東京新聞の去る18日の報道によりますと、「自民党は17日の国防部会で、武器技術の研究開発強化に関する提言をまとめた。軍事に応用可能な大学や独立行政法人、民間企業の基礎研究に助成する防衛省の「安全保障技術研究推進制度」の総額を、当初の三十倍以上にあたる百億円規模に大幅に引き上げることなどを求めた。同制度には「学術界が戦争に利用された戦前に回帰する動きだ」と研究者の団体が批判、反対している。制度は昨年度に新設され助成金総額三億円だったが、一六年度は六億円に拡大した。批判に対し自民党の大塚拓国防部会長は「民生用にも使える技術研究への助成だ。研究開発費にけた違いの予算を注ぐ各国に取り残されないため大幅増が必要」と説明している。提言では、武器技術の中長期的な戦略の策定や関係省庁との調整などを進める新たな会議を設置することや、防衛装備庁の人員増も求めた。武器の国際共同開発や輸出を見据えた開発促進、優れた技術を持つ中小企業の発掘なども盛り込んだ。近く政府に提言する」とのことです。
ソースはこちらです。⇒ http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201605/CK2016051802000124.html
大塚国防部会長の提言を見ると、どうも米国の国防総省国防高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency 略称はDARPA ダーパ)のような制度を日本で創設したいと考えているように見えます。DARPAは1957年にソ連の人工衛星スプートニク1号打ち上げに衝撃を受けた当時のアイゼンハワー大統領の命令で、誰もが思いもよらないような未知の新技術の可能性を探るための担当部署を設置したことが始まりで、翌年この担当部署下に最先端科学技術を短期間で軍事技術へ転用させるための研究を管理する組織として高等研究計画局(Advanced Research Projects Agency、略称:アーパ、ARPA 後にDARPAに改称)が設立されました。DARPAは、一般公募で国内外の産学官の研究機関に研究費を助成します。基本的にアメリカ軍からは独立し研究内容に口を出せないようになっています。実際の研究は助成を受託した産学官の研究機関で行われDARPAの内部では直接の研究活動は行われないそうです。その予算は膨大で2007年度にはで32億ドルの資金を助成していました。国内外の研究機関に広く助成し秘密性が希薄なのが顕著な特徴です。ここから誕生してきた有名な新技術がインターネット(正確にはその前身のARPANET)とGPSです。ARPANETは1969年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)同サンタバーバラ校(UCSB)、ユタ大学、スタンフォード研究所のコンピュータを接続することから始まりました。最初は研究機関所属の大型コンピュータの接続から始まったのでした。
よくインターネットは核戦争下で情報通信ネットワークを生き残らせるために開発されたと一部でいわれていますが。実際にはそういう意図で開発されたのではなく、複数の研究機関の情報処理機能を接続・共有することが目的で開発され、それが米国内外に一般公開されたものがインターネットです。核戦争下を生き残る情報通信ネットワークを構想したのは、米国の有名なシンクタンクのランド研究所でした。ただしランド研究所が構想したネットワークは電話(音声通話)によるものでコンピュータを接続するという形式ではなかったようです。もっともARPANET自体、国防総省の軍事研究費の助成を受けて開発されたことは事実なので、これも誤解を生む原因になったかもしれません。
最近のDARPAは自動無人運転技術への助成に熱心で自動運転の国際コンテストを行うなどで話題を集めています。DARPAがやっていることを見ていると、国土防衛を「口実」に多額の予算を次世代新技術開発に投入しているように見えます。何となく納税者への方便なのではないかと感じています。上記の自民党の提言も(DAPRAと比較して予算は格段に小さいですが)、似たようなことを考えているのではないでしょうか。
そもそも軍事技術は新たな有効需要を生み出し市場を活気づけるかというと、余り期待できそうにありません。なぜなら需要元はもっぱら政府であって、財源は国民の税金であって、結局新手の公共事業にしかならないからです。国家財政が危機的な今日、軍事技術自体は効き目の薄いカンフル注射にしかならないでしょう。では海外に日本製の軍需品を売れるかというと、つい最近オーストラリアへの「そうりゅう型潜水艦」の売り込みに失敗したようにそれも望み薄です。皆さん、ご自身がどこか外国の国防大臣になったと思って想像してください。過去半世紀以上、実戦で使用された実績のない日本製兵器を自国の兵士に持たせたいと思いますか?普通は思わないですよね。結局そういうことになるのです。そうりゅう型潜水艦は、スターリングエンジン搭載非大気依存推進(AIP)システム装備の超未来的潜水艦(SFの始祖であるジュール・ベルヌが空想したノーチラス号みたいで私は個人的にはこの潜水艦は結構好きです。いろいろな意味でオーストラリアへの売り込みに失敗して良かったと心から思っています)ですが、技術が最新鋭か否かは実は兵器の場合はあまり関係なかったりするのです。こういう次第で軍事技術が新しい需要を生み出すという考え方は幻想です。ただしインターネットのようにスピンアウト的な何かを生み出すことはできるかもしれません。でもそれなら軍事研究ではなく次世代研究という枠組みの助成制度を充実するべきではないでしょうか。