宇宙(そら)は家

宇宙(そら)へ還ろう! 
五井先生は、両手を
広げて待って
いらっしゃいます。
(リンクフリー)

(漢詩)無 題(十四)

2021-11-25 23:20:59 | 祈り
尽不生命是也現云非太初続指吾斯語放也
言即言霊是如生命宿実相永遠之愛言葉即
光光即生源生人心生保連宇宙之平和易行
祈裡是真理込即神慮


生命は尽きず。これやうつつにいう。
太初はつづきてわがかく語(ことば)を放つや、
言(ことば)は即ち言霊にしてかくの如く生命を宿す。

実相は永遠の愛。
言葉は即ち光。
光は即ち生くる源。
生くる人の心をいかしめ保ちて宇宙に連ね、
宇宙の平和易行の祈りのうちに
この真理込められたるはすなわち神慮なり。



生命は尽きないと簡単にいうが、宇宙の
はじめは、みんなつながっていた。(生命という
ものに)
たとえば、私が言葉を語ると、
その言葉一語一語に神が宿っていたから、
言葉そのものに生命が宿った。
人の実相は愛であり、言葉は即ち神の光
であり、光はすなわち、生きとし生けるものの
源である。
この世に生きる人の心を生き生きと
のびやかにし、生命ほがらかに、ふるさとである
宇宙(神)に、心をつらならせ、宇宙全体の
完全平和をしたう心があり、世界平和の
祈りのなかに、この真理がこめられている
というのは、全く神慮というべきである。

(漢詩)無 題(十三)

2021-11-24 10:30:21 | 祈り
人者何処故郷為問答吾神
即神者永遠我等之住家


人はいずくを故郷になす
と問われなば我は神と答えん。
すなわち神は永遠の我等の
住家なり。



よるべのない人間、たよりない人間は、
一体どこをふるさとにすればよいのだろう
ともし問われたなら、私は神と答えよう。
神は我らの永遠の住家なのだ。

(漢詩)無 題(十二)

2021-11-23 08:30:49 | 祈り
愛心保魂養之人之生命也
生々相変化成世界然神許在
即完全本心照更天界


愛の心を保ちて魂を養うはこれ
人の生命を養うなり。
生々の相は変化しつつ成る世界。
然れども世界は神のもとにありて、
すなわち完全に本心を照らし
さらに天界を照らす。



愛の心を保ち、それによって魂を養う
というのは、実は人の生命を養う
というのとおなじなのだ。
生々(せいせい)(生命)のすがたは、
変化(かぎりない変化)のうちに成立している。
けれども、この世界は神の慈愛のもとに
あって、全く本心を照らし、さらに天界神界の
幾階層をも、くまなく照らされているもの
なのである。

(漢詩)無 題(十一)

2021-11-22 08:55:32 | 祈り
灯者祈也
神仰者之灯光者唯祈無
祈依生命保持我又是如来人之也
歩伝今到


灯(ともしび)は祈りなり。
神を仰ぐ者これの灯は唯祈りよりなく、
祈りによりて生命は保持さる。
我又、この如く、人のきたれるや、
今に到る歩みを伝えん。



神をしたう者にとって、その
ともしび(消してはならぬ)は祈りである。
神を仰ぐ我々にとって、ともしびは祈り
以外にはない。
祈りによってこそ、日々生命は
たもたれているのである。
私がこう思ったように、(そして今ここに
こうしているように)、後から、神を求め
したう者が来た時には、私が、今語った
ような祈りについての自らの歩みを
あなた方に伝えるだろう。

(漢詩)無 題(十)

2021-11-21 10:53:52 | 祈り
美者真実求相愛者神之心顕
真者大我生諸々之生命之法
為即三者一体也


美は真実を求める相(すがた)
愛は神の心のあらわれ
真は大我にして
諸々(もろもろ)の生命は大我(神の愛)
を法(のり)として生く。
すなわち、美愛真は一体なり



美愛真は、宇宙を支える万法である。
すなわち、調和と愛と平和の気をみたす
ものである。
美とは人間(宇宙人類)が真実を求めて
生きるすがたをいい、愛は、宇宙心のこころの
あらわれを指している。
大愛そのものである。
真は、宇宙と同義語である大我をこの場合は
しめしており、宇宙の法則である神の愛
によって、もろもろの生命は生かされ
変化し、滅し、また生まれ、ついに光となって
ゆくのである。
つまり、美愛真は、宇宙をあらわした言葉
であって、宇宙、そこにいきる我々
一人びとりの生命をささえる土台となって
いるものである。