我的網球日記

昨日の自分を越え、身近な幸せに感謝するための自叙伝!

俺が磨かねばならないモノ!改正版

2005-08-30 | 日常思う事 (我的看法)
今日は『勘』についての御話です。

中国に来て色々な人々に会いながら、「こいつは凄い!」「面白い奴!」と尊敬の念を感じる人は皆『勘』が研ぎ澄まされている気がする。今日はそんなお話。

①あるカメラマン

彼は現在の奥さんと会って二度目で「この人と結婚し、人生を共に歩みたい!」と本能で感じたそうです。僕みたいに付き合って、同棲して、それから結婚を考えるなんて言うチマチマしたことはやってられないみたい。いや、そういう人だと感じその自分の声に忠実だったのかもしれない。また、彼は言う「自分が良いオーラを出している時は自然と良い人(女性も)が寄って来るもんだ!」と。

②ある体育大の母ちゃん

彼女はダンサーであり太極拳を学んでいる。体育大一、面白い女性だ!彼女と恋愛の話をしたり、人生について話していると、いかに自分が真面目と言うか難しく物事を考えているか自覚する。やはりシンプルこそ、ノンストレスな考え方である。コンサルの方々のように難しく考え、仮説・検証・分析…なんていうのは仕事で十分なのかもしれない。
彼女の座右の銘(なのだろうか?)は「これで死ぬわけではないからさ」のようだ。辛い時・苦しい時こそ、シンプルに「死ぬわけ無いじゃん♪」と考える…素敵な生き方である。彼女もやはり、自分の本能に忠実でその自分の声を感じられる人のようだ。

③おれの親父

彼は仕事の最終決定は自分の『勘』に頼るそうだ。かといって戦略的な分析が無いわけではない。「それはそれ」「これはこれ」と住み分けができる人です。情報を駆使しつつ、自分の本能にも耳を傾けて最終決定を下す。彼の仕事のやり方は、とりあえす自分の眼・身体で感じる(味わう)。それから、決定を下す。何事も行かなければ(やらなきゃ)、そこの景色は見えない(分らない)という意味だそう。もちろん、勘を磨くには経験が不可欠なのだろうけど、自分の『勘』を磨くために常に自分のオピニオンを持っているのでしょう。

この三人に共通しているのは、自然と美的センスというか芸術性を自分の価値観で持っているということだ。それは各々の『勘』という感性を更に磨くために、骨董品を買ったり、オシャレを楽しんだり、音楽を聴いたり、本を読んだり、博物館に行ったり…肌で芸術を感じ、刺激を受け各々体に染み込ませている。

一方、僕を始め今時の人々はだんだん『野生の勘』『カンピュター』というものを使わないから、衰退して行く。僕のは『勘』に従っているのでなく、無鉄砲(考えていない)な事が多い。それは分析もなし、五感もなし、一番ダメなことかも知れない。

だから、僕は『勘』を磨きまくりたい!!!!!!のである♪あまりモノに拘らない僕はこういう人達から一流のモノを借り触れ、経験値を増やしていこうと図々しく徐々に実行している。大事なのは自分なりに「どう感じたか」心の声に耳を傾けることでしょうか。

皆さんは『勘』て使っていますか?


内モンゴル

2005-08-28 | 中国
行って来ました内モンゴル♪大草原と星と乗馬と砂漠とラクダと…朝青龍。。

列車に揺られて10時間(硬座で…新疆に比べればかなり楽)、朝6時半に呼和浩特(フフホト)に到着。帰りの寝台バスのチケットを買い、いざ旅行業者と交渉交渉!値切りに値切り二泊三日、三食宿泊費込みで550元なり。結局、北京で調べた旅行代理店と余り変わらない。

一日目 9時大草原に到着。パオ(モンゴル式テント)に泊まり、羊のミルクティーを堪能しながら休憩。昼飯を食べ、いざいざ乗馬に挑む!ガイドブック通り、一時間50元なのに最低二時間乗らないと何処も行けないと言われる。そして、馬使いの乗馬代まで払わされる…何だよそれ。それでも値切って、一人125元まで下げる(二人で50元お得)。

さてさて、僕の乗馬はと言うと…。行きはモンゴル民家まで馬は駆け足。帰りは馬が鬣を靡かせながら走る走る走る!風を切るてこういう感じなんだなぁ~とか思いながら草原を駆け抜ける。怖さは無いモノのケツが痛い。。そして、翌日には背筋が痛くなる(4日くらい続いた)。昔、馬事公園かどっかで馬乗りしたのになぁ~。なんと、悲惨な事にパンツだけでなくズボンに血が…初○理か!?御尻の裂け目の右側から血が…痛すぎる!!「痔」になったことないけど少し御尻の痛みが理解できた。座るのが辛い。韓国人の友人曰く、馬の動きに合わせて騎手も上下動しないとこうなるみたい。馬使いはムチと携帯を持って付き添ってたけど何もアドバイスなしやる気なし。つーか、少しは教えろよ。ケツがこうなる前にさぁ…初日から負傷。

このツアーは僕と韓国人の友人(韓国体育大交換留学生)二人の他にLG(韓国メーカー)に勤めている天津駐在員4人がいました。現地調達での手配だから、とある小さなモンゴル一家でした。夕食時間、当然白酒(アルコール濃度60℃)攻めに遭いました。モンゴルの女性が僕達に歌を歌いながら、酒を注いでくれる。北京では有り得ない茶碗に白酒を注ぐなんて!飲む前に天・大地・額に酒で湿らせた指をかざす。そして、白酒イッキ…僕は二回も。僕に何て歌っているかなんか少しも頭に残らなかった(一杯一杯)。モンゴルはこのようにしてお客さんを迎えるようです。
美味しい夕食と歌、そして次の会場へ。何とモンゴル人の伝統的ダンス・合奏。一緒に踊ったら気持ち悪くなってしまい、やっぱり…吐いてしまいました。折角の美味しい夕飯が!勿体無い。。夜には星空を見上げ、北京と違い空が綺麗だなぁ~と感慨に耽る。プラネタリウムみたいに星が一杯!!

翌日早朝に叩き起こされ、大草原の綺麗な朝日を見る。何か新しい一日が始まるという素敵な瞬間でした。何もない草原では自分の影が何処までも伸びる伸びる♪帰りの深夜バスで話した内モンゴル滞在の漢人曰く、今年は雨が少なく草原の草が全然育っていないそうだ。普段なら膝まで掛かる位らしい。朝食を食べてから、この日は工業都市の包頭(バオトウ)へ砂漠を見に出かける。

行った砂漠はそんなに大きなモノではなかったですが、駱駝に乗って楽しみました。草原といい砂漠も周りに何一つ無い。東京・北京、都市生活も良いけれど何にも無いのもたまには良いもんだ。ボーっと景色を眺めているのもまた幸せな時間。にしても駱駝の鈍行はお尻に悪すぎる。。

この旅行はトラブルが無いなぁと思ってたら、やはりありました。足袋のレンタル料で会計したお釣りの中の50円札が贋者だったのです。駱駝の騎乗料金を払う時に「これは使えない」と突き返されました。ガイドのモンゴル人に話して、帰り直接偽札を掴ませたオバちゃんに文句を言いに行った。彼女は僕の顔を覚えているし、お釣りを払った記憶はあるけどお金を交換しない。業を煮やしたガイドさんが激しい口調で「外国人には見分けがつかない」「僕の大事なお客様だ」「「あなたの言う事は間違っている」「警察呼ぶぞ」と詰め寄るも甲斐なし。結局、僕の偽50元はガイドさんが交換してくれました。騙される自分も悪いし、怒らないにしても自分でもっと主張が出来る位語学のレベルを上げないといかん!!!前の彼女も掴まされていたけど、中国では普通に偽札が出回っているので気を付けましょう。確かに紙質が違うんだけどね。注意していないと分らない。

三日目は「王昭君の墓」・「内モンゴル博物館」などなど廻って、帰京しました。中国の歴史モノが好きな僕はこういう名所巡りが好きなのだが、体育大の韓国人友は少し退屈な模様。。紀元前からモンゴル族は中華の人々に恐れられていて、政略結婚をさせられた王昭君は悲劇のヒロインでありながらも今やモンゴル族と漢族の友好の証だそうな。本で出てくる地名・人物などを実際旅行して頭でフィットさせる作業は非常に楽しい。博物館では民族の内モンゴルの文化を見たところで時間が無くなり、近代史は少ししか見れなかった。「抗日戦争」で内モンゴル地区も日本と関係があった模様。普通に「日本鬼子」と書かれた将棋のようなゲームもあった。まだ抗日関係の場所に言ってないから、今度行って見ようと思う。見ていてイイ気しないけど、日本のどこが嫌いでどうして嫌いなのか理解する手助けにはなるでしょう。

夏休みも残り一週間、新学期が始まる。友達も少しづつ戻って来たし、残り僅かな学生生活を存分にエンジョイしまっせ!!

モンゴル前夜

2005-08-23 | 中国
* ~新疆ウイグル天池にて 先生と俺~
先生は新疆人。日本で中国語を教えてくれた人
アジャコング似 おっと!

今日は、本当に濃い一日だったです。今日は新疆で御世話になった先生が北京から、日本に帰る別れの日でした。土曜日に来た時も迎えに行ったし、御見送りもしました。先生には短時間で色々勉強させて頂いたから当然です。先生は小学生一年生の子供と二人旅(旦那は香港)だったし、男手がどうしても必要でした。まぁ~無理やり呼ばれたのもあるけど。車は先生の中国人の友人が手配しました。

先生の新疆に対する「熱い想い」と「中国の将来への危惧」は非常に僕にプラスになりました。トルコ系の民族はソビエトから、キルギスタン・カザフスタンと独立している。そしてトルコもある。しかし、新疆は中国の統治下だ。まず、同一民族が色々な国を作っているのが理解しがたい(日本人が他の国を建国するんだもんね)。中国政府はその世界の情勢から、新疆を手放したくない(石油のため?)ため新疆人を無理やり中国文化に同化させようとしているのです(前のブログに書いた教育システムとか)。

じゃあ、他の民族はどうか?僕等体育大や北大・清華・語言…が集まる街『五道口』は学生のメッカだ。日本・韓国・アメリカ・イタリアなどの料理、そしてディスコやカフェ・本屋・予備校・DVDショップなどなど何でも学生価格で揃う。そこは、韓国街であり朝鮮民族が牛耳っている。彼等は、韓国語はもちろん中国語もネィティブのように話す。ではなぜ韓国文化がここ中国のとある街で中心となることが許されているか?答えは簡単に言うと、中国政府は韓国政府が好きだからである。最近では韓国系のベーカリーが出来て、韓国の芸能人を呼んでイベントをしていた。朝鮮人はもともと商売が上手い(日本より明らかに打つ手が早い)上に言葉のアドバンテージと政府の後ろ盾があるので鬼に金棒なのである。新疆人と違い、政府は朝鮮族を「金の成る木」と捉えているし、その積極的な誘致が韓国への外交的に良い影響を及ぼすからです。
ここ北京は、大気汚染・モンゴル砂漠から運ばれる砂・ゴミ問題・急速な経済発展で近い未来はこの都市は消滅すると言われているそうだ。先生の科学的な見地からの話は、非常に興味深かった。にしても、オリンピックまでどうもって行くか色んな意味で楽しみ。

そんな真面目な話を教えながらも小学生の相手をしていました。その子は新疆でたくさんの親族や子供に囲まれ温かさに触れ、「日本に帰りたくない」と泣いたそうです。そして、「お母さんは、なんで新疆に一杯知り合いがいるのに日本がいいの?」と聞いたそうです。それを先生に打ち明けられた僕は、子供にゆっくり諭しました。理解できたかわからないけど、一緒にゲームボーイアドバンスをしたりしたら、喜んでいました。久しぶりに「お兄ちゃん」と呼ばれるのは嬉しかったし、こんな色々な体験をしているこの子は将来が楽しみです。大きくなれよ~♪お兄ちゃんみたいにさぁ(笑)。

話は前後して、今日はサマーパレスに早朝から行って来ました。北京の名所なんだけど、広すぎて時間が無く廻れませんでした。でも、非常に景色も良くて涼しげで素敵だった。僕は中国の各地に飛んでいるくせして、北京は余り廻っていない(故宮博物館・万里の長城・三里屯・後海・藩家園…)。北京は京都のように観光名所が一杯あるのに、テニスしかやってない気が(爆)。来月友達が来るし、立派なガイド目指して頑張ります。今日改めて思ったけど、やっぱ北京は奥が深い!
そして、先生のホテルが北京大の南門の傍にあったため、二ヶ月ぶりに北京大に踏み込みました(良くバスで通るんだけどね)。恋愛してた事が遠い昔のような不思議な気分になった。やっぱ、恋ていいなぁ~青春だなぁ!中国来てプラスのオーラが出てたから、あんなイイ女と出会えたんだし、もっともっとプラスのオーラ出せるように頑張ろうっと!となぜか変に前向きになった。

はい、濃い一日の締め括りは凄いのが来ました(相変らず長い…)。先生を空港まで送り、サーブ練習して、塾に行って、体育大近辺でドイツ人と中国人女性と一緒に夕飯を食べて部屋に戻りました。
何と新しくルームメイトが来ているじゃないですか!!!しかも、顔はトルコ系(新疆と愛称良いのか?)&ボブサップ並の大男!身長190センチ・体重は130キロ…推定だけど腕なんて僕の太もも並いやそれ以上。。実は僕はフランス人のルームメイトとは5月あたりに別れていた。原因は彼が病気を重ねておりストレスを感じてて、しかも僕よりA型の潔癖症だったから。今でも付き合いあるし仲良いけど、日本人より細かい外人は驚きだった(ちなみに僕もA型)。
帰ってくるそうそう、洗面所のドアが空かない…何と怪力の彼がドアノブを壊したそうだ(笑えない 恐ろしい)。僕は仕方なく友達の部屋でシャワーを浴びる。。困った事に僕は二人部屋を一人でずっーと使ってたから、散らかり用が半端ない!その上、夏休みのため先程の元ルームメイト仏人の荷物と日本人二人の荷物…計三人分の荷物がいる。そのため、新ルームメイトはクロークが使えない。その怒りで、バスルームを出入り不能にしたのだろうか!?ヤバイっ!ヤバすぎる!!今話していると体の割には優しそうだが…怒らせたらどうなっちゃうんだろう。。写真は怖くて撮れないので、またいつの日か。

明日の夜からモンゴルだと言うのに急遽明日は大掃除です。予告なしのこのハプニングが中国ぽいと言えばそれまでだが。にしてもねぇ~。退屈させないと言うか何と言うか。いびきも凄そうだし…。波瀾万丈の中国ライフですなぁ。僕は今変なオーラ出してるのではないだろうか??


バスの中

2005-08-19 | 中国
今日もテニスコーチをしに片道2時間バスで通勤。今日で最後のサマーキャンプ毎日毎日の満員バスもこれでオサラバだ!来週から内モンゴルだし気分もウキウキの帰り道、バスの切符売りのオバちゃんに怒られた。。

スニーカーを脱いで足を靴の上に置いていたら、プロレスラーみたいなオバちゃんに激怒された。「靴脱ぐな!」位しか分らなかったけど。別に足を伸ばしたり、ダラシナイ格好しているわけではないのになぁ…。2時間もバス乗って座ってたら、暑いから足蒸れるじゃんさぁ。t中国語の授業中もやっているけれど先生何も言わないけど。しかし、あの怒りようから言って、これは中国人的には相当失礼な態度みたいだ。今日含めて、3回くらい注意されたけど今日は格別怒られた(笑)。

車内で大声で携帯で話す・飲み終えたペットボトルを窓からポイ捨てする・唾を吐く・Tシャツを捲り上げて腹を出す…これらの中国人の行為は問題無いのに、なぜ靴を脱ぐのががそんなに悪いんだろ!?足臭くないのに。。そう言えば、昨日あるカフェで欧米人の女性が足を低いテーブルに乗っけてたのに店員さん何も注意しなかったなぁ。見た目がアジアで無いからだろうか。

文化が違うとこうも違うのかと変な所から学んだ。奇妙な国だ。

豚連鎖球菌か!?

2005-08-17 | 日常思う事 (我的看法)
*新疆ウルムチの現地レストランにて ノリノリな兄さん 本文とは全く関係無し。

月曜から調子が悪いお腹がまだ治りません。。普通に生活しているのでそんな問題ないのでしょうが、便の時まるで水道の蛇口をひねるように…御食事中の方申し訳ありません。中国に来たら、皆が避けて通れない「病院送り」そろそろ僕の番かも知れません。もしくは、四川省で猛威を振るっている豚連鎖球菌でしょうか?四川行ったのは5月だし(6月発症したらしい)、潜伏期間長すぎるから平気だと信じたいです。

お腹の話は置いといて、簡単に近況報告をば。

先日受けたHSKは何と3級でした。何もHSK用の勉強をしていない・あの心理状態(男ならそれは言ってはダメ…)にしては、幸先の良いスタートでしょう。目指せは一年後に8級です(北大の天才児がそうだから)!でも、テスト用の勉強が嫌いな僕はいつ真面目に取り組むことやら…。250元もするし、受けるならちゃんと準備して受けないと勿体無い。一番悪かったのは『聴力』。人の話をもう少し聞けと言う事でしょう(笑)。

来週から、内モンゴルに行く事が決まりました。ちゃっかり、今通っている塾の先生(内モンゴル出身)に現地の友達を紹介して貰いました。今習っている塾の先生はとても綺麗なんで必死に会話をしていたら、「棚からぼた餅」良い話が舞い込んできました。でも、中国人女性の綺麗な人を見れば見るほど「なぜ脇毛剃らないのだろうか?」と思ってしまう。せめて夏だけは!頑張ろうよ!

そうそう、剃る繋がりで僕のヘアースタイル。二日に一遍は剃っているので未だスキンヘッド(少林寺)です。もういい加減伸ばして行こうかと思うんだけど、ちょっと伸びると剃りたくなるのは神経質だからかなぁ?マッサージ行っても、女店員の受けも良く話題にづくりには事欠かない。本人は窪塚・小野のつもりだし。日本帰国までに伸ばさないとねぇ。


日本は今お盆休みか~。野外フェスのシーズンだぁ!ブログで気分だけ、日本の夏を味わっているけどさぁ。やっぱ、羨ましいなぁ。

今日は久々に北京は晴れました。ずっーと曇りで異常な蒸し暑さで、最近は豪雨が三日位続きました。日本みたいに頻繁に台風が来るわけでないので、北京の治水は最悪の一言。排水溝が少ないため道路には大きな水溜りができる、バスで移動するとスプラッシュマウンテンのように水を跳ねて進む。中国では、雨の翌日は御用心。晴れはやっぱりいいなぁ♪北京の人々に再び活力が戻ってきたような~今日の街並みはそんな感じでした!!

ここ体育大。はやくもドイツ人・ニューヨーカーの武術を学んでいる友達が戻って来ました(9月から開始なのに早過ぎ)。隣の隣の部屋には新留学生~イスラエル美人が!新学期の訪れが徐々に聴こえて来ます♪

北京の夏から、say hello~♪

2005-08-15 | テニス&スポーツ (網球&運動)
今日は腹痛のため、サマースクール(コーチングね)を休みました。僕の勤め先⇒http://www.potters-wheel.cn/

7/18~8月一杯まで、テニススクールは週末以外毎日あります。なんだかんだ今日のように週に一日は休んでおります。朝6時半に出て、片道二時間半かけバスで通っているから仕様が無い…と自分では言い訳しています。やっぱり、職場は日本より緩いし和やかな雰囲気だから「旅行行きたい!」とかいうワガママは全然平気です。留学生だし、まだ給料貰ってないのもあるからかな(研修200時間後にテスト)。

このサマーキャンプは常時いる生徒以外に外から来る生徒も多く、コーチ総動員・コートフル稼働でやっております(生徒もコーチも泊り込み 僕は通い)。インドアコート(6面)の改築も終わり、雨が降ろうが風が吹こうが関係ない…嬉しいような悲しいようなビッグな施設になっています。本当にアメリカホップマン・スペインサンチェスアカデミーのような施設に近づきつつあります。コーチ陣も増え、外人は新たにバングラディシュ3人・チェコ2人(日本人は相変らず僕のみ)と国際色も出て来ました。子供達は、午前テニス、午後はプール・ダンス・英語・論語(孔子)やDVD鑑賞、そして就寝という生活。

さて、僕のコーチングはと言うと…うん、大分板に付いてきました。ホィッスルを首から下げ、少ないボキャブラリー(だって中国語と英語だもん)を駆使しボディーランゲージも混ぜつつレッスンを盛り上げています。夏休みに入ってから、普通に一面(子供8人~10人)見させてもらい非常に勉強になっています。今のアシスタントはテニス暦一年ばかしのやる気の無い兄さん(夏休み限定助っ人)で、もう一人子供がいるような感じです(笑)。前向きにその人も変えようと楽しんでいる僕は少しは大人になったのかも知れないなぁ。

7月に初めて一面を任された時は、本当に辛かった。アシスタントは英語の先生の女性でテニス暦なし、子供は7,8歳の腕白盛り。。今までここで勉強した様々なメニューや日本で学んだメニューなど織り交ぜながら、試行錯誤の日々が続く。全然、思い通りに子供を組織できない。ズルはするし、飽きて他の事するし、子供同士で喧嘩するし…やりたいことの半分もできない。
その間一日だけ、疲労の為か夜遅かったためか寝坊して休んだ事があった。翌日、その英語の先生に「生徒はアナタの事が大好きなのよ。だから昨日は代役たてたけど大変だったわ」と言われた。単純な僕は「そーかぁ!俺じゃないとダメか」とプラス思考へ。ここから、少し変わったような気がする。生徒はもちろん先生にも「認められる」という実感が大事だ。それが無いと双方の関係は発展していかないと身をもって体験した。

この夏休み、子供達が親に無理やりテニスをさせられていたとしても、少しでもテニスに「興味を持って貰おう」「楽しんでもらおう」と、自分が素直に想えメニューを考え実行する日々、疲れるけどとても充実している。今頃になって、大学の体育会のようなやる気のある人達との意識の違いに気付くのも遅いけどね。まぁ、金を貰えるに越した事は無いけど、半人前の僕に素晴らしい経験を与えてくれたここに感謝!周りはブーブー言うが、僕には価値のあること(交通費・食費は免除だよ)。来月はいよいよ給料貰うためにテストだ!頑張ろう。

僕の夏休みは平日午前コーチ・夕方補習班(塾ね)という生活です。旅行以外の週末は、DVD見たり、自分のテニスしています(本当は北京色々周りたいんだけど気力がね…)。

今日は終戦記念日。昨日タイムリーに『ラストエンペラー』見た。昔見た気がするけど改めてみると非常に良い!清朝~満州~文革まで激動の時代を生きた溥儀の御話です。南京大虐殺の映像も流れていました。日本人として、過去こんな異常な国だったと言う事を噛み締めないといけない。

そして、世界平和を祈ります!!!


ある悲しい知らせ…

2005-08-14 | テニス&スポーツ (網球&運動)
一昨日だろうか、僕の御世話になったテニス仲間(オジサン)が危急の状態だという知らせを受けました。。

その方は何と癌で、もう歩く事もままならないと言う…。中国に来る前は、良くテニスをしていたのに。。頭にあるイメージは、憎まれ口を叩く尊大なオジサン…腕っ節が強くサーブとボレーが凄かった(足は動かないけど)。そんな姿になるとは、未だに信じられない。。。

そのオジサンは常時オチャラケていて、テニスもそんな感じ。はっきり言って、僕は彼の不真面目なテニス態度が好きでは無かった。その上、自分に野次を飛ばすからだろうか。本人の前でボロクソ批判したこともある。今思えば、失礼な話だ。でも、その方と巡り合ったテニススクールのエキスパート(一番上の男だけのクラス)で見せるテニスは真剣そのものだった。

僕がアメリカのホップマンに行く時も軽くポ~ンと$200をくれた。スペインに行く時は、励ましアドバイスをくれた。中国に来る時も、「現地のテニスリポートを書いて、日本の雑誌社に投稿すれば?」と具体的な助言を頂いていた。車で送ってくれたりもしてくれた。

最近想うのは、僕は多くの人に助けられている…だがその人々に何も恩返ししていない。する力がないのだろうか。たまらなく無力感に襲われる。

ある身近な御世話になっている人も少し前に癌が発見された。彼は「入院して寝たきりになり、人間らしい生活が出来ないなら死んだ方がマシだ」と言っていた。彼は残された少ない時間を有効に使いたいと。「オマエや多くのこれからの将来を背負う人々に自分の経験や知恵を与えたい」と語っていた。その時、僕は悲しみと感動で涙が止まらなかった。
彼は手術を見送り現在放射線治療をしており、症状は安定しているようだ。中国で頑張って少しでも成長した姿を見て貰いたいと堅く決意したものだった。それを今回の件で、鮮明に思い出した。

人はいつか死ぬ…それは頭では理解しているつもりだ。人は何のために生まれるんだろう。何を探し続けているのだろう。愛する人・やりがいのある仕事…そう人生における感動を求めて。そして、一人の人間が何を残せるのだろう。

一生答えが出ないものなのかもしれない。でも、僕は「人生の意義」「僕が残せるモノ」を探し続けねばならない。そのためには、毎日毎日を大切に過ごす事だろう。

どうか神様オジサマに今一度生きるチャンスを与えて下さい。突然の別れは、僕には到底納得できない。認めたくもない。

こんな出会いを与えてくれた「テニス」は、時には余りにも残酷だ。それすらも、乗り越えろということなのだろうか。今の僕には理解できない。

徒然なるままに~続旅行記~

2005-08-09 | 中国
*写真は吐魯番の交河故城。ラクダに足を噛まれかかり、一瞬で足をよける俊敏な俺(笑)。ちなみに、蘭州の写真はデジカメ電池切れのため無いっす。残念。

烏魯木斉から北京のチケットが無かったため、急遽蘭州に行く事にしました。友人はカザフスタンに行ったので、久々一人旅です。ビザがないためカザフには行けなかったが、中々面白そう。彼は「陸続きの国境を渡る瞬間を味わってみたい」と言っていた。僕等日本人は「海を渡れば外国」という概念しかないからねぇ~素敵な考えだ。帰って来たら、感想聞こう。もう警察沙汰は駄目よ!妹泣かしたらダメ×2!とカザフに向けて念じた。

蘭州は僕も聞いた事が無い程マイナーな場所。ラーメンと黄河が街の近くにある事で有名です。ここは回族が多く、なぜかラーメン屋も回族経営が多い(実はラーメンの起源は漢人ではないのかも)。さすが本場、手打ちのラーメンの太さを選べるんです。毛細・細・二細・粗(太)・寛(幅広)から成る。二日かけて、細・寛に挑戦~細い方が旨い!

黄河は壮観でした♪白塔山公園から見下ろす景色は良かった。蘭州は山に囲まれた地形で、黄河と共に街が発展していった様があそこから良く分った。黄河は初めて見たけど、黄色じゃなく茶色だね。昨日雨降ったの?洪水でも起きた?と思うほど、流れが速い!まるで、今の中国の経済を象徴しているかのようでした。ハァハァ言いながら登った白塔山の頂上の茶館で、茶を堪能しながら景色を見てボケ―としたり、物思いに耽ったり、暑中見舞いの葉書書いたりしていました。

後は市内に出てお店を散策。*リーニン(李任)の店に行った時、外国人だと店員が分ると猛烈に話し掛けて来た。高校生位の女の子だろうか、目を輝かせながら色々聞いてくる。先程の白塔山の頂上でも店員が話してきたし、ここは田舎のせいか外人が珍しいようだ。このような中国人の習慣?は、僕が好きなポイントの一つ。働かないで喋っているけど(笑)、「知りたい」とい強く想う心意気が素晴らしい!僕が「日本人だ」と言って、まだ嫌な顔されたことないし。何より会話の練習になるもんね。

*リーニン 中国ではナイキ・アディダスと並ぶ程、人気のスポーツブランドでMADE IN CHINAです。惜しい所はロゴだったりキャッチフレーズが、ナイキ・アディダスのパクリであることが多い。でも、商品はオリジナルが多いし、中々カッコイイ&オシャレ!ナイキ・アディダスより少し安いし。テレビでスポーツの試合を見る・僕が行くテニススクール…などなど中国でスポーツに関連するあらゆる所にスポンサーに入っているから、中国で一番儲かっているスポーツブランドである事は間違いない。テニスラケットも造っているし(使っている人見た事ないけど)…要は多角経営でやりたい放題ぽい一面も。もし、スポーツ系のメーカーに就職するならここなんだよなぁ…問題は色んな意味で前職とあまり変わらない気が。。ブランド力やその置かれている状況だったり、営業職だったり、VISIONが曖昧な所とか(言い過ぎました ごめんちゃい)。オリンピックの時は、このブランド、世界に羽ばたくはず!乞う御期待。 http://www.li-ning.com.cn/ 参考までに。

翌日、列車で帰る気満々で改札に行きました。やはり、旅行にはトラブルが付き物…例外無く僕を襲う。何とチケットの印字が間違っているじゃないかぁ!買った時も気になったから、三人も聞いたのに…そんだけ僕の中国語がまだまだと言う事でしょう。8/5の列車なのに8/4になってたからさぁ~普通誰でも気付くよ。俺でも、気付いたから聞いたのさ。でも「4日間有効」という明記もしてあって「これなんだ?」て聞いたんだよな。「明日も帰れるのか?」とか聞いたのに…。よくよく見ると「当日に限り有効」とも明記されてる。なんなんじゃ~この「4日間有効」は!?恐らく、4日間内なら返金しくれると言う事みたい。僕も結局返金できたし(必死の形相で、乗せろと言ったのに。。)。つーか、日本と違ってこういう国営企業(JRの方が少しマシ)はミスが多いようだ。翌日の僕の席の周りは皆、二枚チケット持っていた(印字間違いと改正版)。チケット概要は以下の通り

・飛行機 北京⇒烏魯木斉  4時間 エコノミー        1200元
・列車  北京⇒烏魯木斉 48時間 軟臥(個室ベッド)    1000元
                 硬臥(3段ベッド部屋なし) 650元
                 硬座(座りっぱなし)    330元

日本みたいに、新幹線無いし中国広すぎるから大変なんです(ちなみに飛行機は一番安いチケット)。僕の取ったコースは、往路は飛行機・復路は寝台列車。復路は烏魯木斉から一日懸けて蘭州へ(『硬臥』)。蘭州に滞在して、北京までは23時間は脅威の『硬座』!10時間越したら、ベッドがないとマジキツイことを身を以って体験(いい加減歳なんだからさぁ…)。ケツが痛すぎる!騒がしい。汚い。寝れない。会話を楽しむ余裕は初め少しはあったが、時間と共に乗客率が150%(立っているお客さんが増え)になり、話す気も失せる。一気に『上海の長い夜』を読み『史記列伝一巻』を読んでしまって、もって来たMDウォークマンでイエモン(解散したんだよねぇ…残念)とか聞いてた。MDウォークマンが珍しい中国人は興味津々、だが僕は「話しかけるんじゃねぇ」オーラを出し撃退する。イエモンを聞きながら、歌詞が心に響いて、何か更に前向きになれた(高校生の時から、約10年も経つから当たり前か)♪

まぁ、良い教訓になったけど、「この田舎に3日もいる事になるとは」とその時はマジに凹んだ。。3日目は公園行って読書して教科書開いて、『イニシャルD』を映画館で見た。中国語で日本の映画やっている微妙さはあったが、結構楽しかった(映画館ほぼ貸切だった 海賊版DVDの影響)。原作名前位しか聞いた事なかったけど、ドリフトは最高(なぜかマリオカートが頭に浮かんだ 笑)。こんど漫喫で読もう!鈴木杏の声が吹き替えの中国語(声代役)なのは笑えた。可愛いから余りある(実はあれ代役でなく地声なのか?)。中国人はどう思うのかなぁ?なんかハリウッドムービーを日本語吹き替えで聞くような感じでしょうに。ただ、中国語の字幕が無いのは僕にはあまりにキツイ。。何もこの映画で学んだ中国語は無かった(爆)。この間の『スターウォーズエピソード3』のように英語と中国語字幕ならまだマシだけど。

てんやわんやの珍道中でした。にしても、北京は暑過ぎる。スキンヘッドから、汗が止めどなく落ちてきて目が痛い。辞書引いたらスキンヘッドは『光頭』でした。まんまじゃん。よく見ると辞書には、①丸坊主・坊主頭、②はげ頭…「っておい!一緒にすんなぁ!」と独りで辞書に突っ込み入れました。

あ~、やっぱり郵政民営化法案通らなかったかぁ。これで「訪中団」の仕事が白紙に戻っちゃった(恐らく年内は厳しいな)。「郵政民営化解散」て小泉さんは役者よのう。皆選挙楽しんでねぇ~。俺の投票権どうなるの?

またまた気付いたら長~い文章。まっいっか。苦情は前もって御断りします♪

新疆ウイグル★

2005-08-08 | 中国
*写真は街でナンパしたウィグル美少女と一枚。可愛い~笑顔!オッサンになって逮捕されるかも…今から心配。気を付けよう。


新疆ウイグル自治区はウイグル・漢・回・カザフなど十数民族が集まる工業都市。烏魯木斉(ウルムチ)は、漢代にはシルクロードのオアシスにもなったそうな。東京から北京よりも遠いこの地は、中国ではないような錯覚になる。街には漢字とイスラム文字、ウィグル帽を被った男性・スカーフを巻いた女性。中国で唯一時差があるのもここ新疆だけだ(北京時間とウルムチ時間を併用している)。新疆人はトルコ系(サッカーのイルハン!)の民族です。

飛行機で北京から4時間、烏魯木斉(ウルムチ)へ到着!泊まるホテルは先生指定の騎士ホテル(アラビアンナイト?)でした。新疆人居住区のど真中で、着いた日はかなり怖かった。だって、中国なら見た目はあんま変わらないもん(実際格好とか見れば分かるが)。
僕とジャーナリストの友人・その妹の三人はここに滞在、他に日本から来ている旅行者は漢族が住んでいる中心地のホリデイイン(5つ★)に泊まった。
夜な夜な屋台に繰り出した僕等は新疆ワールドを満喫できました。後で分ったんだが、たんに先生の家に近かったから、このホテルにしたみたい(笑)。丁度、滞在中に3つ★に昇格したセレモニーもあったし、フロントの人も感じよかったし、良いホテルでした。

来るきっかけとなった、先生との出会いは新橋の小さな中国語教室。妹さんがこの度結婚することになり無理やり便乗して来ました。中国語教室は4人が最大という規模で、人数が揃わない事が多かったので、個人的に家庭教師を紹介して貰ってました(以前のブログにて)。だから、先生の授業は週一回で6~8回しか受講してません。実は、あんまり教え子・先生という関係にしては浅いんです。
彼女(先生)は、新疆大学卒業後、会社派遣で清華大学、その後日本に渡り京都大学を卒業した素晴らしい経歴を持っています。なぜこんな小さな所で教えてたのか分りませんが、授業中は日本語で中国の色々な興味深い話をしてくれましたっけ。語学の先生として向いているのかは疑問(笑)ですが、人生経験豊かな明るい前向きな方です。旅行中でも言ってましたが、「いつか新疆に戻り、多くの人々に海外にいけるような機会を提供したい」と。人生は職業で決まるわけではないけど、実践している先生は本当に凄い!日本人の旦那との大恋愛(妄想?)も楽しかったし、ガイドとして各地を案内してくれ、親族・友人も一杯紹介してくれました。旦那は香港にいて、先生は日本だけど国境もおかまいなしにラブラブなんです(旦那は結婚のためイスラム教に入りイスラムの名前もある)。素敵な旦那と小学生の腕白な息子とそして、たくさんの親族…良い家族だなぁ♪

観光地では、天池と言われる神秘の湖、カザフ族の牧場でパオ(かまくら?テントみたいなの)でミルクティーを飲んだり、吐魯番(トルファン)では砂漠にある古城を見に行きました。食事は、羊の串(シシカバブ)・ポロと呼ばれるサッパリしたチャーハン・トマト味のパスタのようなうどんのようなチャオメン(絵面)・ナンなどなどイスラム教徒の独特の料理です。中国来て以来好物になった、シシカバブはさすが本場!大きいし、ジューシィー、意味も無く香辛料も多くなく肉の旨味を活かしており絶品でした♪先生の親族の家を訪ねたときは手打ちチャオメンが!讃岐うどんに負けないくらいシコシコで美味かった。新疆人のギャルもオバちゃんも一家揃って麺をこねて造ってるのは微笑ましかったし。葡萄も名物みたいで、良く食べた(ワインもね)。トルコアイスは、超が付く程美味かったなぁ!!食って飲んでばっかし♪…んまぁ~ゆぅ~(もはや死語か?)!

結婚式は面白かった。式を挙げた後、披露宴では新婦側・新郎側に別れた場所で宴会、新婦を迎えに新郎側が来てそれから次の会場へ。新婦側だけでも100人ばかしいたし、家族が多いのは楽しい。先生から説明されても良く人間関係が分らん(とにかく親戚)。新婦側では、イスラム色が強くないのか緩いのか飲酒はOKでした。新婦が控える部屋は大円卓の大部屋で、未婚の女性は皆ここに待機する…まさに花園!食事をしながらオシャベリを楽しみ、カラオケ、ダンスと新郎の到着を待つ。う~ん、この場でナンパはできん。残念。そのためか、道理で会場はオバちゃん子供ばかり。コーチをしてからか子供受けが良くなった僕は、酔っ払っている中、子供にジャイアントスイングをしたり持ち上げたり大変でした。一人の子にやると「私も~!」ときりがありません。「体操のお兄さんあんたは凄い!」とつくづく感じました。マジで。次の会場では禁酒でお茶のみ(残念)、でもまた御馳走!ダンス!…負けずに食べて踊りました。結婚式て形も色々だけど、日本と違い「タテマエ」が無い。心から祝っているし、疲れた人は帰るし、司会者がいて進行というスタイルは無い(スケジュールも無い)。とにかく適当!ただ、中央の目立つテーブルに新郎新婦始め近い親族がいるだけ。後は、皆食べて飲んで(ノンアルコール なぜだぁ~)、音楽に耳を寄せ、ダンスダンスダンス♪うーんでも良いかも♪

新疆人は生活にダンスが根付いているみたいで、食事で満たされると音楽に合わせてダンスタイムに突入…女性はShall we danceを彷彿させるような?ゆっくりしたステップ。男性はさも闘牛士みたいに男らしいダンス。たまに「ハァッ!」とか気合を入れた声で音頭をとる。男性・女性・異性二組のペアで向き合って皆踊っています。僕も誘われて混ざってみたが男性の踊りは難しい…今度来た時はマスターしようと。踊り・音楽が身近にある生活て素敵だなぁ~。

楽しんでばかりだけど、ちゃんと勉強もしましたよ。丁度、楼蘭王国の特集をNHKでやっていたこともありミイラも博物館に見に行きましたし。

・ヤシムスィース!= ニーハオ =今日は
・ラハメット!  = 謝謝   =有難う
・ホッシュッ!  = 再見   =さよなら
・ ワイジャーン! = アイヨー =あれまっ! ???(失敗した時使う感嘆詞)

覚えたウィグル語です。発音は先生の妹さん(新婦)にスパルタ指導受けたので自身あります。後は、バスで同行した新疆美人姉妹にも中国語と一緒に色々習いました。だから、『生きた言葉』です(偉そう)!日本語・英語・中国語・スペイン語・ウィグル語を操る俺…結構凄いじゃん!日本語も含めて、いずれも中途半端だが。。頑張ろっと。
市内には辰野商店なる日本企業も進出している。新疆人とロシアバーに行った時、「伊勢丹・高島屋・三越なんてデパートは知らんが辰野商店は知っている」と言うから行って見ました。上海・天津や広州など始めとする沿海部が、急速な中国経済の発展を支えている。内陸部との貧富の格差は拡がるばかり、だからこそ政府は内陸部の外国企業の誘致に特別の待遇をしているという。その一つが新疆にある辰野商店なんだろう。ホームページを見ると、新疆の観光資源も商業化する狙いがあるよう。日本人として、これは相当複雑な気持ちだ。トルファンはじめ、ウイグルの自然破壊に一役買っているようでなので…。地元に愛される会社になって欲しいと切に願うばかりだ。
http://www.tatuno.co.jp/kaigai/t-kaigai.html
http://www.japandesign.ne.jp/EXPRESS/021002/w14.php
http://www.yorozubp.com/0011/001104.htm 参考までに。

先生は漢人に対して、かなり反感を抱いている。新疆は石油が取れるため、中国は手放したくないようだ。共産党が国民党統治から解放した記念の「解放公園」も行った。夜なのに200人ばかり広場で一斉に踊っている漢人(太極拳より簡単なの)は異様だった。先生はタクシーに乗るたびに漢人だと色々聞く「いつ来たのか」「何しに来たのか」「何で道、知らないのにタクシーやっているんだ」とか。就職もここでは漢人優先、教育も小学生から漢語をやらされ、いわゆる国語以外算数・理科とかは漢語で行われるようだ。新疆文化・言葉が徐々に廃れている様を見ていられないと嘆いていた。「ここにいると気が狂いそうだから今は日本にいる」と言ってたの事は冗談ではなさそうだ。「自治区とは名ばかり」「日本の歴史問題のこと言えた義理はないわ」とも先生は仰られていた。漢人だと一人っ子政策のため子供は基本的には一人だが、他の民族は民族保護の観点から子供の数は制限されない。そのため新疆人と登録する漢人も多いようだ。最近は漢人と新疆人のカップルも多いのも事実だそう。新疆人と漢人の居住区が真っ二つに分れているよ街…烏魯木斉。僕はこんなような街は初めて訪れた(日本は単一民族だもんね。)僕が個人的に好感を抱いている中国人。その中国人を嫌っている民族がいて、その人々の生活を見れた事は非常に勉強になった。

そんな楽しく過ごした5日間の最後の夜に事件は起きた。ウイグル人が多くいる市場の屋台でお酒を飲み帰る所でした。一緒に泊まっている兄貴分のジャーナリスト(以下Gさん)と妹さんと帰るときタクシーを呼び搭乗した時でした。Gさんが助手席に乗り、僕が後ろの奥、隣に妹さん。行き先を告げてタクシーが出る。…はずが、タクシーの運ちゃんとGさんと揉めている。僕は酔ってたせいか、会話は良く聞き取れなかったがGさんが「出るぞ!」と怒った剣幕でタクシーを出る。そのドアを閉めた瞬間、蹴りを入れてしまう!止める暇も無かった。当然、運ちゃんも怒りエスカレート。酔いながらも必死に止める僕、半ば泣きながら叫ぶ妹さん、怒りで我を忘れるGさん、恰幅のよいどこか見下した態度で怒る新疆人の運ちゃん…と四人とタクシーを中心に円形に群がる多くの新疆人の野次馬。僕は運ちゃんに謝って「他のタクシーで帰りましょう」とGさんに告げる。平静を取り戻したGさんはそれで行くはずだった。しかし、運ちゃんが僕の手を「ギュッ」と掴み放さない。自分のタクシーのドアを指し、漢語ウィグル語で喚き立てる。「別に何ともなってないでしょ」と言いそうで言葉を飲み込みながら、少し僕までキレそうだった。そんなこんなで時既に遅し、とうとう警察まで来てしまった。当然、4人とも事情徴収で連行。警察は全員、漢人だった(あたりまえか)。僕等は客だからGさんがキレルのも仕様がないが、「蹴り」はまずかった。移動する中、ある警官が言う「22時以降、あの新疆人エリアではタクシーの助手席に漢人男性は座れないんだよ」と。女性が助手席だったら良いようだ。「じゃぁ~、男性三人のお客さんならどうすんだよ。」と僕は反論。明確な答えは無かったが、「蹴るのはオカシイだろ」と。この慣習?は今も残る新疆人と漢人のシコリから生まれた暗黙のルールの一つのようだ。結局、先生が来て200元の罰金を払って釈放された(2時間拘留)。こういう手の事件では、地元警察と新疆人はグルになって外国人からお金を巻き上げるのが常だそう。「親族が事件に巻きこまらたら朝まででも戦いましたが、貴方達はお客様ですから」。屋台で飲んでいる所、先生の連絡で合流する予定でだったので事件が起きた責任を感じていたと言う。先生本当にすいません。。

こんな波乱万丈な旅行でしたが、先生の温かい人柄と大きな人間性に触れ楽しく有意義な時間を過ごせた。先生のような方に出会えた事に凄く感謝感謝!!モノを教える人は、やはりこのように愛がある方じゃないと駄目だと実感しました。先生のような女性を捕まえようっと!

行きは飛行機、帰りは列車でした。ウイグル~北京のチケットが無かったため、蘭州(北京・ウイグルの中間地点)に寄りました。それはまた後で書きます。

新疆ウイグルまた行きたい!!!!

戻って来ました!

2005-08-07 | 日常思う事 (我的看法)
本日、新疆から帰京しました!

楽しかったけど、久々の北京体育大の雰囲気は和むなぁ~♪

いつかは、やってみたいと野望を持っていた髪型に挑戦。帰ったら散髪する御願いをしていたテキサス人にやって貰いました。そう、スキンヘッド!!!!将来、髪の毛無くなっても平気なようにさ(笑)。日本だと出来ないなぁ~そして、今日本人留学生ほぼ帰国しているのでシャイな僕には又と無いチャンス!

う~ん。日本代表小野みたいなイメージだったのに。。ますます中国人に近づいている気が(爆)。にしても、頭にストッパー付いているみたいに帽子も被りにくい。。アガシみたいにおしゃれバンダナしよ!これじゃ、テニスコーチとして怖すぎる。

なんかアガシ並にリターン打てれば良いんだけど。旅行の報告はまた後で~今日は疲れたんで。うーん、中国来て確実にやりたいこと(くだらないけどね)を実現している♪