昨日は各地で春の嵐。
春一番の洗礼なしに季節交代とは
行かないものです
WBCは、戦うごとに強くなり、
3連覇もありかなと、その気になって
応援したが残念でした
フィギュア世界選手権でも、男女とも
いつもの実力出し切れていたら・・と
こちらまでガックリでした。
何事も一筋縄ではいかないもの。
我身の風邪さえ、今までのように
無手勝流では治らぬと分かって
なおそう思うのであります。
春の我歳事「第44回日展へ」
毎年 同じ時期に、同じ場所へ行くと
周りの変わり様が明瞭に見える
再開発中の阿倍野も大詰めに入り
日本一高いビル“ハルカス”も完成間近
梅田の百貨店も巨大化するし、乱立する、
ライバル同士しのぎを削る消耗戦に
なりはしないかなぁ・・
テナントビルでも同じ様な洋装店が
ごまんと並び、金太郎アメ状態
明らかに人口減少に入っているのに
何故?と老女の素朴な疑問
3月に入るや、春が超特急で到着。
「お水とり韃靼行」が済むまで
《春は名のみの・・♪》 が通例なのに。
得した気分でいたら、招かざる客の到来
花粉に黄砂、今年はPM2.5のおまけ付き
そのさなか、我「春の歳時記」文旦到着
毎年送ってくれる人の優しさ
姉がいた頃は二人で届けに来てくれた
ものでしたが、逝って11年・・
この到来物には、我々にお味以外のものが
いっぱい詰まっているのです
歴史をひも解くとき
「もし あの時・・・だったら」は
禁句とわかっているし、過ぎた事を顧みても
「後悔先に立たず」と割り切れるのに
3月11日が近付くと
「もしあの時 地震だけであったら・・」
とつい愚痴ってしまう
果てしなく続く復興作業、除染作業など
「もう過ぎた事」で済む問題じゃないし
完全復興宣言が出るまで
皆で背負って行かねばならないね
カレンダーをめくる“ときめき”
殊に2月から3月に移る高揚感は格別
まず「お水とり」が始まり、山が少しづつ
色が変わり、メジロが下りて来たし
霜で真っ白だった田んぼに はや耕運機が
入りホクホクの土になりました
寿大学でも昨日卒業式があり
久しぶりに「蛍の光」を歌い、4年生を
送って来ました。
新2年生も4月の課題作品「大鉢」作陶に
闘志を燃やしています