実際、想念というものが、すべてのものの
源になっているのである。
速い汽車があればいいというおもいが、今、
新幹線を走らせている。
これも、人間のおもいを受けた科学が、
結実した結果であります。
これを、神様の方に移しますと、神様は、
もう愛のおもいで宇宙をつくり、地球という
星をつくり、人間、私たちをつくられたのである。
だから、私たちの中には、神の愛と光が
流れ込んでいるのであります。
どんなことが起ころうと、その愛と光は、
誰もとりのぞくことが出来ないのであります。
いつも申しますように、私たちの生命
というものは、ずっとつづいて参ります。
神のみこころ、みふところ深く、天命を
完うするまで、この生命は、かがやいて神
と共にあるのであります。
いわゆる不幸とみえることは、その人の
過去世の業、-本来光であることに
気づかずに、犯した過ち-が消えてゆく瞬間
であると同時に、その人の魂の成長のために、
その人が、そのことを経験することによって、
一層神様とつながって、光をかがやかすために、
神様が、守護霊、守護神に命じてなさること
でもあるのです。
その神様のみこころは、どこをどう
のぞいてみても愛なのです。
暗い所や、闇のところなんぞ、これっぽっちも
ありゃしないんです。
ですから、いろいろなことにぶつかっても、
ああこれで消えるんだな、と思って、どうぞ
世界平和の祈り一念、愛の祈り一念の生活を
つづけていって下さい。
それでは今日はこれでおわります。
どうもありがとうございました。
五井 昌久
昭和61年7月22日夜
源になっているのである。
速い汽車があればいいというおもいが、今、
新幹線を走らせている。
これも、人間のおもいを受けた科学が、
結実した結果であります。
これを、神様の方に移しますと、神様は、
もう愛のおもいで宇宙をつくり、地球という
星をつくり、人間、私たちをつくられたのである。
だから、私たちの中には、神の愛と光が
流れ込んでいるのであります。
どんなことが起ころうと、その愛と光は、
誰もとりのぞくことが出来ないのであります。
いつも申しますように、私たちの生命
というものは、ずっとつづいて参ります。
神のみこころ、みふところ深く、天命を
完うするまで、この生命は、かがやいて神
と共にあるのであります。
いわゆる不幸とみえることは、その人の
過去世の業、-本来光であることに
気づかずに、犯した過ち-が消えてゆく瞬間
であると同時に、その人の魂の成長のために、
その人が、そのことを経験することによって、
一層神様とつながって、光をかがやかすために、
神様が、守護霊、守護神に命じてなさること
でもあるのです。
その神様のみこころは、どこをどう
のぞいてみても愛なのです。
暗い所や、闇のところなんぞ、これっぽっちも
ありゃしないんです。
ですから、いろいろなことにぶつかっても、
ああこれで消えるんだな、と思って、どうぞ
世界平和の祈り一念、愛の祈り一念の生活を
つづけていって下さい。
それでは今日はこれでおわります。
どうもありがとうございました。
五井 昌久
昭和61年7月22日夜