夫婦は認知症で、お互いを赤の他人だと思い込みながら配偶者の自慢話をしている。
「うちの嫁さんは、こんな丸っこい字を書くんですよ。これがまた愛らしくてね…」
「素敵な奥さまですわね。私の旦那は書道家みたいな美しい字を書きますの」
「それは羨ましい限りですなぁ」
老人ホームにて。
年老いたその男女は、今日も幸せそうに互いの恋人の自慢話を交わしている。
認知症の影響か顔を忘れてしまったため、
今喋っているのがまさにその恋人だとは夢にも思っていない。
「面と向かっては言えないけれど私、彼のことを本当に愛しているのよ」
「私だって負けていませんよ、嫁のことが誰よりも好きなんです。……確かにこんなこと、小っ恥ずかしくて言えませんな」
はたからみても彼らが夫婦だとは思えない。
こんなにも他人行儀に愛し合っているのだから。
こんなにも他人行儀に愛し合っているのだから。