬものがあったに違いない。

 

「らしくないな。どうした、マドール?」

 

 円形闘技場の控えの間に戻ってくると、しきりに「クソッ!クソッ!!」と篭手を脱いだ腕を壁に打ちつける友の姿を見て――先ほどまで試合を見ていたランスロットはそう聞いた。マドールはランスロットよりふたつ年下の21歳であり、彼の兄のカドールとマドール、それにランスロットとは、幼少のみぎりより武術学校にて共に訓練を積んだ仲間だった。

 

「いや、あいつが公開試合の流儀を知らない田舎騎士さまだってことをすっかり失念していたんだ。それに、まるで勝ち逃げでもするように俺の冑を剥ぐとそのまま東門のほうまで颯爽と馬を走らせていきやがった。まったく、礼儀ってものを知らない奴だよ」

 

「これで少々、番狂わせが生じたことになるな」

 

 マドールの兄のカドール・ドゥ・ラヴェイユが、気づくと控えの間の戸口のところに立っていた。カドールは今日、東陣営のハルヴァード・ドゥ・ヴァリモアに勝利していたが、出来レースとはいえ、このふたりの場合は普段の槍試合の実力差からいっても、勝ったのは彼であったろうことは明白であった。

 

「本来なら、マドールが勝ち上がって、明日エクトールと当たる予定だったんだ。だが、まあいいさ。あの白銀の騎士エイミスとやらがどの程度の実力の持ち主であれ……いずれ俺たちのうちいずれかの騎士に倒されるだろうという意味では、ほんの少しあとから修正を加えれば良いといった誤差に過ぎんだろうからな」

 

「そうだな」と、ランスロットはカドールに同意した。あまりに一瞬で決着が着いてしまったため――マドールにしても虚を突かれたに違いないと、彼もカドールも信じて疑っていなかったのである。簡単に言えば、まぐれ当たりの一発だったのだろうと思っていた。

 

 ところが、である。白銀の騎士エイミスは順当に勝ち上がってくると、試合最終日の八騎士のひとりに選ばれ、彼は名門騎士の出であるクレティアン・ドゥ・ルノーとパーシヴァル・ドゥ・オトゥールのふたりをも破っていたのである。エイミスの他に、力自慢の勇士の参加は他に十五名ほどあった。だが、そのほとんどが第一試合で破れ、二回戦に勝ち上がることが出来たのは、エイミスの他にガリレア城砦にて守衛の任に就いているサイオンという男のみだった。だが、彼にしても第二回戦にてカドールに敗れていたのである。

 

 特に、エイミスがクレティアンとパーシヴァルを打ち破ったということはランスロットにとってでさえ衝撃であった。本来であれば、彼らのうちどちらも、最後の栄光ある四試合を戦うのに相応しいほどの実力の持ち主であるだけに……白銀の騎士エイミスが第一会戦にてマドールに打ち勝ったのは、まぐれであったかもしれない。だが、ローゼンクランツ騎士団が誇る四十八騎士の主要メンバーであるクレティアンとパーシヴァルが敗れたということは――エイミスが領主であるローレンツ・ローゼンクランツ公爵が抱えるべき勇者のひとりということになることを意味する。

 

 クレティアンとの試合もパーシヴァルとの試合も、騎士対騎士の戦いとして礼節にのっとった両者とも誠に素晴らしい戦いぶりではあったが、ランスロットやカドールが「何故負けたのだ!?」と詰め寄ると、ふたりともただ「面目ない」とか「かたじけない」と呟くのみで、男らしく言い訳など一切しなかった。

 

 だが、このことにランスロットもカドールも違和感を覚えていたというのは事実である。「もう少し本気で渡り合えば、勝てたであろうに」、何故かふたりとも白銀の騎士エイミスにあえて最後の最後のところで勝ちを譲っていたように見えてならなかったからである。

 

 そしてとうとう――カドールがエイミスと対戦する日がやって来た。馬上試合のトーナメント戦にて、最終日を戦える栄誉を得ることは、騎士として大変誉れ高いことである。この段に至ると、突如彗星の如く現れた白銀の騎士エイミスに対して、領民たちは熱狂して彼を迎えるまでになっていた。ディリアスといえば、ローゼンクランツ領地の中でも最西端の城砦都市であることくらいは、誰もが知っていることであり……言うなれば、そのような田舎出身の者が立身出世のためにはるばる旅をしてやって来たのであろうことは容易に想像された。そしてそのことは民衆たちにとっても、「騎士になりたい」という叶わぬ夢をエイミスに重ねあわせることであったし、そのように腕に覚えはあるが身分はない地方民にみなが共感を寄せていたということでもあったろう。

 

 そのようなわけで、エイミスが他の七名の騎士と並び、名前を呼ばれるのと同時、見事な剣を腰帯から引き抜くと――ローゼンクランツ騎士団、最強の騎士と謳われるランスロットと同じくらいの歓声が上がった。互いに実力を出し合い、騎士道精神にのっとって正々堂々と戦うことをそれぞれが宣誓すると、西側陣営・東側陣営へとそれぞれ分かれ、馬を疾駆させてゆく。プライドの高いカドールは、自分の名前が紋章官によって呼ばれた時よりも、エイミスの名が呼ばれた時のほうが闘技場の盛り上がりが凄かったことに対し、この時点ですでに恥辱によって打ち震えていたほどであった。

 

(田舎騎士めが……覚えておれ!!)

 

 カドールはこれからある第四試合において、白銀の騎士さまとやらを倒す瞬間のことを暗い喜びとともに心待ちにしていたほどである。だが、白銀の騎士エイミスにはおかしなところがあった――というのは本当のことである。というのも、まずカドールの弟マドールは、自分が一体どのような顔をした男に負けたのかが気になり、彼のことを配下の者を使って調べさせていた。ところが、東側陣営のうち誰も、控えの間において、エイミスが冑を脱いだところを見たことがないというのである。また、彼は試合が終わるとさっさと馬に騎乗したまま帰ってしまい、さらには毎回時間ギリギリに白馬に乗って現れるため、誰も親しく口を聞いた者すらないというのも気になる点だった。

 

「もしかしたら、長い言葉をしゃべると田舎のアクセントが出るのかもしれんぞ」

 

 マドールの心中を察した騎士のひとりが、そんなふうに彼を慰めようとしたこともあるが、マドールは納得しなかった。自分の場合は不意を突かれたという部分が確かに存在してはいたろう。だがその後、白銀の騎士エイミスはローゼンクランツ騎士団が誇る勇士、クレティアンとパーシヴァルをも打ち破っているのだ。マドールはその二試合とも、目を皿のようにしてじっと見ていた。彼と同じく、第一試合や第二試合にて負けていた他の騎士仲間もまったく同様だった。エイミスが騎士団の栄光あるメンバーを差し置き、こうも易々と民衆の人気を勝ち得たことが気に入らなかったのである。

 

 クレティアンの敗因は、最後にエイミスに槍を脇に挟まれ、落馬させられたことであった。彼の真の実力を知る者たちにとっては、まったくもって彼らしくない、ありえない負け方である。もっとも、観客席から眺める騎士たちにそのことはわかっても、それ以前に何十号となく互いに槍を打ち合わせていたことから――闘技場の領民たちの目にそれはさほど不自然には見えぬことであったろう。また、パーシヴァルの敗因は、槍を絡め取られたのち、次の瞬間ガシャッと互いの鎧がぶつかったかと思うと……彼もまた自分から落馬したかのように地面に膝をついていたのであった。

 

 男らしくまったく言い訳しようとしなかったクレティアンとパーシヴァルではあったが、それでもマドールが「俺の目はごまかされないぞ」と言ってしつこく食い下がると、彼らはふたりとも肩を竦めてこんなふうに口にしていた。「なかなかの槍の使い手であるとはいえ、ある意味、相手は素人だ」と、クレティアン。「その素人を職業武人が本気になって打ち据えるなぞ、ナンセンスだろうが」、「それに」と言ったのはパーシヴァルである。「相当本気になってかからないと、エイミスが野猪のようにしつこくこっちに向かってくるだろうことが俺にはわかっていた。田舎の騎士さま相手に、二時間も三時間も見苦しく戦った挙句勝つなぞ、騎士の戦い方として美しくない。無論、戦争の場合は別だが、あくまでこの試合は民衆を喜ばせるための余興みたいなもんだろう。白銀の騎士エイミスは俺が名乗りを上げた時以上に民たちからすでに人気があった。つまりはそういうことさ」

 

 マドールは、彼らが他にも何か隠しているように感じたが、とりあえずその答えで納得し――(どのみち、兄のカドールがあいつのことをけちょんけちょんにのしてくれるだろう)、エイミスがみっともなく負け、落馬したあと、その冑を剥がれる瞬間のことを想像し、マドールは内心舌なめずりしていた。(どうせ、醜いあばた面でもした気味の悪い男なんだろうよ。それで、冑を脱ぐこともせず、面頬を上げることもなくずっと顔を隠したままでいるんだ)

 

 第一試合では当然のようにランスロットが勝利し、第二試合では騎士ケイ・ストラスブルグが、第三試合ではウーゼル・べディヴィアが勝ち残っていた。そして、円形闘技場の観客たちが待ちに待った白銀の騎士エイミスの出番がやって来たというわけなのである。

 

 やんやの喝采や口笛があたりに満ち溢れる中、民衆たちの声としてはやはり、エイミスを応援する者の声援のほうが大きかったようだった。「がんばれ、エイミス!故郷に錦を飾れ!!」、「勝っても負けても、うちの店に来てくれ。いくらでも食事と酒を奢ってやるからよォ!!」、「騎士エイミスさま、わたしと結婚してえん」、「あら、エイミスさまが結婚するのはこのあたしとよ!!」、「いんや、エイミスさまはオラのうちさ、婿にくるだよ」……といったような具合だったが、冷静なカドールのほうでは観客席のそうした笑いひとつにも、心を動かされることは一切ない。

 

 ただ、彼は考えていた。クレティアンとパーシヴァルほどの者が、本気でやりあえば、ただ見苦しく戦う時間が長引くだけだと考え、先に自分から負けようとしたほどの者なのだ。(何かある)というのがカドールの直感であった。また、(様子見がてら、まずは軽く打ち合うか)とも彼は考えなかった。クレティアンやパーシヴァルとの戦いぶりを見ていて思うに、エイミスは相手の隙を突くのが確かにうまい。(おそらく、相当目がいいのだろう)というのも、カドールが直感として感じていたことだった。というのも、彼もまったく同じだったからである。特に戦争ということにでもなれば、自軍の勝敗と自分の命が懸かってくるせいだろう、時に相手の剣や槍、さらには弓から放たれた矢の動きまでが――はっきりスローモーションのようにすら見えることがある。

 

(さて、どうするか……)

 

 円形闘技場を満たす大歓声が、カドールの耳には遠く聴こえる。人はある物事に深く集中する時――たとえば、何かの音楽が大音量でかかっている時でさえも、別の小さな音や、自分が集中すべきことのみに意識をフォーカスさせることが出来るものだ。それがカドールの場合、いつでも自在に出来たということが、ローゼンクランツ騎士団切っての騎士として、常に彼の名前の上がる理由のひとつであったに違いない。

 

 だが、考えている時間はあまりなかった。エイミスはおそらく、カドールの戦いぶりを他の試合で見るなどして、すでに戦略を決めているに違いない。カドールにしてみれば、馬上で槍を両手で振り回すなど、相手を威嚇する以外意味のない動きとしか思えないが、エイミスは最後、ビシッと槍の先をカドールの首に向け、物凄い勢いで突進してきた。

 

(うっ!殺気……っ!!)

 

 エイミスの繰りだした槍の穂先をカドールは弾き、その後、目にも止まらぬ速さで何号となく打ち合いを重ねた。相手の馬術はなかなか巧みなものであり、槍を繰りだすスピードも申し分ないものではあった。(だが、スピードはあるが、力のほうはいまひとつだな。まさかとは思うが、こいつ、まずは様子見とばかり手を抜いているのか?)――カドールは力技で押せば必ず勝てるとこの時点で見て取ったが、次に彼が強烈な一打をエイミスに浴びせようとした瞬間のことだった。

 

 エイミスは腰帯に下がる見事な宝剣を引き抜くと、カドールの強烈な一打をそれで弾いたのである。不意を突かれたカドールは不覚にも槍を地面に落としてしまった。田舎騎士エイミスを包む謎のひとつ――それは、彼の身に纏うすべての装備品が実に見事であるということだった。自分で自分のことを『白銀の騎士』なぞと呼んでいるとおり、冑にしてもブレストプレート(胸甲)にしても、馬が身に纏っている鎧や馬衣にしても、何もかもが実に磨き込まれており、カドールですらも一瞬惚れぼれとしてしまうほどなのである。さらに、その中でローゼンクランツ騎士団の誰しもが羨望の眼差しで見てしまうのが、エイミスが持つ宝石の象嵌された美しい剣なのだった。

 

(こいつ、一体何者だ……っ!!)

 

 エイミスと同じく、カドールもまた腰から剣を引き抜いた。ラヴェイユ家に代々伝わる由緒ある剣であったが、柄の装飾が美しいとはいえ、宝石までは象嵌されていない。だがこの場合、問題なのは……エイミスが左手の篭手(ガントレット)と一体となったタイプの盾を着用していたということであった。対するカドールは革帯付きのカイト・シールドを左手に持っていたのである。

 

 幾度となくエイミスは激しく打ち込んで来たが、カドールはそれらの激しい斬撃をすべて盾で受け止めた。カドールが防戦一方に追い込まれているように観客席の領民たちには見えたのだろう。この日あった他の試合の中で、もっとも大きな歓声が闘技場を包み込んだ。当然、そんなことに髪の毛一筋ほども動じないカドールではある。(剣を両手持ちにしてこの程度か……!)馬の前足の脚力も利用し、カドールは力技にて、盾をドッと押しあてるようにしてエイミスに突撃した。

 

 白銀の騎士はよろめき、危うく落馬しそうになったが、どうにか堪えた。だが、その隙を見逃すカドールではない。(これで間違いなく勝てる……!!)そう勝機を彼が確信した瞬間のことだった。カドールは剣の打撃によってさらに一押しし、エイミスを今度こそ落馬させ、その冑を剥ぎ取ってやろうと考えた。だが――カドールはその瞬間、面頬を下ろした冑を被る白銀の騎士と目と目が合った。いや、それ以前にもどんな顔をした男なのだろうと思い、探るように相手を見た瞬間はあった。けれど、その燃えるようなハシバミ色の双眸に、カドールは撃たれたように驚愕し……一瞬身を引いたのである。

 

(まさか、このお方は……)

 

 その疑念が脳裏をよぎると、カドールにもまた迷いが生じはじめた。(確かに、勝とうと思えば、勝つこと自体は出来る。しかし、それではのちに立派な騎士という身分にあろう者がとそしりを受けることにもなろう。そうか……クレティアンもパーシヴァルもそのことを恐れたのだな)そうと気づいた瞬間、真面目で厳しい普段の彼には珍しく、カドールはその場で声を上げ、大笑いしたくなったほどだった。

 

(これは確かに……何やらそれらしく、それこそ観客が満足するような形でこの俺のほうこそがうまく負けなければなるまい)

 

 そう決断するが速いか、カドールにしてもクレティアンとパーシヴァルが何かを隠しているように見えたのが何故だったのか、よく理解できた。おそらく彼らにしても一度その境地に至ってしまえば、むしろ笑いを堪えることのほうが大変だったに違いない。

 

 そうなのである。騙さなければならないのは、実は観客の領民たちのほうではないのだ。誇り高き白銀の騎士エイミスに、『本当に自分はローゼンクランツ騎士団を相手にして勝ったのだ』と、そう思い込ませなければならないのだから――わざと負けるにしても、相手にそうと気取られるわけにもいかないということだ。

 

(やれやれ。むしろこちらのほうが一大事業だぞ……)

 

 そう思い、カドールはまず、左手に持っていた盾を捨てた。そして、先ほどエイミスがそうしていたように、剣を両手持ちにする。おそらくこうすれば、片手による打撃では相手に勝てないと自分が判断したと、白銀の騎士の目にはそう映ることだろう。

 

 カドールは手加減していたが、それでも観客席の領民たちの目には、彼が至極本気で剣を打ち込んでいるように見えたに違いない。エイミスはカドールの斬撃を左手の盾で受け――彼が本気になれば、盾ごと自分の腕を打ち落とせたとも気づかずに――隙を見て反撃に出た。カドールにはすでに盾はなかったが、それでも彼はエイミスの剣を剣によって受け、弾き飛ばさない程度の力によって払った。この程度で決着が着いてしまったのでは、流石に嘘くさいだろうと感じてのことである。

 

 そしてカドールはエイミスがどういったシナリオによって自分に勝ちたいのかを先読みすると、クレティアンやパーシヴァルと同様に、篭手のあたりに鋭い突きを食らった振りをして落馬することにしたのである。ハムレット王子やローゼンクランツ公爵を前にして、なんとも無様な負けっぷりではあるが、仕方がない。彼が仕える公爵さまはこの上もなく心広く、寛大なお方であるがゆえに、のちには許してくださるだろうとそう信じることにしたのだ。

 

(やれやれ。我ながらどうせならもっと上手くこの茶番を演じたかったものだな……)

 

 カドールはそう思いもしたが、後悔はしていなかった。ランスロットもケイ・ストラスブルグも、ウーゼル・べディヴィアも――(カドール、おまえもか……!!)そう思っていたに違いない。だが、闘技場を去った途端、カドールの真面目くさった顔に満面の笑みが広がっていたなどとは……彼らのうち、誰にも信じがたいことだったに違いない。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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