仕上げって大切です。
ものごと どんなことにも、たいてい
「仕上げ」というものがあります。
完成
でもありますし
別れ
でもあります
、
ガラスで色々な「もの」をつくっていますが
最後の仕上げは「磨き」です。
わたしは、この「仕上げ」ってものが
あまり好きじゃありません。
つくってる過程の
これからどうなるんだろう?
の「不安」も 「わくわく」もなくなって
別れるために
せっせときれいにするわけですから。
時にはひどく面倒で、
憂鬱になることさえ。
、
それなのに いったん仕上げの作業に入りますと
これが 別れの「つぼ」のような
心地のいい作業となるから不思議です。
もう 悩むことなく
ただただ 手を動かすんです
悩まないことは 心地いいんです
きれいな布で、何度も拭いて
金属部分を せっせと磨いて
そうしてここで
終わり と決めたなら
わたしにはもう何もできません。
、
やっと 彼ら(彼女)は、
わたしの支配から逃れられる
急なガラスピースの交換なんてことも
気に入らなくて、途中で投げ出される恐怖も
いっさいがっさい心配しなくていいんです。
、、
さぁ お行き
世界を
ほら
見ておいで
/.
,
のびのび と らくらく と
しておいで
、
そうやって 家から追い出すんです。
これは「納品」とか「展示」ともいいます。
良い人に、連れて行ってもらえますように と
少しばかりの思いはかけますが、
それはも わたしの力ではどうにもならない。
だいいち つくっている わたしが
良い人 であるかどうか疑わしい。
ここで わたしは「悪人」に違いない
と書いてしまうと、
今後のわたしの活動に、
支障が出てきてしまいそうなので
これ以上は、やめときます。
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自分の見えるところに
つくった もの がある時は
あれやこれやと執着するのですが
じめじめ してるんです
見えなくなった もの たちには
不思議と 未練 は感じません
あんまり 思い出すこともない。
それはたぶん
あれこれに
いちいちに
未練を感じないように
無意識に 呪文をかけているんだと。
そうして
やっと
なんとか
次に行けるんだと思うんです。
、
たいてい