ジェフリー・ファインマン(師岡敏行訳)
『アガサ・クリスティーの贈り物』晶文社 1984年
アガサ・クリスティーをこのブログで取り上げるのは3回目である。
カミさんが町の図書館で見つけてきて,面白そうなので回してもらった。ずいぶん前に出版されたものなのに,こんな本があるとは知らなかった。
190ページ足らずの小冊子だが,この閨秀作家の立派な評伝である。
全11章からなり,それぞれの小見出しは,孤島を舞台にした傑作からの引用,「そしてだれもが」で始まっている。
著者は,その生涯をなぞりながら,アガサの執筆する時の思い入れ,小説の登場人物への思い,舞台や映画に翻案された作品の感想など,アガサフアンにはたまらないエピソードを,たっぷりとこの本に盛り込んでいる。以下恣意的につまみ食いして紹介する。
アガサ・クリスティーは1890年に生まれ,1976年に85歳で亡くなるまでの間に,60冊以上の長編推理小説を書き,著書の総売り上げは,この本が出版された時点(1984年)で,恐らく4億冊に上るだろうと推定される。
1920年に姉に挑発されて書いた『スタイルズ荘の怪事件』が処女作だったが,なかなか出版社が見つからず,初版は2千部しか売れなかった。ここには,終生の友エルキュール・ポアロが相棒のヘイスティング大尉と共に登場する。
アガサはポアロの年齢をもっと若くしておけば良かったと言っている。ポアロが亡くなった1975年には126歳くらいになっている。ポアロと並ぶ名探偵のミス・マープルは50以上歳をとらないことにしているが,1930年に登場しているので,最終作ではかなりの年齢になっているはずである。
アガサは小説より脚本を書く方が好きで,舞台劇の『検察側の証人』と『ネズミとり』は,ギネスブック並みのロングランを記録している。その続演中に,芝居を観た観客が結末の謎解きを他に漏らすことがあまりなかったらしい。
作品をもとにした映画は,ミス・マープルがポアロに勝手に変えられたりして,アガサのお気に召さないものが多かったらしい。しかし,『ナイルに死す』と『オリエント急行殺人事件』は例外的に気に入っていたそうである。
ミス・マープルとエルキュール・ポアロの二人を比べると,アガサはマープルを贔屓にし,ポアロは早く毒殺しておけばよかったと言っている。しかし,1940年に自分の死後出版されることを予定して『カーテン』を書き,自分の死の前年に出版して,作中でポアロを探偵の威厳をもってあの世に送っている。このポアロの「死」をニューヨークタイムズは第1面の記事として報道したという。
アガサの推理小説の作風は,「読者に見当ちがいをさせ,迷わせて,意外な犯人を示す」という,一貫してオーソドックスなものである。探偵が知る手掛かりはすべて読者に与えられる。何気ない言葉が犯人を指すことがあるので,小説をアガサからの挑戦状と考えると,一言一句がゆるがせにできない。わたしは。3冊で犯人を当てることができた。
先日書店でアガサ・クリスティーの特設コーナーを見つけ,数えてみたら51冊の文庫本が平置きされていた。死後半世紀経ってもその人気は衰えていない。
この本の巻末には,アガサの作品リストが簡単な解説付きで載っている。未読のものがかなりあり,死ぬまでには読んでみたいと思っている。
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