Room66

ベース弾きの日記

Tal Wilkenfeld

2007-12-21 02:19:05 | 音楽のコト
ついに出ました弱冠21歳の女性ベーシスト

ジェフ・ベックやチック・コリアと競演したり、YouTubeでマーカスミラーとのセッション動画など、ベース歴4年目にしてコレですもん。。。。
ジャケ写のベースはSadowskyのJBディンキーシェイブでしょうか。
それにしても女の子にしては手がデカいかも。
世の中にはスゴい子もいるもんだなぁと思ったわけですが、中国なんかはあの人口ですので真面目に発掘すれば、それこそ21世紀のスーパースターが出てきそげな気配ですね。





ハナシは変わりますが、今日はたまたまお歳暮配りで実家の方面に行く予定がありました。
盆と彼岸以外父の墓参りをしてなかったので、ずっと気になっており久々にお墓に花を手向けてきました。
一人で父の墓参りをすることなど初めてなんですが、朝方は大荒れの天気だったのがお寺に着いたら雨も上がりロウソクが灯るほど風も止んでいました。もちろん、こんな日に墓参りなどするのはワタシ一人。
偶然といえばそれまでですが、それほど信仰のないわたしでも何かこみ上げてくる思いがしたのを書き留めておきたくなり、こんな夜更けにブログに書き込んでいます。
親孝行など覚えが無く、反抗したりしたことばかり思い出されます。父は終戦間近に徴兵され、気象通信兵として従軍したと聞いています。
実家の倉庫には革の長靴や飯盒、錆びた軍刀などがあり、ワタシが子供の頃酔うとよく見せてもらった記憶があります。
勉強しろとは言わなかったけど「できれば防衛大学に行け」と言われてた記憶があります。自分が成し得なかったものを子供に託したかったのでしょうか。
成人してからそんなコトも聞けぬままあの世に行ってしまいましたが、74年を駆け抜けた人生は幸せだったんでしょうか。
加茂祭りが好きで、祭りの時の食卓はご馳走が並び子供ながらに正月と5月21日は一年で一番の楽しみだった記憶があります。
そんな父も加茂祭りの日には病院に伏しており、さぞかし無念だったと思います。
それでも祭りの日は「加茂祭りだなぁ」とつぶやき、祭りが過ぎた27日の明け方に静かに目を閉じました。

父の病状を知ったのは私が昇進の内示をもらい、上司と古町で飲んでいる時でした。
辞令があって初めて作った名刺を、真っ先に当時入院していたがんセンターの病室に届けた時、嬉しそうに受け取ったことが思い出されます。

何かハナシがずれずれになりましたが、また暖かくなったら命日には墓参りに行ってみたいとおもいました。





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