すずきせいこの「日々雑感」

政治や暮らし、孫のことから平和・原発問題まで“本音でしなやかに”・・・

米山候補個人演説会の“赤と白と黒”

2016年10月11日 | 日々思うこと

昨日の上越の個人演説会の続きですが、民主党の「自主投票」が前原誠司衆院議員らの応援で流れが変わってきました。特に前原議員は原発再稼働について「物事には絶対安全ということはあり得ない」と、使用済み核燃料の処分問題までを追及するので、ここまで言っていいのかなあと聴き入りました。

共産党の小池晃書記局長は国会中継でよく視聴していましたが、直接ナマでは初めてです。先ず「野党と市民の共闘で森ゆうこさんが勝利した参院選、もう一度、知事選で結果を出そうではありませんか」と呼びかけ、選挙情勢はこの1週間で大きく変化し、大接戦というところまで追い上げて自民党はあわてていると・・・。

そして「自民党幹部は電力業界の力“オール日本”の力で勝たせようと言っているが、県民の世論調査で再稼働反対は圧倒的多数で、何が“オール日本”ですか。福島原発事故の総括なくして再稼働はありえない。柏崎刈羽原発の出力は福島第一原発の2倍、地下水量は4倍です。事故が起きたらどんなことになるのか。東京の電気は足りている。再稼働反対は当然のことだ」と・・・。

TPP問題について「コメ価格に影響はないなんていう調査はとんでもない。政府が国会に出した交渉の資料はまっ黒けの黒塗り資料で、新潟のコメを守ることが言えなくては新潟のリーダーとは言えない。新潟県民の命も健康も産業も守ることができません。米山さんは医師の資格がある、弁護士の資格もある。怖いものなし、これほど頼りがいのある人はいません。」と・・・。

さらに「自民党陣営は米山さんが当選すると県庁に赤旗が立つと言っているらしいがとんでもありません。森ゆうこさんが選対本部長で、前原さんが来ており赤旗が立つわけがない。立つのは赤旗ではなくて“県民の旗”です。みなさん、赤旗が立つなんて言っている人たちに白旗を立てさせようじゃありませんか」と、力強く痛快なる応援演説でした。

そして今日も上越文化会館大ホールへ、上越・妙高・糸魚川市の小学校16校による『管楽器フェスティバル』があり、上の孫がこの春から吹奏楽部に入ったことでの“ばばバカ”です。つい半年前の“トロンボーン・デビュー”では「口が筋肉痛・・・」と言っていたので大笑いでしたが、その上達ぶりに目を細めました。

また昨夜、同じステージに上がっていたことや、吹奏楽部のユニホームのブルーカラーと米山候補のブルーカラーを重ねながら、この子らのために核エネルギーに依存せず原発再稼働を許してはならないと再認識のひと時でした。その後、米山事務所へ立ち寄り、茜色の空の中を帰途に着き、あちこち寄りながら夜7時前に無事到着です。

※バク転は手がつき、米山候補は手がつかないので「バク宙」というそうです。上越文化会館での個人演説会の様子は『現在と、そして未来への責任』で見ることができます。

https://www.facebook.com/ryuichi.yoneyama.5?pnref=lhc.unseen


知事選、熱く燃えた上越

2016年10月10日 | 日々思うこと

昨日の糸魚川「9の日」スタンディングの前後に、福島2日間の挽回で米山候補のリーフやビラなどの手配りでしたが反応は上々です。今日は午後3時から米山候補の街宣車が最後の糸魚川入りで、遠くで「米山隆一・米山隆一」の声を聞きながら私も「米山さんをお願いします」でフル活動です。

4時50分に中央大通りのスーパー前での街頭演説には。社民党の又市幹事長や共産党の小池書記長の他に、民進党の国会議員のお二人も応援弁士です。

糸魚川での演説会終了後、午後6時半からの上越文化会館大ホールでの米山候補の個人演説会へと急ぎました。当初は中ホールの予定でしたが、民進党の前原誠司衆院議員も応援弁士ということで、ここでは入りきれないと急きょ大ホールに変更で、予想以上の800人ほどが集まりました。

ステージには国会議員の他に地元の県議市議らが並び、お一人づつの紹介ですが驚くことに民進党の議員が大勢で「自主投票」はどこ吹く風です。次々と応援弁士が壇上に立ち、前原議員の頃にはお話しのうまさもさることながら会場が熱気に包まれました。

演説会の終盤は「体育の日」パフォーマンスで、米山候補は「49才ですが・・・」とステージで相手候補を巻き返すと長身の身体での「バク宙」で大喝采です。相手候補はカラオケが趣味という67才のオジイサン、とても真似のできない技ですね。

そして最後は、風船を持った子どもたちとパパママたち、ボランティアらがステージへ私も一緒に上がりました。“オジサン選挙”のがんばれコールではなく、心を一つに「守りたい命。守りたい未来。」のプラカードを会場全体で高く掲げた素晴らしい集会でした。

文化会館階段では赤ちゃんを抱っこした候補者と記念撮影で、メディア各社は「こんな演説会ははじめてです」と・・・。

熱く燃えた県西の上越地方から、明日は一気に県北の村上・新発田方面で、夜の演説会には民進党の阿部知子さんが3度目の新潟入りで、驚くことに民進党県連代表の黒岩宇洋衆院議員も応援弁士に登場です。選挙戦も残り5日、メディアは大接戦と伝えていますが選挙は油断大敵、限られた時間の中でポスティング可能な法定ビラ2号を一人でも多くの有権者にと動き続けます。


福島「希望の牧場」と新潟県知事選

2016年10月08日 | 地震・原発

今日は朝から雨降りですが、福島では天候に恵まれました。知事選の真っ只中での2日間、私の活動が止まってしまうことで迷いましたが、「希望の牧場」など“放射能汚染地域”が中心の視察だけに参加してよかったと思います。

「希望の牧場」は全国からのカンパで支えれており、“東電・国は大損害つぐなえ!”と書かれた車の上の看板は、ここを訪れた人たちは誰もがそう思うことでしょう。警戒区域で闘い続ける牛飼いの姿を「悲しみ」ではなく「強さ」をこめて絵本に残せたらと、直木賞作家・森 絵都さんが描いた絵本『希望の牧場 いのちのえほん』(岩崎書店 1500円+税)を求めて些少のカンパです。 

昨夜帰宅してから、福島第一原発から20キロ圏内にありながら原発マネーを受け取ることなく、独自の街づくりで頑張ってきた浪江町のことが気になっています。放射線量が高すぎて帰宅困難な区域になっている浪江町は、来年3月の避難指示解除準備に向けて町のいたる所で大型トラックと重機がフル活動です。このような汚染地域に戻って来いという政治家の感覚が理解できるはずがありません。

避難指示解除準備区域」を定める国の政策に憤りを感じ、東京五輪を招致している場合ではないはずで、被ばくで恐ろしいのは甲状腺がんだけでなく、社会の基礎そのものが破壊されることで、いずこの原発推進者らは“狂っている”としか言いようがありません。

また南相馬市では映画『日本の青空』にもなり、日本国憲法の実質的な起草者とも言える憲法学者鈴木安蔵(1904~83年)の生家を訪れることができました。

知事選も後半戦になり米山候補への応援に、各党書記長幹事長らが新潟入りです。中でも医師で民進党の阿部知子衆院議員は2回目で「自主投票だから自主的に来ました」と、嬉しいですね。

10日(月・祝)6時30分から上越文化会館での演説会には、民進党前原誠司衆院議員も来ることになり急きょチラシに追加です。その前に4時50分からは糸魚川での街頭演説があり、場所は中央大通りハピー奴奈川店前ですので是非ともお集まりください。

法定ビラ2号が刷り上りましたが、まだ手元に届いていません。一人でも多くの有権者に読んでほしいと思います。


福島県“放射能汚染被災地”へ

2016年10月07日 | 地震・原発

昨日から2日間、台風一過の中を糸魚川平和委員会で東日本大震災の被災地の福島県南相馬市と浪江町を視察です。昨朝5時30分に糸魚川を出発し、北陸自動車道から磐越自動車道へ東北自動車道まで走行距離約350キロで、飯舘村を経由し「帰還困難区域」を通過するとバスの中の空間線量が高くなり参加者らの緊張感が高まりました。

さらに車窓から目にするのは、どこへ行っても除染土のフレコンバックの大量の山積みで、この仮置き場の異様な光景はいたる所で見られました。そして黒いフレコンバックからは雑草が伸び放題で、それを覆うためにグリーンのシートが覆われていましたが、時間の経過と共に劣化し高濃度の放射能はまた大地を汚染していくことを感じました。

午後からは南相馬市の道の駅で現地の9条の会世話人の方と合流しガイドをお願いで、浪江町に入りました。ここは全域が「避難指示区域」となっており、来年3月に向けて「避難指示解除準備地域」の東京電力福島第一発電所から最も近い4キロ地点の排気塔の煙突が見える請戸地区で説明を受けました。

次に沿岸部で津波と原発の被害を受けて、そのまま残されいる請戸小学校へと移動で、痛々しい体育館の入口に「電源立地促進対策施設」の表示が目に入りました。こうした原発交付金で建設されたハコ物がたくさんあるそうで、原発立地県はどこも同じことが分かります。

小学校から少し高台の地域へ行くと、放射線空間線量を可視化できるようF電気の機器が設置され、ここでは「0.54μsv/h(マイクロシーベルト毎時)」で糸魚川市の約10倍の値です。ところが実際の数値はこの4倍くらいなので、どうしてこのような違いが生じるのかと不思議でしたが、あらかじめメーカーは国と県の指示なのか数値を低く設定しているようなので、東京電力のこれまでのデータ改ざん問題と重ねてしまいました。またここから5メートルしか離れていない側溝の数値は何と「9.99」でこれ以上計測できない数字を示しているので驚きです。

次の視察地は原発から14キロの浪江町の「希望の牧場」です。2011年4月に原発から20キロ県圏内の立ち入り禁止区域となり、被ばくして売れなくなった320頭ほどの牛を生かし続ける牧場主の吉沢正巳さんのお話しを聞きました。原発事故は人間だけでなくあらゆる動植物にも影響を与え、人が避難した浪江の町ではイノシシや猿の姿が何度も見られました。

全町民2万人が避難したままのゴーストタウン化した町内に、建設業者相手のガソリンスタンドが2店舗だけという異様な光景に、参加者らは原発再稼働問題の根深さを考え新潟県知事選挙と結びつけました。現地ガイドをしてくださった9条の会世話人は何度も「放射能汚染は目に見えない」、「人は時間の経過と共に忘れてしまう」と言っていたことが印象で、“放射能汚染被災地”への有意義な視察で、今夜はその一部を書きとめました。


知事選と台風18号

2016年10月05日 | 地震・原発

米山候補の出馬表明から2週間、ようやく先行していた相手候補の背中が見えてきたという中で、台風18号が新潟県を通過という怯えながらの一日です。原子力発電所が新潟県にあるということは「永遠に放射能の恐怖に怯えながら暮らす」ということで、知事選候補者が原発再稼働をどのように考えているのか、これを選挙の争点にしないことをおかしいと思い始めている人たちが多くなっています。

本日の新潟日報、原発再稼働について「大きな違いはない」などという記事で、未だに“大人のいじめ”のような報道に驚いた人が多かったようですね。新聞社として決して資が高いとはいえない扱いで、これでは購読料を払っている敏感なる読者は離れてしまうのではないでしょうか。

また昨夕のローカルニュースで知事選を取り上げていましたが、泉田知事の政策を聞かれた森民夫候補は「人のことは分からない、分からない」と繰り返し、街宣車に乗り込んで去って行く映像を見て驚きました。本当に分からないのでしょうか、市長会を巻き込んで泉田県政の批判を続けているだけに、その資質と人間性をも疑う一幕でした。

今朝は台風18号を気にしながら9時前に家を出て、高速道で上越へと急ぎました。用事を済ませて夕方4時過ぎに米山選挙選挙事務所へ立ち寄って、ポスティング可能な「原発Q&A」チラシを受け取り、夕日がきれいな中を急いで帰途に着きました。途中で風が強くなってハンドルをとられる程で、糸魚川には暴風警報が発令中でした。夜9時、台風は佐渡沖で温帯低気圧に変わったものの大荒れで朝方までは要注意の終日です。

本日の米山候補のブログ『米山隆一の10年先のために』では、新潟日報の記事について丁寧に書き込んでいました。原発再稼働問題 ~福島原発事故検証の現状と、鉄のパイプ~

そして本日、泉田知事が米山候補にエールを送っていました。

泉田裕彦認証済みアカウント @IzumidaHirohiko 3 時間3 時間前

泉田裕彦さんが米山 隆一をリツイートしました

米山さん、回答ありがとうございました。他候補からは、安定ヨウ素剤の事前配布を実施するかどうかの回答もない中、現在の原子力防災には欠陥があることを米山さんは理解されていると思います。頑張ってください。


原発再稼働と日本の未来を決める県知事選

2016年10月04日 | 地震・原発

10月16日に投開票の知事選は早や6日が過ぎて、スタートが出遅れた米山陣営は政党と市民ボランティアでフル活動です。新潟県知事を決めることは日本の原発の将来を決めることにつながり、全国からも注目で絶対に再稼働を許してはならないと熱く動き回っています。

今日は「9の日」ではありませんが知事選に向けて、夕方から中央大通りで「原発再稼働STOP!」スタンディングを行いました。急な呼びかけでしたが20人程の参加で、それぞれがプラカードやのぼり旗で行き交う人にアピールです。

原発の安全神話が崩れたにも関わらず“喉もと過ぎれば熱さを忘れ”、東京電力は柏崎刈羽原発再稼働へ向けて絶対に安全かのCMをラジオやTVから連日流しています。

21日書き込みの「どこまでも飛ぶ風船」のように、被爆しないで避難することは不可能で原発から何キロ離れているから安全ということではありません。上の“守りたい命がある 守りたい未来がある”の原発地図は「上越 9条の会」スタッフからのものです。

また米山候補のネット拡散用ビラが再修正されました。ネットでのビラ拡散は自由ですが、印刷して新潟県内には配れず、県外でしたら印刷してどこでも配れるそうです。http://www.jca.apc.org/nnpp/nakayama/yoneyamabira20160929-2.pdf


糸魚川市“かに裁判”と米山弁護士

2016年10月03日 | 日々思うこと

知事選告示日の米山候補の糸魚川での第一声の時、候補者と親密に話している一人の女性が気になっていたので街宣車が次の上越へ向かった後でお話しをして驚きました。能生地域の道の駅マリンドリームのベニズワイガニ直売所の(有)盛紋丸社長のNさんで、この施設を運営する第三セクター(株)能生町観光物産センターの当時の社長である米田徹糸魚川市長に店舗の明渡しを求め訴えられた“かに裁判”の被告の方でした。

同センター筆頭株主の市が市民を訴えるという前代未聞の裁判は当時、都合の悪い者は排除という“大人のいじめ”ではないのかと市民から注目され、市議会「一般質問」でも取り上げられていました。昨年1月、一審の新潟地裁は原告敗訴としましたが、市長はこれを不満とし控訴ということになり、二審の弁護士が米山隆一さんであったことを私は告示日に始めて知りました。

米山弁護士は東京高裁で原告敗訴となれば、公として糸魚川市の社会的信用を失うことを懸念し、市と話し合いを進め和解というカタチで結審です。当時の関係者らは「糸魚川市を救った弁護士」ということを認識し、Nさんも「米山弁護士は命の恩人」と言っていました。その後、米田市長は第三セクターの社長を能生事務所元所長へとバトンタッチし今日に至っています。

今日は昼近くに上越米山選挙事務所へ行き法定ビラなどを受け取ってから、友人らと昼食をしながらの知事選談議です。民進党の自主投票ということもあり、他の野党中心の闘い方では米山候補の必勝が厳しいのではという見解で、市民をもっと巻き込んだ取り組みなどの話し合いを進めました。

夕方帰途に着き、途中のマリンドリームのかにや横丁へ立ち寄り写真を撮ってから、スーパーの駐車場でNさんと合流です。その後、友人宅へお願いなどに立ち寄ると、何と妹さんがNさんと親しい同級生とのことでビックリです。

ところで告示日の上越市かに池での米山候補の第一声の時、応援弁士の森ゆうこ参院議員が糸魚川“かに裁判”のことを聴衆に話したそうです。糸魚川から候補者取材を続けていたTeNYテレビ新潟の記者がこれをまとめ、本日の「夕方ワイド新潟一番」の知事選関連で放映されたことを夜になってNさんからの電話で知りました。

全県に放映されたことで糸魚川“かに裁判”がまた話題になるでしょうが、何よりも米山候補の弁護士活動から人間味あふれる人柄が伝わってくる一日の終わりです。


二人の知事選候補者と朝ドラ「とと姉ちゃん」

2016年10月02日 | 日々思うこと

県知事選は自公推薦の権力集団の森候補と県民ボランティアの米山候補との一騎打ちです。相手候補から聞こえてくるのは「泉田県政は国(中央)との連携がない」という決まり文句ですが本当にそうだったでしょうか。

これまで私は新潟県庁発行の[泉田知事のメールマガジン]“たがいに・にいがた”に目を通してきましたが、決してそうではないことを確信してきた一人です。今週のコラム(9月30日発行分VOL.479)は「『新幹線』から考える新潟」で、先日県内メディアから受けたインタビューで印象に残った話題から、県内2本の新幹線をめぐるお話しを詳細に語っています。

また米山候補について、稀に見る秀才という馬場弁護士が昨日、「節操がないのはどっち?」と書き込んでいました。「テレビを見たりネットの記事を読むと、米山隆一さんが自民党から維新、民進党と渡り歩いたと言って節操がないみたいな言われ方をされている。しかし、これはとんでもない誤解だ。
 彼は、まちがいなく民主主義者だ。野党共闘の議論のときも、安保法が憲法改正国民投票を経ずに決められたことに完全に反対し、政党や市民団体と議論を重ねてきた。
 私から言わせてもらえば、最初に入った政党が間違っていただけなんだ。渡り鳥なんて言われるが、彼は、立候補、落選を繰り返しその度に挫折してその度に反省をした。そういう長い苦しい旅をしながら、私たちのところに同志として帰ってきた、ただそれだけのことなんだと思う。
 原発再稼働をたくらむ自民党から推薦状をもらって喜んでいる相手の候補と、県民の願いに寄り添って、自分の進む道が正しいと思ったら所属する政党から離れてでもその信を貫こうとする米山候補。節操がないのはどっち?少なくとも県民の願いに寄り添うという観点からすれば、米山さんに節操がないという批判は当たらない。」と・・・、まったく同感です。

 

また昨日、報道ステーション元コメンテーターの古賀茂明さん(元経産省官僚)が米山候補の応援に新潟入りでしたが、米山さんは1999年9月の東海村JCO臨界事故の時、放射線医学総合研究所にいて事故当日の当直だったそうです。放射線医として放射線が人体にどのように作用したかその酷さを知ってるということで、ふと“能ある鷹は爪を隠す”という言葉を重ねました。

ところであっという間に9月が過ぎて早や10月、NHK朝の連続ドラマ『とと姉ちゃん』も昨土曜日に最終回です。楽しみにしていた朝ドラで最後の一週間は、編集長花山伊左次の言動が反戦平和を貫いた花森安治さんをしっかりと描いていたのでは思いました。戦争中の暮しの記録ー保存版』は今でも求めることができます。

そして毎朝BSで『とと姉ちゃん』を見てから登校の隣りの上の孫は、私の家へ来るとテーブルの上にある『暮らしの手帖』の話題になり、来年の夏休みの自由研究は“商品テスト”というので、知事選の忙しい中で目を細める週末です。